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 『シーヴさんは同性にもモテるのね!

  あら? シーヴさんって、実は背が低いのね。埋もれてよく見えな……』


「トゥーラ、こんなところで何をしているの?」

「ひゃぁっ!」

 思わず悲鳴をあげ、誰の声かわかったらしいトゥーラは、恐る恐る振り向く。

「覗きなんて感心しないわ」

 何の幸運か、偶然通りかかって、このところ探していたトゥーラの姿を見つけた。その視線の先に、シーヴがいることを、きちんと確かめた上で声をかけたのだ。

 絶対に、言い逃れは許さない。

「ち、違います! 覗きなんてしていません!」

 ゆったりと腕を組んで、にこやかな笑顔をペタッと張りつけたユリアに。トゥーラは慌てて、必死になって弁解を始めた。

「私はただ、シーヴさんみたいになれたら、ヴァルトさんに目を向けてもらえるんじゃないかと思って、それで、ちょっと観察を……」

 あまりの言い訳に、言葉が出ない。

「……何でそうなるの?」

 訓練命のシーヴを見習って、ヴァルトの訓練につき合えるようになれば。ひょっとしたら、少しくらいは変わるかもしれない。

 だが、それとこれとは別問題だ。

「トゥーラじゃ、どう頑張っても、ヴァルトの訓練相手にはなれないでしょ?」

 今のところ、実力は平均的だ。しかし、家柄魔術師を除けば、かなり低い方になる。そんな防御型魔術師のトゥーラは、重ねられる防御魔術の数も少なく、強度もそれなりだ。

 どう好意的に見積もっても、ヴァルトの連射には耐えられない。

 今のヴァルトに確実に勝てる。そう言えるのは、防御魔術の硬度を上回る、攻撃魔術を持つリュイス。ヴァルトより強い攻撃と、防御魔術を扱えるヘンリク。持久戦に持ち込んで、最終的に力押しで勝つユハナ。たった一撃で、うっかり殺してしまいかねないソーニャくらいだ。

 リクではまだ一撃の威力が低く、これまでヴァルトに勝てたためしがない。

「訓練相手?」

 きょとんと見上げられ、ユリアも首をこてんと傾げる。

「シーヴとヴァルトは訓練仲間よ。それ以上でもそれ以下でもないわ」

 ユリアとサーラに引き連れられて、たまには街へ買い物に出ることのある。そんなシーヴだが、ヴァルトと個人的に出かけることはしない。

 ソーニャとアハトの、必死で徹底した指導の末。異性──主にユハナの部屋に突然押しかけて、長々と居座ることも、ようやくなくなった。

 シーヴが異性の誰かと、訓練以外の内容の話をしている。そんな貴重な光景を、ユリアでさえ一切見聞きしたことがないのだ。

「えっ、そうなんですか!?」

「何だと思ってたの? 仲がいいのは、単に実力が同じくらいで、お互いが訓練相手に最適だからよ。だいたい、あの二人、陛下に何度将来のことを考えて欲しいと言われても、本気でどこ吹く風なのよね。訓練が楽しいから考えられないって」

 スルリと力が抜けたのか、トゥーラはがっくりと肩を落とした。

 心なしか、どんよりした重い雲を背負っているような、ひどく気落ちした雰囲気だ。

「……訓練って、そんなに楽しいものなんですか?」

 『地獄の訓練』は、ただ苦しいばかりで、ちっとも楽しくない。

 日々の訓練でも、ひたすら同じことの繰り返し。

 何のためにこんなことをしているのか。解決しない疑問しか、湧き上がってこない。

 そんな声が、時々ユリアの耳にも聞こえてくる。

 元々の素質が高ければ、魔術は使った分だけ、目に見えて伸びるものだ。伸びない、苦労に見合わない、と嘆くのは、今が素質のほぼ頂点だから。それもわからない者に、ユリアはわざわざ忠告や進言はしない。

 どうせそのうち、嫌になってやめるだろう。そう考えて、放っているのだ。

「訓練は楽しいぞ」

 ユリアの背後から、唐突に答える弾んだ声。

 無事に採寸を終えて、移動途中のシーヴが、ユリアを見かけてきたらしい。話の最後の方だけ聞こえ、勝手に補足して、意気揚々と会話に参加したようだ。

「強くなっていると、自分でもわかるから楽しい。お前は違うのか?」

 両手の拳をグッと握り、ほんのり笑んだシーヴに問われて。トゥーラはゆるゆるとうつむく。

「強くなったと思ったことも、楽しいと思ったこともないんだもの……」

 城の魔術師になってからも、先を行く者たちを追いかけ続けるだけ。追いかける相手も、もちろん日々強くなる。その差が縮まっているのか、それとも広がっているのか。今はもう、わからない。

 そんな心情を吐露するトゥーラに、シーヴは腕を組んで、うーんと唸る。

「それは、ずいぶん損をしているな。……そうだ、僕と一緒に訓練をしないか? お前が楽しいと思えるまで、つき合ってやるぞ」

「え……?」

 たまになぜか、シーヴは人の予想の斜め上を通り抜けていく。

 トゥーラは呆然とした顔で、パチパチと目を瞬かせてジッと見つめる。

「ちょっと、シーヴ! このトゥーラが、例の視線の犯人なのよ!?」

 ユリアの悲鳴に似た必死の叫びに、なぜかシーヴは嬉しそうに破顔した。

「そうなのか? 犯人がわかれば問題ない。見ていたいなら、堂々と見ていればいいんだ。コソコソされると、かえって気になるからな」

 誰が見ているのか、ちっともわからなくて気にしていた。だからこそ、わかってしまえば気にしない。

 それがシーヴなのだと、頭ではわかっていても。ユリアの感覚はついていけない。

「それに、うまくいけば、防御も得意なヴァルトに、コツを教えてもらえるかもしれないぞ?」

「や、やります!」

 そうとは知らず。うまいこと、餌でトゥーラをひょいと釣り上げたシーヴの手腕に。ユリアはただただ、呆れるしかできなかった。



「……と、いうわけです」

 すでに解決済みだと断った上で。ユリアはエリサに、事の顛末をざっくりと報告した。

「シーヴは気にしていないんでしょう? あの二人は一向にその気にならないから、そういう子は、逆にいい刺激になるかもしれないわね」

「私は、かなり厳しいと思いますよ」

 ごくごく正直な見解を伝えると、エリサはコロコロと、愛らしい声を立てて笑う。

「シーヴはまだ早いでしょうね。ソーニャなんて、わたくしの目の前で堂々といちゃついていたくせに、アハトに十四年、毎日ひたすら口説かれ続けて、ようやく自覚したんだもの」

「……えっと、シーヴもそうだとしたら、まだ十年近くありますね」

 父と母が出会って、十四年。シーヴがこの国に来てからで当てはめると、彼女が二十六、七歳になる頃だ。

 そういう意味では、まだ早いと言い切るエリサが正しいのだろう。そこだけは、ユリアも納得する。

 今はまだ、早くても。いつかシーヴにも、恋愛絡みの悩みが出てくるかもしれない。その時には、陰に日向に力になりたいから。

(今のうちから、あちこち目を光らせておかなくちゃね)

 きっちりと、心に決めるユリアだった。


          ‡ 


 新しい上着はできたのたが、都合で届けることができない。その連絡をもらったシーヴは、何の疑いも持たずに、素直に針子部屋を訪れた。

 ノックをし、入室の許可をもらって、何も考えずにドアを開けたシーヴの目に。真っ先に、手触りのよさそうな、色とりどりの布の山が飛び込んできた。飾りに使えそうなレースやリボンも、そこかしこに散らかっている。

「…………」

 もはや、嫌な予感しかない。

 思わず回れ右をして、そそくさと部屋を出ようとする。そんなシーヴの腕をグッとつかんで、グイグイ引きずり込んだのはユリアだった。

「まさか、ソーニャの昔のものが使えないなんて思わなかったわ。あれは可愛くて、わたくしのお気に入りだったのよ」

「採寸して驚きました。ソーニャお姉ちゃんもアレなのに、それ以上なんですよ!」

「とてもそうは見えないんだけど、普段はどうしてるの?」

「さらしでした。そういう手間は惜しまないところが、本当にソーニャお姉ちゃんと同じですね」

 ヒリヤと話を弾ませているエリサに、背筋がゾワッとする。

 腕をつかんでいるのが、ユリアでなく男なら。容赦なく振り払って投げ飛ばして、急いで逃げ出すのに。

 ユリアには、そんな真似はできない。

 しっかりと腕をつかまえられたまま、渋々話を聞くしかなかった。

「期日には間に合いそうかしら?」

「連日徹夜をしてでも、絶対に間に合わせます」

 自信たっぷりのヒリヤに「お願いするわね」と言い、エリサはふとシーヴを見る。

「ところで、シーヴは踊れるのかしら?」

「……は?」

「ダンスはできて?」

 首を数回、怖ず怖ずと横に振り、踊ったことがないと呟く。

 予想どおりだったのか。特に気にした様子もなく、エリサはあっけらかんと告げる。

「では、今日から特訓です。踊れないヴァルトともども、アハトとソーニャに習いなさい」

「ユリアは踊れるのか?」

「ええ。小さな頃に、お父さんとお母さんから習ったもの」

 それは、同じ環境に身を置いていたユハナとリクも、すでに踊れることを示していた。

「それにしても、いきなりダンスだなんて、いったい何のために……」

 はあっと、重苦しいため息とともに吐き出されたシーヴの問いに。エリサはサラリと答える。

「これから必要になるわ。アウリンクッカ国再建から、今年でちょうど三百年になるの。全国民が参加できる記念式典と、盛大な舞踏会を行うのよ」

 それはそれは華やかなものになる予定よ。

 続けられたエリサの言葉を、まったく聞いていなかったのか。シーヴは別のところが引っかかったようだ。

「再建?」

「……セーデルランドも関係しているのに、アウリンクッカ国再建の話を、あなたは教えられていないの?」

 首をこてんと傾けたシーヴに、エリサも小首を傾げて疑問を返す。

「勉強は嫌いだからな。教えられたかもしれないが、僕は覚えていない」

 がっくりと脱力しつつも、シーヴのためにと。エリサは、かつてのアウリンクッカに起こった出来事を、順を追って聞かせることにした。


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