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「クルタス!」
「ナイセ!」
維持できるだけの防御魔術で、懸命に身を守るヴァルトに。シーヴは容赦なく、抜き身の剣を突き出す。しかし、どうしても突き崩すことができずに、すぐさま防御を固められてしまう。
「プキ! キエリ! リートゥ! シヴェ! ネコウ! ルム!」
しかも、一瞬とはいえ隙を見せた瞬間。避けるだけで精一杯の、手加減のないヴァルトの連射攻撃が襲ってくる。
すべてをかろうじて避けきったシーヴは、つうっと流れ落ちる汗をグッと拭う。呆然とした顔で、ヴァルトとリクを交互に見た。
「お前たちは、毎日こんなことをしてるのか?」
「まぁ、ユリアがヴァルトの補助をしたり、僕やユハナにナイセをかけたりするけど、だいたいこんな感じだね」
ここへきて初めて。よほど呆れたのか、シーヴがフッとため息をついた。
「ヴァルトは防御も攻撃も強いが、リクはどうなんだ?」
攻撃は得意だが他は──という魔術師のリクだ。明らかに容赦のなさそうなシーヴの訓練には、絶対に巻き込まれたくはないだろう。
ふいっと視線をそらしたが、シーヴにググッと詰め寄られて。リクは観念して、仕方なくヴァルトに声をかける。
「ユリアはいないけど、いつものとおりで」
「ん、わかった」
ユリアという保険がない分、やはり怖い。かといって、全力を出さずに、その程度と判断されるのも、悔しい。
リクの、攻撃魔術の威力自体はかなり高い。だが、連射できる数は、ヴァルトよりいくらか少なくて。普段はそこに勝機があるのだ。
三発で防御魔術一枚を撃ち砕く、遠慮のないリクの攻撃に。ヴァルトはひたすら、防御魔術を追加することでジッと耐える。
「ナイセ!」
一枚が砕けたところで、運よくリクの魔術が途切れた。しかし、防御魔術を追加する間に、再び連射を始められてしまう。
こうなると、ヴァルトは守備に徹するしかない。
「そこまで!」
突然割って入った声に、リクはスッと口を閉じた。
ヴァルトは恐る恐る、声のした方向を見る。
「シーヴが二人の実力を見たいのはわかるけど、この二人だけだと危ないの。次は、絶対にしないで」
「そうか? 平気だと思うぞ」
静かに、ゆっくりと首を横に振って。ユリアは、防御魔術を維持したまま、ボーッと立っているヴァルトに治癒魔術をかけた。
「まったく……シーヴで消耗してるのに、リクまで相手にするなんて」
ゴメン、と素直に謝るヴァルトに、もう一度。念のために治癒魔術をかけたユリアは、リクの目をジッと見る。
「手加減をしたことで、シーヴに実力を勘違いされるのが嫌、っていうのはわかるわ。でも、二度目の連射に入ったのは間違いよ」
「ごめんなさい」
厳しい口調のユリアに、リクはきちんと謝罪の言葉を口にして、迷わず頭を下げた。それをみたユリアは、ふわりとやわらかな微笑を向ける。
「リクの強さは、私が一番よく知っているわ。それでいいでしょ?」
「うん!」
ほんのりと流れ始める、そこはかとない甘い雰囲気から。ヴァルトは露骨に顔を背ける。しかし、シーヴは平然と、まじまじと、ユリアたちを見つめて問いかけた。
「じゃあ、王女付きのユリアはもっと強いのか?」
いい雰囲気をぶち壊されたことを、別段怒るでもなく。ユリアはリクとヴァルトに、できるだけ離れるよう進言する。
胸の前で腕を交差させ、いつでも呪文を唱えられるよう準備を整えた。
「かかっていらっしゃい。遠慮も手加減もいらないわ」
スッと剣を抜き、シーヴは自己強化の呪文を口にした。ほぼ同時に、ユリアは防御魔術を数回、素早く唱える。
「なっ!?」
先ほどと同じように、剣を突き出したはず。
ヴァルトの防御魔術は、一度に複数枚砕けたというのに。ユリア相手では、二枚目にヒビを入れるのがやっとだった。
「防御と治癒にとことん特化した私と、治癒の強いバランス型のヴァルトの違いが、これでよくわかったかしら?」
「じゃあ、ユリアの攻撃はどうなんだ?」
たった今、防御と治癒に特化していると、言ったばかりだ。それなのにシーヴは、ワクワクしている雰囲気をただよわせ、楽しそうに聞いてくる。
「そよ風同然ね」
短い中に、鋭い怒りのこもった、ユリアの返事。それを細かに読み取れなかったらしいシーヴは、ひどく真剣な表情で、そよ風の攻撃を想像しているようだ。
想像力の限界か。諦め顔のシーヴが、サッと剣を鞘にしまった。
「見せてもらった方が早いな」
「……使う機会があったら、いくらでも見せてあげるわ」
「そうか、楽しみにしてる」
そんな機会が訪れる可能性は、限りなくゼロに近い。もちろん、ユリアに見せる気などこれっぽっちもない。それを、リクとヴァルトは知っている。
もし仮に、シーヴに見る機会があるとしたら。それはアハトの方だろうということも、実はわかっていた。
あまりに頑丈すぎる防御魔術を知ってから、彼らの攻撃魔術を見ると。誰であっても、必ず目が点になる。
それほどに、強さの落差が激しいのだ。
(でもさぁ、ユリアの攻撃がそよ風って、いったい誰が言ったんだろ?)
ふと、ヴァルトは考え込む。
リュイスやリクの防御魔術を紙切れ扱いし、治癒魔術を気休め以下と言い放つ。的確な表現を有する、アハトしか思い浮かばなかった。
‡
ユハナと比べると、力不足は否めない。だが、女王側に閉じこもっているユハナの代わりを務めるには、シーヴでも十分だった。
中でも、互角に戦えるヴァルトが喜んで、シーヴの相手を務めている。
普段はあちらこちらへと、忙しく防御魔術をかける。そんなユリアは、リクの相手の合間に、ヴァルトへ治癒魔術をかける程度のことしかしていない。
食事の支度どころか、掃除洗濯もまともにできない。やや問題のあるシーヴの世話を、渋々全面的に引き受けたユリアの負担を、少しでも減らすために。ヴァルトとリクで、ユハナの食事当番を交互に受け持っている。
そんな調子で、あっという間に十日が過ぎた。
「……遅いわね」
朝昼晩と、リュイスが顔見せついでに、こまめに連絡を取ってくれる。しかし、ほぼ固まっているはずの同盟ひとつ結ぶだけで、ここまでかかるのか。そう、首をひねりたくなる。
「遅いって、陛下たちの帰国? それとも、ユハナの復活?」
「帰国の方に決まってるでしょ」
ヴァルトの問いを、さっくり斬り捨てる。
日に何度か、ユハナの様子を見に行ってはいる。今はやっと、部屋に鍵がかからなくなったところだ。外に出てくるには、まだまだ時間がかかりそうで。
「早くても明後日にしか帰ってこないなんて、いったい何があったのかしらね」、
いつ頃帰ってくると、はっきりわかっているならば、まだいい。だが、今朝のリュイスも、帰国の予定さえ言わなかった。
「最後の最後に、すっごい難題でも吹っかけられたんだったりして」
冗談めかして言うヴァルトに、リクとユリアはげんなりと疲れた笑いを向ける。
このさらに三日後。ようやく帰国の目処が立ったと、リュイスから報告を受けたのだった。
中庭で訓練をしていたユリアは、馬車の音を聞きつけて門へと走る。その後をリクとヴァルトが追う。何が起きたのか理解できなかったシーヴは、一人呆然と立ち尽くしていた。
「お帰りなさい!」
ユリアはまずアハトに、それからソーニャに抱きつく。
「ユハナは?」
「今日もお父さんの部屋よ」
そうか、と頷いて。ソーニャは荷物を放置したまま、ユハナの様子を見に行く。
「ソーニャさんって、ああ見えてちゃんと心配してるんだよね」
笑いながら、ソーニャの荷物を引き受けたアハトは、ユリアたちの苦労を真っ先に労う。
「で、問題のシーヴちゃんはどこにいるの?」
「え?」
見回してみるが、姿がどこにも見えない。
うっかり声をかけずに来てしまったことを、ふと思い出して。ユリアは、あっ、と小さな声を上げる。
「きっと、まだ中庭だわ」
「ん、じゃあ、俺が見てくるよ」
了解の意を伝えたアハトが、両手に荷物持参で、ヨロヨロと中庭へと向かう後ろ姿を見送りながら。
なぜか、漠然とした一抹の不安を感じていた。




