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その4

「じゃあ……また明日のこの時間に、ここにいればいいんだな?」

 僕を地上に降ろした後、まーぽんとみーぽんは僕に時間の猶予をくれると言った。

「ええ……。迎えに来ますので。いいですか? 貴方は地縛霊ではないようですので、どこにでも行けると思いますが、きちんとこの場所に来てくださいね。こちらから見つけるのも大変ですから」

「二十四時間だからね? 大事に使ってね?」

「ああ……。正直、ショックがでかすぎてどうしていいかわからないが……。まあ、せっかくくれた最後の時間だ。有意義に使うよ」

「貴方が今手にしている携帯電話ですが……生前にお世話になった人に電話をされたらよいと思います」

「そんなことができるのか? そういえばこれ、触れるのな。幽霊ってなんでも透けるのかと思ってた」

「その電話は貴方と一緒に車に轢かれて壊れましたから。物の幽霊のような状態なのです。僅かな時間ですが、現世の電話にも繋がりますよ。貴方が成仏するまではその電話も貴方と一緒にあります」

「そうか……。ま、色々とありがとうな」

「いえ……。どうか気を落とさないで下さい」

「ああ……、あんたいいやつだな」

 そう言うと、まーぽんは照れたように笑い、会釈した。こちらも手を振る。二人はすーっと姿を薄くし、やがて消えた。

「ほんとに天使ってのはいるんだな……」

 僕はそうつぶやくと、あたりを見回した。自分が死んだというだけで、見慣れた筈のこの街も違う風景に見える。こうしてみると、誰も僕を見ようとしていないのに気付く。僕がそもそも誰にも見えていないからだ。

「これからどうしようかな……」

 二十四時間という猶予を与えられても、意外にしたいことがない。

「電話か……」

 せっかくなので、まーぽんの言っていた通り、電話をかけることにした。ポケットから電話を取り出す。

「まずはおふくろかな……」

 何度かコール音が鳴ったが、出ない。どうも実家は留守のようだ。ピーッの音のあとにメッセージをどうぞ。

「えっと、おふくろ……。幸一です。えーと、なんだ、こんなことになってごめん。親不孝な息子だったけど、おふくろにはほんと感謝してもしきれないと思ってる。それから親父。いつか親父と酒を飲みたかったな。ほんと、ごめんな。こんなことになって。えーと、そんだけ。僕のことははやいとこ忘れて、なんとか元気でやってってくれ」

 電話を切った。僕が死んだのは昨日らしいし、もうとっくに知らせは行ってるだろう。通夜だか葬式だかの準備で忙しいのかもしれない。親に電話するのなんて、そういえば久しぶりだったな、と思った。

「それから、と……。えーと、まああいつらは……いいか」

 何人か、大学の友人らの顔が浮かぶ。サークル仲間には一人一人言葉を残したいような気もしたが、こんな洒落にならないことで何を言っていいのか、ネタが思い浮かばなかった。死者からの電話ってのも……不気味がらせるだけだ。やめとこう。

「のぞみ先輩だけには、何か言っておきたい気もするな」

 サークルの先輩だった。正直、あこがれていた。少し迷ったが、思い切って電話帳から名前を探し、発信。サークルではよく話をするが、こうして電話をするのは初めてだった。

「……留守、か」

 残念ながら、こっちも留守電だった。最期に生の声を聞きたかったのに。

「えーと、先輩。僕です。幸一です。その、知らせはもう行ってますかね。まだですかね。まだなら驚くと思うんですけど、僕、死んじゃいまして。で、まあ最期だし、電話しとこうかな、と。先輩だけには……。その、まあもうぶっちゃけますけど、僕は先輩のことが好きだったんです。ええ、そんだけ言いたいなと。それではお元気で」

 思わず告白してしまった。どっと汗が出た。もうちょっと格好いいセリフを考えれば良かったと思った。

「ま、いいか。どうせ死んだやつのメッセージだし。返事を聞くこともないだろうしな」

 歩き出す。一体、どこに向おうとしていたのか……。全然思い出せなかった。

「どこか、行こうかな……。いや、いいか。家に帰ろう。最後の晩だ」

 電車とバスを乗り継いで、家に帰る。アパートの前で、見上げた。

「……ここにお世話になるのも今日が最後か」

 玄関に入ると、今朝……いや昨日の朝に投げ出したばかりのスリッパが床に転がっている。

「掃除でもしておくか……。見られて困るものも処分しておきたいしな……」

 僕は、あまり人に見られたくない類の本をまとめて縛り、少し歩いて近場を避けたところのゴミ捨て場に捨てた。それから、床に散らばった服やらカップ麺の容器やらを片付け、たまった食器を洗い、掃除機をかけた。それからパソコンの中のファイルの大半を消去した。

「まさか、死んだ人間がこんな風に後片付けをすることができるものだとはな……」

 …………。

 …………。

 ……んー?

 ……それは幾らなんでも……。

「なんかおかしくないか……」

 背中が泡立ってくる。まさか。脇の下をついと汗が流れた。

「そういえば、電車もバスも普通に乗ってきたぞ……」

 ……。

 そこで僕は、急に、思い出してしまった。

「急いでいたのは……。大通りを歩いてたのは……」

 プルルルルルルルル……携帯電話が鳴った。おいおい、発信だけでなく受信もできるのか? 開いて画面を見る。サークル仲間の健二だった。

「あ、もしもし。幸一か? おまえ、どこにいんの? 今日、合コンだって言ったろ? 女の子達と合流すんの、あと三十分後だからな。遅れんなよ」

 僕が出ずにいると、健二は留守電にそれだけ吹き込んで切った。

「誰が……昨日死んだって?」

 思い出したのだ。僕が急いでたのは、何のことはない、美容院へ行くためだ。今日は健二たちに誘われた合コンがあり、僕は気合を入れて美容院に行くことにしたのだ。訳のわからない二人組に会って、上空へ飛ばされたりしたせいですっかり記憶が混乱していたが、思い出せるじゃないか……。

「あ、あいつら……」

 ピンポーン。そこで、チャイムが鳴った。玄関へ行き、のぞき穴を見ると、見覚えのある姿。ドアを開ける。

「おい、どういうことだ」

「あ……えーと、もしかして、もうお気付きになられました?」

「ああ」

「あの、私たちもですね……その、騙そうとしたわけではなくて、勘違いしてしまったといいますか……」

 ドアの向こうにいたのは、案の定昼間のド派手な髪の二人組だった。

「一応確認するが、僕は……」

「ええ……その……まあ」


「…………死んでなんかいないんだな?」


「そ、そうみたいです……」

 消え入りそうな声でまーぽんが答えた。

「未来が見えるってのは何だったんだ? 嘘っぱちか? それとも本当に僕の人生には幸せなしか?」

「そ、それも実は……」

 横からみーぽん。

「コウイチ違いだったみたい……」

「は?」

「昨日交通事故があったのは本当だし、跳ねられた人を連れてくるのが私たちの任務だったのも本当なの。でも、それは笹倉孝一さんという68歳のお爺さんで……」

「笹倉ぁ? 誰だそれ。僕は朝倉だぞ」

「うん。人違いだったの。だからその、私が見た未来も実はそのお爺ちゃんので……」

「リーダーって人が連れて来いって言ったのもその人だった訳か」

 二人は頷いた。

「私たちが幸一さんと話している間に、お爺さんのほうは別の職員が案内していたらしく……私たち、間違いに気付いてすぐ戻ってきたんです」

「……本当に、単なる勘違いだったんだな?」

「そうみたいです……」

 しゅんとするまーぽん。

「よ……良かったぁ……」

 僕は、へなへなと座り込んだ。

「死んだって……本気で思ってたんだぞ……」

 怒る気力もなかった。

「あの、本当にすみませんでした!」

 まーぽんが勢いよく頭を下げた。

「ご、ごめんなさい!」

 みーぽんも続いた。

「いや…………もういいや。なんか疲れた」

「ご……ごめんなさい……。あの、何かお詫びをさせてください」

 苦笑した。

「いや、いいよいいよ。勘違いだったんだし……」

 僕がそう言って笑うと、二人は、心底ほっとした顔をした。

「なんなら、みーぽんを好きにしてください」

「えー! もー、まーぽんさ、たまには自分を差し出しなよー」

「私はみーぽんみたいにスタイルがよくないからダメです」

「コウイチくんは胸がないほうが好みなんじゃないかな」

「そ、そうなのですか……?」

 何やら期待を込めたまなざしでまーぽんが見ているが、僕はそのとき、大変なことに気がついた。

「げ……。全部捨てちまったぞ……」

「何を捨てたのですか?」

 言えない類のものだ。なんてこった、こんなことなら身辺整理なんて考えるんじゃなかった。

 プルルルルル

 電話が鳴った。画面を見てぞっとする。親だった。

「ちょっっっっと! 幸一あんた何やらかしたの!? あの電話は何だい? ちょっとそこにいるのかい、ねえ! あんた何かとんでもないことしでかしたんじゃないだろうね、ちょっと聞いてんの? ……お父さん、何とか言ってやって……」

「幸一、お前いっぺん帰って来い。そんでお母さんにちゃんと説明しろ。いいな?」

 慌てまくった母親と、静かな怒りをにじませた父親の声が留守電に記録された。

「で……出なくて良かったんですか?」

 恐る恐るまーぽんが聞いてくる。丸ぎこえだったらしい。

「お……お前らのせいだぞ……。これ、どうしたらいいんだよ」

「そう言われましても……」

 プルルルルル

 まただ。……予期したとおり、のぞみ先輩だった。

「ちょっと、コウイチくん? 何ぃ? さっきの。死んじゃったんだって? きゃははははは。あとさ、ごめーん。あの電話さ、うっかりサークルの皆に聞かせちゃったー。だって、飲んでる最中にかかってくるんだもん。あ、ちょっと返し」

「あ、コウイチ先輩? サヨコでーすっ。聞いちゃいましたー。先輩変わってると思ってましたけど、ここまでぶっ飛んだことするなんて、さすがですね。一躍サークルのヒーローですよ。あ、ケンジさん」

「おぅ。コウイチか? お前、ほんとに死んでたりしないよな? 何だったんだ、さっきの」

「鈴木です。コウイチさん、最高っすよ。爆笑させて貰いました。のぞみ先輩のこと好きなのは皆知ってましたけどね。あ、のぞみ先輩、お返しします」

「貴方のの・ぞ・み、よ。あはははははは。あたしのこと好きだったんだー。ごめん私は知らなかったかも。やだもー。ぶっちゃけ、だって。ぶっちゃけ。きゃはははははは。うぅ。……お、おえええ」

「わー、ノゾミがやったぞ」

「ちょっ誰か、雑巾雑巾」

 ツー。ツー。ツー。

 ……受話器の向こうは、酷い状況だった。色々な意味で。本当に色々な意味で。僕に嬉しい意味は一つも含まれない感じで。

「もうサークルには行けないな」

 僕は電話を閉じた。

「……それにしてもなんでこんな時間に飲んでるんだよあの人たちは」

 そして、僕のちょっとした恋心は、もはや跡形もなくなっていた。

「えーと……何と声をおかけしてよいやら……」

 まーぽんが同情の目線を向けている。

「まあ……むしろきっぱり諦められて良かったのかもしれん」

 たぶん、ショックの許容量を越えてしまい、感覚がマヒしているのだろう。なんというか、心の中が一度クリアされたような感じだった。状況は最悪なのに、不思議と慌ててはいない。

「よかったね、まーぽぉん。コウイチくん、フられたみたいだよ」

 みーぽんが無神経なことを言う。

「み、みーぽん! 私は別に……。といいますか、幸一さんはフられたわけでもないと思いますけど」

「そうかなあ。ノゾミ先輩って人、コウイチくんに気が無いからあんな電話かけられるんじゃない?」

 ぐさり。

「酔っ払っていただけかもしれません」

「ありがとうな。フォローしてくれて。でも、もう僕は来世に期待したい気分だ」

「こ、幸一さん!」

「ああ、なあにちょっとした本気だ」

「じょ、冗談で! そこは冗談でお願いします」

「もう……生きる希望なんか無くなってきたよ……」

「燃え尽きないでくださいよ……! わ、私が、私がついてますから」

「君ら、天使なんだろ。さっさと天国に連れてってくれ。理性なんか無い世界に」

「り、理性は大事だって幸一さんが言ったんじゃないですか。しっかりしてください」

「いいじゃないか。天使は迷える魂を導くのが仕事なんだろ。導いてくれ」

 僕は疲れ切っていた。

「て、天使というのはすみません本当は嘘で……実はただの霊界管理局の局員なんです」

 恥ずかしそうにまーぽんが言う。

「そうなのか。まあ天使というのは怪しい気はしてたけど」

「すみません……。天使ということにしようというのはみーぽんの発案です」

「え。まーぽんの方がノリノリだったよ」

 僕は、なんとなく窓の外を見た。結局、僕は今までどおりに生きていく……。でも世界は大きくその色を変えているように思えた。

「……生きているってのは……やっぱり面倒なものなんだな……」

「な……なんですか急に……」

「いや、今日僕は死んだって思い込んで、そしたら不思議なことにさ、それまでに悩んでたことを全部忘れちゃったんだ。何一つ思い出せなかった。昨日までの僕が何に悩んでいたのか」

「……」

「でも、ついさっき僕は死んでなかったってわかった。そしたらせっかくキレイに片付いた心の中が、また新しい問題で一杯だ。悩みが無くなって晴れやかになったまま、生き続けることなんてできないんだな」

「……」

 みーぽんが、伸びをした。

「いいじゃん」

「え?」

「悩みがあるから、生きてるって思えるんだよ。それに……まあ、また悩みをリセットしたくなったら、私たちを呼べばいいよ」

「……?」

 まーぽんが、微笑んだ。


「また、私たちが貴方をリセットしてあげますよ」


「か……勘弁してくれよ」

「ふふ。冗談ですよ。……さて、では帰りますか」

「うん。叱られにかえろー」

「叱られるのか?」

「ええ。ミッション失敗ですから。詰めを誤りました」

「詰めどころか初手から大間違いだったじゃないか」

「これは痛いところを突かれました」

 あはははとみーぽんが笑う。

「なあ」

「……何でしょうか」

「その……なんだ、試験か。今回はダメだったかもしれないけど、また頑張れよな。その……もうちょっと考えて行動すれば、いい職員……いや、その天使になれると思うぜ」

 そう言ってやった。一瞬の後、二人は顔をぱっと輝かせた。

「ありがとうございます!」

「ありがとーっ」

 二人の天使は……手を振りながら、ぼんやりとその姿を薄くしていき……気がつくと部屋には僕だけだった。

「さてと……」

 僕は腕をまくった。

「始めるとするかね。第二の人生を」

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