【第1話】新米冒険者とからあげ定食
腹が減るのは、異世界でも同じ。
異世界に迷い込んだ一人の料理人が始めた、小さな食事処…
そこに訪れるのは、傷ついた冒険者や旅の途中の商人、そして少し変わった事情を抱えた人々。
温かいご飯と、ささやかな出会いが織りなす物語です。
どうぞ、ゆっくりとお召し上がり下さい…
「トントントン……」
まな板の上で、包丁が小気味よい音を刻む。
切りそろえられたキャベツが、こんもりと山を作っていく。太さは均一に。細すぎず、太すぎず。口に入れたときの食感まで考えて切るのが、俺のこだわりだ。
「よし、まぁ、こんなもんかな…」
包丁を置き、山盛りのキャベツを眺める。
仕込みは完了。米も炊けているし、味噌汁の準備もできている。
あとは客を待つだけだ。
……もっとも、今日も客が来る保証なんてないのだが。
「ま、なるようになるか」
さてと…突然だが俺の名前は坂本だ。
少し前まで、都会の片隅で小さな飯屋を営んでいた。特別な料理が作れるわけでもなければ、有名店で修業を積んだわけでもない。
ただ、腹を空かせた人間に、温かくてうまい飯を食わせる。
それが俺の仕事だった。
ところが、ある朝。
目を覚まし、俺の目に飛び込んできたのは、見慣れた自宅の天井ではなかった。
窓の外には、見たこともない街並み。道を歩く人々の中には、耳の長い者や、妙に大柄な者までいる。
市場には見覚えのある野菜も並んでいたが、見たこともない色の果物や、妙な形をした肉まで売られていた。
最初は夢だと思った。
だが、頬をつねっても目は覚めない。腹は減るし、眠くもなる。
どうやら俺は、本当に異世界とやらへ来てしまったらしい。
幸い、言葉は通じた。金の稼ぎ方も、何とか覚えた。
そして何より、包丁を握ることはできた。
知らない世界だろうが、腹が減るのは同じだ。
ならば、俺にできることは一つしかない。
「飯を作る」それだけだ。
そんなわけで、俺はこの路地裏に小さな食堂を開いたのだ。
店前の看板には、簡単にこう書いてある。
『ごはん処 坂本』
飾り気も何もない名前だが、分かりやすくていいだろう。
「さて、開店だ」
店先に暖簾を掛け、扉の札を裏返す。
営業中。
これで準備は整った。
……さて、最初の客はいつ来ることやら。
そう思っていた矢先だった。
カラン、カラン♪
扉に取り付けた鈴が鳴った。
「いらっしゃい」
顔を上げると、若い男が一人、入口に立っていた。
腰には長剣。服は泥にまみれ、頬には擦り傷がある。肩を落とし、今にも倒れそうな足取りだった。
冒険者、というやつだろうか。
男は店内を見回すと、疑うような目で俺を見た。
「ここ……食べ物屋か?」
「ああ…今日から営業してるんだ」
「今日から?」
男は首を傾げたが、それ以上は聞かなかった。
ふらふらとカウンター席に腰を下ろすと、力なく呟いた。
「何でもいい……何か食わせてくれ」
「何でもいい、ねぇ」
俺は男の顔を見た。
唇は乾き、目の下には濃い隈ができている。相当無理をしてきたらしい。
「何日くらい食べてないんだ?」
「……3日だ」
3日。
そりゃ、こんな顔にもなる。
「分かった。ちょっと待ってな」
俺は厨房に戻った。
今日のメニューは、からあげ定食。
異世界に来てからも、何度も作ってきた料理だ。
鶏肉は一口より少し大きめに切り、醤油、ニンニク、生姜を合わせたタレに漬け込んである。
肉に下味が染み込んでいることを確かめ、余分な水気を切る。
片栗粉と小麦粉をまぶし、熱した油の中へ。
―――ジュワァァァッ!!
勢いよく泡が立った。
静かな厨房に響くその音を聞いていると、妙に気持ちが落ち着く。
最初は大きな泡が肉を包み、やがて細かな泡へと変わっていく。
…焦る必要はない。
中まで火を通しながら、衣を香ばしく仕上げる。料理は、最後まで手を抜いちゃいけない。
ふわり、と生姜、ニンニク、醤油の香りが厨房に広がった。
その直後。
「……っ!?」
カウンターの方から、何かに驚いたような声が聞こえた。
「おい、あんた……何を作ってるんだ?」
「からあげだよ」
「カラアゲ……?」
男は身を乗り出し、厨房を覗き込んでいる。
「もう少し待っててな。今、1番良い所だから」
俺は揚がり具合を確かめ、最後の1つを油から引き上げた。
黄金色の衣。
2度揚げも終わり、網の上で油を切る。
その間に、白米を茶碗によそい、味噌汁を椀に注ぐ。山盛りの千切りキャベツ、マヨネーズも忘れない。
最後に唐揚げを皿へ盛り付ければ、完成だ。
「お待たせ。からあげ定食だ」
カウンターに料理を置く。
男は目の前の皿をじっと見つめていた。
「……これ、全部食っていいのか?」
「もちろん。金を払ってくれるなら…な」
冗談めかして言うと、男は小さく笑った。
「そりゃそうだな……いただきます」
男はカウンターの上にあったフォークで
からあげを突き刺し、口へ運んだ。
一一一サクッ!!
軽やかな音とともに、衣が砕ける。
次の瞬間、男の目が大きく見開かれた。
「……う…うまい…」
ぽつりと漏れた声。
男は唐揚げを見つめ、もう一口かじった。
「う、うめぇ……!」
今度は、はっきりとした声だった。
外側はカリッと香ばしく、中からは肉汁が溢れ出す。ニンニクと生姜の風味が鶏肉の旨味を引き立て、醤油の香りが鼻を抜けていく。
男は夢中で唐揚げを頬張った。
続けて白米をかき込む。
「……っ!」
今度は何も言わず、味噌汁をすすった。
そして、長く息を吐く。
「はぁ……うめぇ…あったけぇよぉ……」
その声が、妙に耳に残った。
俺は思わず手を止めた。
ただの味噌汁だ。特別な材料を使っているわけでもない。
それでも、男は両手で椀を包み込むように持ち、最後の一口まで飲み干した。
「おかわり、いるか?」
俺が尋ねると、男は勢いよく顔を上げた。
「いいのか!?」
「米ならまだあるぞ」
「コメってのは…この白いのか…!頼む!」
俺は笑いながら、空になった茶碗を受け取った。
どうやら、料理人としての腕は異世界でも通用するらしい。
その後、男は唐揚げにマヨネーズをつけて食べたり、キャベツを白米と一緒に頬張ったりしながら、あっという間に定食を平らげた。
「ふぅ……食ったぁ……!」
腹をさすりながら、男が満足そうに笑う。
入店したときの青白い顔は、ずいぶんと血色がよくなっていた。
「ごちそうさん! いやぁ、こんなうまい飯は初めてだ!」
「そりゃどうも。気に入ってくれたなら何よりだ」
男は懐から銅貨を取り出し、代金を支払った。
そして扉へ向かいかけたところで、ふと思い出したように振り返る。
「そういや、名乗ってなかったな。俺はチョーク。駆け出しの冒険者だ」
「俺は坂本だ。また腹が減ったら来な」
「ああ! 絶対にまた来るぜ、おっちゃん!」
カラン、カラン。
鈴の音を残して、チョークは店を出ていった。
「おっちゃん、か……」
まだそんな歳じゃないつもりなんだが。
苦笑しながら、俺は空になった皿を片付け始めた。
異世界に来たときは、どうなることかと思った。
元の世界に帰れる保証もない。これから先、何が起こるのかも分からない。
それでも。
さっきのチョークの顔を思い出すと、悪くない暮らしなのかもしれないと思えた。
腹いっぱい飯を食って、笑って帰っていく。
俺はそんな客を一人でも増やせたらいい。
「さてと、明日の仕込みでもするかな…」
俺は厨房へと歩みだしたのだった…
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ではまた次の営業でお会いしましょう…




