↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
坂本さんの異世界飯処  作者: とま坊


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/21

【第1話】新米冒険者とからあげ定食

腹が減るのは、異世界でも同じ。


異世界に迷い込んだ一人の料理人が始めた、小さな食事処…


そこに訪れるのは、傷ついた冒険者や旅の途中の商人、そして少し変わった事情を抱えた人々。


温かいご飯と、ささやかな出会いが織りなす物語です。


どうぞ、ゆっくりとお召し上がり下さい…

「トントントン……」


まな板の上で、包丁が小気味よい音を刻む。

切りそろえられたキャベツが、こんもりと山を作っていく。太さは均一に。細すぎず、太すぎず。口に入れたときの食感まで考えて切るのが、俺のこだわりだ。


「よし、まぁ、こんなもんかな…」


包丁を置き、山盛りのキャベツを眺める。


仕込みは完了。米も炊けているし、味噌汁の準備もできている。


あとは客を待つだけだ。


……もっとも、今日も客が来る保証なんてないのだが。


「ま、なるようになるか」


さてと…突然だが俺の名前は坂本だ。


少し前まで、都会の片隅で小さな飯屋を営んでいた。特別な料理が作れるわけでもなければ、有名店で修業を積んだわけでもない。

ただ、腹を空かせた人間に、温かくてうまい飯を食わせる。


それが俺の仕事だった。


ところが、ある朝。

目を覚まし、俺の目に飛び込んできたのは、見慣れた自宅の天井ではなかった。

窓の外には、見たこともない街並み。道を歩く人々の中には、耳の長い者や、妙に大柄な者までいる。


市場には見覚えのある野菜も並んでいたが、見たこともない色の果物や、妙な形をした肉まで売られていた。


最初は夢だと思った。


だが、頬をつねっても目は覚めない。腹は減るし、眠くもなる。

どうやら俺は、本当に異世界とやらへ来てしまったらしい。

幸い、言葉は通じた。金の稼ぎ方も、何とか覚えた。

そして何より、包丁を握ることはできた。

知らない世界だろうが、腹が減るのは同じだ。

ならば、俺にできることは一つしかない。


「飯を作る」それだけだ。


そんなわけで、俺はこの路地裏に小さな食堂を開いたのだ。

店前の看板には、簡単にこう書いてある。


『ごはん処 坂本』


飾り気も何もない名前だが、分かりやすくていいだろう。


「さて、開店だ」


店先に暖簾を掛け、扉の札を裏返す。


営業中。


これで準備は整った。

……さて、最初の客はいつ来ることやら。

そう思っていた矢先だった。

カラン、カラン♪

扉に取り付けた鈴が鳴った。


「いらっしゃい」


顔を上げると、若い男が一人、入口に立っていた。


腰には長剣。服は泥にまみれ、頬には擦り傷がある。肩を落とし、今にも倒れそうな足取りだった。

冒険者、というやつだろうか。

男は店内を見回すと、疑うような目で俺を見た。


「ここ……食べ物屋か?」


「ああ…今日から営業してるんだ」


「今日から?」


男は首を傾げたが、それ以上は聞かなかった。


ふらふらとカウンター席に腰を下ろすと、力なく呟いた。


「何でもいい……何か食わせてくれ」


「何でもいい、ねぇ」


俺は男の顔を見た。


唇は乾き、目の下には濃い隈ができている。相当無理をしてきたらしい。


「何日くらい食べてないんだ?」


「……3日だ」


3日。

そりゃ、こんな顔にもなる。


「分かった。ちょっと待ってな」


俺は厨房に戻った。


今日のメニューは、からあげ定食。

異世界に来てからも、何度も作ってきた料理だ。


鶏肉は一口より少し大きめに切り、醤油、ニンニク、生姜を合わせたタレに漬け込んである。

肉に下味が染み込んでいることを確かめ、余分な水気を切る。

片栗粉と小麦粉をまぶし、熱した油の中へ。


―――ジュワァァァッ!!


勢いよく泡が立った。


静かな厨房に響くその音を聞いていると、妙に気持ちが落ち着く。

最初は大きな泡が肉を包み、やがて細かな泡へと変わっていく。


…焦る必要はない。


中まで火を通しながら、衣を香ばしく仕上げる。料理は、最後まで手を抜いちゃいけない。

ふわり、と生姜、ニンニク、醤油の香りが厨房に広がった。


その直後。


「……っ!?」


カウンターの方から、何かに驚いたような声が聞こえた。


「おい、あんた……何を作ってるんだ?」


「からあげだよ」


「カラアゲ……?」


男は身を乗り出し、厨房を覗き込んでいる。


「もう少し待っててな。今、1番良い所だから」


俺は揚がり具合を確かめ、最後の1つを油から引き上げた。

黄金色の衣。

2度揚げも終わり、網の上で油を切る。

その間に、白米を茶碗によそい、味噌汁を椀に注ぐ。山盛りの千切りキャベツ、マヨネーズも忘れない。

最後に唐揚げを皿へ盛り付ければ、完成だ。


「お待たせ。からあげ定食だ」


カウンターに料理を置く。


男は目の前の皿をじっと見つめていた。


「……これ、全部食っていいのか?」


「もちろん。金を払ってくれるなら…な」


冗談めかして言うと、男は小さく笑った。


「そりゃそうだな……いただきます」


男はカウンターの上にあったフォークで

からあげを突き刺し、口へ運んだ。


一一一サクッ!!


軽やかな音とともに、衣が砕ける。


次の瞬間、男の目が大きく見開かれた。


「……う…うまい…」


ぽつりと漏れた声。


男は唐揚げを見つめ、もう一口かじった。


「う、うめぇ……!」

今度は、はっきりとした声だった。

外側はカリッと香ばしく、中からは肉汁が溢れ出す。ニンニクと生姜の風味が鶏肉の旨味を引き立て、醤油の香りが鼻を抜けていく。

男は夢中で唐揚げを頬張った。

続けて白米をかき込む。


「……っ!」


今度は何も言わず、味噌汁をすすった。


そして、長く息を吐く。


「はぁ……うめぇ…あったけぇよぉ……」


その声が、妙に耳に残った。


俺は思わず手を止めた。


ただの味噌汁だ。特別な材料を使っているわけでもない。


それでも、男は両手で椀を包み込むように持ち、最後の一口まで飲み干した。


「おかわり、いるか?」


俺が尋ねると、男は勢いよく顔を上げた。


「いいのか!?」


「米ならまだあるぞ」


「コメってのは…この白いのか…!頼む!」


俺は笑いながら、空になった茶碗を受け取った。


どうやら、料理人としての腕は異世界でも通用するらしい。


その後、男は唐揚げにマヨネーズをつけて食べたり、キャベツを白米と一緒に頬張ったりしながら、あっという間に定食を平らげた。


「ふぅ……食ったぁ……!」


腹をさすりながら、男が満足そうに笑う。

入店したときの青白い顔は、ずいぶんと血色がよくなっていた。


「ごちそうさん! いやぁ、こんなうまい飯は初めてだ!」


「そりゃどうも。気に入ってくれたなら何よりだ」


男は懐から銅貨を取り出し、代金を支払った。


そして扉へ向かいかけたところで、ふと思い出したように振り返る。


「そういや、名乗ってなかったな。俺はチョーク。駆け出しの冒険者だ」


「俺は坂本だ。また腹が減ったら来な」


「ああ! 絶対にまた来るぜ、おっちゃん!」


カラン、カラン。


鈴の音を残して、チョークは店を出ていった。


「おっちゃん、か……」


まだそんな歳じゃないつもりなんだが。


苦笑しながら、俺は空になった皿を片付け始めた。


異世界に来たときは、どうなることかと思った。

元の世界に帰れる保証もない。これから先、何が起こるのかも分からない。


それでも。

さっきのチョークの顔を思い出すと、悪くない暮らしなのかもしれないと思えた。

腹いっぱい飯を食って、笑って帰っていく。


俺はそんな客を一人でも増やせたらいい。


「さてと、明日の仕込みでもするかな…」


俺は厨房へと歩みだしたのだった…

読みいただきありがとうございました!少しでも『お腹が空いた』『おもしろい』と思ったら、下にある【ブックマーク】や【評価(★★★★★)】で応援していただけると、執筆の励みになります!


ではまた次の営業でお会いしましょう…

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
初めて拝見させて頂きました。 非常に面白く見させて頂きました。 今後も楽しみにしてます。
初めてとま坊さんの作品を読ませてもらいましたが、非常に料理をする描写が上手に書かれており良いなと思います。 今後もとま坊さんの作品を読ませて頂きたいなと思いました。
転レベも思いましたが、導入が良いなと思いました。 今後も見ていきたいと思います。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。