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第1回 詩音、襲来(前半)

これは、極端に世間知らずな先輩と、その先輩を放っておけない後輩の話です。

民間警備会社を舞台に、小さな依頼が大きな騒動に発展していくお仕事コメディです。

シリアスな事件解決よりも、変な衣装と、それに振り回される日常を描くことを優先しています。

詩音は悪くありません。

ただ、彼女の「雰囲気」が、周囲を静かに消耗させます。

紅葉は強くありません。

ただ、彼女はまだ、先輩を放っておくことができません。

破壊力のある衣装と、壊れない程度の距離で、ゆるくお付き合いいただければ幸いです。

蒼月セキュリティに入社して、ちょうど一週間が経とうとしていた。

紅葉は朝の始業前、自席でオリエンテーション資料を読み返していた。営業志望で受けた会社だったのに、配属先は警備部。しかも「現場寄り」とだけ告げられ、具体的な業務内容についてはまだ曖昧なままだった。

『まあ、最初はどこでも同じか……』

自分にそう言い聞かせて、紅葉は資料のページをめくる。新卒の彼女にとって、とりあえず言われたことを真面目にこなすことが最優先だった。

その一週間、詩音という名前は何度か耳にしていた。

最初に聞いたのは受付の六花からだった。書類の提出先を尋ねたとき、六花は少し困ったような顔をしてこう言った。

「詩音さんのところ……ですか。今は研修というか、別の任務で出ているので、来週くらいには戻ってくると思います」

それだけなら普通の話だった。だが、六花の声がどこか小さかったのが気になった。

次に聞いたのは、同じフロアの先輩社員たちとの雑談の中だった。誰かが「詩音さん、そろそろ戻ってくるよな」と呟いた瞬間、周囲の空気がわずかに変わった。誰かが咳払いをし、誰かが急に資料に目を落とした。まるで、触れてはいけない話題に踏み込んだかのような反応だった。

紅葉は不思議に思いながらも、深くは聞かなかった。

そして今日。

午前中の研修を終えた紅葉が廊下を歩いていると、三奈とすれ違った。冷静で、いつも少し距離を置いた話し方をする人だ。紅葉は軽く会釈をした。

『三奈さん、お疲れ様です』

「……お疲れ様」

三奈は足を止め、紅葉の顔を見た。何か言いたげな様子だったが、すぐに視線を逸らす。

紅葉は思い切って聞いてみた。

『あの、詩音さんって、どんな方なんですか? みんな、名前が出ると少し反応が……』

三奈の動きが止まった。

彼女はゆっくりと紅葉の方を向き、眼鏡の奥の目を細める。そして、何も言わずに静かに両手を合わせた。合掌する仕草だった。

「……悍ましい女が住まう部署だ。気をつけろ」

それだけ言うと、三奈は足早に去っていった。

紅葉はその場に立ち尽くした。

『……弔われました』

今日入社したばかりの人間が、まだ会ってもいない先輩のことで弔われるとは思わなかった。紅葉は小さく息を吐き、再び歩き出す。

『なんなんだろう、その詩音さんって人は』

そう思いながらも、午後の研修に向かうしかなかった。

そして夕方近く。

紅葉のデスクに内線が入った。

「紅葉さん、本部長室までお願いします」

事務的な声だった。紅葉は電話を置き、少しだけ首を傾げる。

本部長室。入社して一週間、普通の新卒が呼ばれる場所ではなかった。

『……何か、書類の不備でもあったのかな』

そう考えながら、紅葉は本部長室の前まで歩いていった。

ドアの前で一度深呼吸をし、ノックをする。

『失礼します』

中から、低い声が返ってきた。

「入れ」

紅葉はドアを開け、部屋の中へと足を踏み入れた。

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