第三話 罰か救済か
兵庫県神戸市稲美町
死亡者 821名
内の半数以上が歳忘になった恐れあり
うちの84名の隊員は死亡。
負傷者 6592名
重傷者が多く、意識不明の患者多数
行方不明者 426名
現在大阪部隊 前線部隊隊員が捜索中
フードの男 諏訪部零時の捕獲が完了。
隊員番号1640909 天ヶ瀬るな
隊員番号1640432 古手望
速やかに諏訪部零時を連れ、《ノスタルジア・システム・TOKYO》への帰還をお願いします。
稲美町の騒動の後、隊員たちは歳忘討伐の任務を終え、稲美町から離れた。
多くの負傷者は病院などに運ばれ、大阪部隊の隊員も隊員専用の病院へと運ばれていた。
るなたちは組織のメッセージにより、すぐにヘリに乗り、そのまま東京へと向かっていた。そのヘリには古手とるな、それから重傷の零時がいた。
「まさか、フードの男がこうも早く見つかるなんてな。君の手柄だね」
古手は顔に張り付いている返り血を拭きながらそう言葉を吐く。
「古手くん、ちゃんと名前で呼んであげてよ」
だがるなの圧に、思わず古手は引き下がった。
「…あぁ、分かった。」
そこから会話はなく、古手はただ血まみれになった武器を拭きながら、るなは零時を心配そうに見ながら、ある一枚の写真を見ていた。
そこには今とは程遠い笑っている零時の姿とるなの姿、そして零時の親子が写っていた。るなは写真を強く握り、その瞳には強い信念が宿っていた。
―ようやく…あなたたちにも謝罪する時が来ました。今度は、私に任せてください
ヘリは速度を上げつつ、東京へと急いだ。
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〈ノスタルジア・システム・TOKYO本部〉
東京へ着くと、医療部隊が駆け寄ってきて、すぐさま零時をタンカに乗せて、どこかへ行ってしまった。
「…零時…」
るなは心配そうに見つめながら、そう呟く。古手は無関心なのか、零時のことに関しては首を突っ込むことはなかった。
るなと古手もヘリから降り、自分の寮へと帰ろうとした時だった。
「君たち」
るなは思わぬ声に動揺した。古手は少しため息をつきながら、後ろに向く。
「…明月さん、ですか」
その声の主は、明月碧だった。
「神戸での騒動、お疲れ様でした。想定外の事態に対応してくれた二人には感謝しています」
そう優しく抱擁してくれるような言葉に、るなは少し口角をあげた。
「え、えぇ! これくらい、私たちには余裕……!」
「それで、明月さんは僕たちに何か用でも?」
古手はるなの話を遮り、明月に質問をする。少し笑顔だった表情も、次第に強張っていく。
「…今から30分後、緊急会議を始めます。その会議に君たち2人も席にいてほしいのです」
その命令には、思わずるなは目を開かせる、古手はさも無関心な表情をしていた。続けて明月は話していく。
「今回の稲美町の件。本来現れるはずのない黒い歳忘が現れたこと。今年から入り、歳忘による事件の被害が多くなっています。そして恐らく今回の議題で最も重要な件は…諏訪部零時を処罰に値するのかどうかの話…ですね」
「零時が…!?」
零時の単語に、るなは喰らいつく。
「はい、本来勧誘の予定で終わりだったのですが、一部の隊員が、彼は危険な存在という認識をしました。彼の素性は分からないというのが主な理由でした。その結果、六英傑と上層部の一部の幹部を除いた幹部7名で話し合うことになった。というのが経緯です」
るなはそれを聞いて、ただ呆然とすることしかできなかった。そして、るなは震えた声で、明月に聞いた。
「…彼がもし、処罰受けるってなったら…」
「…最悪の場合、死刑になるかもしれません」
それを聞いたるなは、目を見開き、明月を睨みつける。
「どうして!? 零時は何もしていないのに、なんですぐ死刑にしようとするのですか!?」
「……組織の…まぁ上層部の意向、としか言いようがありません。ただ僕も彼の処罰についてはまだ詳しくは聞いていません。ですので、会議に参加してくだされば、その真意も分かるかと思います」
明月の真っ直ぐな目に、るなは少しずつ落ち着いていき、やがてその怒りの衝動も、多少治った。
「………」
「では、君たちの席を空けておきますので、30分後にまた会いましょう。それと、この認証カードもどうぞ」
明月は幹部専用の認証カードを天ヶ瀬に渡す。
「い、いいのですか…!? こんな大事なもの……!」
「えぇ、今回の会議には、君は来てもらいたいですからね。会議が終わり次第、そのスペアを回収させていただきます」
明月はそう言葉を残し、その場から立ち去っていった。
彼女は少し気難しい顔をしながら、その場を離れようとした。
「結局のところ、君は行くの」
古手は離れていくるなの前に、そう外側だけを貼り付けたような言葉を投げかける。
「…行くよ、だって、零時の命がかかってるかもしれないんだよ。そこで行かない幼馴染はいない」
「…そう。だが僕は行くつもりもない」
「だと思った。古手くんはこういうの興味ないもんね。」
「…はぁ」
古手はるなの台詞に対して、ため息をつく。
「…一応君とは4年の付き合いだもん、君の性格ぐらい、大体分かるもん」
「…ふーん、そうか。4年か」
古手はこの時、少し寂しい表情をしていた。今まで表情筋というものがないに等しい彼が、なぜかこの時だけ、そんな顔をしていた。
るなは、そんな古手の表情を見ることはなかった。
「僕は休ませてもらう、あとは君の好きにして」
古手はるなに顔を見ることなく、その場から立ち去った。
「…古手くん…」
るなはただその古手の虚しい背中を見て、どこか複雑な気持ちが蠢いていた。
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《ノスタルジア・システム・TOKYO-会議室-》
30分後
るなはポケットからカードを取り出し、緊張をほぐすため、深呼吸をする。
覚悟を決めたるなは、カードを認証装置にかざし、ドアが開かれる。
最初に目にしたのは、約20名ほどを囲んだ円卓。そしてその箇所ごとに人が座っていた。
そこには各部隊の幹部5名と、上層部の幹部1名の、計6名がいた。いつもとは違う空気感が、五感全てを感じ取ることが出来る。それほど、緊迫とした空気だ。
金髪の女性と、赤髪の男性はすぐにこちらへと気づく。金髪の女性は口を開けており、赤髪の男性はすぐにこちらに声をかけてくる。
「…なぜ、一般隊員がここにいるんだ?」
最初に声を出したのは、『武器管理部隊』幹部の高尾隆盛。特徴的なセンター分けの赤髪と、キリッとしたその目が、るなを睨んでいた。
「高尾、そんなに圧をかけるな」
高尾の隣にいた女性、『後衛部隊』幹部の水原夏凪。藍色と黒色が混ざった髪とそのポニーテール。瞳には無限のマークがある。
「だが、ここは一般隊員の立ち入りは禁止、もとい幹部専用のカードをなぜ君は持っている? …どうやってここを入れた? 誰かのスペアキーを奪ったか?」
「え、えっと……」
「天ヶ瀬さんに渡したのは、僕のスペアキーです。水原さん、それ以上の詮索はやめていただきたい」
そんな助け舟を出したのは、『前衛部隊』幹部の明月碧。白髪はもちろん、漆黒の瞳と、太陽の瞳が刻まれ、清潔なスーツで、その異様さを表していた。
「明月。どうして彼女にスペアキーを渡したんだ? 今回の会議は、一般隊員を巻き込むのはなしと言ったはずだが?」
「えぇ、本来の僕ならそうでしょう」
「しかしですね、水原さん。諏訪部零時と唯一の関係を持つ天ヶ瀬るなさんがいれば、迅速に会議が進められると、僕は思います」
漆黒の瞳が水原を睨む。水原はその高圧さに臆することしかできなく、そのまま食い下がる。
「…ま、君の勝手にしてくれて構わないよ。僕に危害がなければ、ね」
体を伸ばしながらそう発するのは、『情報部隊』幹部の石江宗太郎。茶髪の後ろには、細長い一つ結びがあり、緩んでいた目つきをしていた。
「え、えぇ! 諏訪部さんに詳しい方がいれば、彼の情報が入りやすいですからね!」
そう明るく言う女性、『医療部隊』幹部の星野星叶星叶。みんなからは『ステラ』と呼ばれ、特徴的な金髪ロングと、おっとりとしたその黄色の瞳。
「ふーん、そっかぁ。でも会議の人数が増えた、ところでねぇ」
「結局のところ、それは数合わせでしかない。六英傑がいないのが、不幸中の幸い、てやつ?」
そう気楽に言うのは、『本部副隊長』そして幹部の、星野尊。ステラの弟で、その短い金髪と、姉とは対照的なキリッとしたその黄色の目で、天ヶ瀬を睨みつける。
「尊! そんなことを言わないであげて!」
「ねぇさん…ここでは僕の方が位が高いんだからさ、気安く〈尊〉って、呼ばないでくれる? 副隊長様って呼んでほしいなぁ」
「っ…」
ステラはただ、黙ることしかできなかった。その光景を見ていたるなは、胸の奥に小さな苛立ちを覚えた。そこに、明月が駆け寄り、そのまま肩を軽く叩く。
「…!」
「他人の感情ばかりに向けていますと、いずれ自分への刃となります。ですので、我を忘れないよう、気をつけてください」
「は、はい…」
そうしてるなは、明月の隣に座り、会議が始まるまで、静かに待つ。その間、幹部たちはただじっと待つ人もいれば、女子同士の会話もあった。明月はただみんなのことを見ていた。
「そういえば、古手さんは?」
「僕には関係ないって言って、そのまま…」
「なるほど、了解しました」
そうして、数分が経った頃、扉が開く音が聞こえた。皆すぐさま姿勢を綺麗に保ちつつ、席に戻る。
「椎名…隊長…」
現れたのは、『全部隊隊長』椎名誠。彼の目付近には切り傷の痕があり、髪は焼けたような色合いで、長髪でもある。軍服を着ており、以下にも隊長の風格があった。
「…一人、見慣れない者がいるが」
椎名は、るなを見つめながら、問う。
本来なら、るなみたいな一般隊員は、幹部だけが集まる場所には訪れることさえ許されない。しかし、そこにるながいる。だからこその疑問なんだろう。
そして、一人の男が声を上げる。
「その子は僕が自らここに招待した子です」
それは、明月だ。
「…明月、今回は一般隊員の介入はなしで、我々だけで話し合うという形ではないのか。なぜ一般隊員がここにいる? 理由はあるのだろう?」
「えぇ、僕が彼女を招待した理由は二つあります。一つは彼女は諏訪部零時とは関係があるのがまず一つ。もう一つは、僕自身、彼女を信用することができるからです」
「本当にそうなのか? 俺にとっては、一般隊員を信じることができないのだが」
「椎名隊長。彼女は、彼の情報を持っている唯一の存在です。ですので、どうか彼女をここに居座ることを、許可してくれませんか?」
明月は、丁寧な口調で言いながら、頭を下げる。それを見ていた外野は、少し驚きの表情をする。
「………」
椎名は少し考えた後、ため息をつく。
「…分かった」
「だが、ここで話し合ったことは隊員には共有しないことと、必要のない口出しをしなければ、居座っても構わない。では、会議を始めるとしよう」
そう言い、椎名は準備をする。
「あ、ありがとうございます…明月さん…」
るなは小声で明月にお礼の言葉を贈る。
「いえいえ、当然のことをしたまでです。それにこれは特例中の特例なんですから、良く話を聞いておいてください」
明月は椅子の下に置いていたカバンを取り出し、そこから資料を机に置く。そうしていると、椎名が指揮を取り始め、会議が始まった。
「9月28日 14:23頃に、兵庫県神戸市稲美町に歳忘が発生した。死者は800名近くであり、余りにも多くの人を亡くしていた。本来大阪部隊が担うところを、我々東京部隊が加勢し、ようやく収まった」
本来、格地方で歳忘の襲撃が起きた際、それぞれの部隊が任されることが決まりだ。だがその部隊だけでは太刀打ちできない時、各地方に救援要請を送ることができる。
――それが今回、私たち東京だった、ということか…
「その中でも他の歳忘とは違う、桁違いな巨大な歳忘がいたが、幸い大阪部隊の飛岡、後々話す諏訪部零時が討伐してくれた」
「ここから本題だ。まず今回の稲美町には、4種類ほどの歳忘が現れた」
「通常個体の歳忘、憶忘と似た力を持つ歳忘、強大な力を持った歳忘。そして今回も発見された、黒い歳忘。この黒い歳忘には、何やら《腐食》と似た成分が入っており、今現在調査中だ。」
「黒い歳忘…ですか」
大体3年前から、目撃があった黒い歳忘。その年までは、青い血を流す歳忘しかいなかったのが、黒い歳忘は黒く濁った血を流していたことから、新たな新種ということで、今でもメディアやネットで取り上げられることがある。
「そして、資料も見た通り、近年では各地方で歳忘の発生率が多く見られており、その中でも、九州地方付近で歳忘の発生率が異様だ」
「九州ですか…あまり良い思い出がない地ですね。」
明月は暗い顔をして呟く。
「あぁ、それ聞いたな。今でも多くの隊員が死んでいるって、そこにいる師匠から聞いた」
高尾は思い出したかのように、口に出す。
「そうだ、とにかく、歳忘の動きにも注意しつつ、見回りの強化をしておくように。それから、黒い歳忘については、六英傑を交えての会議を行うことにする」
「前衛部隊の仕事、まーた増えていくねぇ〜」
そう尊は明月に冷やかしをする。
「…前衛部隊は、そういうものですから、仕方ないです」
だが明月はそれを諸共せず、平然と返す。そのような態度に尊は小さく舌打ちをする。
「…では、次の議題として、約3年間一人で歳忘を狩っていた男。諏訪部零時の処罰について会議する」
──零時…
「その前によろしいですか、椎名隊長」
「なんだ?星野星叶」
「その、彼がどうして処罰を受けるような立場にいるのでしょうか?彼は確かに悪いことをしたかもしれませんが、確証はないのでしょう? なぜそこまでして処罰にこだわるのですか?」
そう、会議始まる前から、ずっと疑問に思っていたこと。なぜ零時は処罰に値されるのか、その疑問が、やっと解けていく。
「ステラさん…」
「…あぁ、その事について今から話そうとしたことだ。第一に、隊員以外のものが金目当てで歳忘を殺すのは規律上禁止されている。それを彼は破った」
「第二に、彼の情報が全くなく、裏では人殺しにも加担しているという憶測だ。ここ2年ほど、彼の動向は五十嵐さんの直属の部下が目を光らせていたのだが、今日、それが役立つ時が来た」
その時、椎名の後ろにあった真っ暗な画面から、文字と零時の写真が羅列した資料が表示される。
──これ、全部零時の…?
昔とは大きく違って、零時は彼女が見えないところで、違うところで実力をつけた。
「これは…今までの戦果ですか」
「…なかなかにやるわね、彼も」
部隊の中でもトップクラスの実力者である明月と水原は少し驚きを隠せなかった。
「…なんで、人を殺してる情報までもここにあるの…?」
ある箇所には、零時が多くの人を殺した経歴もあった。それを疑問に思ったステラは呟く。
「機密事項だ」
だが椎名はそこを深堀するつもりはなく、ステラはすぐに引き下がる。
「…彼は確かに多くの歳忘を殺したのも事実だ。だがその反面、多くの人も殺している。上層部は、彼が暴れ、多くの人を殺してしまったら…と、一部の者が恐れている」
「ふん、奴らは本当に貧弱だな」
高尾は上層部の震え姿に哀れにさえ感じていた。
「……ふーん」
石江は椅子にもたれながら、話を聞いていた。
「そして、上層部は我々幹部にあることを任された」
「その流れで、おおよそ見当がつく。諏訪部零時をどうするかの投票…そうだろ?」
星野がそう言うと、椎名は静かに頷く。
──やっぱり、避けられないか…
るなは胸を締め付けられるような感覚に陥る。なんせ幼馴染が生死の天秤にかけられているからこそ、一つひとつの投票が大事になる。
すると、幹部の席の前に空間から投票欄が現れる。
そこには、『諏訪部零時を、処罰に値しますか?』の下に『YES』と『NO』が書かれていた。
「今から各々の意見を言ってもらい、一人一票を入れてもらう。いいか、これはお遊びじゃないことを肝に銘じろ」
──零時…
るなは一瞬、昔の過保護だが、お兄ちゃん的な零時のことを思い出し、少し動揺する。
その一言に、皆の空気が明らかに変わったのがわかる。それぞれが思考を巡らせ、どうするかを迷っている。空気が重い中、ある一人の幹部が立ち上がる。
「…では、まず私が投票しよう」
その人は、水原幹部だった。水原はなんの迷いもなく、『YES』に投票をした。
「私は、彼の処罰に値する」
「理由は?」
「第一に、彼が行なった行為は、決して善とは呼べるものではない。確かに歳忘を殺すのは金目当て以外ならそれで構わないが、人を殺すという領域に達したのなら、それはそれで危険視するのも理解ができる」
「第二に、彼の存在自体が危険であり、未知数というところだ。確かに歳忘を狩る能力は、評価に値する。だがもし、暴れでもしたら、対応が遅れたら、隊員が死んだら、その責任は誰が担う?」
「…君の意見は理解した。」
「なら、俺も殺すに賛成だ」
隣で聞いていた高尾は、躊躇いもなく投票の『YES』を押す。
「水原の言う通り、野放しにしたら危険だ。だったら先に、殺してしまった方が手っ取り早いじゃねぇか?」
「まぁ、君の意見に一理あるんだろうけどさぁ」
石江は腕を伸ばし、吐息を吐くと、少し真剣な眼差しになり、そのまま『NO』のボタンに指を近づける。
「僕の意見としては、罰を与えない方が適作だと思うよ」
彼は『NO』に賛成した。
「あぁ?石江、お前頭とうとう狂っちまったか?」
高尾はそう聞いてくるが、石江はいつものだるさながらも、答えた。
「狂っていないよ、むしろ正常。彼が殺したところで、結局のところ事情は変わらないと思うよ。それに殺すって、物騒だし、話の論点が違う。これはあくまで、罰を与えるのかという投票だよ?」
「…ッあー、そうだったなー」
高尾は少し不機嫌そうに返事を返す。
「な、なら私も『NO』に投票します!」
ステラはそのまま『NO』の投票を押す。
「星叶、君まで…」
「だ、だって、私は人を無闇に罰したくありませんし、何より、そんな強い人材は残しておきたいです…彼が話が通じ合えることができる、『人』だと信じたいのです…!」
「…そっか」
ステラの演説に、水原は反論する気が起きなかった。
現在の投票数は2:2。残りの投票権は、明月と星野だけだった。
「ま、明月くんはNO派なんだろ?」
「君こそ、YES派なんでしょう?」
二人は既に台本が用意されていたかのように、お互いYESとNOの投票を入れる。
「やはり、こうなるわけか…」
椎名はため息をつき、二人を見つめる。
「星野副隊長、僕にとって彼は、この組織で最高戦力になると踏んでいます」
「ほう、じゃあ聞いてやろうじゃん」
「まず彼は、この3年で多くの歳忘を狩ってきました。兵庫県の被害率を下げるほどに。このような戦力は、恐らく今後、巡り会えないかもしれません」
「それから、この2年、僕が指揮する前衛部隊の隊員が多く死去しており、人手が足りなくなっております。ここで戦力を増やすのも、一つの手だと思います」
この数年、歳忘の大量発生に伴い、前衛部隊は多くの戦場に駆り出されることが多くなった。その結果、多くの人を亡くした。
「そっかぁ、確かに前衛部隊は人手が少なかったけなぁ。」
「でもさぁ、それとこれだろ。僕の意見として、奴を処罰に値したいな。奴はこの3年の中で、歳忘の他に、人を殺してる」
「そんな奴を、組織に入れたら、間違いなく反発が起きるだろうなぁ」
星野はそんな不安を煽るようなことをズラズラと並べて言ってくる。だが明月は臆することなく、ただ彼のことを、見ていた。
「…はぁ、やっぱその目嫌いだよ、喧嘩した方が早いか…」
星野がそう言った瞬間、ポケットからテーブルナイフを取り出し、それを《念力》で宙に浮かす。
「……」
次の瞬間、テーブルナイフは宙で高速に動き、明月の頬に傷をつけようとした。
「ッ!」
だがそれは不発に終わる。
「幹部同士の喧嘩は、本来あってはいけないもの。だがそれは未然に防ぐことはできない」
いつの間にかいた椎名が、高速で動いていたテーブルナイフを、しかも明月の前で、それを空中で握り締め、止めていた。
その歴戦の手が強く握りしめると、嫌な音を鳴らす。そして手を離すと、粉々になったテーブルナイフが地面にへと向かっていく。
「だからそれを仲裁する役である俺がいないといけない。そうであろう、星野副隊長」
椎名は星野に向けて強く睨む。それは、蚊帳の外であるるなや幹部たちさえも震えるほどの、強者のオーラ。
「…ッ」
「さて、今の票率は3:3。このままどちらかに俺が投票しても良いのだが。生憎今日は客人がいる、その客人に、決定権を委ねるとしよう」
「え…?」
すると、るなの前に投票欄が現れる。それは、さっきまで幹部たちが見ていたもの。
「これが…投票…」
「あぁ、お前はそれで、諏訪部零時をどうしたいかを選択することができる。周りの意見など考えず、自分の選択を、その投票に映し出してみせろ」
椎名はそれだけを言い、元の席へと戻っていく。そして立ち止まったまま動いていない星野に向けて、椎名は肩を置くと、星野の意識が戻ってくる。
「…ックソ…」
けどそれは、憎しみがあった声色だった。
るなは、ただ投票欄をじっと見つめながら、零時の処罰に対して、どうするかを考えた。
――どうしよ…みんなそれぞれの意見があるから、私個人の意見でやっちゃったら、みんな納得してくれないと思う。零時と一緒にやっていきたい…て、ただの傲慢な想い、だよね…。
どんな理由で説得するか、どんな理由で彼らを納得させるかで、るなは迷っていた。
その様子を見兼ねたのか、明月は歩き出し、そのままるなの方まで向かう。幹部たちはただそれを見ているだけで、誰も口答えはしない。
「天ヶ瀬さん」
「あ、明月さん…はい…」
「迷っていますね、諏訪部零時に対してじゃなくて、僕たち幹部にどのような形で説得し、納得してもらいたいかを」
「……」
明月はそれすらも見破っており、それほど自分が単純で分かりやすいのかが目に見えてしまう。
「そんな難しいことを考えなくても心配ありません。きっと、彼らは理解してくれるはずです」
「…そう、ですか」
るなはしどろもどろになりながら答える。明月は一瞬、不安そうな顔をしたが、すぐに元の柔らかい表情に戻る。そして明月は元の席へと戻っていく。
──そうだ、別に難しいことを考えなくても良いんだ。ただ自分の気持ちを、分かってほしいだけ。…だったら、決めた
るなは、そのまま投票欄の方に指を動かす。




