第二話 忘却の彼方で
零時は壁の向こう側へと着き、そのまま巨大な歳忘の元へと走っていく。この時零時は、体中の至るところから血が流れており、意識も朦朧としてくる。
それでも零時は踏ん張り、ただ歳忘を睨む。
―それでも…俺は…!!
零時は、地面を強く踏み込む。そして、視線を巨大な歳忘の方に目を向ける。零時は大きく息を吸い、吐いたと同時、電光石火の速さでその怪物と距離を狭める。
歳忘は思わぬ出来事に体を後ろへ下がったと同時、零時は雄叫びを上げながら、銃剣を振り下ろす。そしてそれは見事歳忘の肩に傷をつける。
「なんだ…!?」
「加勢しに来たならず者です!!」
地面に着地した零時は、素早く血を払い、目標へと走り抜けていく。苦しそうな顔をしながらも、その歳忘の動きを抑制させていた。
飛岡はいきなりの出来事に思わず動きを止めてしまう。けど飛岡はすぐに元の表情に戻り、歳忘の元へ入っていき、そのまま足を切りつける。歳忘は雄叫びをあげ、明らかに痛がっている様子だった。
「たく、あの坊やは何をしているんだ!?」
零時は一気に跳躍し、銃剣を肩に突き刺す。力のままで腕を切り落とそうとするが、それを察知した歳忘は零時を吹き飛ばす。
「…ガ…ッ…!?」
零時はその影響で、持っていた銃剣の剣先がギザギザに折れてしまい、骨はほとんどがボロボロになる。零時は住宅街の民家に激しく衝突する。
「なっ…!!大丈夫か!!」
飛岡はすぐに駆け寄ろうとするが、歳忘はそれすらを許さず、ただ無造作に拳を振り上げる。
「邪魔を、するな!!」
飛岡は瞬時にアスファルトを地面から出しその攻撃を防ぐ。
「砕けろ!!」
砕けた瞬間にまたアスファルトを棒状にし、それらの大群を一気に押し寄せる。歳忘はそれを体に何発か食らうが、歳忘は殴って破壊し、アスファルトの破片たちが舞い踊る。
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頭にノイズが走るような痛みが現れ、温かい水が流れ落ちる。零時は血を吐きながらも、立ち上がろうとするが、その力すらなかった。零時はただ座り込み、息を整えようとした。しかし、
―ダメだ……息が…続かない……
あまりにも大きなダメージだったのか、もはや呼吸すらも難しかった。体中から大量の出血、常人であれば、すぐに死ぬ量。だけど零時はそれでも、蜘蛛の糸をがむしゃらに掴み、生き延びていた。
零時は、民家の瓦礫に阻まれていたが、少し残された空洞に目をやる。そこでは、飛岡は未だ血を浴びながらも戦っていた。
対して、自分は何もできないまま、ただ一人の隊員が必死に防衛しているところを見ていると、無性に自分に対して怒りが湧いていた。
零時は地面を叩く。それは動けない屍のような、無様な抗い。目の前にいる歳忘には、何も映らない。
―どうしてだ…どうして俺はこんなにして、抗う必要があるんだ? もうずっと、死にたいと考えてきた、それは大事な人たちを多く亡くしたから? それとも、何もない生活にうんざりしたから?
零時はただ考えた。考えて、考えて、その答えを導くことに。
―違う、本当は、何も得られない、その幸福感が、俺を死なせようとした一因じゃないのか?
零時はふと思い出したかのように、上着の中にあるシャツの胸ポケットから、あるものを取り出す。それは、誰かの白い羽。身に覚えがないもののはずなのに、零時はこれを見た瞬間、懐かしい思いが、心にページを作り、綴られていく。
そして、零時の中にある記憶が、目を覚ます。
記憶の奥底に眠っている結晶は割れ、血だらけの零時を白の世界に包み込み、その残された記憶の残響が、彼の視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚が再構成されていく。そして零時は、忘却の底にいる彼女を見た。
『―忘れないで、零時。いつか私は、あなたと平和に生きたいていうことを! だから私の名前を覚えていてね!』
そう言って、自分の羽を渡す少女。
『―天ヶ瀬るな、ていう名前を!』
そして、零時はこの瞬間、強く想いが生まれる。
―そうだ。俺は…あいつと…るなと一緒に、平和にいたいだけの…人間だったな。
その時だった、零時から伝わる静かな水の音と、微かの声。
〈いつか、あなたの記憶と共に祝福を〉
その優しい声と共に、零時は息を吸い、そして起き上がる。そして、深く集中をした、その瞬間、辺り一帯に水が零時を囲うように現れる。
「記憶よ、俺に応えろ!!」
その気持ちに応えるかのように、水はますます力を上げ、やがてその水は民家の2階全体を破壊し、天空まで上がる。
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「…なんだ、あの水?」
ヘリコプターで稲美町へと向かっている最中、古手とるなは天空まで貫いている水柱を見て、古手は開いた口が閉じることができなかった。
その光景に魅入られたるなは、ただ呆然と見ていた。そして手に持っていた懐中時計を、強く握る。
「…まさか、ね…」
るなは懐中時計をポケットに入れつつ、平常心を保つため、深く深呼吸をし、いつものの表情に戻る。
「天ヶ瀬、そろそろ狩りの時間だ。気を抜くなよ」
「分かってる…!」
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「チッ…まだ終わらないぞ、俺はよ…!!」
そう彼は声を張り上げ、歳忘のことを見上げる。飛岡の左腕はすでにお釈迦であり、もはや使い物にならなかった。
「左腕使えなくなった程度で、俺を止められると思うなよ!! 怪物が!!」
その言葉は、歳忘を奮起させるのか、雄叫びを上げる。その雄叫びは、彼の髪を靡かせる。
飛岡が右手を掲げると、アスファルトが現れる。決着を決めようとした時、肌を掠めるような寒気を感じる。
「っ…!?」
飛岡はその寒気を感じとった方に視線を向けると、水柱が立っている箇所があり、飛岡は微かに口元が緩んだ。
「おいおい、マジかよ…。」
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零時は不思議と、体中の疲労感がなくなるような感覚を味わう。それは不快感もなく、ただ温水プールに浸かるような感覚。
零時は今、最高潮の気分だった。
「……」
零時は手のひらに水を圧縮するかのように、先ほどまで上まで貫いていた水柱を吸収する。そして水は手のひらに集められたと悟った零時は、歳忘を見て、刃を向ける。
「今から、お前を殺す」
その瞳から感じるのは、慈愛と憎悪が混ざった乾いた瞳孔。
零時がその言葉を呟いた瞬間、足に水が伝わるのを感じる。そして零時は踏み込み、民家の床が崩れた同時に、歳忘の元へ駆ける。
電光石火を超え、神速並みの速さで、歳忘の胸に、折れた銃剣を突き刺す。歳忘はいきなりのことに顔の渦がどよめき、雄叫びをあげる。
「さぁ、この記憶の地で眠るんだ…!!」
零時は銃剣を捻った時、硬かった皮膚が容易に切り裂かれていくのが分かる。歳忘は焦って、零時を振り払おうとするが、核に突入するまで、そう遠くはなかった。
「うああああああっ!!!!」
零時が雄叫びを上げた時、水もそれに応えるかのように、折れた銃剣に水が纏わりつき、やがて一つの刃となる。
零時はそれを見て、少しだけ口角を上げた。その水の刃は歳忘の胸を引き裂き、核に突き刺した。零時はもっと強く押し込んだ瞬間、ガラス球が砕ける音が聞こえた。
歳忘は大きく雄叫びをあげ、やがて動かなくなり、後ろ向きへと重力に従い、体を落としていった。
「…やっと…か……」
零時は力尽きそうになり、握る力も次第に弱くなる。そして、銃剣を手放し、零時は地面へと落ちていく。また衝撃を食らったら、確実に死ぬと思った零時だったが、何か満足げな顔をしていた。そして零時はその目を閉じる。
「あんちゃん!!」
けど一人の男性の声が聞こえたと同時、下から空気が入るような音が聞こえる。だが零時は気にせず、目を瞑っていた。
地面と衝突しようとした
「…ん?」
だがそれは叶うことはなく、逆に棚が倒れたような音が辺りを響き渡せる。
「な、なんだ…?」
突然の柔らかい感触に戸惑いを隠せず、零時は徐々に目を開け、地面を見てみると、そこにはクッションがあったのだ。
「ふぅ、間一髪、ていうところだな」
そう言うと、飛岡が零時の前に現れる。飛岡は零時が地面に衝突する前に、組織専用のエアークッションを零時と地面の間に投げ入れたのだろう。
「…あなたは…」
「俺は飛岡だ。しかしあんちゃん、まさかあの歳忘を懲らしめるなんてな、すげぇな。ああいうやつは潰すのが大変ていうのにな」
飛岡は相当ベタ褒めをしてきて、零時は少し恥ずかしそうな顔をしていた。飛岡は少し深呼吸をすると、少しだけにこやかだった顔から、シワを寄せた厳つい顔になる。
「それでもな、あんちゃん!! まず自分を大切にしろ!! さっき吹き飛ばされた時、骨相当やったんやろ!?」
「え…は…はい…」
「今までの行為は危険だということを、自分でよく分かってんのか!?」
「…はい…」
「次からそんな無茶な行動はすな!! お前はまだ若いんやから!!」
と、飛岡に相当叱られた零時は、ただ複雑そうな顔をしながら、クッションで横たわっていた。飛岡は少しため息をつくと、耳につけてある無線機に声をかける。
「えー、こちら飛岡。藤原司令官、今したら声を出していただけると助かる」
『…お、やっと連絡来た…。随分遅かったわね?』
無線機から聞こえてきたのは、威厳のある声で、少し圧が強めな高い声が聞こえてきた。
「すみません、歳忘を狩るのに時間をかけまして…」
『そういうことか、それなら構わない。それで、町の状況と歳忘の状況はどうなっている?』
「はい、町はほとんど壊滅状態。被害者も相当な数が出ているかと、周りを見渡す限り、歳忘はほとんど討伐されている」
『情報提供感謝する、飛岡。それから稲美町の田んぼ付近に怪我を負った人がいたと情報が聞いてるのだが、それはどうなってるんだ?』
「あー…それが、ですね…」
『…はぁ』
無線機から藤原のため息が聞こえてきて、飛岡は苦笑いすることしかできなかった。
『分かった、とりあえずすぐに撤退してくれ。いつここに歳忘が来るか分からんからな。念の為隊員をそちらに派遣させる。上手くやってくれ』
「了解でーす。ではもう切りますね」
『あぁ、あと…………』
飛岡はすぐに無線機を切ってしまった。
「あ…やべ。切ってもうたわ。でもまぁいっか、すぐに医療部隊に連絡するとしよう」
飛岡はやらかした感じがじわじわと出てきていた。飛岡は無線機を手に取り、そのまま誰かと連絡していた。
零時は少し眠ろうとしたその時、誰かの悲鳴のような声が聞こえ、すぐに目覚める。飛岡もすぐに連絡を済ませ、警戒態勢に入る。
―なん…だ…?
零時は力を振り絞り、体を起こすと、なんとそこにいたのは、歳忘の大群と、歳忘とは違った何かが腕を上げ、こちらへとやってきていた。
「おいおい!? なんなんだよありゃ!?」
飛岡は焦ってる風を出しながらも、すぐさまナイフを取り出す。零時はただ何も武器を持っていなく、戦うことができない。
「たく、もう体力ねぇのに、どうやれって言うんや?!」
そして飛岡の体力は時期に尽くことになる。
零時たちがどう対処するか迷っていた時、突然零時の耳から何かしらの雑音が聞こえてくる。
「またあの声……」
それは先ほど聞いたあの歳忘たちの声であり、零時はいつもの声かと思っていた。
〈……けて…〉
「…え?」
けど、聞こえた。歳忘の雑音から、声が聞こえた。零時は自分の耳を疑った。しかし、
〈…たす、けて……〉
これは幻聴でもなく、本当に声が聞こえていた。しかもそれは一つだけではなく、数多の声が彼の耳に押し寄せてくる。零時はすぐさま飛岡に声をかける。
「飛岡さん…!」
「なんやあんちゃん!」
「歳忘の…声、聞こえます…!?」
「声!? こんな状況でその冗談はきついわ!! ただの雑音にしか聞こえらん!!」
零時はその言葉を聞いて、さらに疑問が生じる。
―なんでだ…じゃあ水ともう一つの能力も手に入れたとなるのか? そんなのあり得ないが…今はそんなことを考えてる暇はない…!
思考を巡らせている最中でも、歳忘たちはこちらへと近寄ってくる。零時たちがどう対処するか考えた時、空から何かの羽が落ちてくる。零時はその羽を見たと同時、上を見上げる。
そこにいたのは、小さな体から羽が生えており、弓を持つ白髪の女性。その姿はまるで、天使そのもの。
一呼吸置き、彼女は弦を引く。
「《天爆》」
彼女はそう告げ、白い矢が構築され、弓の弦を離す。そのまま歳忘たちがいる地面にへと放たれると、辺りに爆破が起こる。歳忘たちは吹き飛んでいき、そのまま地面へと衝突する。
零時は思わぬ爆風に呆然としていたが、すぐさま腕をクロスして、衝撃を分散する。飛岡はすぐさま近くにあった壊れかけの建物に隠れ、衝撃を受け流す。
「…ふぅ、これで殲滅完了と」
その純白の天使は地上へ降り立ち、そのまま羽をしまう。零時はその飄々とした感じに思わず目を丸くしていた。
それと同時、零時は同時に氷の結晶が溶けていくような感覚を味わう。
「それにしても、さっき歳忘と同時にやっちゃったけど、黒色の歳忘はなんだったんだろう? 多分違う別種の歳忘なのかな?」
その天使は、地面に転がっていた黒色の歳忘の腕を持ち上げ、じっくりと観察していたが、彼女は頭が痛くなったのか、そのまま腕をポイ捨てする。
彼女がこちら側に向く前に、零時はその場を後にしようと、クッションから降りようとした。しかし
「あっ…!?」
降りる時に思わず足を滑らせ、零時はそのまま地面に尻餅をし、フードが頭に被る。
「たっ…!」
そしてその時に声が出たせいなのか、彼女はこちらへと目をやる。
「ん?」
彼女はこちらに視線をやる。だが、彼女の視線はクッションではなく、クッションの近くにいた人。
「あれ、飛岡さんじゃん!」
彼女はその時にようやく飛岡がいたことに気づき、そのまま飛岡の方へと駆け寄る。零時はすぐにクッションの後ろへと隠れる。
「あぁ、やっぱり君だったんか! 久しぶりやな」
飛岡も孫を愛でるかのような声色をしており、彼女もすごく笑顔で、内心複雑な気持ちでいっぱいだった。
「本当久しぶりですね! 最後に会ったのって確か1年ぐらい前でしたっけ?」
「ハッハッハッ。時間が経つのは本当に早いな。まぁ昔話に花を咲かせてもいいが…それは後にして、君はどうしてここに来たんだい? また明月くんからの依頼か?」
「そうなんですよ、実はこの神戸付近にいる歳忘狩りのフードの男を探して、勧誘してきてって言われて…」
―…歳忘狩り、フード男って…まさか俺なのか? マジで言ってるのか…?
零時は頭の中で困惑していたが、ひとまず彼女の話を最後まで聞くことにする。
「それで神戸まで直進していた時、稲美町で被害が起こってるって聞いたから、いざ駆けつけてきたわけなの!」
―なるほど…じゃあこの稲美町での戦いは、アクシデントで来たわけていうことか…。だとしたら、俺大ピンチじゃね
零時はずっと素性を隠して、歳忘狩りとして暗躍していたこそ、ここでバレたらその歳忘狩り人生も終わることに、少し怖気ついていた。
今までの生活が、もしかしたら無くなるかもしれないということに。
「ところで、飛岡さん。まさかここ一人で防衛していたのですか?だとしたら凄くないですか?」
「いやいや、俺一人じゃないって。ここまでやれたのも、一人の坊やが駆けつけてきてくれたおかげやからさ」
「坊や?」
零時の心臓は大気圏まで飛び上がりそうな勢いで、鼓動を早くする。
―マジやばいマジやばい…! どうしようどうしよう…逃げるにしても、無理に動こうとしたら…血が…!
零時は歩くのにも、もうすでに限界が来ており、この場から動くことができない。
そして、徐々に近づいてくる足音。そしてこの時、零時は悟った。もうバレてしまうということに。
そして、彼女がクッションまで行き、こちらへと視線をやる。
「…あ…」
彼女は間を置き、ただこちらをじっと見ていた。零時は少し冷や汗をかき、彼女のその後の言葉を待った。
そして、ようやく彼女は声をあげる。
「君が…フードの人、なの?」
「…は?」
思わぬセリフに、声が出てしまう。俺はすぐに頭を確認すると、確かにフードを被っていた。
「まさか、こんなところで見つけちゃうなんて!私って凄くついてるみたいだ!!」
そう言って飛び上がる彼女を見ていると、思わず笑みをこぼしてしまう。そして彼女が喜び終えると、すぐに冷静になって、零時の傷を見る。
「それにしても、ひどい怪我…。飛岡さん、この人があの坊や? なんですか?」
「…あぁ、その子であってるよ。」
飛岡は一瞬誰だか分からなかったが、血だらけの姿を見て、すぐに誰かを理解し、相槌をする。
「待って、今すぐ応急手当てするから。安心して、フードさん。医療部隊の知恵は、私にもあるから!」
「…まず、フード呼びやめろ…」
「だってそういう特徴的なものしかないですもん!でしたら素顔を見せてください!」
「…それは…」
「まぁまぁ、とりあえず先に応急手当てをしよう」
彼女がムキッとしているところに飛岡がすぐさまフォローをしてくれて、ひとまずの災難を乗り越えることができた。
「それもそうですね…じゃあ飛岡さんは周辺を回っててください。私はこっちに集中します」
飛岡は「了解」と言うと、すぐさま走り去っていき、今この荒廃した町に残ったのは、零時と彼女だけだった。
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彼女は零時の傷、血だらけの体をすぐに応急処置をする。やはり深い場所もあったのか、彼女は凄く真剣な様子だった。
「…ひどい怪我だね…本当に…」
彼女は時折、彼の傷を見て愚痴をこぼす。そしてその言葉は、零時に精神的なダメージを与える。
―…すみません
そう心の中で、彼は謝る
「…うん、ひとまず体はこれで十分だね」
腕や足、胸にも大きな傷があったせいで、体中包帯まみれだった。
「…ねぇ、フードさん。顔も診せてください」
そして、いつか聞かれるかと思っていたことを、今やってきた。
「…それは、できない…」
だけど、俺は見せたくなかった。
今の零時の姿を見れば、彼女がどんな反応するかなんて、容易に想像することができる。
きっと、怒られる。きっと、失望する。そんな不安という薬が、彼を陥れる。
けど、彼女はここで引き下がらない人だ。
「ダメだよ、ちゃんと診ないと、完全には終わらないんだから…」
「それぐらい…自分で、できる」
「…まともに、動かせないのに?」
痛いとこに突かれ、零時は声を出すことができなかった。
「大丈夫ですよ、私は君の顔を見たぐらいで怖がったりしませんので。でも本当に無理だったら…無理しなくて大丈夫ですから…」
だけど、彼女のその言葉を、今裏切ったら、きっと後悔することになる。罪悪感を味わうかもしれない。
だからこそ、零時は決めた。
「…分かった、好きにしてくれ」
俺はまだ動く右腕を動かし、そのままフードを掴み、その顔の正体をお披露目させる。
「…………えっ…?」
一瞬、彼女の目は、昔の瞳をしていた。彼女は度肝を抜かれたのか、そのまま動くことはなかった。
彼は目を瞑り、この後の言動を待っていた。きっといい答えが返ってくることはないと思いながら、ただ彼女の答えを待っていた。
「……れ、いじ…?」
その瞬間、温かい何かが、零時の体中に巡っていく。零時は思わず目を開ける。
「…るな…?」
るなは、零時の体を強く抱擁をし、まるで無邪気な子どもみたいに、泣きじゃくる。零時は、るなの思わぬ行動に、ただ体が硬直していた。
「零時………ッ!」
母親を見つけた迷子の子が、ただただ咽び泣く。それと同じで、るなは嗚咽を出しながら、無様に鼻水を垂らしながら、零時から離れようとしない。
「バカ…! バカだよ、本当にバカ…!! 私がどれだけ探していたと思ってたの…! ずっと不安だったんだよ…! もし零時が知らないうちに死んでたら…私…! 本当に……お騒がせ野郎だよ…バカ零時…」
零時は目を見開いたまま動けずにいた。
戦場の痛みも、血の匂いも、この抱擁の熱に押し流されていくのが分かる。
「……やっぱり、怒るもんな…ごめん」
零時は声を掠れながらも、るなに謝る。
「…ううん、こっちこそ、ごめん…。零時が辛い時に、一番隣にいれなかったの…私、すごく後悔してるから…」
その言葉に、零時の胸の奥で、張り詰めていた何かがふっと緩む。
気づけば口元が僅かにほころび、零時は小さく笑った。
「…そうか、ありがとうな…」
「…ううん…」
零時はるなの頭を優しく撫でながら、ただそのひと時の時間を味わう。
「るな…先に言っておきたいことがあるんだ…」
「…なに…?」
ようやく泣き止んだるなを慰めながら、零時は告げる。
「今、すんげー頭クラクラする…」
「え?」
零時の視界はぼやけ、やがて倒れる。どれほどの時間を有したのか、今の零時には指一本も動かせないほど弱っている。そして、一瞬の出来事にるなはひどく動揺した。
「零時!!?」
るなはすぐに零時の体を揺するが、零時からは何も返ってこなかった。るなはすぐさま無線機をつける
「…………!!」
零時は微かに残った意識で、るなの表情、声を聞く。だがそれらは全てぼやけて見えなく、何も聞こえない。
―…る、な…
彼は瞼を閉じ、やがて記憶の底へと落ちていった。




