一時の夢
俺はどれほど、この場所で寝ていたのか
小麦畑が辺り一面を覆い隠し、子供一人隠せるほどの高さも誇っていた。彼はその小麦畑で、ずっと目を瞑っていた。ただ気持ちよさそうに眠っており、ずっとここにいられるほど心地良かった。
だけど、そんな小麦畑の前に、ある少女がこちらへと駆け寄ってくる。それも怒りながら。俺はイヤイヤ起き上がり、そのまま顔を上げる。
そこにいたのは、身長が160ぐらいで、俺とほぼ近い身長、くっきりとした綺麗な青い瞳、人の視線ごと食べてしまうような綺麗で、長く白い髪、そしてむっちりとしたその表情。まるでそれは、"天使"そのものだった。
「零時!まーたこんなところで寝てたの?」
__はそう言いながら、こちらへと入ってきて、手を伸ばしてくる。俺は少し苦笑いをしながらも、その手を握る。
「ごめんごめん。ついお日様と麦の気持ち良さで寝ちゃってた。」
二人は小麦畑から出るや否や、彼女は少し呆れていた様子だ。
「寝ちゃってたって…全く…零時はいつもそうだね。私のことを毎回驚かすの」
__はため息をつきながら、小麦畑の方へと視線をやる。その視線は、やや寂しさを物語っていたが、俺にはそのような雰囲気、気づくことができなかった。むしろ気にしていなかった。
零時は後頭部に手を組みながら、景色の一帯を見ていた。ここは本当に戦争のせもない平和な場所。それでも__は、その寂しげな表情から、元の表情になることがなかった。
「なぁ…少し散歩でもするか?」
「…珍しいね、零時から誘うなんて。いつも一人でどっか散歩するのに。」
「気分転換だよ。」
零時はそう赤くなりながらも、そのまま__の方に手を伸ばす。__も最初はキョトンとしていたが、すぐにその意図を理解すると、__はその手を握る。零時は鼓動を鳴らしながらも、いつもの冷ややかな表情になるが、少し口角は上がっていた。
すると、__がこちらをじっと見つめていると、少し飄々とした感じで、言葉を連ねる。
「ねぇ、零時。」
「なんだ?」
そう聞くと、__の顔が少し、曇った。
「私ね、最近悪い夢を見るんだ。その夢はね、人がいっぱい死んじゃって、まるで私の周りから人がどんどんいなくなっているみたいで…凄く怖かった。」
「もしそれが、本当になってもさ、零時は私の隣にずっといてくれる?」
「_な………」
――あれ…なんでだ、なんでこいつの名前が思い出せれないんだ?
小麦畑一面に大きな風が飛ぶ。零時は思わぬ風に思わず腕を盾にして風を凌ぎる。そして風が止み、先ほどまでいた__の方へ視線をやるが、誰もいなかった。
「…あれ、おい!どこ行ったんだ!」
零時は少し寂しくなった場所で、ただ誰かを探すため、孤独に歩き続ける。
ただただ土が欠けていく音、足音、そして風がなびく音が何重と重なり、零時の耳に叩きつけてくる。その音たちに零時は焦りが出つつも、声を出しながら、探していた。
どれくらい経ったのだろうか。先ほどまで太陽が昇っていたのに、もう時期沈む時刻へと迫っていた。
「たく…あいつ、本当勝手に消えるんだから。出会ったらまた叱ってやらないとな」
零時はため息をつきながら、少しだけ小麦畑の方を見ると、太陽が小麦畑を突き刺さり、そよ風が小麦畑の周りで駆け巡っていく。
「…そういえば、あいつの…名前…なんだったけ」
その言葉を発したと同時、だんだん風が強くなっていく。でも零時は気にすることなく、ただ小麦畑を見て、彼女の名前を思い出す。
「あぁ…そうだ、思い出した。」
「あいつは____」
その時だった。
「…ッあ…?」
いきなり心臓ら辺から、痛みが走ってくる。零時が振り返ると、そこにいたのは、腕に白い炎らしきものを纏わせており、特徴的な白髪と長い耳、そして海さえも凍るような水色の瞳。零時はそれが誰なのかを知ることができなかった。
「お前…は…?」
「………」
その白髪の人は、零時の体から腕を引き離す。零時は生気がなくなったかのように、そのまま倒れた。零時は一瞬の出来事にフリーズしてしまい、ただ息を上がらせることばかりだった。すると、白髪の人がこちらへと歩み、零時を見下ろす。
零時は死に間際に顔を上げ、その白髪の顔を見ようとした時、突然白髪の口が動く。
《刻の潮に飲まれ、忘却の者を顕現した時、其方は俗世と別れるだろう。》
「…………は…」
零時は思いっきり飛び上がる。
「…今の、夢…?」
先ほどまでの出来事は、夢のようだった。零時はそれに安心したのか、少し安堵した息を出す。
零時はベッドから起き上がり、スマホを持つ。ロック画面の壁紙には、夢の中に出てきた白髪の少女と零時、零時の後ろには親らしき大人たちが3名いた。零時は少し微笑むが、すぐにまた冷たい瞳と表情に戻る。
零時は洗面台に行き、そのまま顔を洗う。その鏡に写っているのは、前や後ろ、横まで伸び切った手入れされていない黒髪、ハイライトがない青い目、右頬には軽い傷の痕があった。
「…今日も、金を稼がないとな。」
零時は左右の手を見る。左右の手には多くの豆があり、さらに腕には多くの傷跡がある。
零時はこれほどの傷を負っているのに、何も覚えていない。ただそれが"最初"からあったように、何事もないように見る。
零時は空のキッチンに行き、冷蔵庫を開ける。そこには飲み物、食料が僅かしかなかった。
零時はため息を出す。
「また、食料も追加しておかないと…それ、から…」
零時は一瞬立ちくらみを起こすが、冷蔵庫に手をつき、なんとか倒れずには済んだ。
「立ちくらみがひどくなってきたな…次から気をつけていかないと…」
零時は冷蔵庫からゼリー飲料を数本ほど取り、スマホを取り出し、ある人に電話をかける。
「もしもし」
『…お、零時くんじゃぁん。3日ぶりだねぇ』
その声の人は、陽気そうな女性 奥川由梨だった。
「奥川さん、また歳忘の討伐をしたいのですが…」
『お、それならちょうどいいじゃない』
「え?」
零時は思わぬ発言に目が点になるが、奥川は構わず話していく。
『最近兵庫県の神戸市付近で《歳忘》が現れてね、人手が足りないみたいだからさ〜。』
「ではその依頼でお願いできませんか!?」
零時は餌を求める魚のように、その話に食いついた。奥川は少しだけ笑った声が聞こえてくる。
『了解したわ、ならすぐに向かってくれるかしら。あなた、神戸市から近いからね。また討伐できたら、連絡よこしてねー。』
そのまま電話は切られ、零時はすぐさま準備をする。
「相棒、今回もよろしくな。」
零時は机の上に置いてあった銃剣を持ち、それからいつものパーカーとシャツ、ズボンに着替え、豆だらけの手を隠すためのストリート風なグローブとウエストバッグを装着し、腰の横には銃剣を背負う。
「行くか。」
零時はいつもの事のように、今日も歳忘狩りへと向かう。今日は2189年9月28日。紫のシオンの花が咲く。