*閑話参「コンナニスイーツ、タベキレナイ」
クリアと別れた後のシュウ君のお話です。第一章のもう一つのエピローグとして読み流していただければと思います。
シュウは、ほとほと困っていた。
目の前にあるのはありとあらゆる甘いもの。どれも美味しそう……なのは良いのだが、その量が桁違いなのだ。
パーティでも始めるのだろうか。一人で?
クリアが買ってくれたスイーツは種類もさることながら、気に入ったら沢山食べたいでしょ、と言われて数もそこそこある。
シュウもスイーツは嫌いではなく、むしろ好きな方であるため、クリアが色んなスイーツを買ってくれたことは本当に嬉しいし感謝もしている。
でも多い。多すぎる。食べきれない。
クリアと別れる前に、いくつか返そうと思っていたのだが……【月詠花】が怖くて無理だった。
【月詠花】こと、メル・ベルーダのことはもちろんシュウも知っていた。優秀な冒険者としての名声も、様々なメディアに出ているため顔や姿も。
尊敬する冒険者の一人だったため、気づいた時には会えてらしい気持ちもあった。
だが、彼女と目が合った時、これまで感じたことがないほどの恐怖を感じた。
クリアからは見えない角度で、静かに、冷ややかにこちらを見つめる青い瞳は、深海のように深く、戻ってこられないどこかへと連れ去られるような感覚がした。
静かな威嚇。クリアに近づくことへの、クリアを傷つけることへの忠告だった。
あまりの恐怖にその後はクリアから三歩ほどさらに離れて歩いたが、メルがあの一瞬以降シュウのことを目に止めることは無かった。
「はぁ………」
クリアがあんな調子の接しやすい人物だったから感覚が麻痺していたが、名の知れ渡った凄腕の冒険者ともなればその威圧感は桁違いである。
もちろん、この間戦った盗賊団のボスやそれに対峙していたキース、ルグなどの冒険者達もその強さは並外れていて気圧されるほどだったが……
メルは星六冒険者だ。ランクが上がれば上がるほど、一つランクが違うだけでもその実力差は大きくなる。
キースは同じ星六冒険者だが戦闘職ではないし、それ以外で討伐に参加していた冒険者はみな星五以下。やはりその強さも、威圧感も比べ物にならない。
帝都は有名ギルドが多く、強い冒険者も大量にいる。メルと同じくらい、いやもっと強い冒険者も。
シュウは改めて自分の弱さを自覚した。
まあ、それはそれ、これはこれで。
「本当に、どうしよう……」
シュウはギルド一階の休憩スペースにある丸テーブルの上にスイーツを置き、呆然とそれを眺めている。
痛むのが早いものから食べるとしても……おやつと食後のデザートだけでは到底消費が間に合わない。
日持ちするスイーツは「日持ちするから」とさらに大量に買ってある。
なんだか、見ているだけで胃もたれがしてきそうだ。
「あら、シュウじゃない。……どうしたの、その大量のお菓子。パーティでもするの?」
「しないです……実は……」
唸るシュウを見かけて声をかけたのは〈深紅の焔〉リーダーのカーラ・マクレスだった。
シュウは大量のスイーツを買い与えられた経緯をカーラに説明する。
カーラは思い当たる節があるのか苦々しい表情で頷いた。
「あぁ、またやったのねマスター。あの子、自分が好きな甘い物を布教するかのように他人に買い与える趣味があるんだけど……それはいいのよ、こっちも奢ってくれるのは嬉しいし、くれるものはどれもすごく美味しいし。でも、金銭感覚がおかしいからかその量がえげつないことがたまにあるのよね……」
「一人じゃ到底食べ切れそうになくて……困り果ててました」
「この量じゃ、ねぇ……」
一つ一つは本当に美味しそうなものばかりだ。だが、一人で食べ切るとなると三食スイーツで満腹になるまで食べるくらいの勢いでないと無理だ。
「あの、カーラさん良かったらもらってくれませんか」
「ちょっとなら、ぜひもらいたいところだけど……」
二等分でもまだまだ多い。カーラがパーティメンバーに配るとして全員で五等分しても、まだ余裕で多い。
「……いっそのこと、本当にパーティしちゃうのはどうかしら?」
「え?」
「この前の討伐作戦に参加した《新星》メンバーを集めて、お疲れ様会をするのはどう?マスターも討伐で功績を挙げたご褒美って名目でこれを買ったんでしよ?」
シュウには無かった発想だった。せいぜい、ここにいる冒険者全員にスイーツ配るか……と考えていた程度である。
そもそも、シュウはまだギルドに入ってから、というより帝都に来てから一ヶ月も経っていないのだ。知り合いはほとんどおらず、討伐で一緒だったギルドメンバーに多少名前を知ってもらったくらいだった。
「参加者集めは私に任せて。こう見えて顔が広いのよ。どう?シュウさえ良ければ、みんなでこのスイーツやご飯なんかをつまみながらパーティしない?」
「えぇ、と……ぜひ、お願いします」
戦いを共にした縁だ。せっかくなら、大切にしたい。知り合いを増やすのは今後の付き合いや活動にもプラスになるだろうと考え、シュウはその提案を了承した。
カーラは大きく頷くと、ぐっと拳を握った。
「よし、じゃあ明日の夜、場所はギルドの酒場の一角を借りましょう。私は早速集まれる人を探して来るわ。シュウは酒場に許可もらってきてくれる?」
「わかりました」
そう言うとカーラは受付の方へと向かっていった。
キースはスイーツをどうしようか迷った挙句、とりあえずそのまま放置して酒場へと走っていった。
▷▷▷
「はい!みんなグラスは持ったわね?そろそろ乾杯するわよ?コホン、急な誘いだったけど、多くの人が集まってくれて嬉しいわ。あと、今回お疲れ様会をすることになったきっかけはシュウだからね。並んでるスイーツはシュウがクリアに褒美として買ってもらったものを分けてくれるって話でもらったものだから、みんなシュウに感謝すること!じゃあみんな、討伐お疲れ様!乾杯!!」
「「かんぱーい!!」」
ギルド一階に併設されている酒場、「キラキラ星」の一角には十数名の冒険者達が集まっていた。
カーラは本当にギルドメンバーの誰とも仲が良いようで、受付に現在帝都にいる者の所在や連絡先を確認するとぱっぱと話を通していき、参加者を集めていった。
テーブルにはシュウがクリアにもらったスイーツ達が並び、別のテーブルには酒場自慢の美味い料理が並んでいる。
そして、冒険者達の手には酒が。
「シュウ君、今日はありがとう。スイーツも後でいただくね」
「あ、シーラさん」
シュウに声をかけたのは〈幸運を呼ぶ星〉副リーダーのシーラだ。後ろには仲間であるサミュやムゥラもいる。
「ジェーンさんの調子は、どうですか?」
「大丈夫、徐々に回復しているわ。今日も来たがってたんだけど、流石にまだ無理させる訳にはいかないから」
〈幸星〉リーダーのギルガメッシュ・ジェーンは討伐の際、盗賊団幹部の捕らえた後ボスとの戦闘に加勢していた。
だがその時、ボスのシュゼットが避けた冒険者の魔法がジェーンに直撃、衝撃で飛ばされ壁に打ち付けられたかと思えば天井から崩れてきた岩に潰され大怪我を負ったのだった。
幸いすぐに治療を受けたため命に別状はなかったものの、治癒魔法による回復はかなり体力を消耗するため、しばらくの間はベッドから動けない状態であった。
「あ、もし良かったらこの辺の、日持ちするやつ持っていってください。ジェーンさんにもすごくお世話になりましたし」
「ありがとう、ジェーンにも伝えておくね」
「お、討伐の立役者達がそろっとるじゃないか」
発泡酒片手に近づいて来たのは星三のソロ冒険者、バルダン・ルウィズである。後ろには〈朝露の微睡〉の三人もいる。
「お前たち、まだ若いのに強いな。幹部倒すなんてすごいじゃないか」
「ん、こいつらがそうなのかバルダン。すげぇなぁ、こんなおじさん達とは違って将来有望だな。うちのサイカちゃんと良い勝負だよ」
「なんですかししょー。サイカを呼びましたか?」
しみじみと頷くおじさん三人と、バクバクと料理を頬張っている少女一人。
〈朝露の微睡〉はベテラン冒険者二人と新人一人の元ソロだった冒険者達が組んでいる変わったパーティだ。
〈幸星〉やシュウは関わりが浅かったが、〈朝露〉も今回の討伐でかなり活躍していたらしいという話は聞いていた。特に星二冒険者であるサイカは、シュウとも年が近い新人でありながら今回の討伐でも何人もの盗賊を捕らえた実力者である。
「お前がシュウですか?おいしいケーキありがとうです。でも!だいししょーに認めてもらうのはこのサイカですから!」
「だ、だいししょー?」
「マスターのことだ。……おう、落ち着けサイカ。シュウ、今日はデザートを振る舞ってくれてありがとうな。俺らは向こうに行ってるわ」
「じゃ、またな」
むんと胸を張るサイカの背を押しながら、〈朝露〉とバルダンは去っていった。
「私達もちょっと向こうの人達と話してくるわ。シュウ君も来る?」
「あー、えっと……」
「おー!お前がシュウだな?」
「あ……俺はここにいますね」
〈幸星〉と別れたシュウにぞろぞろと近寄ってきたのはソロ冒険者四人組だ。
「いやー、お前まだ星一なんだって?しかもソロだろ?すげえな!あたしらもソロ歴長いからさ、なんかあったら相談乗るぜ?」
そう声をかけ、シュウの背中を叩くのは星三冒険者のニーナ。
「…………」
無言ながら、シュウを見つめて同意するように頷いているのは星二冒険者のライ。
「このスイーツも、とてもおいしいです。ありがとうございます。マスターが買ったものだそうですけど……星一でそこまで注目されているとは、すごいですね」
穏やかに微笑みながら感謝を述べるのは星三冒険者のメイナ。
「本当にねぇ。そうだ、私今パーティ組んでくれる人探してるんだけどね、シュウさんが良ければぜひ私も組んでもらいたいわ」
そう言ってふふふ、と笑うのは星二冒険者のコリン・ユーステス。
「えっと、今は誰かとパーティを組もうとは思っていないので……ソロ冒険者として、ぜひアドバイスなどをもらいたいです」
「おうよ、後輩の頼みなら大歓迎だぜ」
実は直接話したことが無かったため彼らの名前が微妙に一致していないシュウだったが、今日さりげなく名前を聞いておこう、と思った。
▷▷▷
「カーラさん」
「あら、シュウ。楽しめてる?」
料理やスイーツも少なくなり、そろそろお開きの雰囲気が漂い始めた頃。
冒険者達に構い倒されていたシュウは、ようやくカーラへと話しかけることができた。カーラもカーラで絶えず誰かと話しており、中々二人が話す機会が無かったのだ。
「こんなに、大勢の方を呼んでくれて、ありがとうございました」
「いいのよ、どうせやろうと思ってたことだもの。ま、肝心な隊長のキースさんは来なかったけどね」
元々来るとは思っていなかったが。
キースがこうした食事会の場に一人で参加することはなく、パーティメンバーに誘われ参加したとしても、大抵は隅っこで縮こまっているだけなのだ。
カーラも彼がこういった場が苦手なことは理解していたため、欠席に対しては特に何も思っていない。
「どう?多少は顔見知りも増えたかしら?」
「あ……はい、おかげさまで」
カーラは、今回のことを通してシュウがギルドにより馴染めるようになれればと考えていた。
今回の参加者を誘う際にもシュウの存在を強調し興味を持たせることで、この場で互いに交流してくれればという算段だったのだが……思った以上に上手くいったようで、皆真面目で向上心のあるシュウを気に入ったようであった。
カーラはこのような面倒見が良く交友関係の広い性質から、ランクの低い冒険者や新しくギルドに入ったばかりの冒険者達のまとめ役として幹部や事務員からも信頼が厚いのだ。
「ま、これからも私達を積極的に頼ってくれていいからね。マスターよりかは遠慮せずに気軽にできるだろうし。《新星》は、新たな仲間を歓迎するわ」
「……ありがとう、ございます」
帝都に来て、盗賊にわれて、〈新星〉に所属して、討伐に参加して。
あまりにも慌ただしく事が進んでしまったため未だに実感が湧いていなかったが、シュウはようやく、自分も《新星の精鋭》の一員なのだと、自覚できたような気になれた。
「……あ、ところでこの料理やお酒の支払いは……」
「大丈夫よ。全部ギルドの経費で落ちるから」
「ゆ、有名ギルドってすごい……」
桁が違うな、と驚いたシュウであった。
次話も閑話となります。




