二十六話「【星影】」
ついに次話で第一章完結となります。
と、その前にユーリス君の視点が入ります。
「じゃあ、あとは今後についてだな……とりあえずキース、今回使用した魔道具にかかった費用を協会に報告してくれ。協会が負担する」
コクリとキースが頷いた。
情報に関してはお互いにあらかた共有し、ガルスは議題を次に移した。
「まあ、《新星》に協力してもらいたいことは今のところそんなに無いな。クリアがいたら、どうやって拠点を見つけたのか聞き出すついでに今掴んでいる情報と考えについても聞きたかったんだがな……」
散々逃げられ、全く話を聞く機会もない。
もう関わらないとでもいうつもりなのだろう。
「じゃあ、僕から。現在協会と騎士団は関連組織についての調査を主に行っているということですよね?」
「そうだな」
「帝都近郊にある拠点となり得る場所についても再度の調査と今後の警備体勢も見直した方が良いのでは?」
「あぁ、そうしよう」
そもそも、最初クリアが発見したシュゼット盗賊団の下部組織である小さな盗賊団は、營備の穴を突かれたために発見が遅くなっていた。
シュゼットの数度の移動に関しても、それだけ盗賊団の拠点となり得る場所が多かったことに他ならない。
「あとは《新星》ギルドに対する報酬に関してですね。冒険者個人への参加報酬はそちらにお任せしますが、今回《新星》は積極的に冒険者を斡旋したことに加えて、作戦本部の場所もお貸ししていますよね?シーファも本部で作戦の話し合いにかなり参加していますし。そこで冒険者個人への報酬とは別で、《新星》へも別途の報酬をいただきたいのですが。協会も今回かなりの時間と労力を消費したことは承知していますが、こちらにも誠意を持って対応していただけるとありがたいです」
「……そうだな。報酬については必ず用意しよう。額についてはまた相談する」
ガルスは痛いところを突かれたように渋い表情をした。報酬を踏み倒そうとはしていなかったが、こう正面から交渉されてしまえば無碍にはできない。
協会員を多く動員したことに加え、冒険者もかなりの数が参加した今回、協会側はかなり資金的な痛手を負っている。おまけに盗難被害は少なかったため、騎士団から協会へと支払われる報奨金も出し渋られる可能性が高い。
帝国内外各所での被害の大きさが分かれば追加で支給はされるだろうが……現時点では大幅な赤字である。
「あと、姉さんへの報酬はどう考えてますか?」
「クリアは今回、表向きは討伐に参加していないからな……ただ、やはりだいぶ助けられたからそれ相応の報酬は用意しよう」
「ありがとうございます」
曲がりなりにも銀月冒険者への報酬だ。はした金で済ませる訳にはいかない。
本当に費用がかさむな、と嘆息したガルスであった。
「これくらいですかね。僕達も協会が今かなり忙しく大変なことは理解していますので、協力できることがあればできる限り協力します」
「報酬に関しては私がご相談を受けますので、ご連絡ください」
「キースも魔道具のことや討伐作戦の指揮担当として聞きたいことがあればいつでも貸すので」
「は、はい、僕にできることなら……」
「そう言ってもらえるとありがたいな」
今日はここまで、ということでガルスは残りの羊羹を口に放り込み席を立った。
「何かあればこちらからも連絡するし、いつでも連絡をくれ。あぁ、あと〈隕石〉の奴らに帰還の報告にはちゃんと本人が来いと伝えておけ。結局協会まで報告に来たのはユーリス一人だったからな。まったく、〈隕石〉でそのへんの規則を守れる常識人はお前らだけだから、よーく言い聞かせておいてくれ」
「ああ、はい。きつく言い聞かせておきます」
〈隕石〉の面々は冒険者の中でも特に協調性と社交性に欠け、常識人が少ない。問題児だらけである。
まだマシな方であるこの二人がいないとどうなるか分かったもんじゃない。
そもそもリーダーが一番の問題児なのだ。
真面目で責任感があるといった点ではよほどユーリスの方がリーダーに相応しいくらいである。だが、それを言うと彼は決まって「姉には及ばない」と言う。
扉を開け部屋を出る寸前ガルスは、あ、と言うと振り返り再び口を開いた。
「そうだ、クリアに後日協会まで来るよう伝えといてくれ」
「今回の件に関しては何も言わないと思いますよ」
「いや、別件だ。あいつにちょっと相談したいことがあってな」
+++
ユーリス・セブンは義姉であるクリア・マギナの本当の実力を知っている。
彼は〈黄金の隕石〉の神官にして副リーダー、そして二人いる《新星の精鋭》副ギルドマスターのうちの一人である星六冒険者だ。
クリアが放棄しているリーダーやマスターとしての仕事の一部を引き受け、神官として神殿での仕事もこなし、他にも各所との取引や根回し、メンバーが問題を起こした際の後処理など、実に多くの仕事を受け持ちいつでも忙しそうにしている。
リーダーの並外れた栄光にその実力が隠れがちであること、そして自らもまた【金星】の影に隠れて目立とうとしないことを揶揄するように【星影】という二つ名が付けられた。
かなり不名誉であるとも考えられる二つ名だが、これもクリアを引き立てるために役立つのであればと受け入れている。
ユーリスはクリアの性質と性格をよく知っている。
特異な魔力とその瞳、そして生来の性質から危険な目に遭うことが多いこと、そのわりに危機感が薄く安易な行動が多いこと、周りに勘違いされやすく、なんだかんだ周囲を巻き込みつつその危機を脱することができること。
だが、本人にその危機を対処する能力はないこと。
ユーリスはクリアを最大限に守るために、強く見せかけることにした。
冒険者は都合が良かった。計画を思いついたのはみんなで冒険者になろうと決めてからだったが、冒険者は富、権力、武力共に得やすい職業だった。
クリアをパーティリーダーにして活動しランクを上げつつ、集めた資金で遺物を買って自衛能力を高めた。
ギルドを立ち上げ、そのマスターにすることでさらに資金やランク昇格のための実績を集め、さらに常に側に武力となる冒険者を置ける状況とその武力を動かせる立場を手に入れた。
クリア本人が何の力も持たない最弱だったとしても、その身を守れるように、守るために。
そのために、ユーリス自身は裏で暗躍しながらクリアを守るための最高の居場所を用意したのである。
ユーリスや他のメンバーが表に立って庇護するかたちも考えはしたが、いつ何時でもあらゆる危機に対応できるようにするためにはクリア本人の地位と名声が必要だった。地位や知名度によって引き起こされ得る危険は、クリアの度を越した危険体質を前にすれば少し増えたところで変わりなかった。
クリアの本性を見抜いている者は少ない。
これを企てたユーリスと、勘が鋭く賢いリオの二人くらいだろう。他のパーティメンバーは鈍いかクリアを盲信しているかで気づく様子はない。メンバー以外の人物に至ってはユーリスが完全に隠蔽し装しているため論外だ。
クリアも抜けているようでいて案外威厳を出すのが上手く、その地位に見合うような活躍をすることもあるためバレる気配はない。
「ギルドマスター」という立場はユーリスが用意したものではあるが、その立場がクリアに不相応だとは思っていなかった。
事実、このギルドは躍進を遂げここまで有名になり、クリア自身もまた銀月冒険者というランクにまで登り詰めた。それはユーリス一人がどうにかできるものではなく、クリア本人の資質によるところも大きい。
全てはクリアの安全のため。クリアを支えるため。
そのために彼は冒険者をしているし、何でもする決意を持っていた。
「……キース」
「……?」
ガルスが帰った後、ユーリスとキースの二人はシーファと別れ、ギルドマスターの執務室へと向かっていた。
「さっきの、拠点の出口についての話……たぶん、リオが絡んでると思う」
「え!?」
ギルと共に帰したリオが、先日まで行方不明だったこと。一人の時は拘束を解かないクリアが、冒険者が来たときにはもう拘束を解いていたこと。
このことから、ユーリスは恐らくリオがその場にいたのだろうと推測している。
「ど、どうしよう……よ、余計なこと、言っちゃったかな」
「いや、もしリオが何かしていたとしても痕跡を残すような真似はしてないはず。とりあえず、リオを問い詰めてみよう」
やる気さえ出せば優秀なリオが面倒になりそうな痕跡を残すとは考えられない。そしてリオが動いたということは、何かしら彼の「欲しがるもの」「したがること」があった可能性は高い。
またクリアがリオの存在を明かしていないことからそれが後ろめたい何かを含んでいることも推測できる。
万が一後ろめたいことがあったと判明し、ガルスが言ったようにクリアが疑われることがあったとしても、銀月冒険者としての協会からの信頼があるため心配はいらないだろう。が、事態を把握し対策しておくに越したことはない。
扉をノックする。………返事がない。
少し待ってから扉を開けた。
「なーなー、リオ!筋トレ競争しよう!!いいだろー?ギルドの奴らだと弱くてつまんないんだよ!」
「ギル!!うるさいわよ!!おとなしくしてなさい!!」
「そう言うアンナが一番うるせーんだよ……」
「クリアちゃーん、討伐参加できなくて、ごめんねぇ?お詫びにメル、何でもするよぉ?な・ん・で・も」
「じゃあとりあえず離れてほしいなー……絞め殺されそうだから……」
中はいつも通り、愉快なことになっていた。
ソファに寝転がるリオの周りをうろつきながらギルが吠え、椅子に座ってビスケットを食べるクリアに後ろから抱きつくようにメルが絡み、部屋の中央でアンナが怒りを露わに叫んでいた。
「ちょっと!!メルもクリアを困らせないの!!そもそもあんた達入室許可取ったの!?」
「そう言うアンナちゃんはどうなのぉ?」
「私はちゃんとノックしてクリアに許可を取ったわ!」
「……アンナ、入室許可はね、受付かシーファを通してから私が許可を出すんだよ。ノックしたのはえらいけど、執務室の入室許可にはならないよ」
「……え?」
ユーリスは大きなため息を一つ、吐いた。
横でおろおろしているキースを部屋に押し込み、自分に入室して扉を閉める。
「……はい!静かに!全員そこに座って、僕の話を聞いてください!」
姉の、安全のため……彼は今日もこの問題児達の世話に追われるのだった。
どう話を完結させようかと苦戦しておりまして、少し話がガタついているようにも思っています。すみません。
とりあえず、次話で第一章は完結となります!




