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パァンと弾けたノーラの体がキラキラとした金色と銀色の星の煌めきになって舞う。ふわふわ漂ったその煙は意志を持ったように形を持つと、エレオノーラの体にまとわりついた。
「きゃあっ……何、何を……」
金銀に輝くもやは彼女の体の中に吸い込まれるようにして消えてしまう。次にエレオノーラが瞼を開けた時には、うんざりするほど知っている、私への慕情が嫌と言うほど透けて見える目をしていた。
幼いノーラが心から慕って私を見ていた、その瞳と同じだとはっきり分かる。
「アルベルト様……」
ああ、ノーラは君の中にいるのだな、と自然とそう理解できた。
エレオノーラ、私達には会話が足りなかったみたいだ。必死になって引き止めようとしてくれたノーラの言葉に報いるためにも、二度とああしてすれ違いを起こさないようにきちんと会話をしよう
会話を
「えっ……うぇ、うえええ……ゲホ、ゲホッ」
喉が焼ける。自分の吐瀉物が喉に詰まりかけて一瞬息が止まっていた。
絨毯に這いつくばって背中を丸めて、胃の中のものを全部ひっくり返すように吐き出している。酸の混じった匂いとえづく喉、どちらに噎せているのか分からない。
私が膝と手をついてビチャビチャと汚物を撒き散らしている隣に、頭部が真っ二つに裂けたノーラが横たわっている。突き立てられた刃物は懐刀だった。女性が「尊厳を傷つけられる前に使いなさい」と母親から託されるそれを、エレオノーラは自分の恋心を具現化した存在にこうして突き立てていた。
都合のいい夢から現実に引き戻されて涙が溢れる。嘔吐から滲んだ涙か、ノーラを悼むために流れた涙か分からない。
「どうして……どうしてこんな、酷いことを」
「だって、邪魔だったんですもの」
笑みが消えた顔で冷たくつぶやく彼女にノーラの面影は見えない。
「お目汚ししてしまい、申し訳ありませんでした」
口だけでそう謝罪する彼女には、そう言いつつも申し訳ないという感情は全く見えなかった。あの笑顔の面影もない、頭部の裂けたノーラの体は裂けたところから金と銀のキラキラしたモヤになって、煙のように天井に上っている。そのまま何もないように、ノーラがいなかったように消えてしまう。裂けた端はもう透明になりかけていた。
「モニカさんでよろしいですね?」
「………………は?」
「ですから、ノーラのような者がお好みなのでしょう? 歳は違いますけど、モニカさんならそっくりではないですか。振る舞いや発言が……それともノーラのような歳回りがお好みですか? それはちょっと……」
「君は……君は何を言っているんだ」
「愛娼の話ですわ。アルベルト殿下の。モニカさんは数学については天才とお認めしますけど、平民ですし、人間関係の機微は一切お分かりになりませんから側妃は諦めてくださいませ」
回らない頭で必死に考える。何を言われたか理解した私は強く否定するしかできない。
「彼女は……友人だ! そんな目で見たことはない!」
「左様でございますか。それではお気に召す方をご自分でお探しくださいませ」
誰か、アルベルト殿下の体調がすぐれないようですから医者を呼んで。エレオノーラの声が響く。彼女は……人生の半分以上ずっと胸にあった私への愛を失って、人としても何か欠けてしまったのか。
分からない。
肌触りのいいタオルが濡らされて、誰かが私の口元をそっと拭う。膝も胸元も汚れてしまったからと、着替えを手配するようにと指示をする声も聞こえた。
私は取り返しがつかなくなったノーラの横で、膝をついて蹲ったまま泣いていた。どうして止められなかったのか、どうして外聞を気にして腕を掴んで止めなかったのか。
「ごめんね……ノーラ」
掴んだ小さな指先は、やはり人間のものではない感触がする。体温に似た熱も感じなくなった、魔法でつくられた器は、こうして握りしめていても跡形もなく消え去ってしまうのだろうと知らないのに何故か分かっていた。
「後悔する失恋して吐くほど泣くイケメンが見たいよ〜〜〜〜」と思って自家発電しました。
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追記
6/1発売の「無自覚な天才少女は気付かない」2巻もよろしくお願いします〜〜!!!
こちらの本ではすれ違って傷つき涙を流す美少女が摂取できます。
(正式なタイトルは「無自覚な天才少女は気付かない~あらゆる分野で努力しても家族が全く褒めてくれないので、家出して冒険者になりました~」になります)