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お久しぶりです。

 

 慣れぬ男性ばかりの場所を訪れた私を慮ってくれたのか、その日の夜は、ミリヤム王女と二人で食事をとることになった。

 素朴だが素材の良さを生かした料理に舌鼓を打ち、食後にミリヤム王女付きの侍女、ベルタがいれてくれたお茶を飲みながら、ほうっと息をついていると、頰をバラ色に染めたミリヤム王女が待ちかねたように口を開く。

「本当に素晴らしかったわ…!確かに平地ではあったけれど、あんなに安定して走ってくれるなんて…」

 ミリヤム王女は今日も途中で気を失った私を気遣いつつも、今日乗せてもらったトビアス様の馬ーリルに興奮を隠しきれないようで、お茶のカップを傾けながらうっとりと語る。食事の際もうずうずしているのは気づいていたが、やはり今日乗った馬のことがずっと気にかかっていたようだ。

「明日もう一度乗せていただけないか頼んでみようかしら」

「明日もまた別の視察が入っているのではないのですか?」

 馬のことを熱心に語るミリヤム王女は大層可愛らしかったが、その言葉に思わず口を挟む。

「まだ来たばかりだからと殿下が気を利かせてくださって、午後の視察は1日置きなのよ」

 ほぼ毎日午前の座学がある代わりに、午後の視察は1日置きで、空いている日は庭を散策しても、室内でお茶を嗜んでも、王宮内にいる分には何をしても構わないらしい。その代わり、王宮の外には殿下が正式に案内するまでは出ないよう言われているとか。おそらく初日にアウグスト殿下が説明してくれたのだろう。…私が気を失っている間に。

「しかし、トビアス様もお仕事があるのでは…?」

 トビアス様がお仕事ならば、リルもトビアス様と共に仕事である可能性が高いだろう。

「そうね…。明日の午前中のうちにホーカン副団長に使いを出しておこうかしら…」

 確かにホーカン様なら今日のミリヤム王女の喜びようを実際に目にしていることだし、気持ちを汲んでくれそうだ。

 今日の様子を見る限り、リルは身体こそ大きいが、気性は優しい。しかも、ホーカン様やトビアス様が目を光らせてくれているのだから、ミリヤム王女に危ないことは何もないだろう。

 では、王女が騎乗している間、私は何をしようか。

 一人のんびり室内に閉じこもっているわけにもいかないし、お供と見せかけて、素敵なお庭を散策させていただこうかしら。

 そんなことをつらつらと考えていると、ミリヤム王女から思いがけぬ爆弾が投げ込まれた。

「ソフィアも乗るでしょう?」

「…はい?」

 思わず王女に対して令嬢らしからぬはしたない返答をしてしまった。

 ごほんと誤魔化すように咳払いをして、もう一度きちんと問いかける。

「ミリヤム王女、今なんとおっしゃいましたか?私、うまく聞き取れなくて…」

「もう!ソフィアも馬に乗るでしょう?と言ったのよ。あなたも乗馬服は持ってきているのだし、リルぐらい気性の穏やかな馬ならあなたも大丈夫なはずよ」

 ね、一緒に乗りましょう?とキラキラした瞳で見つめる大切な友人を見て、断れる者などいるだろうか。




「いえ、いませんわ」

「…ソフィア嬢は、ミリヤム王女殿下にその…弱い…いえ、ミリヤム王女殿下を大層お慕い申し上げているのですね…」

 苦笑いしつつ、一生懸命言葉を選んでくれたのは、今日の午前中にいきなりお願いしたにもかかわらず、快く私たちの申し出を受け入れてくれたホーカン様。さすがはできる副団長である。

「ミリヤム王女には昨日に引き続き、リルに乗っていただきましょう。いいな、トビアス」

 ホーカン副団長の言葉に、トビアス様も嫌な顔一つせず、力強く頷いてくれる。

「はい。リルも王女に慣れたようですし、お一人でも問題なく乗っていただけるでしょう」

「本当に?まあ、なんて素敵なんでしょう!」

 二人の申し出にうっとりと目を細めるミリヤム王女は大変に愛らしい。叶うならば、それが大柄な馬に乗ることでなければ、なお良かったのだけれど。

「ミリヤム王女、わかっていらっしゃるとは思いますが…」

 要らぬ心配だと思いつつ、あまりの喜びように一応釘を刺しておく。王女の乗馬の腕前も、ドラゴニア王国騎士も信用しているが、アヴィリルからついてきて、口うるさくするのは私しかいないのだ。どれだけ心配しても足りないことはないだろう。

「早駆けはだめ、でしょう。ちゃんと弁えています」

 昨日から続く私の過保護ぶりに流石に煩わしく思ったのか、つん、と答えられてしまったが、すぐさまそのキラキラとした瞳を私に向けてきた。

「ソフィアは?どなたの馬に乗せていただくの?」

「ソフィア嬢にはマックスの馬に乗っていただこうかと思っています」

 答えたのは、私ではなく、手配してくれたホーカン副団長。

「飼い主に似て、大人しくのんびりした馬ですし、マックスと二人乗りしていただく分には何も危険はありませんよ」

「副団長、それって褒めてないですよね…」

 眉を八の字に下げ、とことこと馬を連れてきたのは、優しい垂れ目が印象的でいながら、竜人族らしく長身の男性。彼がマックス様だろう。

 そして私の記憶が正しければ、昨日、ヴァルナル様に押し負けていた人ではなかろうか。

 近寄ってきた馬は、リルより若干小柄で、持ち主と同じように優しい目をしている。おずおずと鼻を寄せてきたので、そっと撫でてあげたら目を細めてくれた。

 とてもかわいい。

「ノールとの相性も良さそうですし、俺も後ろからちゃんと支えますから、安心して乗ってください」

 夢中になって鼻面を撫で回していた私にかけられた言葉にはっとして振り返ると、ミリヤム王女のみならず、ホーカン様とマックス様にまで微笑ましそうに見られていた。恥ずかしい。

「近くにちょっとした池があります。池まではほとんど平地で難所もありませんし、ちょうどいいでしょう。今の時期でしたら池の辺りで咲いているデイジーも楽しめますよ」

「まあ!それは楽しみですね」

 デイジーに釣られ、ちょっと憂鬱だった乗馬が楽しみになってきた私は、我ながら単純だと思う。



 池まではホーカン様を先頭に、ミリヤム王女と軍の予備馬に乗ったトビアス様、そして殿(しんがり)を務めるのがマックス様と私の乗ったノールだ。

「ソフィア嬢、ノールの乗り心地はいかがですか?」

「とても快適です」

 お世辞でもなんでもなく、ノールの上は想像以上に快適だった。体格が大きいからか、以前アヴィリルで乗った時とは比べ物にならないくらい安定している。最初こそ高さに怖気付いたものの、マックス様がしっかりと支えてくれるので、すぐに恐怖も感じなくなった。

 マックス様との距離の近さにも緊張するかと思われたが、不思議とそれも然程感じない。

「それはよかった。ご令嬢と同乗するのもどうかと思ったのですが…その、大丈夫…ですか?」

「ええ。むしろ一人では心許なかったので、安心できます」

 自分でも不思議なことに、安心できるのは嘘ではない。

 たしかに元から穏やかな男性は苦手ではなかったが、優しくても騎士に対しては緊張することがほとんどだった。それなのに、ここまで密着して気にならないのは…。

「そう、カールに似ているんだわ」

「は…?」

「いえ、こっちの話です」

 一人で納得していきなり笑顔になった私に若干引きつつも、マックス様はあまり深く触れずに流してくれる。

 そう、彼はカール、私の弟に似ているのだ。

 体格も風貌もまるで違うし、まして種族さえも違うのだけれど、垂れ目で優しげなあたりなど、どことなく雰囲気が似ている。

 あまり強く出れずに、押し負けてしまうところもそっくり。

 おっとりしていて、時期領主として不安なところがないわけでもないが、とっても優しい子で、私のことをお姉様、お姉様ととても慕ってくれている。ドラゴニアに旅立つ時も、寂しがって涙ぐみながらも私の無事を祈って一生懸命笑顔で見送ろうとしてくれていたっけ。次期領主

 そんなかわいい弟のことをどこか彷彿とさせる彼だから、私の苦手なたくましい男性だというのに、緊張せずにいられるのだろう。

 …ヴァルナル様にちょっと安心感を覚えてしまったのも、すぐに気づかなかっただけで、どこかカールやお父様に似ているところがあったからなのかしら。

「…マックス様。つかぬことを伺いますが、ヴァルナル様に似ていると言われたことはありませんか?」

「はぇ!?そんなこと言われたこともありませんよ!」

 今度こそぎょっとしたように即座に否定された。

 それはそうだろう。私も言ってはみたものの、二人が到底似ているとは思えない。

 そもそも、ヴァルナル様はカールにも全く似ていないし。

「まあ、私もヴァルナルほど腕が立てば、もう少しご令嬢たちにも人気があると思うんですが」

 私が変なことを言ったばかりに、なってしまった妙な雰囲気を払拭するように、マックス様が茶化して言う。

「あら?ヴァルナル様はそんなに優秀な方なんですの?」

 初対面の彼にうっかりで死にそうな目に合わされた私としては、到底信じられない。

 訝しく思う気持ちが声色にも出ていたのだろう。マックス様が苦笑まじりに続ける。

「たしかに、大雑把なところもありますが…。腕が立つのは本当ですよ。我が騎士団でも五本の指には入るでしょうね」

「そんなに…。そんなにすごい方だったのですね…」

 よく考えれば、ドラゴニアの王族が伴ってアヴィリルに連れてきた騎士なのだから、優秀でないわけがないのだろう。大雑把なところはさておき。

「それにしても、竜人族のご令嬢には、やはりヴァルナル様のような腕の立つ方が魅力的に思われるのですか?」

「ええ。竜人族は力を尊びますから。あとは…」

「あとは?」

「い、いえ…」

 急に言葉を濁されて少し気になったものの、マックス様の聞かないでくれという圧が凄く、軽く首を傾げるに留めておく。後ろから「ぐっ」という何かに絞め殺されたような押し殺したような声が聞こえた気もするが、そういうのは気にしない方がいいとドラゴニアに来てから覚えた私である。

「やはり種族が違うと、似ているようで価値観なども違うものなのですね」

「アヴィリルでは、それほど強さは重んじられないのですか?」

「もちろん、たくましい方も人気ではありますけれど…。ヨエル様のようなお美しい方や、マックス様のような優しげな方もとても人気だと思いますわ」

 アヴィリルでもたしかにたくましい男性は人気だが、たおやかで中性的な男性も人気だし、少し頼りなくても女性を思いやってくれる優しい男性も人気だ。そもそも、強い強くない以前に、竜人族ほどの美麗さであれば、どなたも社交界を賑わせるに違いない。

 竜人族が強さを重んじるのは、どなたも美しく、甲乙つけがたいというのもあるのだろうか。

 一人で納得してうんうんとうなずいていると、「そ、そうですか…」と背後からどこか照れたようなマックス様の声が聞こえた。

 はて、今の会話でそんな変なことを言ってしまっただろうか。



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