表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/122

第五十二話 第十三独立魔女小隊

 サザランドが苛立(いらだ)たしげな足音を残して、ドアの向こう側に消えていくと、シュゼットは、かつて無い程に深い溜息を吐いた。


 サザランドとのやり取りに疲れたという訳ではない。


 シュゼットは自らの取るべき立場を迷っていたのだ。


 マセマーから聞いた話とあわせて考えれば、女王はヴァンを、シュヴァリエ・デ・レーヴルの再来と確信して、王権を返還しようとしている。そう考えて間違いないだろう。


 女王は秘密裏に事を進めるつもりなのだろうが、残念ながらそうは行かない。


 帝国相手にあれだけの活躍をしたのだ。


 シュヴァリエ・デ・レーヴルの生まれ変わりは、どうやら少年らしいという噂とともに、既に知れ渡ってしまっている。


 権力の亡者達は、どうにかヴァンに擦り寄ろうとし、それが叶わないとなれば、彼を害しようとすることだろう。


 実際シュゼットの元には、ヨーク伯の伴侶ジョルディから、息子の里帰りを求める書簡が、日を置かずに届いているだけではなく、シュゼット自身の実家や、交流のある他の貴族達からも、ヴァンについての詳細を問う書簡が、ひっきりなしに届いていた。


 現状であれば、ヴァンを王にすることが、最も簡単なことの様に思える。


 単純に、何があってもヴァンを守り抜き、女王に面談させる。


 それだけで良いのだ。


 むしろ王都まで出向いて、王権を受け取らずに戻ってくることの困難さは想像を絶する。


 仮に女王に害意は無くとも、王室を脅かす存在となるヴァンを、周囲の者達が放置しておくはずがないのだ。


 だからと言って、あの素朴な少年に、権謀術数渦巻く宮廷の主になれというのは、余りにも酷な様に思える。


 シュゼットは自らの取るべき立場を迷っている。


 椅子の背もたれに頭を乗せて、ぼんやりと天井を見上げる。


 ――その時


 コンコンと弱弱しくノックする音がして、そっと扉が開いた。


 顔を覗かせたのは、今まさにシュゼットの懊悩の中心にいる少年であった。


「どうしたのだ? ヴァン」


「あ。あの……ロズリーヌさんが、シュゼットさんが僕を呼んでるって言ってたんですけど……」


 シュゼットは思わず、ドヤ顔をする金髪の少女を思い浮かべて、苦笑する。


 ――気の利きすぎる奴はキラいだ。


 シュゼットの様子に、どうやら呼ばれた訳ではないらしいと察したヴァンは、静かにドアの方へと後ずさる。


 だが、それを制して、シュゼットは口を開いた。


「なあ、ヴァン。何でも一つだけ願いが叶うとしたら、お前は何を願う?」


 唐突な問いかけに、ヴァンは「あーうー」と考え込んだ後、照れるような表情を浮かべた。


「このまま、時間を止めてください……かな。たぶん、僕、今が一番幸せなんです」


 シュゼットは一瞬、きょとんとした表情を浮かべた後、腹を抱えて笑い始めた。


「な、なんですか。いけませんか」


 ヴァンが口を尖らせると、目尻に浮かんだ涙を拭いながら、シュゼットは口を開く。


「お前、時間系統の魔女の前で、それを言うか?」


「あ……」


「本当にそうしたければ、私と結婚して唇を奪いさえすれば出来るぞ。時間の第十階梯『停止する世界(ストップドワールド)』は、術者も含めて時間を凍りつかせる魔法だ。解除する者もいない終わりのない停止だ」


「それは……ちょっと嫌かな」


「どっちがだ、私との結婚がか?」


「え……あ、いや、あの、そういうことでは」


 あわあわと目を泳がせながら宙を掻くヴァンの姿に、シュゼットは細い目をより一層細めて、笑い掛ける。


 その表情には、もう懊悩(おうのう)の色は無かった。



  ◆◇



 女王の書簡が届いてから、三日後の朝。


 中庭では大型の人員輸送車両、LV―05『(リノセラス)』の荷台に、荷物を運びこむ第十三小隊(トレーズ)の面々の姿があった。


「ちょっとぉ! ロズリーヌ、アンタ何持ってくのよ、荷物大きすぎるんじゃないの?」」


「ガサツなエステルさんには分からないでしょうけれど、淑女には淑女の(たしな)みというものがありますのよ」


「誰がガサツよ、誰が!」


「あら、鏡をご覧になったこともなくて?」


 顔を合わせれば言い争う二人に、ヴァンは思わず苦笑する。


 そして隣で、同じように言い争う二人を眺めているノエルに尋ねた。


「ノエルさんは……荷物少ないんですね」


 ノエルが手にぶら下げているのは、握りこぶし三つ分ぐらいの大きさの革袋が一つ。


「あはは。替えのパンツが二つあれば十分でしょ」


「み、見せなくて、い、いいですから……」


 袋の口を開いて中身を見せようとするノエルから、ヴァンが顔を背けると、その前をベベットが、手ぶらで通り過ぎる。


「あれぇ? ベベットぉ、替えのパンツは? 無いと困るよ? 貸してあげないよ?」


 やたらパンツにこだわるノエルに、ベベットが何故か胸を張る。


「大丈夫。ロズリーヌの荷物に入れた」


 途端に、荷台の上から、


「いつの間に!?」


 というロズリーヌの驚愕の声が聞こえた。


 わいわいと騒がしい隊員たちの様子を眺めながら、シュゼットとクルスが高速車両にもたれ掛っている。


「ったく、王都からこんなド田舎まで来たと思ったら、三日間独居房でお仕置きされて、また王都に戻るって、どんな罰ゲームだよ」


 不機嫌そうに、ぼさぼさの髪を掻きむしりながら、クルスがボヤく。


 彼女は、つい先ほど独居房から解放されたばかりであった。


「自業自得だろうが」


 シュゼットが素っ気なくそう言い返すと、クルスが「ま、そだな」とやけに素直に応じる。


 そして、隊員たちの方に、改めて目を向けて口を開いた。


「しかし、シュゼット。お前とオレを入れて、全部で十人ってのは少なすぎやしないか?」


 クルスの疑問も(もっと)も。


 例年、派遣するのは第十一小隊(オンズ)の四十数名。


 それを思えば、単純に四分の一の人数しかいない。


「少し難しい道を選ぶことに決めたんでな。敵か味方か分からん者を同行させたくなかったのだよ。次にマルゴに戻るまで、我々には他に味方はいない。いうなれば、我々は第十三()()魔女小隊ってことだ」


 シュゼットのその言葉に、クルスはヒューと小さく口笛を鳴らした。


  ◇◆


 御者席で操縦桿(ハンドル)を握っているのは、ベベット。


 その隣には交代要員として、ザザとアネモネが座っている。


 荷台の上では、シュゼットが静かに目を(つぶ)り、ノエルの肩に腕を回そうとしたクルスを、ロズリーヌが罵っている。


 ヴァンを挟む様に、エステルとミーロが座っているが、ミーロ相手では、ロズリーヌの時みたいに強く「離れろ」とも言えないらしく、エステルはずっとそわそわしていた。


 今回は、ラデロは同行していない。


 シュゼットの代理として、マルゴ要塞の留守を守る役目があるのだ。


 マセマー=ロウは昨日の内に一人『飛蝗(ソートレル)』で一人、先に王都へと向かった。


 シュゼットが、先に筆頭魔術師ローレンの動向を探る様、指示したのだ。


 夜間は野営、もしくは宿場で泊まるという前提でいけば、王都までは丸四日の道程。


 初めの頃は騒がしかった荷台の上も、陽が落ちる頃になるとすっかり静かになっている。


 カンテラの灯りを揺らしながら、順調に走っていた『(リノセラス)』が、突然、速度を落として停止した。


「どうした?」


「報告します。正面約百メートルほど前に、道を(ふさ)いでいる一団があります。目算ですが、人数は八十名程度です」


 シュゼットの問いかけに、アネモネが堅苦しい口調で応える。


 ヴァンとエステルが御者台の方に駆け寄って、ザザとアネモネの肩越しに正面を覗き込むと、そこには松明を手にした男たちを背後に従えて、女達が街道を(ふさ)いでいた。


「あれは……」


 ヴァンが思わず眉を(しか)める。


 女たちの背後で松明を掲げる男たちの中に、見知った顔を幾つか見つけたのだ。


 ヴァンの様子がおかしいことに気づいたエステルが、声を掛けようとしたのとほぼ同時に、女たちの間から中年太りの脂ぎった男が、前に進み出て声を張り上げた。


「マルゴット卿、私でございます。ジョルディでございます。お迎えに上がりました」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ