9話め 種明かし ブライアン
種明かしをしよう。
ブライアンは騎士の仕事に誇りを持っていたが、騎士は女王を守るためではなく、国民を守るために存在していると思っていた。
城に用事があったついでに、宮殿に勤めている下働きの女と仲良くした帰り。
たまたま気配がし、不審に思って行ってみれば、そこに女王がいた。
女王とはいえど、まだ子供だ。木に登って下りられなくなったらしい。
手を貸してやれば、飛びついてきた。
「無理すんなよ」
街の子達にするように頭に手を置けば、不思議そうな顔をするので、思わず笑いそうになった。
女王が自分と結婚したい理由。
身分は言うまでもなく低い。一度会ったことはあるが、まさかあれが理由だとは思えない。
可能性が高いとすれば、自分の容姿だ。
今までいいなと思った女に断られたことはない。
そもそも決まった相手がいないとはいえ、自分の女関係がスルーされていることも信じられないが。
宮殿に呼ばれた時にでも見初められたのが本当のところかもしれない。
そういえば、何度も宮殿勤めをほのめかされた。
堅苦しいのが嫌だから断っていたが。
ブライアンの家は、一応貴族の称号を持ってはいたが、下級も下級だった。
そのことに不満はなかったが、ブライアンの兄は死ぬまで不満しかなかったのだろう。
酒に溺れ、父は必死に隠したみたいだが、薬にも手を出していたようだ。
兄は街角で野垂れ死んだ。
数多くの女に手を出していたようだが、その中に幼馴染のスミレがいた。
スミレは兄の子を妊娠していた。
父のいない子供をスミレは産みたいと言った。
兄を恥じていた父がそれを許すとは思えなかった。
スミレを説得していたブライアンだったが、頭の隅に自分の立場がなかったとは言わない。
自分と結婚するときに女王は言ったのだ。
女を作ってもいい。家も金も用意する、と。
それでもその案に踏み出せずにいたのは、今から思えば、女王に溺れていたからだろう。
しかしその女王が、政治手腕を発揮し、素早い決断力でスミレと自分に豪華な離宮をくれた。
自分のことを好きなのではないか。
夜のベッドでしかわからないが、それでも縋ってくる手や目に、自分への恋慕が潜んでるような気がしていた。
結局、それは自惚れだったようだ。
あっさりと自分をスミレの元へ送った。
これじゃガキだな。
最初の頃ほどではないが、乱暴に扱い、抱擁もしない自分のわかりやすさを笑う。
好きだと思ったのにな。
子供ができない、つまり自分の唯一の勤めを果たせないブライアンに、女王の忠臣どもは何度も離縁を宣告してきた。
そのたびに「女王の意志のままに」をくり返す。
自分には原因がないことを知っていた。
とはいえ、相性の問題もあるのかもしれない。
国のためには世継ぎが生まれるべきだ。
では、他の男が女王を抱く?
考えただけで身を焼くような黒い炎に、吐き気がする。
なら、いらねーだろ。世継ぎなんて。
疑問はもう一つあった。
誰よりも国のことを考えている女王。
その女王はなぜ他に夫を作らないのか。
自分本位に考えるならば、俺のことが好きだから。
その可能性は否定された。
ならば、俺のテクがすごいから?
結婚して、二年。
はじめて訪問を拒否された。
二週、三週と続き、これはいよいよ、お払い箱なんだなと感じた。
王族の称号に未練はまったくない。
けど、女王と離れる?
耐えられるのか?
無断で女王の部屋に押し入る。
女王の姿を見た途端に理性が飛んだ。
がっつくように抱いて、泣き出す女王を落ち着いて見れば、そこには木に登って下りられなくなった女の子がいた。
好きだと無理やりに言わせた後(でも言わせたもん勝ちだろ、こういうのは)
動けるようになった女王は、枕元にあった本を見せてくれた。
それは子供が読むような絵本で、村に住む仲の良い男女がいろいろあったが結婚し、子供を産み、幸せに暮らすという至極単純な物語だった。
「家族はね。こういう感じでしょ?」
この国の家臣や、各国の首脳陣には見せないような態度で、エリナは首を傾げた。
「まぁ、うちはあんま違うけど」
「うちって、ご実家?」
「そう。あんま夫婦仲良くはなかったかな」
「そうなんだ」
しょんぼりするエリナを一時も離したくない俺は、腕に抱きしめて囁く。
「エリナはこれがいいんだ?」
普段から大きな茶色い瞳が、一層大きく瞬いて、潤んだように俺を見上げるが、すぐに俯いた。
「・・・私は、違う、から」
そのブロンドのふわふわした髪の毛に唇を押し付ける。
「じゃあ、これにしようか」
「え?」
こっちを見ようとするエリナに、自分の顔を見られたくなくて押しとどめる。
「俺もこれがいい」
歴史に残る名君となった女王エリナは、長く子宝に恵まれなかったが、結婚して七年後、待望の女の子を出産する。
母親譲りのブロンドの髪と、父親譲りの青い瞳の女の子は、母に勝るとも劣らない女王となる。
女王エリナの夫の名前は歴史に残らなかったが、生涯女王を支え続けたという。
ありがとうございました。
今までにないくらいのお気に入りとポイントを頂けて、びっっくりしました。何が起きたのでしょう。
前作の『おにぎり』はちゃちゃちゃと書けたのですが、今作はなかなかどうして難しかったです。
ブライアンの外見が魔王みたいっていうのがすでにおかしい・・・。魔王みたいな騎士。嫌いではないですが。
そんなブライアンから蛇足の一言。
「歴史に残らなかったんじゃない。残さなかったんだ」
またどこかでお会いできたら幸いです。