↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハルの仕事と結婚  作者: singlemalt
五 月  ~早 苗 月~
22/32

第22話 相棒、タケとの再会

 梅雨の走りとなった木曜の夜、夕食を終わって家で本を読んでいると、スマートホンがトクントクンと震える。スマホにメールをしてくるのは結衣しかいない。

 

 【先日は、ありがとうございました。とても楽しかったです】

 【明日、お越しいただく予定なのですが、風邪をひいてし(・)ま(・)し(・)ま(・)し(・)た(・)】

 【少しですが熱もあるため、今回はお目にかかることができません】

 【いつも、お仕事調整いただいているのに、本当にごめんなさい】

 【また、連絡させていただきます。取り急ぎお詫びまで】


 そのまま着信履歴を押すと、呼び出し音が鳴る前に泣き声が聞こえる。

「ごめんなさい」

「風邪をひいてしましましたって、大丈夫?」

 ゴホンゴホンと咳きこむ音がする。反応する力もないらしい。

「大丈夫なんですけど、ちょっと熱があって…」

 今日は日勤のあと、仮眠をして深夜勤務の予定だったが、体温を測ると三八度近い熱があり、熱発外来で診察を受けたところ、コロナでもインフルエンザでもないが、夜勤は代わってくれる人を探すので帰って休むように、師長に言われたという。

「普段は丈夫なんですけど、何年かに一度、決まったように風邪をひくんです」

「東京オリンピックは終わったけどな、ご飯はちゃんと食べた?」

「食欲はないんですけど、病院で栄養剤を点滴してもらったので、大丈夫です」

 再び、ゴホンゴホン。家にいるので、お見舞いがてら顔を見に行くといったのだが、うつるといけないので、絶対に来ないでくださいという。

「わかった。とりあえず今日は、お薬飲んでゆっくりと寝なさい」

「はい」

「良いご返事でよろしい。明日は東京に泊まるから、また夜に電話する。遅くなるかもしれんから、寝てたらでなくてええよ」

「ありがとうございます。ずっと待ってます」

 グスリと鼻声でそう言って、電話を切った。

 その後、その思い立った勢いのまま、着信履歴からは外れてしまった五年ぶりの懐かしい名前をスクロールした。


 翌日、横浜での会議が終わった後、二人でよく飲んだ銀座のバーにいた。

 コロナという怪獣に蹂躙され、表通りにドラッグストアが進出しているのには驚いたが、懐かしいドアをくぐると、そこには五年前と何も変わらない空間があった。

「ご無沙汰しています。御連絡いただきありがとうございます。何事かとびっくりしましたけど、嬉しかったです」

「こっちこそ、ご無沙汰してしもて、タケも元気そうやな」

「雑誌の連載、読ませていただいています。さすがハルさんは、目の付け所が違うなって、みんな話してますよ。専務や部長も読んでるみたいですが、バツが悪いのか、何も言いませんけどね。丸山や田代は、ハルさんが会社作ってくれないかなって、そしたら給与半分でも行くのにって言ってますよ」

 その話を「無茶言うな…」と、手を振りながら笑ってさえぎった。

「気持ちはうれしいけど、そんな気はない」

 軽く言ったつもりだったが、少しキツイ物言いになってしまった。会社経営の面白さと、コンサルティングの面白さは違い、同時に経営能力と、コンサルティング能力とは全く別物だ。特に残念でもないが、前者の才覚は僕にはない。

「また、そのうち、あの頃のメンバーでまた楽しく飲もうや、保身第一部長の悪口でも言いながらな」そう言って、少し硬くなった空気を払うように笑った。

 タケは、僕が務めていたコンサルティング専門会社の後輩で、難しいプロジェクトは、いつも二人でチームを組んで仕事をした。僕が全体像やメリット、リスクを含めた方針を示し、彼がそれを補完するデータや図式などを作っていた。客観的で綿密、かつインパクトがあり、わかりやすいプレゼン資料を作らせれば天下一品で、ネット関係やマスコミ対策にも強い。一時は会社の利益の1/4を二人で稼ぎ出していた。

 最後のプロジェクトも二人で担当し、そして一緒に外された。

「タケも、もう不惑を超えたか、早いもんやな」

「ハルさんも、言葉のイントネーションが少し違うだけで、印象が変わりますね。もうこっちの人ではないようで、なにか少し寂しいですけど」

「そういわんといておくれやす」

 冗談めかして軽く言ったが、彼は笑わなかった。


 彼は、しばらくの沈黙のあと、言葉に力を込めた。

「実は、わたしもあの山下染工さんのことで、ハルさんにご連絡させていただこうかと、思っていたところだったんです」 

 タケの口から覚悟の眼差しもって出たその名前に、思わず身構えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。