決勝戦
トーナメント四日目。最終日である。
観客席はもちろん満員だ。
カタクリやアイオーン、それにカカシも来ている。
もちろんクリスタもいる。
あまりスノウリンクスを見に来ない割れ者も、この日ばかりは大勢来ている。街にいる、ありとあらゆる層が闘技場に集まっていた。
決勝戦が始まった。
ハイドロが高威力のブレスを吐いた。それを真正面から、クロノがぶった斬る。
「っは!」
クロノが笑った。まったく……楽しそうな顔をしているな。
観客も、みんな声を張り上げている。必死に応援している。
本来のスノウリンクスはこういう雰囲気だったのかもしれないと、ハイドロは思った。厄介な時期に来てしまったせいで、妙な策略に巻き込まれ、ひどい目にあった。
でも、今は楽しんでもいいんだ。
ここはクロノを見習って、全力で暴れよう。
ハイドロはさらに魔力を練る。クロノが氷の二刀を構えた。
炎は螺旋を描き、氷は線で対抗する。
火花が散り、砕けた氷が太陽の光を反射してキラキラと光った。
赤と青が両者一歩も譲らず、空間を埋め尽くし、あちこちで花を咲かせては、瞬く間に消えていく。
雪の妖精は熱が苦手だというのに、クロノは炎にまったく怯まない。むしろ炎を押し返して、氷の空間を広げてくる。
青い世界に飲み込まれそうになり、慌ててハイドロはブレスを吐いた。
全力を出してもクロノなら大丈夫だ。
安心して、自分のすべてをぶつけることができる。
ハイドロは、戦いながら口を開いた。
「人生ってわからないな。十二花結晶のネックレス――クロノ・フラワーを見に来ただけだったのに、まさか領主の座をかけたトーナメントの決勝戦で戦っているなんて」
「そうだったのか。クロノ・フラワーは親父と一緒に壊れちまったよ。悪いな」
「でも、もっとキレイな十二花結晶を見ることができた」
クロノのコアは、ひび割れた十二花結晶だ。
そして彼の武器である氷の二刀は、凄まじい剣技によって残光が尾を引き、その軌跡が幾重にも重なる。
戦いの中で十二花が咲き乱れているかのよう。
「俺のことを言ってんのか? はっ! シャレてんね!」
「クロノ。君と戦えて良かった」
ハイドロの炎が成長し、威力が上がる。
きっと、美しいものを見たからだ。
グレイシアやフラストームとの戦いでは覚醒できなかった。ドラゴンという種族は、追い詰められることで成長するのではない。美しいものを見たときに成長するのだと、そう確信した。
どこで生まれ、どこからやってきたのかわからない種族の、唯一の命題。
――美しいものをたくさん見なさい。
しっかり見たよ、と誰に言うでもなくつぶやいた。
この街に来て良かった。ハイドロは心の底からそう思った。
しかし急激な魔力の変化に、そのまま炎が暴走しかける。体内の熱が蠢き、内側からハイドロを食い破ろうとしているかのようだ。自分がドラゴンだから、炎のことを侮っていた。一つ間違えれば自分すら焼き尽くす、圧倒的な力だった。
雪の妖精たちが、熱を毒だと評する理由が少しだけわかった。
「お? どうした」
クロノが心配そうにこちらの顔を覗き込んだ。そして、
「これはチャンスか?」
と氷の二刀を構える。
様子見なのか、氷の二刀を軽く振った。ハイドロは熱さに苦しみながらも斬撃を躱した。その拍子に、首元から氷狼のチャームが飛び出した。チャームを無我夢中で掴む。冷気が手のひらを通して全身に染み渡っていく。
暴走しかけていた熱が徐々に小さくなっていき、ハイドロの胸の奥で、幽かな灯となって安定した。
土壇場で魔力の制御に成功し、成長した炎を飼いならすことができるようになった。
「おいおい。なんか強くなってねえか?」
ここにきてクロノが一歩後ずさった。
ハイドロが一歩前に進む。握りしめていた氷狼のチャームを、胸元にしまいなおす。
十二花結晶だけじゃない、このチャームも美しいものの一つだ。私を忘れるなとチャームが言っているように感じた。
ごめん、と心の中で念じる。君の方が美しいと。
だって、これはただの物じゃない。触れるだけで、この街に来て経験したことのすべてを思い返せるのだから。
「僕が勝ったら、僕が領主になるのか?」
「そのためのトーナメントだろうが」
「でも僕は、領主になりたくない」
だから――、
「全力の僕に勝ってくれ! クロノ!」
「いいぜ! お前を倒して、俺はこの街の領主になる!」
戦いは夜まで続いた。観客は誰も帰らなかった。
炎と氷がぶつかり合い、一方が吹き飛んだ。残った片方が、闘技場の真ん中に立ち、ゆっくりと夜空を見上げた。
骨のように白い月が、勝者を祝福するように照らしていた。
☆
「もう行くの?」
クリスタが、街の入り口まで見送りに来てくれた。
ハイドロは氷狼のチャームを取り出して、クリスタに見せた。
「ありがとうクリスタ。これ、大切にするよ」
すると、氷狼のチャームを握っているハイドロの手に、クリスタが両手を重ね合わせた。
「ハイドロの手って、あついね」
「うん」
「でもこのチャームがあれば、熱さを中和してくれる。ハイドロに触れる」
クリスタがはにかんだ。
初めて触れたクリスタの手にぬくもりはなかったけど、ハイドロの心は温かさで満たされるようだった。きっと今、自分の頬は真っ赤だろう。
雪の妖精は、こういうときにどういった言葉を使うのか。おそらく、心の中が温かい、という表現をしないはずだ。
詳しく訊こうか迷って、止めた。
「本当にありがとう。そのチャームを見たら私を思い出してね」
「忘れないよ。君のことをいつも想っている。幸せを祈っている」
ハイドロがそう言うと、クリスタはうつむいてしまった。
重なっていた手が、そっと離れる。
「ずっとこの街にいてほしいけど……他種族は、ここに住み続けるのが難しいよね」
「たとえ僕が雪の妖精だったとしても、僕が僕である限り、旅を続けると思う」
「……そっか」
クリスタは寂しそうにしていたけど、ぱっと顔を上げ、
「また来てね!」
「うん。また来るよ」
ハイドロは、闘技場の方に顔を向けた。
「次こそクロノに勝ちたいし」
「なんだよ! 私に会いに来てよ!」
「もちろん一番の目的はクリスタだよ。クロノは二番」
「ほんとに~?」
「ほんとだって」
二人で笑い合った。
その後、不自然なほど長い沈黙が続いた。
お互いに、なかなか言葉を発することができない。もじもじと指を動かしたり、咳をしたりして、
「ハイドロ」
「うん」
「元気で」
「クリスタも元気でね」
最後の挨拶はあっさりしたものだった。
二人は別れ、それぞれの道に進んだ。
お読みいただき、ありがとうございました!
自分の好きなものをたくさん詰め込んで書きました。
それが、読者様にとって少しでも面白いものになっていれば幸いです。
改めて、ありがとうございました!




