氷の闘技場
闘技場の底は、正六角形の形をしていた。
その中央で、二人の妖精が睨み合っている。
一人は青色の短髪で、氷の甲冑を身につけている。
がっしりしていて、まるで分厚い壁のよう。持っている武器は、氷でできている棘つきの鎖鉄球だ。
対するもう一人は白色の長髪で、魔術師のようなローブを羽織っている。
すらりとした体格で、持っている武器は氷の杖だ。
そんな二人を、冴えた月光が青白く照らしている。
「はやくしろ!」
「いけ!」
「殴りあえ!」
闘技場の底がそのまま戦いのリングとなっていて、それを取り囲むように何層もせり上がっている観客席から、ヤジが飛ぶ。
会場の緊張感がどんどん高まっていき、それと反比例するように冷気が重く落ちていく。
夜空には雲がないのに、ちらちらと雪が降ってきた。
この空間のすべてが、青く、冷たく、鋭く、重く、研ぎ澄まされている。
睨み合っている二人の間には、毛糸の帽子に青いマフラーをしている雪だるまが立っていた。両目には青いボタン、鼻と口の部分には何もついていない。あれは魔法で作られている自動人形だ。戦闘に巻き込まれて、粉々に破壊されてもすぐに修復することができる。
「はじめ!」
雪だるまが言った。口はないけど喋れるらしい。
そして、勢いよく木の枝でできている手を振り下ろした。それが戦闘開始の合図だ。
二人の妖精が、同時に動いた。
青髪ショートが棘つき鉄球をぶんぶんと振り回す。空間そのものをえぐり取るような迫力だ。
対する白髪ロングは、杖をかかげて、上空に巨大なつららをいくつも生み出した。
雪煙が舞い、雪だるまのマフラーがたなびく。
青髪ショートはニヤリと笑い、腕をものすごい速さで動かした。彼の武器である鎖鉄球が、ぐわんぐわんと生きているように飛び跳ねる。
落ちてきたつららが一つ残らず破壊され、辺り一面に細かな氷が飛びちった。
氷は月明りに照らされながらキラキラと輝いて――というキレイな表現をしている場合じゃない。とんでもない速度で、観客席に突っこんできたのだ。
「うっわ!」
ウサギの燻製肉を食べながら呑気に観戦していたハイドロは、思わず立ち上がってしまった。そんなハイドロの目の前で、飛んできた氷が勝手に砕けた。まるで透明な壁にぶつかったかのようだ。
周りの妖精たちが、いっせいにこっちを見た。
ハイドロは恥ずかしくなって、
「ごほん、ごほん」
と、わざとらしく咳をしてから座りなおした。ハイドロの吐く息だけが、白く色づいた。
ハイドロは、燃えるような赤髪を頭に乗せ、黒色の羊毛マントを着こんでいる。裏地は赤で、その下に着ている革のベストも赤い。ちょっとした動作で裏地の赤がちらちらと顔を覗かせる。
まるで闇夜にゆらめく焚火のよう。
雪と氷と結晶に囲まれたこの街で、炎のような赤色はひときわ目立つ。
辺りを見回してみても、たくさんの青の中に一人だけ赤が混じっている状態だ。
闘技場の座席は石でできているから、ハイドロだけ羊毛のクッションを敷いている。そうしなければ、寒くて座っていられない。
この街に住んでいるのは、ほとんどが雪の妖精だ。
旅人や商人も滞在しているけれど、今、闘技場の一般席にいる部外者はハイドロだけだった。雪に耐性のない種族では、夜の寒さが厳しいのだろう。
見上げると、高い場所には壁で区切られた貴賓席が並んでいる。六角形の壁面に沿って一つずつ部屋が張り出している形だ。あの中には暖炉がついている個室もあるらしい。お金があればそこで闘技場を観戦できるけど、ハイドロにはそんな贅沢をする余裕がなかった。
視線を前に戻す。
「どうして氷の破片は勝手に砕けたんだ?」
ハイドロがひとりごとをつぶやくと、隣に座っている女の子が、
「スノウリンクスを見るのは初めて?」
と話しかけてきた。雪降る夜の寒さの中で、半袖にミニスカート姿だから、一目で雪の妖精だとわかった。彼女の前髪はやたらと長くて、白い帳の隙間から、青い瞳がちらちらと見え隠れしている。
雪の妖精たちの髪色は、青から白にラベンダー色など、寒色系というくくりの中でバラバラだけど、磁器のように白い肌はみな共通している。
ハイドロは首をかしげた。
「スノウリンクス?」
「目の前で行われている戦いのこと」
女の子は闘技場の底に視線を向けた。
つられてハイドロもそっちを見る。
戦いはまだ続いていた。
鉄球と魔法が荒れ狂っている。そしてやっぱり、氷の破片や鉄球は、観客席の前で透明な壁に跳ねかえされていた。
「観客は、魔法の壁で守られているからね。大丈夫だよ」
女の子が言った。その前髪が、風によってふわりと持ち上がった。妖精の中でも特に整った顔立ちをしているけれど、顔の左目近くに、雷のようなヒビが入っていた。触れたら割れてしまいそう。
女の子は、慌てて前髪を抑えた。
ハイドロは視線をそらして闘技場の底を見た。
魔法の壁は、鉄球や魔法は防いでくれるけれど、空気や風はそのまま通過させるらしい。身を切るような冷気が、観客席まで吹き込んでくる。さらに、バキンバキン! と、つららの砕ける音もしっかり聞こえた。
危険はないけど、臨場感だけはたっぷり味わうことができる。
戦いが激化するとともに、周りの妖精たちもどんどん熱狂していく。
「このバトル……ええっと、スノウリンクスだっけ? 見るのは初めてなんだ。すごい熱狂具合だね」
「街のシンボルだから。スノウリンクスだけで生計を立てている妖精もいて『氷闘士』って言うんだよ。司祭さまよりも偉いんだ」
この街は、巨大な闘技場を中心にデザインされている。
北には領主の城がそびえ、東西には領民の居住区が広がる。
南の通りには酒場や市が立ち並び、活気ある繁華街が形成されている。その通りを抜けた先にある鉱山は、雪の妖精しか立ち入ることができない。
なぜなら、この鉱山から採掘される鉱石は特殊な冷気を帯びていて、雪の妖精しか触れることができないからだ。
鉱石の採掘だけではなく、精錬、加工までの工程を雪の妖精が担っている。
最終的に製造された宝石を輸出することで、この街は外貨を獲得している。
もちろん闘技場の観戦といった観光にも力を入れている。
近年は他種族との争いが増えているらしい。武器や魔術具、情報を買うため、そして人を雇うためにはお金が要る。妖精族とはいえ、怠けてはいられないのが現状だ――という、街の基本的な情報はハイドロも知っていた。
ただ、闘技場での戦いを『スノウリンクス』と呼ぶとか、それで生計を立てている妖精を『氷闘士』と呼ぶとか、そういった細かなことまでは知らなかった。
実際に来てみなければ、わからないことはたくさんある。
「君は旅人だよね」
女の子が訊いてきたので、ハイドロは頷いた。
「ああ。今日この街に着いたばかり」
「どうしてこの街に来たの?」
「クロノ・フラワーを見るためだよ」
南の鉱山から採れる鉱石は、六角形の形をしている。
その中でも極まれに、二つの鉱石が三十度ズレて重なった状態の『十二花結晶の石』が採れることがある。
数百年に一度、見つかるかどうかという程のレア鉱石だ。
当然市場には流れず、領主に献上される運びとなっている。
とても脆くて壊れやすい結晶だと噂されていて、保管するだけでも巨大な設備と膨大な魔力が必要なのだとか。
ただ、そういった保管の労苦に見合った美しさを誇るとも言われている。
現存している十二花結晶の石は一つしかない。それほど貴重な鉱石なのだ。
さて、この街の闘技場では一年に一回、つわものたちを集めた特別なトーナメントが開催される。
その大会の優勝者を祝福するセレモニーのときだけ、領主が、十二花結晶の石を精錬、加工して作ったネックレス――通称クロノ・フラワーを身につけて、みなの前に現れる。
「……って王都で聞いてさ。どうしてもそのクロノ・フラワーを見てみたくて」
わざわざトーナメントの開催日に合わせて、ハイドロはこの街にやってきたのだ。
すると女の子は目を丸くして、
「ネックレスを見るためだけに、こんな北の果てまで旅してきたの?」
「ああ」
そうするだけの価値があるはずだ。
「じゃあ、一足遅かったね。クロノ・フラワーは、この前の戦争で壊れちゃったんだよ」




