第13話 進展する関係と二人の気持ち
「行ったね。全く、兄様は行き先も伝えないんだから困るよ」
「爽夏さんも聞いてなかったんですか?」
「はい。兄様は結構秘密主義なので。まあ、心配しなくても大丈夫ですよ。兄様に何かあるとは思えませんから」
兄様に何かあるって事が想像できない。
あるとしたら、面倒な人達に絡まれて返り討ちにしてやりすぎてしまうくらいだ。
「春斗さんのこと信頼してるんですね」
「そりゃ、自慢の兄ですから」
兄様は私にとって自慢の兄で尊敬できる人で理想の男性像だから。
「そんな春斗さんと私なんかが婚約して思うところは無いのですか?」
「釣り合う釣り合わないの話をしたいのならやめてください。兄様は姉様を選んだんです。それは誰の思惑も介在しない兄様自身の意思で」
であるなら、外野が釣り合う釣り合わないを言うのはお門違いだ。
大切なのは二人の感情。
それ以外で二人の関係性にちょっかいを出せるものは存在しないし、してはいけない。
「そう……ですよね」
「そうですよ。大切なのは二人の意思です。周りがどうこうじゃなくて、姉様は兄様のことをどう思ってるんですか?」
「私が春斗さんのことを……」
「まあ、今すぐ言葉にしろとは言いません。そう言うのは時間をかけて見つけて行くのがいいと思いますし」
無理に言葉にする必要なんてないのです。
だけど、大事なのは兄様と姉様の気持ちだって事がわかってくれたら嬉しいな。
「そうですね。ありがとうございます」
「いえいえ! 未来のお姉様に一つくらいは助言をしておかないとと思いまして」
「ふふ、本当に爽夏さんは優しいですね」
「えへへ〜そりゃ兄様の妹なので!」
さっきよりも表情が明るくなった。
なるほど、兄様が姉様を幸せにしたいって言ってた気持ちが少しわかるな〜
「じゃあ、勉強でもしますか? 春斗さんほどではありませんが教えられると思いますよ?」
「いいんですか!? 助かります」
これでもわたしは受験生。
勉強にも手を抜けないのが辛いところだよね〜
でも、姉様が教えてくれるっていうんならやる気でるかも。
「早速勉強しましょうか。教科書とか参考書でわかんない場所とかはありませんか? そう言う場所を重点的にやりましょう」
「はい! よろしくお願いします」
こうして私は姉様に勉強を教えてもらう事になったのでした。
◇
「う~む、流石に帰るにしては早すぎるし。何かして時間を潰したほうがいいのでは?」
「そういう事なら、あたしの家に来ればいいじゃん!」
「紅葉、いつからそこにいたんだ?」
「今さっきだけど? 家の前で何やら独り言を話しているハルを見かけたから声をかけてみたってわけよ。で、家に寄ってかない?」
そう言う事なら願ってもない提案だな。
ちょうど時間を潰したかったし、確認したいこともあったしな。
「お言葉に甘えるよ。ちょうど時間を潰したい気分だったんだ」
「ならよかった。ささ、入って入って」
「じゃあ、お邪魔します」
俺は紅葉に招かれて彼女の家に入る。
隣の家だから頻繁に行き来をしていたのだが、刹那が来てからは中々顔を出すことができないでいた。
「……紅葉、お前家はしっかり片付けろってあれほど言ったよな?」
「ごめんなさいぃ。やろうとは思ってたんです本当なんです」
「絶対嘘だろ。俺がここに来なかった一週間の間で何があったっていうんだよ」
紅葉の家はかなり酷い有様でゴミが散乱していた。
正直言って酷すぎる目の前の光景に眩暈さえ覚えてしまう。
どうしてこうなってしまったのか。
「いや~適当に日々を過ごしてました!」
「ちなみに飯はどうしてたんだ?」
「そんなの宅配に決まってるじゃん! 私が自分でご飯を作れると本気で思ってるの?」
「そんなに自信満々に言うような事でもないだろうが。で、そのゴミはどうしたんだ?」
「……」
絶対に流し場に放置してる奴じゃん。絶対にアカン奴じゃん。
変な匂いとかしないわけ?
絶対に不衛生でしょ。
「お前……マジでなんで一人暮らしなんか始めちゃったんだよ」
「だって、憧れるじゃん?」
「その結果ごみ屋敷を錬成するのなら意味ないけどな」
「うぐっ、耳が痛いです」
紅葉は大げさな素振りで耳を押さえて苦い表情を浮かべる。
こいつは本当に片付けが苦手なのだ。
片付けもそうだし、家事全般が全くできない。
よく源家はこいつの一人暮らしを許したものだな。
「はぁ、まあいいや。片付けてやるから手伝えよな」
「ありがとう! ハルならそう言ってくれると思ってた! 本当に大好きだぞ!」
「仮にも婚約者のいる男にそんなこと言うなよな。まあいいけどさ」
こんなことを他の誰かに聞かれたら大問題になってしまう。
絶対に控えたほうがいい。
「ハルしかいないし大丈夫でしょ。それよりも、さっきは難しそうな顔をしてたけど何かあったの?」
「……じゃあ、片付けしながら相談に乗ってもらう事にしようかな」
「どんとこいだよ! なんでも相談に乗ってあげるから」
それから俺たちは紅葉の家の掃除をしながら俺の悩みを相談した。
俺の悩みはもちろん刹那の事だ。
あの子があまりにもネガティブ思考な事と、彼女が置かれている状況について。
「なるほど。刹那ちゃんってかなり複雑な環境下にいた子なんだね。それをハルが保護したと」
「保護って言うのも変だけどな。ただ、彼女の笑顔を間近で見たいと思っただけだ」
「それで広隆寺家の養子にまでして婚約者にもするんだから、大したものだね。ハルも」
「そうか?」
「そうだよ。行動力の塊みたいだもん」
呆れた様子でも紅葉にそう言われるけど、自分では自分が行動力があるタイプだとは思えない。
何よりも、俺にどれだけ行動力があっても刹那を幸せにできないのであれば意味がない。
「で、俺はどうすればいいと思う?」
「別に、ハルの好きなようにすればいいんじゃない? ハルならなんだってできるでしょ? 広隆寺家の歴代最高にして麒麟児のハルならさ」
「その呼ばれ方は好きじゃないんだが。それに俺ができる事なんかそうそう多くはないぞ?」
「それを本気で言ってるのなら嫌味にしか聞こえないよ? ハルに能力面で追いつける人間とか私たちの世代にいないでしょ」
「……」
昔から天才、鬼才。
麒麟児、歴代最高などと呼ばれてきた。
最初の方は嬉しかったし、誇らしかったけど次第にその重圧に耐えきれなくなってきた。
俺の人生はどこまで言っても広隆寺家の跡取りとしての道しかないとわかったから。
「っと、ごめんね。ハルはこの話は嫌いだったよね」
「いや、別にいい。まあ、アドバイスとしてはできることをやれってことでいいのか?」
「そうだね。ハルがしたいようにするのが多分一番だよ。自分の気持ちに忠実に生きればいいと思う、そのほうがハルらしい」
「そか。そうだよな。ありがとう。なんだか考えがまとまったよ」
俺のしたいように……か。
であるならば、簡単だ。
刹那に危害を加えるすべてを排除して刹那を幸せにする。
それが今の俺が一番したい事だから。
「そ? ならよかったよ。あと、家片付けてくれてありがとね」
「別にいい。幼馴染が変な死に方をするのは御免だからな」
「……そこまで家が汚くはないと思うんだけど」
「良く言えたな……」
紅葉の最後の不穏な発言を聞きながしながら、俺は紅葉の家を後にして自分の家に戻る。
良い時間だし、あまり遅くなっても二人に心配をかけてしまう。
「ただいま」
「おかえり兄様!」
「おかえりなさい春斗さん」
「二人して何してたんだ? 爽夏はやけにニヤニヤしてるし」
家に帰ると二人が出迎えてくれた。
だが、なぜだか爽夏は俺の顔を見てニヤニヤとしている。
俺の顔に何かついているのだろうか?
「爽夏さんに勉強を教えてましたよ。凄く呑み込みが早くて教えてて楽しかったです」
「姉様は教えるのが凄く上手いんですよ! おかげで栄富学園に合格できそうだよ!」
「気が早いな。まあ、自信が付くことは良い事だな。教えてくれてありがとうな刹那」
「いえ、私は特に何かをしたという事はありませんよ」
謙遜が激しいのは相変わらずだけど、前みたいに卑屈な感じが少し薄まったように感じる。もしかして、爽夏が何かをしてくれたのだろうか?
だとしたらありがたい。
出来る妹を持つ兄は幸せ者だな。
「兄様は何か吹っ切れたような顔をしてるね。何か良い事でもあったの?」
「まあな。自分がやるべきことが見つかったみたいな感じだ」
「それは良い事だね。じゃあ、私は部屋で勉強をしてくるからじゃね~」
爽夏はニヤニヤした顔を崩さずに教材を持って部屋に戻って行ってしまった。
まあ、機嫌が悪くなったとかそういう感じはしなかったから大丈夫だろう。
うん。
「は、春斗さん少しいいですか?」
「ん? どうしたんだ?」
「お話ししたいことがあるのでリビングで話しましょう」
「ああ。わかった」
いつになく積極的に俺のことを引っ張ってくる刹那について行ってソファーに隣り合って座る。
刹那の肩に触れ合うくらいの距離感。
何故だか少しだけドキドキする。
「少し、甘えても良いですか?」
「……いきなりどうした? 何か変な物でも食べたのか!?」
「ど、どうしてそうなるんですか。私にだってたまには誰かに甘えたくなる日があるんですよ?」
「そ、そうか。甘えるって具体的に何をしたいんだ?」
「……膝枕とか?」
「なるほど」
普通、こういうシチュエーションでは女性が男性に膝枕をするのでは? と思わなくもないけど、最近では多様性の社会だしな。
刹那に膝枕もしてみたいし。
「それで……ダメですか?」
「ダメなわけない。俺の膝でよければいつでも使ってくれ」
「では……お言葉に甘えて」
刹那は遠慮がちにそう言うと俺の太ももの上に頭をのせる。
少しの重みが太ももに加わって、刹那の存在を強く感じる。
「膝枕はどう? 気持ちいいか?」
「はい。最高です。なんだか春斗さんに包み込まれてるみたいな感じで」
「ならいいんだけど。硬くないか?」
これでもある程度体は鍛えている方だから、硬いかもしれない。
「そんなことないですよ? ガッチリしててなんだか安心します」
「でも、いきなりどうしたんだ? 何か悩みがあるなら聞くけど」
今までの刹那がこんなことをするとは考えにくい。
何かがあったのではないかと考えるのが普通だ。
もしかしたら、爽夏が何かをしたのかもしれない。
「悩みなんてないですよ。ただ、少しはしっかり現実を見ようかなと思ったんです」
「現実を見る?」
「はい。今まで私は過去ばかりを見ていたように思うんです。家で蔑まれていたことや、幼馴染を姉に奪われた事。そちらにばかり意識を向けて今を見ようとしていなかったんです」
「……」
なんて答えたらいいのかわからなかった。
何かを言葉にするべきではない。
本心でそう感じてしまった。
「私、幸せですよ。こうやって春斗さんに救っていただいて。私はあなたのことが好きなんでしょうか?」
「それを俺に聞かれても困るんだがな。でも、刹那がそう感じているのならよかった」
心の底から安心した。
刹那がもし、現状を嫌がっていたらと少し不安だったんだ。
でも、こうやって幸せだと言葉にしてくれたおかげで安心することができた。
「はい。それともう一つお願いしても良いですか?」
「なんだ?」
「その……春斗くんって呼んでも良いですか?」
「なんなら呼び捨てでも構わないぞ?」
「それは流石に馴れ馴れしすぎるので遠慮しておきます」
「残念」
そんな軽口を交わしてはいるけど、俺の心臓は絶えず早鐘を打っている。
ドキドキが止まらなかった。
「それで、呼んでもいいんですか?」
「もちろんだ。むしろそう呼ばれたいかもしれない」
さん呼びと言うのはなんだかよそよそしい気がしてたんだ。
くん呼びの方が個人的には嬉しい。
「では、春斗くん」
「お、おお」
予想以上に恥ずかしいけど、それ以上に嬉しい。
こんな幸せを感じることがあるんだな。
刹那と一緒にいると新しい発見ばかりで人生が豊かになるな。
「なんですか。おおって」
「少し感動してただけだ。ぜひとも今度からそう呼んでくれ」
「はい! これからもたまに甘えても良いですか?」
「たまにと言わず、毎日でも甘えてくれていいんだぞ? しっかり甘やかすから」
「それは……考えておきますね」
俺は刹那の頭を撫でながら、幸せを噛みしめる。
こんな幸せを続けるために、俺は俺のできることを確実にこなそうと心に誓うのだった。




