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case1 親友の彼氏を尾行せよ

猫カフェまたたびでバイトを始めて3ヶ月がたった。



「未唯、今日もバイト?」



そう言って、授業の準備をしていたわたしの隣に座ってきたのはのどかだった。



「うん。3限の授業が終わったら」


「すごいね〜。毎日っていうくらいシフト入ってない?」


「そんなことないよ。金土日は休みだし」


「それにしても、月から木まで仕込みってすごいね。それを未唯が手伝ってるんでしょ?」


「ま、まあね」



わたしはぎこちなく笑った。



のどかには、キッチンカーまたたびのパン販売の仕込みのバイトをしていると伝えている。


わたしが猫カフェまたたびでホールを手伝っていると話してしまって、もしのどかが行ってみたいと言い出したらごまかせないから。



猫カフェまたたびは、普段人前では「ニャ~」としか鳴けない猫たちが自由に話すことのできる憩いの場。


猫たちの秘密を守るためにも、たとえ仲のいいのどかにも本当のことは言えない。



ちなみに猫たちの会話は、昨日のドラマがどうだとか、この前親戚の子が遊びにきて疲れたとか、人間と同じようなことを話している。


聞いているだけでおもしろいけど、つくづく猫を相手にしているとは思えない。



「今日、未唯がバイト休みだったら、駅前に新しくできたスイーツショップに誘おうと思ったのにー」


「あそこ、気になってたんだよね。また今度誘ってよ」



最近、学校の最寄り駅のすぐ近くにできたスイーツショップ。


有名パティシエが新しく手がけた店舗だそうで、イートインスペースもあり、コーヒーや紅茶といっしょに選んだケーキを食べることもできる。



お店の前を通りかかるたびに、ショーケースの中でキラキラと輝くケーキがおいしそうだなとは思っていた。



「でも、のどか。わたしじゃなくたって、ケイゴくんを誘えばいいんじゃないの?ケイゴくんも甘いものが好きって言ってなかった?」



ケイゴくんというのは、同じ大学の1つ上ののどかの彼氏。


のどかが所属しているオールラウンドサークルの先輩で、2ヶ月ほど前から付き合っている。



学校でたまにケイゴくんとも会うことがあるけど、イケメンでやさしそうな人だ。



「あー…、ケイゴくんね。今はちょっとそんな気分じゃないかな」



のどかの声のトーンが明らかに下がった。


もしかして、…早くも倦怠期?



「…実はね。ケイゴくん、最近様子がおかしいんだ」


「え?様子がおかしいというのは?」


「最近家にも呼んでくれないし、あたしが家に行こうとするものなら全力で阻止しようとするんだよ?どう考えたっておかしくない?」



のどかいわく、前まではケイゴくんの下宿先のマンションの部屋で遊ぶことはよくあったんだそう。


ゲームをしたり、マンガを読んだり、夜ご飯はいっしょに作って食べたり。



それが、2週間ほど前からケイゴくんはのどかを家に上げなくなったんだそう。


なにかあるたび、外で会おうとなるらしい。



「ケイゴくん、浮気してるんじゃないかって思ってるんだよね。それで、家にその女がいて…」


「それはさすがに考えすぎだって。だって、あんなにやさしい人だよ?」


「そんなのわかんないじゃん!見られたくないものがあるから家に呼んでくれないんでしょ?」


「もしかしたら、すごい部屋が散らかってるだけかもしれないし。浮気してる証拠とかもないんだから、いろいろ疑うとのどかのほうが疲れちゃうでしょ」



と言ってみたけど、のどかの表情はとても納得していなさそうだった。



のどかのことは気になるけれど、わたしは授業が終わったらバイトへと向かった。



「よっ、ミィ!きたぞ」


「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます。どうぞこちらの席に」


「ミィ、いつものお願いできるかしら?」


「かしこまりました。ロイヤルミルクティーですね。少々お待ちください」



またたびでのバイトにも慣れて、猫のお客さんたちとはすっかり顔なじみになった。


初めこそ同じ毛色のお客さんは見間違うことがあったけど、そこは人間と同じで、似たような姿であっても1匹1匹に個性があって、みんなバラバラだった。



「夏原さん。このタルト、5番テーブルさんにお願いね」


「わかりました」



ホールに顔を出した直樹さんからいちごタルトが乗ったお皿を受け取る。



「あら、にゃおき。今日も変わらずイケメンね」



そう言って、カウンター席に座っていたお客さんが直樹さんにウインクをする。


彼女は、アメリカンショートヘアのティカちゃん。



飼い主さんが週に2回、汐美町のダンススクールにダンスを教えにくるらしく、ティカちゃんもいっしょに電車に乗ってきてるんだそう。


だから、汐美町にきた日はこうしてまたたびにも足を運んでくれる。



「にゃおきがイケメンにゃのは、今に始まったことじゃにゃいわよ」


「あらリリー、嫉妬?イケメンにイケメンと言ってにゃにが悪いの?」



ティカちゃんはイケメンに目がない面食いのようで、ここへくるのも直樹さんを見にきていると言っても過言ではない。


だから、リリーちゃんとはあまり仲はよくない。



ティカちゃんいわく、飼い主さんも顔面国宝級並みにめちゃくちゃかっこいいんだとか。



「にゃおきもかっこいいけど、一番はやっぱりワタシのご主人さまね」


「あにゃたのものさしで、にゃおきを比べないでもらえる?にゃおきの魅了は顔だけじゃにゃいんだから」


「べつににゃおきのことは否定してにゃいわよ。にゃおきはにゃおきでまた違ったかっこよさがあって、でも一番はワタシのご主人さまだって話」


「だから、そもそもあにゃたがにゃおきを語る資格なんて――」



あーあー、またリリーちゃんとティカちゃんとでバトルが始まってしまった。


顔を合わせるたび、どっちの飼い主がかっこいいかという話で揉めている。



それはある意味、仲がいいということなのかな。



そんな飼い主愛を熱弁する2匹は置いといて、わたしはせっせと自分の仕事をしていた。



「直樹さん、3番テーブルのお客さん帰られたので、あとはカウンター席のティカちゃんだけです」


「そう。ありがとう」



わたしがキッチンにお皿を下げにいくと、直樹さんが硝子皿に銀色のカップを押し当てていた。


慎重に直樹さんがカップを浮かすと、ぷるんと震えてプリンが落ちてきた。



「よかった。うまく固まってくれた」



直樹さんはほっと息をついた。



「わあ、おいしそうですね」


「お客さんから、柔らかいプリンが食べたいと言われてて。でも、その固さ調整が難しくて何度も失敗したんだけど、今回はいい感じにできたよ」



どうやら直樹さんは試作のプリンを作っていたようだ。



「夏原さん。もしよかったら、食べてみてくれる?」


「え!いいんですか?」


「うん。リリーとティカちゃんもほしいと言うだろうから、休憩にして向こうでいっしょに食べようか」



直樹さんは、冷蔵庫からプリンを固めていた3つのカップを取り出すと、それぞれお皿に盛った。



「そうだ、夏原さん。さっきからずっと更衣室に置いてるスマホが鳴ってたけど」


「すみません…!わたし、マナーモードにしてなかったかもです」


「それは全然いいんだけど、だれかから急用じゃないかな。休憩だし、スマホ見てくれて構わないよ」



直樹さんがそう言ってくれたので、わたしは更衣室に行って、バッグの中からスマホを取り出した。


見てみると、のどかからのメッセージ通知でびっしりと画面が覆い尽くされていた。



「にゃおき、このプリン、おいしいじゃにゃい」


「ティカちゃんにお褒めいただき光栄です」


「当たり前でしょ。にゃおきが作る料理はにゃんでもおいしいんだから」



わたしがホールへ戻ると、カウンター席で直樹さんを挟んでティカちゃんとリリーちゃんがまた火花を散らしていた。



「夏原さん、どうだった?」


「あ…、はい。大学の友達から大量のメッセージがきてて」


「じゃあ、見てみにゃさいよ。にゃおきから休憩もらったんでしょ?」



リリーちゃんがわたしが持つスマホに目を向ける。


その間も、のどかからのメッセージ通知が鳴り続けていた。



のどかは普段こんなにメッセージを送ってこないから、実はずっと気になっていた。


リリーちゃんたちに断りを入れると、わたしはプリンが盛られたお皿が置いてあるカウンター席に座って中を確認してみた。



「えっ…!」



飛び込んできたメッセージ内容に、思わずプリンをすくった手が止まった。



【バイト中にごめん。でも、どうしても未唯に言いたくて。ケイゴくん、浮気してた】



そんな衝撃的な文面のメッセージの下には、画像が添付されていた。


そこには、仲よさそうに女の子とマンションへ入ろうとするケイゴくんの姿が写っていた。



【気になってさっきケイゴくんのマンションに行ったら、知らない女の子と歩いてた】



どうやらその写真は、のどかが隠し撮りしたものらしい。


そして、ケイゴくんに対する怒りや悲しみなどの感情をつらつらとわたしのメッセージに送り続けていたから、スマホが鳴りっぱなしだったようだ。



「お友達、にゃんだって?」



スマホ片手に固まるわたしを不思議に思って、隣に座っていたティカちゃんがスマホの画面を覗き込む。



「あら。お友達、浮気されちゃったの」


「み…みたいです」


「その彼氏っていうのが、その写真の男?イケメンそうじゃにゃい。よく見せにゃさい」



ティカちゃんはわたしの膝の上に飛び乗ると、勝手にスマホを操作して写真を拡大した。



「にゃかにゃかのイケメンね」


「ちょっ、ティカちゃ――」


「…ん?このイケメン、もしかして…」



そうつぶやいて、ティカちゃんは顎に手をあてて考え込んだ。



「ティカちゃん、ケイゴくんのこと知ってるの?」


「ケイゴくん?名前は知らにゃいけど、ワタシの向かいのマンションのイケメンくんじゃにゃい」



聞くと、ティカちゃんの家はわたしの大学の近くだった。


そして、偶然にもケイゴくんのマンションの向かいなんだそう。



「間違いにゃいわ。ワタシがイケメンを見間違えるはずがにゃいもの」


「それなら、この隣の女の子…知らない?ケイゴくんの彼女かもしれないんだけど…」


「あ〜、最近よく見かけるわね。ベタベタしてて、仲よさそうよ」


「…やっぱり」



のどかの勘違いであってほしかったけど、この隠し撮り写真とティカちゃんの証言があれば、ケイゴくんの容疑はほぼ確定だ。



「にゃに?このイケメンの彼女だっていうミィの友達は、この写真の女の子とは別にゃの?」


「…うん。友達も、他に彼女がいるんじゃないかって疑ってて、それでこの決定的な写真を撮ったみたいで」


「ふ〜ん、にゃるほどね」



ティカちゃんは眉をひそめる。



「でもミィ、このイケメンが浮気してると疑うのはまだ早いんじゃにゃい?」


「え、でも…」


「ワタシ、イケメンはイケメンでも、性根が腐ってるイケメンにはちっともときめかにゃいの。だけど、ワタシの目に留まるってことは、このイケメン悪いやつじゃにゃいはずよ」



なぜかティカちゃんは謎の自信を発揮しはじめた。


横目で見えるリリーちゃんは、やれやれというふうにあきれ顔をしている。



「ミィ、彼が本当に浮気をしているかどうか、ワタシたちで調査しましょ」


「調査?でも、どうやって?」



わたしが尋ねると、ティカちゃんはニヤリと微笑んだ。




それから数日後。



「はぁ〜……」



授業が終わったとたん、わたしの隣で重いため息をつくのどか。



「のどか、どうしたの?また、ケイゴくんのこと?」


「…うん。もう居てもたってもいられなくて、昨日ケイゴくんのマンションに行ったのね。そしたら、部屋に入る寸前で全力で拒まれた」



のどかは、いじけたように机に突っ伏す。


この間までケイゴくんとラブラブで幸せそうだったのに、こんなに落ち込むのどかは見てられない。



「未唯、今日バイト休みって言ってたよね?このあと、カラオケに付き合ってくれない?」


「ごめん、のどか…!今日はこのあとちょっと用事があって」


「えー。せっかくストレス発散したかったのに〜…」


「ほんとにごめんね…!」



わたしは顔の前で手を合わせてのどかに謝る。



のどかの言うとおり、いつもならまたたびのシフトを入れているけど今日は休み。


直樹さんが仕入れ先を見に行くとかで、お店は臨時休業。



だから、できることならわたしものどかに付き合ってあげたいところだけど…。


今日は、そののどかのためにやらないといけないことがある。



わたしは大学を出ると、駅とは反対方向へ向かった。


こっちは、マンションや戸建てなどの住宅街だ。



その中にある公園にわたしは入っていった。


お母さんに手を引かれる小さな子どもや、学校終わりの小学生たちが遊んでいた。



そして、公園の中心にある噴水。


そのそばに、アメリカンショートの猫が佇んでいた。



「あ!ティカちゃん、おまたせ〜!」



そう。


それは、またたびの常連のティカちゃん。



わたしが手を振って駆け寄ったけれど、なぜかティカちゃんはプイッと顔を背けた。


まるで、こんな人知らないとでも言いたそうな表情だ。



「ティカちゃん、なんか怒ってる…?」



わたしが顔を覗き込むと、ティカちゃんは眉間にシワを寄せた。



「ミィはバカにゃの?周りをよく見てみにゃさい」



小声でつぶやくティカちゃん。


言われたとおりに辺りを見回すと、周囲にいた人たちが不審そうにわたしのことを見つめていた。



「ねーねー、ママー。あのお姉ちゃん、ネコちゃんに話しかけてるよー。お友達なのかなー?」


「…こらっ、指さしちゃダメ!」



…しまった。


またたびにいる感覚でティカちゃんに声をかけたけど、普通の人は猫がしゃべれることは知らない。



どうやらわたしは、大声で猫に話しかける変な人と思われてしまったようだ。



「ニャ〜」



ティカちゃんはかわいく鳴いて猫を演じる。


しかし、その表情の裏では「言動に気をつけなさい」と言っているように感じた。



「え、えっと…。とりあえず、人気のないところに行こっか」


「ニャ〜」



わたしは猫をかぶるティカちゃんを抱きかかえると、そそくさと公園から出ていった。



路地に入り、周りにだれもいないことを念入りに確認する。



「…ふぅ。ここなら大丈夫そうだね」


「もう、にゃにしてるのよミィ。まあ、変人と思われるのはミィだけで、ワタシには危害は及ばにゃいからいいんだけど」



ティカちゃんはのんきに顔を洗っている。



わたしとティカちゃんが待ち合わせたわけとは――。


それは、ケイゴくんの動向を探りにきたのだ。



ティカちゃんはケイゴくんは浮気をするような人間じゃないと言い張っていて、わたしももしケイゴくんの疑惑が晴れるならのどかのためにもなると思って、ティカちゃんに協力してもらうことにした。



「ティカ様、こちらにいらっしゃいましたか!」



すると、突然上から声がした。


見上げると、塀の上に白い毛に黒斑模様の猫がいた。



「ターゲットは学校帰りにカフェに立ち寄りコーヒーを一杯飲み、先ほど店を出たとの報告であります!」


「ありがとう。引き続きよろしくね」


「かしこまりました!」



そう言って、黒斑猫は塀の向こう側へと姿を消した。



「ティカちゃん、さっきのは?」


「ワタシの親衛隊よ。よく働いてくれるのよ」



この町に住むティカちゃんは、この辺りのオス猫の間ではアイドル的な存在のようで、ティカちゃんの親衛隊という猫たちがたくさんいるんだそう。


そして、今回彼らにケイゴくんの行動を見張ってもらってるんだとか。



「だれも猫に尾行されてるにゃんて思わないでしょ?だから、猫が陰からついてまわってても怪しまれにゃいのよ」



たしかに、猫にあとをつけられているなんてだれが想像するだろうか。


それに、親衛隊の猫たちは至るところにいる。



ケイゴくんを見失うこともないし、そう考えると猫の尾行は非常に心強い。



そうして親衛隊から、ケイゴくんが例の女の子と落ち合ったという情報を聞きつけて、わたしとティカちゃんはその場所へと向かった。



着いた場所は、ケイゴくんのマンションから近いとあるスーパー。


わたしたちは物陰から隠れて様子をうかがう。



「ケイゴ〜!早く早く〜!」



のどかが隠し撮りした写真に写っていた女の子が、ケイゴくんの腕を引っ張ってスーパーへと入っていく。


なんて仲がよさそうなふたり…!



しかも、のどかは“ケイゴくん”呼びなのに、あの子は呼び捨て。


それほど親密な関係なのだろうか。



「これは黒ね」



そのとき、突然足元から声がしてわたしは体がビクッと反応した。


驚いてすぐに目を向けると、わたしの足に絡みつくようにして白いもふもふの塊があった。



その正体は、リリーちゃんだった。



「リリーちゃん…!どうしてこんなところに!?」


「お店が休みだからね。にゃおきも仕入れ先に行っていにゃいし、暇だから見にきてあげたのよ」



どうやら、ひとりで人影に紛れて電車に乗ってやってきたようだ。



「残念ながら、今回はあにゃたの予想が外れたみたいね。彼、他にも女がいるじゃにゃい」


「見えているものだけが真実とは限らにゃいわよ。にゃおきしか見えてないリリーにはわからにゃいことね」


「にゃんですって…!」



またリリーちゃんとティカちゃんが口喧嘩をし始めた。


そうこうしているうちに、買い物を済ませたケイゴくんたちがスーパーから出てきた。



「卵が安かったし、今日の夜ご飯はオムライスにしようかな。ケイゴ好きでしょ?」


「ああ。じゃあ、お願いしようかな」



ふたりのあとを追うけれど、聞こえくる会話はまさしく同棲のカップル。



…どうして、ケイゴくん。


のどかっていう彼女がいるのに…!



「ごめん…。やっぱりわたし、ケイゴくんに直接聞いてくる!」


「ちょっと待ちにゃさい…!」



リリーちゃんとティカちゃんが止めるのも聞かず、マンションへ入って行こうとするケイゴくんたちのもとへと走った。



「ケイゴくん!」



わたしの声に、ケイゴくんが驚いて振り返る。



「えっ?…あ、未唯ちゃん?こんなところでどうしたの」



ケイゴくんは目を丸くする。



「ケイゴくん、どうしたのじゃないですよ…!わたしから言うのもどうかと思いますが――」


「なになに?もしかして、ケイゴの彼女!?」



そう言って、ケイゴくんのそばにいた女の子がわたしの顔を覗き込んできた。



「お前は入ってくるなっ…!先に部屋に戻ってろ」



…やっぱり。


それほどまでに、この人のことを隠したいんだ。



と思っていたら――。



「はじめまして、ケイゴの妹です。いつも兄がお世話になってます!」



突然そんな言葉が聞こえてきて、わたしは思わずキョトンとした。



え…?


ケイゴくんの……妹!?



そのあと妹さんは先に部屋に帰ってもらって、ケイゴくんから詳しく話を聞いた。


妹さんは別の大学に通ってて彼氏と同棲中だったらしいのだけれど、少し前にその彼氏と別れて今はケイゴくんのマンションに居候しているのだそう。



「今、住むところを探してるところで。オレの部屋も広くないから早く出ていってほしいんだよね」



そう言って、ケイゴくんはやれやれというふうにため息をついた。



「じゃあ、ケイゴくんは浮気してるわけじゃなく――」


「オレが浮気…!?もしかして、のどかがそんなこと言ってたの?」


「は、はい。家に上げてもらえないって」


「あ〜…、うん。今は妹がいるからね。それにあいつ、オレに彼女がいると知ったら家族全員に言いふらすから、まだのどかのことは話せてなくて」



だから、妹さんと接触させないために、のどかを部屋から遠ざけようとしていたらしい。



「のどかのことは大切に思ってるからさ。親に話すときは、妹からじゃなくて自分の口で言いたいんだ」



ケイゴくんはそう言うと、恥ずかしそうに頬を赤くした。


その表情を見ていたら、嘘じゃないことは十分に伝わってきた。



「でも、のどかを不安にさせてるなら、妹が居候していることはちゃんと話しておくべきたったよ。ごめんね、未唯ちゃんにまで心配かけて」


「いえ、わたしはべつに…」



むしろ、疑ってしまってごめんなさいと言いたいくらい。


こうして、無事にケイゴくんへの疑いは晴れた。



「ほ〜らねっ。ワタシが言ったとおり、あのイケメンは悪くにゃかったでしょ」



ティカちゃんは鼻高々に自慢げに振る舞う。



「すごいね。ティカちゃんのイケメンを見定める目はたしかだ」


「フンッ。たまたまでしょ」



ティカちゃんを褒めるわたしとは違って、リリーちゃんはどこか悔しそう。



「でも、ティカちゃんありがとう。解決に導けたのは、ティカちゃんと親衛隊のみなさんのおかげだよ」


「これくらい容易いわよ。この町のことにゃら、ワタシを頼るといいわ」



次の日、のどかからケイゴくんと仲直りしたと報告があった。


仲直りというか、のどかが一方的に悩んでいただけだけど、ちゃんと話し合うことができてよかった。



「未唯、相談に乗ってくれてありがとね」


「そんな、わたしは大したことはしてないよ」



がんばってくれたのは、ティカちゃんやその仲間の猫たち。


とは、さすがに言えない。



「未唯も恋の相談も聞くからねっ」


「わたしの恋の相談…?べつに、今はそんな人いないけど」


「え〜、そんなことないでしょ。直樹さんはどうなの?」


「…直樹さん!?」



直樹さんは、ただのバイト先の店長で――。


かっこいいしやさしいけど、恋愛対象とかそういうのじゃないし…。



なんてことを考えながら、その日バイト中に洗い終わった食器を拭いていたら、誤って手を滑らせてしまった。



パリーーーンッ!



床に落ちたお皿が音を立てて足元で割れる。



「夏原さん、大丈夫…!?」



すぐに、作業の手を止めた直樹さんが駆け寄ってきた。



「すみません…!ぼうっとしちゃって…。どうしよう…お皿が……」


「そんなことよりも、夏原さんはケガしてない!?」


「は…、はい。わたしはなんともないです」


「そっか、よかった」



そう言って、直樹さんは柔らかく微笑んだ。


その不意打ちすぎる表情に、わたしは思わずドキッとしてしまった。



『直樹さんはどうなの?』



も〜…!


のどかがあんなこと言うから、変に意識しちゃってる。



「すぐに片付けますね…!」


「それは危ないから僕がするよ。今、ちょうど手が空いたところだから」


「いえ…!わたしが割ってしまったので、ここはわたしが――」



お皿の破片に手を伸ばしたとき、ちょうど同じ破片を拾おうとした直樹さんと手が触れた。



「「…あっ……」」



同時にそんな声が漏れて、ふたりいっしょに手を引っ込める。



「ご、ごめんね」


「わたしのほうこそ…すみません」



うつむいてせっせと他の破片を拾い集めるけど、わたしの顔は真っ赤になっていた。


直樹さんも黙々と片付けをしてくれている。



だけど、この沈黙が妙に気まずいような、照れくさいような感じがした。



「ミィ、こっちにいる?」



すると、キッチンにリリーちゃんの声が聞こえてわたしは瞬時に立ち上がった。



「…はい!ここです!」


「あら、やけに元気ね」



いつもと雰囲気が違うわたしに、リリーちゃんは目を細める。



「お客がミィのことを呼んでるわよ」


「…え?わたし?」



ぽかんとしながら、わたしは自分を指さした。



「それなら、夏原さん行ってきて。ここはほとんど片付いたから大丈夫だよ」


「そうですか…?じゃあ、あとはお願いします」



お言葉に甘えてその場は直樹さんに任せて、わたしはリリーちゃんと共にホールへと戻った。



「あにゃたがミィ?」



わたしを見つけると、カウンター席にいた三毛猫さんが話しかけてきた。



「は、はい。夏原未唯です」


「へ〜。見たところフツーの人間って感じだけれど、依頼を解決してくれるんだって?」


「…依頼?」



首をかしげるわたしに三毛猫さんは話した。


またたびで働くミィという人間に依頼をすると、解決するために動いてくれるとアメリカンショートヘアの猫から聞いたと。



アメリカンショートヘアの猫――。


それって、絶対にティカちゃんのことだ。



「あ、あの…。わたしはべつに探偵とかではないので…」


「でも、前に他人の浮気の疑惑を晴らしたとか」



完全にティカちゃんだ…!



「いや…、あれは流れでそうなったというか――」


「そんにゃことはどうでもいいから、オレの話も聞いてくれよ」


「いいじゃにゃい、ミィ。腕はともかく、ミィの噂を聞いてお客がやってくるようににゃったら、もっとまたたびが繁盛するんだから」


「ちょっと待ってよ、リリーちゃん〜…!」



どうしてこんなことになったのかはよくわからないけど――。


わたしは、またたびにやってくる猫たちの抱える問題を解決せざるをえなくなりそうです。




Fin.

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