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第13話:人間的変数(にんげんてきへんすう)

星野 誠には計画があった。


客観的に見て、それは彼が17年の人生で思いついた中で最悪の計画だった。だが、計画は計画だ。


昨夜、隣で眠る奏太そうたを横目に、テーブルの上の飲みかけのオレンジジュースをすすりながら、探偵アニメの第4話を見ていた時に思いついたものだ。画面の中の探偵が言ったセリフが、妙に鮮明に心に響いた。


「容疑者を理解するには、まずその自然な生息地で観察することだ」


誠はアニメを一時停止した。

天井を見上げた。


(自然な生息地……。)


(善狐 狐乃香の自然な生息地は……進天学園だ。)


(善狐 狐乃香の自然な生息地は、毎日彼女に苦しめられている俺自身だ。)


(……待て、それは意味が通じないな。集中しろ、俺。)


こうして、アニメの見すぎと睡眠不足による圧倒的な論理(?)によって、星野 誠は火曜日を潜入調査の記念すべき初日にすることに決めた。


問題は、彼に潜入調査の経験など、これっぽっちもなかったことだ。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇ ◆


午前7時58分。1階、中央廊下。


誠は早く着いた。それだけで、校門ですれ違った3人のクラスメイトが変な目で彼を見るには十分すぎるほどの「統計的異常」だった。


彼は中央廊下の角、柱の陰に陣取った。リュックを胸に抱え、その顔には似つかわしくないほどの真剣な表情で目を細める。


(ターゲット:善狐 狐乃香。到着予定時刻:午前8時丁度。あいつはそれくらい恐ろしいほど正確だからな。)


午前8時丁度。廊下の奥に狐乃香が現れた。


完璧に着こなされた制服。脇に抱えられたタブレット。他の生徒が「歩く」のに対し、狐乃香は「移動」しているかのような、独特で正確な足音。


誠はさらに柱に身を寄せた。


(よし、来たな。あとは気づかれないように尾行するだけだ。)


まことはさらに柱に身を寄せた。


(よし、来たな。あとは気づかれないように尾行するだけだ)


狐乃香このかが中央廊下を歩いていく。誠は10メートルほどの距離を保ちながら、壁に張り付き、生徒たちを避け、狐乃香がわずかに首を動かすたびに一年生の女子グループの背後に隠れて後を追った。


一年生たちは困惑して彼を見た。


「あの……先輩、大丈夫ですか?」


「シッ!」


誠は口元に指を当て、誰一人納得させられないようなエージェント気取りの真剣な顔で言った。女子生徒たちは顔を見合わせると、足早に立ち去っていった。


誠は任務に戻った。


(よし、バレてない。位置をキープだ)


狐乃香は一度も振り返らなかった。


だが、廊下に入ってから45秒後、彼女はすでに誰かが自分をつけていることに気づいていた。振り返るまでもなかった。監視カメラもまだ必要ない。自分が止まるたびに止まり、加速すればわずかに速くなる足音だけで十分だった。無視するにはあまりにも露骨すぎるパターンだ。


彼女はわずかに眉をひそめた。


(誰……?)


階段に辿り着き、二階へ上がる。踊り場を曲がる直前、彼女はタブレットを確認するふりをして、自然な動作で首を巡らせた。


そして、見てしまった。


踊り場の壁に張り付き、リュックを胸に抱え、「怪しいことなんて何もしていません」という、狐乃香がこれまでの人生で見た中で最も怪しい表情を浮かべている星野 誠の姿を。


一瞬だけ、二人の視線が交差した。


狐乃香は何事もなかったかのようにタブレットに視線を戻した。そのまま階段を上り続ける。


(……星野 くんだ)


思考が停止する。


(星野くんが、私をつけている)


再びの休止。


(なぜ、星野くんが私をつけているの?)


即座に導き出せる論理的な答えはなかった。そしてそれだけで、彼女の好奇心を刺激するには十分だった。二階に到着し、廊下を曲がると、彼女はいつも通りの足取りで弁論部べんろんぶの部室へと向かった。


しかし、彼女の脳内のチャンネルは切り替わっていた。


(……どこまでやるつもりか、見てみましょう)


午前8時47分。2階、図書室。


まことの最初の「発見」は、図書室で起きた。


狐乃香このかは午後のセッションのための参考書を探しに入っていた。誠はそこまで彼女を尾行し、向かい側の通路に陣取った。本物の諜報員が見たら泣き出すようなお粗末な隠密術で、百科事典の棚の間から覗き見ている。


彼は手帳を取り出し、メモを書き込んだ。


「午前8時47分。ターゲット『善狐』、図書室に入室。本を探索中。今のところ行動に異常なし」


狐乃香は目的の本を見つけた。それを開き、棚にタブレットを立てかけたまま、立った状態で読み始めた。


3分が経過した。

誠は観察を続けた。


そして、それは起きた。


狐乃香の頭がゆっくりと下がっていった。瞼が閉じられる。顎が胸につきそうになる。


10秒間。


それから彼女は、自分がどこで何をしていたかを思い出したかのような表情で、瞬きをしながらガバッと顔を上げた。


彼女は周囲を見渡した。

誰も見ていない。


そう思っていたのは、彼女だけだった。


百科事典の隙間に隠れたまことは、目を見開き、手帳にペンを走らせていた。

彼は書いた。「午前8時51分。対象、立ったまま10秒間入眠。繰り返す、立ったままだ。調査継続中」


それから、彼は自分が書いた文字をじっと見つめた。

善狐ぜんこ 狐乃香このかが、図書室で立ったまま寝た……?)


彼は勝利の笑みを浮かべたが、すぐに考え直した。

(待てよ、善狐 狐乃香が図書室で立ったまま寝るなんてことあるか? あいつは無敵の勉強マシンじゃなかったのか……。じゃあ、あいつも……疲れてるのか? よし、これもメモだ)


それはまるで、先生もご飯を食べるしトイレにも行くと知った子供のような熱量だった。純粋な驚きと、まだ自分でも正体のつかめない感情が混ざり合っていた。


午前10時15分。2階、北廊下。


2時限目と3時限目の間に一度見失ったものの、休み時間のチャイムが鳴る頃、誠は北廊下で彼女を再び捉えた。

狐乃香はタブレットを手に一人で歩いていた。15種類もの物事を同時に処理しているようなその表情は、どんな雑談も寄せ付けないほど冷徹に見えた。


そこへ、一人の一年生がパニック状態で地図を手に、彼女の前に飛び出してきた。


「あ、あの……善狐ぜんこ様! 北棟の化学室を探しているんですが、もう20分も迷っていて……」


狐乃香は完全には立ち止まらなかった。だが、わずかに歩調を緩めて少年が持つ地図に目を落とすと、無表情のまま告げた。


「3階。B階段。左側の3番目のドアよ。2番目じゃなくて、3番目」


「あ、ありがとうございます! で、でも……」


狐乃香はすでに歩き出していた。

少年は地図を手に呆然と立ち尽くしていたが、そこには正しい目的地が示されていた。


明らかに人間一人が隠れるには小さすぎる水飲み場の陰から、誠は手帳にメモを取った。


「午前10時17分。対象『善狐』、迷子の生徒を助ける。立ち止まらず。見返りも求めず。感謝を待つこともなし」


彼はその部分に二重線を引いた。


(おかしいな。いつもなら一蹴して追い払うところなのに、助けてやったぞ。うーむ……)


午前11時40分。弁論部べんろんぶ部室。


これこそが、まことが待ち望んでいた瞬間だった。

究極の「自然な生息地」。

問題は、弁論部の部室は、用もないのに誰でも入れるような場所ではないということだ。誠には「隠れみの」が必要だった。


解決策は、廊下のベンチに置いてあった折り畳まれた新聞という形で現れた。


(完璧だ。座って、読んでるふりをして、観察する)


彼は、半開きになった部室のドアに近い椅子に陣取り、新聞を顔の前に広げた。

日付は見なかった。

もし見ていれば、その大馬鹿者は、その新聞が89年も前のものであり、自分の祖父母のさらに祖父母が若かった頃に開催された地方の「釣り祭り」の特集号であることに気づいただろう。


だが彼は見なかった。救いようのない間抜けである。

こうして、西暦20XX年の現代に、約一世紀前の釣りのニュースを深刻な顔で熟読する星野 誠が誕生した。


その位置からは、部室の内部が部分的に見えた。狐乃香このかは中央の椅子に座り、タブレットを開いて指を画面の上で走らせていた。

部員たちは静かに作業に没頭している。


誠は観察した。

2分後、狐乃香は指の関節で目をこすった。それは一瞬の、ほとんど誰にも気づかれないような仕草だったが、その後すぐに何事もなかったかのようにタブレットに戻った。


誠はメモした。「午前11時42分。誰も見ていないと思っている時、目をこする」


5分後、狐乃香はジャケットのポケットに手を入れ、小さな何かを取り出した。彼女はそれを一瞬見つめ、口に放り込んだ。


あめだ。


まことの手から、新聞が滑り落ちそうになった。


「午前11時45分。ポケットに飴を隠し持っている。飴だ。包み紙からして、レモン味か何かだろう」


彼はその一文に三重線を引いた。


善狐ぜんこ 狐乃香このかが、普通の女子高生みたいに隠れて飴を食べてる……)

(これはヤバいぞ)

(俺の人生で、これ以上ないほどの衝撃的な発見だ……!)


トイレに向かう途中の部員が誠の横を通り過ぎ、不審そうに彼を横目で見た。

新聞を見る。

誠を見る。

もう一度、新聞を見る。


「……あの、先輩。その新聞って……」

「悪いな、友よ。今、非常に忙しいんだ」


誠は新聞を下げず、不敵な笑み(のつもり)を浮かべて答えた。部員は「関わらないでおこう」と判断し、そのまま歩き去った。


部室の中では、狐乃香がタブレットを開き、表向きは画面に視線を固定していた。

だが、ここ20分間、彼女の意識の数パーセントは廊下に向けられていた。

正確には、廊下で新聞の陰に隠れている人影に。


星野ほしのくん、もう20分もページをめくらずに同じ新聞を読んでいるわ)


沈黙。


(あの新聞、上の方に湿気によるシミがある……どこかに何年も放置されていたことを示唆しているわね)


さらなる沈黙。


(あの新聞、この学園の創立記念日よりも前のものだわ)


彼女の指がタブレットの上で止まった。

そしてその時、善狐 狐乃香は、長い間忘れていたある感情を覚えた。


……笑いたくなったのだ。


彼女は笑わなかった。いつもの冷徹さでそれを抑え込んだ。だが、唇の端がわずか0.5ミリほど、制御が効く前に上向きに動いた。


(89年も前の新聞をカムフラージュに使っているなんて……)


(どうしてこの人は、これほどまでにお馬鹿さんなの? ……いえ、待って。なぜ私は彼を見続けているのかしら?)


最後の問いに対する答えは持っていなかった。だから彼女はタブレットに視線を戻し、今日二度目となる「放置」を決めた。

いつもの4つの理由のために。


もっとも、4番目の理由――不器用で滑稽な任務に没頭する彼の姿を見て感じる「奇妙な安らぎ」が、他の3つよりも重みを増し始めていることには、まだ気づかないふりをしていた。


午後3時47分。弁論部部室。ほぼ無人。


午後を通じて、部員たちは一人、また一人と帰宅していった。3時30分には4人。3時40分には2人。そして3時47分、残されたのは狐乃香このか一人だけだった。


そして廊下には、今だに89年前の新聞を手にしたまことがいた。


室内は静まり返っていた。長い窓から差し込む午後の光が、床を柔らかなオレンジ色に染めている。狐乃香はテーブルに肘をつき、タブレットでも書類でもなく、窓の外の一点を見つめていた。

ただ、外を眺めていた。


誠はメモを取った。「午後3時47分。対象、何もしないまま窓の外を眺める。表情は……何と表現すればいいのか分からない」


彼は自分が書いた文字を見つめた。

(待てよ、いつもなら狐乃香を形容する言葉なんていくらでもあるはずなのに……今は、何も思い浮かばない)


それは事実だった。いつもの冷ややかな表情ではない。何かを計算している顔でもない。もっと静かで、それでいて重苦しい何か。ひどく疲弊し、ほんの一瞬だけ、そうではないふりをするのを止めた者の顔だった。


誠はゆっくりと新聞を下ろした。

数時間ぶりに、紙の盾なしで彼女を見た。


すると、彼の胸の奥で奇妙で居心地の悪い何かが動いたが、彼は今のところそれを無視することにした。


沈黙を破ったのは、振り返ることも、窓から視線を外すこともない狐乃香だった。


「……星野ほしのくん」


まことは石のように固まった。


「その新聞、89年前のものよ」


沈黙。

誠は新聞に目を落とした。初めて、日付を確認する。


(……あ、……終わった)


「そして、あなたは午前11時40分からそこにいるわね」


誠は口を開き、言い訳をしようとしたが、結局一言も出てこなかった。あまりに間抜けだった。


「今は午後3時47分よ」


死のような静寂が流れた。

狐乃香このかはゆっくりと椅子を回転させ、彼と正面から向き合った。その瞳は、どんな怒声よりも恐ろしいほどの静けさを湛えて彼を捉えた。


「入るつもり? それとも、1936年の釣り祭りについて読み続けるつもりかしら?」


誠はドアを見た。狐乃香を見た。もう一度ドアを見た。

脱走するという選択肢はあった。それは妥当であり、おそらく最も賢明な判断だっただろう。

だがその時、彼はあのアニメの探偵の言葉を思い出した。

『調査員は、真実の瞬間から決して逃げない』


誠は、今の自分にはおよそ似つかわしくない威厳を込めて新聞を畳んだ。そして部室に入り、長いテーブルを挟んで狐乃香の向かいの席に座った。


二人は見つめ合った。

そして、手帳を握りしめたままの誠は、先手必勝を期して切り出した。


善狐ぜんこさん、白状しろ」


狐乃香は、心底困惑したように瞬きをした。


「何かあったんだろ。3分遅刻したくらいじゃもう怒鳴らないし、メッセージにタイムラインも入ってない。学業ペナルティもなしだ」


彼はわずかに身を乗り出した。


「血を吐くまで俺に勉強を強要していた、あのロボットはどこに行ったんだ?」


沈黙が降りた。


狐乃香このかは、信じられないという思いと、それだけではない何かが入り混じった、まことには読み取れない表情で彼を見つめていた。


「それに」


誠は手帳を開き、言葉を続けた。


「今朝、図書室で10秒間寝てたよな。立ったままで」


狐乃香の頬の筋肉がぴくりと動いた。


「道に迷った1年生も助けてた。頼まれたわけでも、感謝を期待したわけでもないのに」


狐乃香は何も答えない。


「誰も見てないと思ってる時、目をこすってるし」


沈黙。


「……それに、ジャケットのポケットにあめが入ってるだろ」


その後に流れた沈黙は、今日一日のどんな沈黙とも違っていた。


狐乃香は完全に硬直していた。テーブルに置かれた手は、指一本動かない。それは平穏から来る静止ではなく、何かを必死に抑え込んでいる時の静止だった。


そして、そのすべてが積み重なった結果、彼女の頬に、かすかな――だが確かに認識できる赤みが差した。


「……一日中、私を観察していたの?」


声は平坦だった。いつものような鋭さはない。


「厳密に言えばそうだけど、あくまで調査目的であって――」


「調査目的……」


それは問いかけではなかった。


「なあ、要するに何かあったんだろ。俺はそれが知りたいんだ、だって――」


「何でもないわ」


「善狐さん」


「何。でも。ない」


「立ったまま寝てたのにか?」


「それは蓄積された疲労による、不随意のマイクロスリープ現象で――」


「ポケットに飴が入ってるのに?」


「それは議論の余地がないほど無関係な――」


「……どうして変わったんだ?」


その問いは、何の飾り気もなく、真っ直ぐに放たれた。本当に大切なことを前にした時、まことが抑えきれなくなる、あの加工されていない剥き出しの正直さだった。


狐乃香このかは口を閉ざした。

彼を見た。

そして、今日一日で初めて――あるいは、もっとずっと長い時間の中で初めて、即座に返すべき言葉が見つからなかった。


「……私は変わっていないわ」


ようやく絞り出した声からは、何かが失われていた。鋭いエッジ、あるいは、いつもの絶妙な距離感。


「いや、変わったよ。それに気づいてるのは俺だけじゃない。ただ、それを口に出すのが俺だけなだけだ」


星野ほしのくん、もうやめて」


「あの日、俺が気絶した時……あの廊下で一体何があったんだ?」


静寂が部屋を支配した。

狐乃香は視線を逸らした。窓の向こう、紫がかり始めた夕暮れのオレンジ色に目を向ける。

テーブルの上に置かれた彼女の手が、ゆっくりと、完全な拳になりきれないまま、弱々しく握られた。


「あなたには関係のないことよ」


「関係あるよ。あんたのことだし、それに――」


「どうして、そんなに私を見続けるの!?」


それは叫びではなかった。それよりももっと酷い、張り詰めた糸が切れる寸前のような、出口のない疲労を孕んだ震える声だった。

誠は言葉を失った。


「そんな無意味なことを観察して、一体何になるっていうの!? 私が10秒寝たこと!? 栄養ドリンクを買ったこと!? 8歳の子どもみたいに飴を持ち歩いていること!?」


彼女は立ち上がった。ドラマチックな演出ではなく、あまりにも不快な何かに耐えきれず、距離を置こうとする衝動的な動きだった。


「そんなものに価値なんてないわ! 何も変えやしない! 私についての重要な情報なんて、そこには何ひとつないのよ!」


誠は、沈黙の中で彼女を見つめた。


狐乃香このかは窓の前に立ち、彼に背を向けていた。肩をわずかに震わせ、両手は体の脇で固く握りしめられている。


そこに「論理の女帝」の姿はなかった。


それは、連日の睡眠不足で疲れ果て、計算不可能な何かに怯え、そして、最も醜態をさらしたくない相手の前で自制心を失ってしまった、ただの16歳の少女だった。


まことは待った。

そして、彼女の背中を見つめたまま、静かに声を絞り出した。


「……でも、変わるんだよ」


沈黙。


「全部、変わるんだ」


狐乃香は振り返らなかった。

だが、その肩がわずかに、ほんの数センチだけ下がった。

握りしめられていた手から、力が抜けていく。


誠は手帳を拾い上げ、ゆっくりと立ち上がった。そしてドアの方へ歩き出す。

枠のところで、彼は足を止めた。


「廊下で何があったか、言わなくていいよ」


彼もまた、振り返らずに言った。


「でも、一応言っておくけど……図書室で立ったまま寝たり、ポケットに飴を隠してる狐乃香の方が、朝の5時にタイムラインを送りつけてくるやつより、ずっと面白いと思うぜ」


返事を待つことはなかった。

彼は部室を出た。


弁論部部室のドアが閉まる音がした。それは乱暴な拒絶でも、過剰に丁寧な配慮でもない、ただ静かに閉まる、日常的な音だった。


狐乃香は、一人取り残された。

窓の向こうでは、夕暮れがさらに深い紫色へと溶け込んでいく。


既知のあらゆる変数を計算できるはずの彼女は、まる一分の間、微動だにせず立ち尽くしていた。なぜ、あんな能天気な16歳の少年の言葉が、この三日間で自分が弾き出したどんな計算結果よりも重く心にのしかかっているのか、その理由を自問しながら。


廊下では、まことが手帳を脇に抱え、考え深げな表情で出口へと歩いていた。


(調査は失敗だ。)


(あの廊下で何が起きたのか、結局何も分からなかったな。)


(具体的な手がかりはゼロだ。)


階段の途中で彼は足を止め、自分のメモを見返した。


「立ったまま寝る。頼まれていないのに助ける。目をこする。ポケットに飴。一人だと思っている時に窓の外を見る。」


もう一度、それを読み返した。

そして、自分でもよく分からないまま、最後の一行に単純な言葉を付け加えた。


善狐ぜんこさんは、あまり調子が良さそうじゃない。」


彼はそのまま階段を下り、出口へと向かった。返し忘れた89年前の新聞を、まだ脇に抱えたままで。


第13話:完


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◇ ◆ ◇ ◆ ◇◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆◆ ◇ ◆


皆さんこんにちは、お元気ですか?

(私を殺したくなっていないことを願います!)


学校の課題やら何やら、くだらない問題で一週間ほど消えていましたが……戻ってきました!この物語の新章をお届けします。


さて、今回のチャプターはいかがでしたか?楽しんでいただけたなら幸いです。

先週約束した通り、今日から日曜日まで「毎日1話更新」をします!約束します!日曜を過ぎたら、また週に1、2回のペースに戻る予定ですが、それまでは毎日の更新を楽しんでくださいね。


今日は、あのバカな誠が、狐乃香の脆さにつけ込んで(無自覚ですが)、彼女の心を感情的にぶち壊してしまいました(彼女は表に出しませんが)。彼女の掘り下げはもう少し続きます。


それから、もし気になっている人がいたら……この後のエピソードでは狸子マミコの個人回もしっかり用意しています。マミコ推しの皆さんは、まだ絶望しないでくださいね。彼女に関しても面白い展開が待っています!


もし気に入っていただけたら、お気に入り登録やシェアで応援してもらえると嬉しいです。いつか完結させるぞという強い意志を持って頑張ります(笑)。


それでは今日はここまで。明日の第14話も楽しみにしていてください!


零時卿より

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