12、上方修正
「タイジ。そろそろ お粥に飽きたんだけど」
虚空から少女が出産されてから そろそろ一週間。
その新生児?のアイが不満タラタラである。
彼女の内臓はまだ普通の食事を受け付けない。
赤ん坊と同じで胃腸が初期化されている状態なのだ。
いきなり普通の食事をしては体を壊すだろう。
筋力はレベル上げで何とか普通に動けるまでになったが それとこれとは話が別である。
一般的な大人でも長い間断食した状態で普通の食事を食べると大変に危険らしい。
自分もこの世界に転移してしばらくは薄いスープだけ食べたものだ。
インドの修行者は水だけ飲んで2ヶ月近くも断食できるとのこと。ちなみに水を飲まなければ直ぐに死ぬ。
そんな荒行が終わって最初に食べるのは赤ちゃんの離乳食みたいな薄いお粥などである。
アイが食べているのは「お粥」とは言っているが米のお粥では無い。
この地方一帯で主食になっている穀物で作ったものだ。
分類的に言えば麦なのだろうか。
だが、間違っても小麦ではない。
なんせ一粒の大きさが野球のボールくらいある。
そのため取引の単位は「一個いくら」であり、一袋とかグラムなどの重さで取引されることが無い。
人々はこれを刃物でガリゴリ削ってから粉にしたり、砕いてスープと煮込んだりする。
「そろそろ少しずつ普通の食事に変えていこうか」
「やったー、ハンバーグにカレーにラーメンだー」
「・・・・・・」
アイさんや・・
この世界でその食べ物こそがファタジーなのだよ。
というか、思い出させないでくれ、食べたくなる。
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この日、オレ達が住むリスティル領は建国を宣言し、新しく改名され「リスティルティクス王国」となった。
国と言っても日本の戦国時代の国のような規模の小さなものだが、他国も同じで魔物の生息地で分断されるので巨大な国は作り難く、これでも一般的な国の大きさと言える。
地方の一つの領地が国になる。
一見すると無謀に感じるがこの地は豊かで安定している。
面積で言えば関東平野以上有るが国として見れば小さい。
だが、この地の最大の利点は浅瀬の続く特殊な内海を持っている事にある。富を生むその領海を国土と考えるなら広さは倍以上になるだろう。
外海の魚や魔物は凶悪で大きく とても人の手に負えるモノではない。木造の船などたちまちに破壊されてしまう。そのため海に面している国々といえど陸上から細々と魚を取るのがせいぜいである。
そんな背景から必然的に魚は高価で取引される。
海上に船で乗り出し(人が相手できる大きさの)魚が獲れる内海は宝の山と同じと言えるだろう。
そんな内海の巨大な湾に沿って平地が囲んでいるCの形をした風変わりな国土を持つのが新しく出来たこの国だ。
さらに、その平地を取り囲むのはエベレストもかくやと言う峻険な山々。
領地全てが天然の結界に守られているかのような地形である。
軍事的、経済的に考えても国として充分成り立つだろう。
しかし、そんな豊かな地が今までは隣国の属領に甘んじていた。
その理由が「勇者の力による脅迫」だそうな。
勇者・・ろくなもんじゃねぇ。
だが 今はその脅威も存在しない。
さらに勇者を擁したその国の中枢がほぼ壊滅している。
そんな背景も有り、好機とみた領主は建国に踏み切ったのだろう。
この建国はこの世界の国々の勢力図が本来の有るべき姿に向かって動き始めた事を示している。
カラン☆カラン☆
珍しく店のドアベルが音を鳴らす。
漁師が魔石でも売りに来たのか、と店に出てみると執事みたいな雰囲気の初老の紳士と2人の騎士が居た。
「この店の主人を呼んで下さるかな」
「自分がこの店の主人でタイジと申します」
「ほぅ・・」
温和な表情は変えないが色々と考えているようだ。
「新築の店の主人にしては若すぎる」とかね。
「何かご用命でしょうか。
当店はご覧のようにまだ本格的な営業を行っておりませんので難しい取引は出来ないのが残念ですが・・」
「ああ、いや。買い物に来た訳ではない。ワシは徴税官である」
「えっ・・今期の税はこの前、違う方にお渡し致しましたが」
新しく国に成ったから別口で徴税、てところかな。
お金は有るし それくらい出しても良いけど 少しくらい驚かないと不自然だしね。パフォーマンス大事。
「いや、その事では無い。知っての通り新しく国となったからのぅ、正確な税の調査をすることとなった。以前の徴税官は他国から派遣されていた者でな、とても信用できる者では無かったのでな・・」
「なるほど、安心いたしました」
ある意味、至極当然な調査と言える。
今回の王国はまともな行政をしてくれそうだ。
「工房地区に有る店と聞いてのぅ。不思議に感じたのじゃ。どのような店なのか教えてもらおうかの」
どの様な店と言われてもなぁ・・まさかグータラ生活するために作った店とは言えない。
とりあえず今までの帳簿を見せて取引の内容を説明する。
「ふむ・・確かに本格的に営業をしておらんの。失礼じゃが、これでは店として成り立たぬであろう」
「とりあえず家族三人が何とか生活できますから焦るべきでは無いと考えています。今は様子見ですね」
「ふむ、様子見とは?」
「この地に来てまだ日が浅いですから、どのような同業者が居て何を取り扱っているのか見ております。
客が少ないのに同じ商品を扱えば他の店と争いになり悪くすると共倒れしますから」
「ほほぅ。お主、若いのに商いの事を良く知っておるな」
「多少の事は厳しく仕込まれましたので・・」
前世の企業でだけどね。
「なるほどのぅ・・それはすばらしい。さぞかし(この店の)本店は何処ぞの王都に栄えておるのであろう」
「いえいえ、この店は独立した私の店です。
・・本店は暴徒の略奪に遭い今は存在していません」
「・・詳しく聞かせてくれぬかの」
「ご想像の通り、私はとある国の王都に本店を置く商会に務めておりました。まぁ、実家でもありますが」
「やはりのぅ」
「商会長である父は王家や貴族と取引が有り、日々神経が磨り減るほど気を使って商会を維持しておりました。ところが、その王家や貴族が一夜にして滅びてしまい、無秩序の都は大混乱です」
この程度の作り話は簡単だ。
混乱させた張本人が自分であり、現場も見ている。
「父は子供たちに少しの資金を持たせ それぞれ独立して生きる事を命じ、家族は分かれて何処かの国に移り住む事となりました。自分も妻と共に逃げ延び 何とかここまでたどり着きました。この国なら落ち着ついて商売が出来るものと準備していた次第です」
「そうであったか。良くこの地に参った、歓迎するぞ」
徴税官の老人は心からの笑顔になった。
他の国々が大混乱しているのも知っているのだろう。
一番の懸念はこの店の有り方・・か。
彼がわざわざ店まで出向いたのはこの為らしい。
「しかしのぅ、お主 若さの割りに欲と覇気が足りぬぞ。店を国一番の商会にする位の気概が欲しいのぅ」
「はぁ、まぁそれは・・追々という事で」
「そうか、追々か。ほっほっほ」
最後に余計なお世話を残して徴税官は帰って行った。
あの人は何者なのだろうか・・。
「タイジ、大丈夫?」
シリアが影ながら警戒していたのは気が付いていた。
彼女の隣ではアイも心配している。
なるほど、騎士が来れば心配もするか。
「結局、あの人達は店を見に来ただけなの?」
「けっこう深い意味が有る視察だったな」
「深い意味って、こんな小さな店に?」
「例えば、オレが他国から派遣されたスパイだったり、目的を持ったテロリストとかだったら大変だろ。
店の大きさに関係なく注意するのが当然だろうね。まして、この店が建っているのは国の玄関口だから尚更だね」
この国は豊かだ。それは混乱している他国から見れば略奪すべき美味しい獲物でもある。
近いうちに争いも起こるだろう。
「ただ、一番気にしていたのは この店が他国の店の支店かどうか、という点だろうね」
「そんな事の為にわざわざ来たの?」
「いやいや、自分の国が貧乏になるか、豊かになるかの大切な事だぞ」
この国の上層部にはその点を理解している者が居る。
それだけでもこの国で安心して暮らしていけると言うものだ。
職人肌のアイはまだ良く理解していないようだ。
「そうだな・・例えばだ、日本でも地方の街に都会の店の支店とかガンガン進出してただろ」
「そうね。実家の田舎にコンビニが出来た時は笑ったわ」
「一見すると都会の店が立ち並んで華やかになって町が豊かになった気がする。でも、あれって地方の市や町が『都会の植民地になった』と同じなんだ。僅かな経済効果と雇用というアメと引き換えにその町から利益をゴッソリと中央に持っていってしまうのさ。地元の個人商店や企業は潰れるし、地元にお金が残らないから身動きが取れなくなって行く。政治家が地方活性とか言ってもその土地に力なんて無いのに無理だよね。それと同じで、この国の役人は他の国の店が進出するのを警戒しているんだ」
「うわ・・ドロドロしてると言うか殺伐としていると言うか。人間、やってる事は同じなんだね」
「まぁ、この世界の一般人でこんな社会の仕組みを知っている人は少ないだろうし、これもチートかもね」
「なんか・・思ってたのと違う」
「いや、予想以上にこの世界は素晴らしいと思うぜ」
確かに小説の物語にあるようなご都合は少なく感じる。
文明も以前の地球とは比べるまでも無い。
しかし、断言できる。
この世界は以前の地球のステージよりも上方修正された素晴らしい世界だと。




