第百四話 コアと黒い金庫
どうもHekutoです。
執筆速度元に戻りそうで(遅い方に)焦ってますが、修正作業終わりましたので投稿させていただきます。お楽しみください。
『コアと黒い金庫』
時刻はお昼の少し前、まだ朝と言われても疑問に思わない様な時間から、ウパ族の集落は酒臭かった。
「・・・」
「これは、明日もだめかもしれんな」
「完全に逝ってるでござるな」
特に、俯せの状態で体をピンと伸ばした妙な姿勢で一切の動きを見せないヒゾウからは、かなりの酒精臭さが漏れている。どうやらウパ族に弄ばれた結果誰よりも早く、朝の内からダウンしたようであった。
「またくすり飲めばだいじょうぶ」
しかしウパ族には、より正確にはウパ子にヒゾウを労わってあげる気はさらさらないようで、あの薬を右手に握りながらヒゾウににじり寄る。
「それは勘弁してやってくれウパ子・・・」
「そうでござる。あの後大変だったでござろうに・・・」
流石のジライダとゴエンモも、瀕死のヒゾウに忍び寄る可愛い魔の手は無視できないらしく、ヒゾウとウパ子の間に割って入ると、忍者のスキルには無い守る姿勢でヒゾウを庇う。
「・・・次は、間違えない。だからそこをどいて」
決死の想いで魔王ウパ子の前に出た二人であったが、それをあざ笑うかのように彼女は袋の中から薬と言う名のリーサルウェポンを取出し、二人の忍者を震え上がらせ、そして・・・。
「たわけ、最初から間違うような薬ではないわ! と言うかその手に握った薬は何じゃ、6人分くらいもっとるじゃないか!」
「くぅぅ・・・」
魔王は大賢者ウパ族長による痛烈一撃を貰い、地に伏すのであった。族長の杖で頭を小突かれたウパ子は、頭を押さえると目に涙を溜めて座り込む。その手にはまだしっかりと黒々とした丸薬が握られており、その薬の量を見た族長はよりその怒りを大きくさせるのだった。
「そうなのか? 前もこの位の量だったんだが・・・」
ヒゾウを守りきったジライダは、床に座り直しながら族長の言葉に首を傾げる。
「すまんかったの。・・・まったく、ちゃんとわかりやすいよう小分けにしてやったと言うに、これは・・・特訓じゃな」
どうやら元々は小分けにしていない薬であったらしい丸薬、それを態々一人分ごとに分けていたにも関わらず今回の様な喜劇・・・もとい悲劇を引き起してしまった事に、族長は心苦しい思いであるようだ。それと同時にそのような事態を起さぬためにも、族長はその心を鬼にする気満々の様で、ギラリと光らせたその瞳は見た目にそぐわぬ迫力があった。
「おお、脱兎のごとく逃げたな」
「周囲に空間が開くって、どんだけ恐ろしい特訓でござるか」
背後の不穏な気配に振り返り、族長の表情と言葉を直視したウパ子は、顔を蒼くさせると即座に回れ右して全力で走って逃げ、その姿にジライダとゴエンモの二人は二重の意味で苦笑いを浮かべる。何故ならウパ子が逃げるのと同時に、彼らの周囲で呑んでいたウパ族も族長を中心に円を描くように後ずさったからである。
「ふふ、ワシの調合術特訓はスパルタじゃからの」
族長は不敵な笑みを浮かべると楽しそうにそう漏らし、ヒゾウが起きていればゾクゾクしていそうな表情を浮かべるのであった。
「あれあんたが作ったのか? もう少し美味く出来ないのかよ」
「そうでござるな・・・あ、ユウヒ殿ならやってくれそうでござる」
「ふむ、ユウヒとな? 何者じゃその者、薬師か?」
ヒゾウが魔王の一撃で沈んだ後、適量の薬を口にしたジライダとゴエンモの二人。気を失いはしないまでも、その味は今でも鮮明に思い出せるほど衝撃的だったらしく、製作者である族長に対し遠慮なく不満を述べ、不平不満をぶつけられた族長は大して気にすることなく、むしろ薬を改善できるユウヒと言う人物の方が気になるようで、首を傾げて見せる。
「我らの同朋で二つ名持ちの合成職人だ」
「拙者等の武器もユウヒ殿の作品でござるし、凄い飴玉とかこの赤い常備薬っぽいのも全部ユウヒ殿から作ってもらったでござるよ」
ユウヒについて聞かれた二人は互いに無言で視線を交わした後、にやりと口元を歪めると、本人が居ない事を良い事に嬉々としてクロモリ時代の事も混ぜて話し始める。実際の所、ユウヒの現在のスペックを考えると強ち間違った評価でも説明でもないのだが、黒歴史の影響で目立つことを畏れているユウヒにとってはいい迷惑なのであった。
「ほう、これは・・・」
そんなユウヒが忍者達に渡していたのは、ちょっと外に出すには効能が強すぎ処理に困った薬や飴などの合成品である。善意半分厄介払い? 半分の贈り物は、プロの薬師である族長から見ても目を見開くほどの出来栄えである様だ。
「我等は全員が前衛職、回復手段が増えたのはありがたかった」
「市販品が可愛そうになるレベルでござるからな、この赤軟膏なんて手放せないでござる」
「ふむ、確かにこんな品質の薬を作れるのなら二つ名も付きそうだが、効果は使ってみんと・・・のぅ?」
効能こそ直ぐには分からいものの、今までに見た事が無いほど美しく不純物の見当たらない紅い粉薬や軟膏に、族長は目を細めながら感心した様に呟き、言外に使わせろと言う意味を籠めながら二人を見詰める。
「・・・合法ロリに流し目で催促された件」
「ヒゾウ、夢の中でまで・・・流石やで」
「ほんとでござるな」
その視線に逸早く反応したのはジライダでもゴエンモでも無く、いつの間にかうつぶせの状態から顔だけ族長に向け頬を高揚させて気絶するヒゾウであった。そのヒゾウのM魂とネット中毒の深刻さに、二人は真面目に感心するのであった。
「・・・」
「・・・まぁ、少しくらいなら分けても良いと思うでござるが、どこか悪いのでござるか?」
「・・・ワシも歳じゃからの、昔に比べれば随分と衰えたものよ」
真剣な表情でヒゾウの雄姿を見ていたゴエンモは、背後から・・・いや周りから注がれる温い視線に気が付くと、族長に振り返りながら何事も無かったかの様に問い掛ける。どうやら族長の体は見た目に反して加齢による体力の低下が起っている様だ。
「あ、それだったらこっちだろ」
「そうでござるな、この蜜蜂印の飴玉を舐めると良いでござる」
その言葉に振り返ったジライダは懐から紙袋を取り出す。その中に入っていたのは、ユウヒでもちょっと外に出すのを躊躇するレベルの飴玉であり、モミジが大変気に入っている蜂蜜飴と同型の物であった。
「・・・薬は渡せぬと言うことか」
ゴエンモは紙袋の中から一つ取り出すと、そっと族長の手に乗せるも、飴だと言って渡された族長の表情は不満に満ちていた。子供なら薬より飴の方が嬉しいだろうが、長老であり薬師である族長にとっては、薬では無い飴玉を渡された現状には不満しかない、いやなかったと言った方が良いだろう。
ゴエンモが手に平に乗せてくれた飴玉に、族長が不満そうな顔を向けた瞬間、彼女はその目を大きく見開き、高価な物でも持つように飴を持つ右手にもう片方の手をそえる。
「・・・これは食べ物なのかの? 宝石、琥珀のようじゃが」
「我も最初間違ったが美味いぞ? それに説明書に滋養強壮とか書いてあったしイケルだろ」
透き通った琥珀色の球体の中に、白く蜂を象ったシンボルが見て取れるその飴が、族長には宝石にしか見えず、かと言って掌にのせられた物からは甘い蜂蜜の香りが漂って来る事に、困惑した表情を浮かべている。
また、彼等がこの飴を貰った当初ジライダとヒゾウが虫入りの琥珀だと勘違いし、これで太古の生物を復活させられるやら、恐竜復活フラグですねなどと一通り燥いだのだがそれは完全な余談である。
「その宝石飴はユウヒ殿にも取り扱い注意と言われたでござるが、市場に流さなければ問題無いと思うでござる」
ゴエンモも最初は勘違いしていたのだが、燥ぐ二人を見て苦笑いを浮かべたユウヒの説明により飴だと知ったのであった。しかもそのお菓子らしからぬ性能を知ると、心の中でユウヒの二つ名を漏らし、再度ユウヒに対して畏れを懐いたのは彼だけの秘密である。
「ほう、宝石の様な飴の秘薬と言う事じゃな・・・んん!」
この飴は以前の蜜蜂印の飴玉に使った果物を数種類のハーブに変えたものである。その結果魔力回復などの効果は若干劣ったものの、代わりに滋養強壮と美容の効果が付いている。
市場価値で換算すると、効果だけでも一粒大銀貨4、5枚はしそうな性能、その品質も合わされば金貨が必要かもしれない飴玉を頬張った族長は、口の中で飴を転がした瞬間その顔を硬直させる。
「詰まったか? だいじょうぶか?」
「いや、ほっぺに入ってるでござろう」
一切の動きを止めた族長の姿に、ジライダは首を傾げると心配そうに声をかけるが、ゴエンモの言葉から解る様に族長の頬は右側だけ膨れており、そこに蜜蜂印の飴玉が入っている事が見て取れる。しかし動きは止まったままであることには変わらず、ジライダが見詰めるのと同じように、ゴエンモも首を傾げながら様子を窺う。
「・・・うまいのぉ」
忍者達が様子を窺う事数秒後、そこには無邪気な子供のような笑みの中にどこか妖艶な香りが漂わせる族長が居た。その蕩けるような笑みを浮かべる族長の姿に思わず生唾を飲み込んだ二人は、
「・・・これ、長老なんだぜ」
「・・・異世界の長老は、美幼女にしか見えないでござる」
勢いよく首を横に振ると、恐ろしいものを見たかのような顔で、自分達の中に芽生えた感情を打ち払う。ウパ族の族長であり最長老の彼女は、その見た目に反して彼らの4倍以上長く生きているのだ。
「は! ・・・コホン、すまぬの、あまりに美味で我をわすれてしもうたわ」
見た目が良ければと言う者も居る世の中であるが、彼らはそうではない様である。そんな彼らが苦悩する事数分後、正気を取り戻した族長は頬を赤く染めると、どこかバツの悪そうな顔で謝罪するが、口の中で飴の位置を変える度に口いっぱいに広がる甘さに言葉尻を緩ませるのであった。
「確かにな、しかもこれ食べるとお肌がつるつるになるんだぜ」
苦悩しながらも族長に生暖かい視線を向けると言う器用な事をしていたジライダは、その味を知っているだけあって族長の言葉に頷き、忍び装束で見えない顔を布越しに触りながら嬉しそうに漏らす。
「乙女かでござる。まぁ説明書にも美容とか書いてあるでござるし、女性にとっては至宝でござるな」
まるで乙女の様なジライダの発言に思わずツッコミを入れるゴエンモであったが、懐から取り出したユウヒ直筆の説明書にはしっかりと『お肌に対する美容効果有り』の文字が書かれていた。
「・・・(これは、これほどの物を作れる者がこの世に居たとはのぅ。神かと思うたが、同朋だと言うし・・・世界はまだまだ分からぬものじゃ)」
その美容効果がすぐ現れたからか、それとも急激な体の復調を感じたからか、ウパ族長は静かに目を見開くと心の中で感嘆の声を漏らす。
「しかし美味いの・・・もう、無いのかの?」
ユウヒの作った飴の品質である味Aランクとは、人界において至高のレベルである。間違っても不用意に市場へ流してはいけない、なぜなら人は食べ物を求めて戦争を起す事だってあるのだから・・・。
『あれは獲物を狙う目!?』
赤の氏族から襲われたのは数分前、現在俺はコアが設置してある塔を上っている。尚、襲い掛かって来た方々はピクシー族とコボルド族、それからウェアキャット族や他にもこの壺に捕まった多種多様な種族の方々が見張ってくれている。
というよりは、まだバインドの氷が解けてないので、物珍しさからか周囲を囲まれて好奇の目で見られているだけ、なのだが。
「・・・ん?」
目的の物を見上げながら歩いていると何となくだが忍者にピンチが訪れている気がする。しかしここからでは助けに行く事も出来ないので、後ろを振り返っていた視線を目の前の光る球体に戻した。
「ふーむ、思ったよりでかいけど思いっきり魔法を使えば壊れるかな?」
頂上付近は意外と広く平坦になっており、その中心に巨大な球体状のコアが鎮座している。その大きな球体のせいで歩ける場所は塔の縁辺りだけで、ちょっとした不注意で落ちるほど狭くは無いが、少し歩けばすぐに下を見下ろせる程度の広さしかない。
「ん? はは、手を振っちゃってまぁ」
今はその縁を歩きながら壊す方法を考えているのだが、不意に見下ろした地上は光る球体の足元だけあってそれなりに明るく、俺に気が付いたのであろうノイ達が手を振っているのが見えた。正直微笑ましい姿だが、高所恐怖症でない俺でもあまり長い時間下を見下ろす気にはなれず、小さく手を振り返すと再度、今度は少し内側を歩きながら球体を調べる。
「おわっと!? ・・・なんだこれ? 金庫?」
既に手を上げれば触れる程度の位置にある球体を調べていると、上ばかりを見ていたせいで足元が疎かになってしまい、床に置いてあった何かにぶつかり足を取られてしまう。それほど痛くは無かったが驚いて足下に目を向けると、それは俺の膝上程度の高さとそれよりも太い胴体をもった金庫であった。よくある金庫同様、それは艶消しされた黒いボディの重厚感を感じさせる風体であったが、それ以上に俺の興味を引きつかせる特徴があった。
「ふむ、普通の金庫っぽいけど・・・電子機器搭載型か? タッチパネルっぽいよなこの部分」
一般的な金庫に見えるそれにアナログな鍵は無く、どうやらデジタルな鍵が使われているらしく、扉にはダイヤルの代わりに液晶のような部分があるだけで取っ手すら存在しなかった。
【至高の金庫】
昔の大金持ちがその財力を持って作らせた金庫。固く強靭な金属素材や特殊な性質を持った魔法生物の体液などを使い、高い耐久力と持ち運び不可能な重さを実現している。しかしその容量は少なく、中に入れられる量は小さなダンボール箱一箱分程度である。
また、開けるためには32文字のパスワードが必要で、さらに二度間違うと周囲に高圧電流が放出される為、防火防盗の面でも非常に信頼性の高い金庫とされている。
品質 耐久力 A 重量 8t 残用量 9%
パスワード:Aノイチゾクコソサイキョウノカンリシン!スベテハワレラノタメニ!
右目で調べた結果は以上である。
「重すぎと言うか・・・なんかごめんなさい、パスワード多くても見えちゃ意味ないよね」
調べた結果を最後まで読むと、その大きさに対する重さよりもむしろパスワードまで知ってしまった罪悪感の方が勝ってしまい、俺は思わず謝ってしまったのだった。
「でも折角開けれるみたいだし、へぇタッチパネルの映像とか綺麗で凄いな・・・明らかに俺の世界より技術上・・・いや再現できる会社もありそうだな」
せっかくなので、何故こんなところに金庫があるのか知らないが、中身が気になるのも男心と言うものである。そんな男心でタッチパネルを操作し始めるとすぐに現れる高精細な映像、明らかに現代の物では無いであろうそれは、俺の操作を受け付けるとすぐにパスワードを入力するように進めてくる。
「まぁいくらかかるか想像できないけ・・・開いたな」
地球の日本某所にある企業なら作ってくれそうな金庫に独り言を呟きながらパスワードを入力すると、どこか未来的な音と共に車のスライドドアの様な動きで扉が開く。どうやら開閉は自動だった為に取っ手が必要無かったようである。
「さて中には何が・・・書類?」
いやにゆっくりとした動きで開く金属の扉の向こうから現れたものは、金庫の大きさに比べずっと小さな空間と、その空間に入れられた上質な紙の束であった。その薄くしなやかな紙には、何やら文字らしきものが並んでいて一目で何か意味のある書類だと言う事が解る。
「なになに? 読めないな、うーん・・・【翻訳】!」
が、文字が読めなければ意味があっても意味が無い、良く分からない日本語になったがこう言う時こそ妄想魔法である。俺の妄想と魔力を糧に生まれた新しい魔法【翻訳】、実に安直な名前であるが、その効果は絶大であった。今まで何が書かれているのか皆目見当もつかなかった書類が、次の瞬間には何の苦もなく読めるようになっているのだ。
ただし、その効果は何故か字幕付き映画の様で、俺が目を向けた箇所が翻訳され、視界に日本語として表示されるものだった。
「えっとぉ? 正規帳簿控え、修正済み帳簿と利益配分、隠し回線使用管理書、違法転送者報告書」
特に問題があるわけではないが、それはクロモリをやっている時の様な映像で、つくづく自分の頭の中身がゲームに汚染されていることを再認識してしまう。
そんな【翻訳】の魔法で斜め読みしていく書類の内容は、とても犯罪臭のする内容であった。
「むむぅ・・・」
二番目の束なんて完全に裏帳簿さんじゃないですか、金持ちにしか作る事の出来ないあれですよ、俺とは縁遠い物だと思っていたが、こんなところで出会うことになるとは、いや待てよ? こんな感じの書類をうちの社長の机で見た様な・・・気のせいと言う事にしておこうかな・・・。
「日本人もいれば海外の人も、あれ? これってゴエンモとジライダ、ヒゾウも居るな・・・うん、個人情報は見ちゃだめだな」
読み進めていくと、何やら人の名前と顔写真などが纏められているものがあった。その中には何故か見知った顔があり、それは今も救難信号を出し続けているような気がしないでもない同朋の名前と顔写真、それからちょっと人には言えない様な個人情報の塊であった。
あまり人の個人情報を見るのはどうかと思ったので、すっと目を反らしその書類をとじた。が、ヒゾウやっぱりお前、その性癖はどうかとおもうぞ・・・。
「こっちは、馬鹿な部下を貶める方法、廃棄物投棄リスト、ん? 投棄リスト?」
今見たものは忘れる事にし、気を取り直してさらに下の束を斜め読みする。しかしまたも知り合いの名前を見つけることになり止まりそうになるも、それより気になる文字が表題されている書類を見つけ、俺はすぐに書類の中身に目を向けた。
「・・・んー? 品名は書いてあるけど他はよく分からないな」
どうやらこの書類に書いてあるのは、この書類作成者達が無断で捨てて来た物のリストの様であるが、態々こんな書類を作る必要が有るのだろうか、品名の欄も物質的な名前以外の物も存在し、中には非常に危険な香りのする名前まである。と言うか黒歴史って・・・あれって捨てられるものだったのか、俺のも捨てられないだろう・・・いやあれは厳重に封印して人の目につかないようにするものだと思います。
「とりあえずこれはバッグに入れてっと、後でアミールに確認してもらおう。何せ馬鹿な部下を嵌める方法にアミールの名前が載ってたしね」
気になる事は山ほどある書類だが、このまま読み続ければ片付けの際に出て来る懐かしいマンガ本の罠と同じ事になりかねない、何しろ急がないと氷が解けてまた赤いのがやってくる可能性があるのだ。
しかし、アミールの名前が載っていた書類を見る限り、まさかと思うがこの金庫って・・・。まぁその辺もアミールに聞けばはっきりするからいいか。
「さてと、ではこのコアを破壊する為の魔法を妄想しますか・・・何が良いかなぁ」
金庫に入っていた書類を、最近容量が増えたような気がするバッグに押し込むと、立ち上がってお尻を叩き球体を見上げる。どこかに自爆ボタンとかご都合主義な物が無いかと探していたのだが、滑らかな球体にはボタンのボの字も見当たらない為、俺は妄想を膨らませながらこの巨大な球体を破壊することが出来る魔法について考え始めるのであった。
ユウヒが滑らかな曲線を描く球体の前で、妄想に全力を注いでいる頃、ここは緑の氏族長シリーの執務室。
「・・・どうでした?」
そこではシリーが一人、机の上にある羊皮紙に目を向けていたのだが、何かに気が付いたシリーは顔を上げると開け放たれた窓に向かって声をかける。
「は! 現在も森を見回っていますが何も」
その窓の外には、全身に黒に近い緑色の服を纏い、顔の上半分だけを露出させたエルフの男性が、片膝を付いた姿勢で頭を伏せていた。それは緑の氏族でも数少ない斥候を主任務とするエルフで、シリーの命令で様々な情報を持ち帰る、言わばエルフ版忍者である。
「そうですか、無事だとは思いますが心配ですね」
彼らの様なエルフは五大氏族それぞれに存在し、エリエス連邦国を影から守っている。その忠誠心は非常に高く、彼らを志す若者は決して少なくはない。
「・・・あの」
「どうしました?」
そんなエルフの男性は、シリーが俯き気に考え込む姿を見詰めると、意を決した様に問い掛け始める。
「その、ユウヒ殿と言う人族の冒険者はいったい何者なのでしょうか? それほど気に掛けるに値する者なのですか?」
彼がシリーに頼まれていた任務は、里周辺にてユウヒ、もしくはユウヒが居たであろう痕跡を探す事であった。彼はシリーから直接任務を受けた時から、族長であるシリーがユウヒと言う一人の人間に対してある一定の配慮をしている事は感じており、その事がどうしても気になっていたようである。
「・・・そうね、貴方には少しくらい教えておいた方が良いでしょう。既に被害者が出ている事ですし」
「はぁ?」
シリーは彼の問い掛けに、少し前にモミジの逆鱗に触れてしまった文官の事を思い出し眉を寄せた。シリーは、これから何かとユウヒ関連で動いてもらう可能性のある男性には、ユウヒと言う人物が何者なのか教えておく必要を、背筋の寒気と共に感じたようだ。
「ユウヒ殿はモミジ様の加護下に・・・いえ、モミジ様はユウヒ殿を自らの友としてお認めになっています」
シリーは先ほどから背筋に感じる寒気を、どこから押し寄せてくるプレッシャーなのか察すると、言葉を選びながら男性にユウヒの事について伝える。伝え終えると背筋に感じていた寒気は不思議と無くなり、その伝え方が正解であったことを実感し、引き攣りかけた表情をホッと緩めるのであった。
「・・・な!? それではユウヒ殿はあの方々と同じ?」
「そうですね・・・それ以上かもしれません。お話から既に御二方の友を得ているそうですから」
シリーの言葉に呆けていた男性エルフは、伝えられた情報を上手く動かない頭の中でゆっくりと理解すると、驚きの表情と共に身を乗りだし問い掛ける。その問い掛けに対し、シリーはゆっくりと頷くとどこか困ったような笑みを漏らしながら男性の目を見詰める。
「ぁ・・・それは、その事実が本当なのでしたら・・・ユウヒ殿は一体」
シリーの視線を受けた彼は、その視線の中に含まれる意図に背筋を伸ばすと、荒いでいた語気を整え、神妙な顔で小さく独り言にも取れる問いをシリーに漏らす。
「・・・わかりません。分かりませんが悪しき者でないことは確かで、私達にとっては信を懐くにふさわしい方と言うことですね」
シリーは彼の問い掛けに力なく首を振ると、窓の外から降り注ぐ木漏れ日の明るさに目を細め、どこか充足感を感じさせる笑みを浮かべた。
「・・・広めないのですか?」
「強力な薬は癒しも与えますが、過ぎたるは害にしかなりません。これは氏族長会議の総意です」
エルフにとって精霊の友とはとても大きな意味を持つ、その為男性エルフは首を傾げる。何故限られた者にしか教えない様な言い方をし、こんな重大な事を何故隠してしまうのかと・・・。
その答えは、細めた目を鋭く引き締めたシリーの口から返って来る。それは彼が考え想像した以上に、ユウヒと言う人間がエルフに、延いてはエリエス連邦国全体に与える影響が大きいと言う事を意味していた。
「・・・」
「今は心にだけ留めていなさい、いいですね?」
「はっ!」
最初問い掛けた時はまさかこれほど大きな話になるなど思いもしなかった男性は、金縛りにあったかのように目を見開き、シリーに念押しされると慌てて頭を下げ、その姿を木々の中に消した。
「・・・ふぅ」
男性エルフが最後に見せた強張った表情に、シリーは少し脅しすぎたかと苦笑いを浮かべ溜息を吐く。しかし現状ユウヒの置かれている状況は、シリーが知り得た情報だけでもエルフ達にとっては劇薬と言っても過言では無い。
「まるで伝説に出て来る英雄や勇者の様な人ですが、過去の偉人たちもあのような方だったのでしょうか?」
疲れた心を癒す様に、シリーが窓辺から里を眺めて独り言を漏らした言葉の通り、ユウヒはまさに過去の英雄達と肩を並べる様な偉業を成しているのだ。それがアミールから貰った力故だとしても、むしろアミールとの関係とこの世界に来た理由を知った時、シリーは今と同じ様な笑みを浮かべていられるのだろうか、
「ふふふ、この出会いには感謝しないといけませんね」
・・・出来そうである。
明らかにその柔らかく充足感に満ちた笑みは、ユウヒと関わった幾人かの女性達が見せるそれと同じであり、そうなった女性が非常に強い事は、世界の歴史が証明しているからだ。
そんな風にシリーが柔らかな笑みを漏らしている頃、ここは精霊の寝床。そこでは少し前と変わらず・・・いや、若干やつれた感じのモミジと澄ましたミズナ、それから疲れた表情の小精霊三人が湯気を上げるお茶を啜っていた。
「ふぁ!!?」
しかしそんな静かな空間も、急に変な声を出して立ち上がったモミジにより、連鎖的に騒がしくなる。
「あつい!?」
「ひゃぁ!」
「ふぇぁ!?」
立ち上がったモミジの手からすっぽ抜けた湯呑みは、綺麗な放物線を描き水の小精霊トリオ一背の低い小精霊に、中身の熱いお茶を余すことなく浴びせた。まさかのハプニングに驚いた彼女は悲鳴を上げながら飛び上がり、隣でお茶を飲んでいた背の高い小精霊の顔に飛び付き、手に持った湯呑みのお茶をばら撒く。
「ちょ!? ちょっとモミジどうしたのよ? あぁほら、暴れないの! あなた水の精霊でしょうが」
そんな一連の出来事に、少し機嫌の悪かったミズナは慌てて立ち上がると、モミジに声をかけながらお茶の熱さで暴れる小精霊の首根っこを掴み強制的に動きを封じる。
「あ、そうか」
「熱湯で熱がる水の精霊・・・斬新」
「お茶いれなおすねー」
因みに、水の精霊には熱いお湯などによるダメージは一切無く、熱量の変化によるダメージの大半を無効化できる。何故その事を忘れていたのかは知らないが、首根っこを掴まれた小精霊は、はっと顔を上げると照れた様に頭を掻くのであった。
「それで? どうしたのよモミジ、てか震えてるけど大丈夫?」
「・・・ら」
物理的な力によって妹達を鎮めたミズナは、妹の首から手を離すと、今度は立ったまま無表情で固まるモミジに目を向け問い掛ける。その問い掛けに対して当のモミジは若干震えながら、聞いてはいけない事でも聞いてしまったかのような表情を、ゆっくりとミズナの方に向けた。
『ら?』
「敵が増えた気がする・・・」
『らいばる?』
その小さな口から絞り出すように告げられた言葉は【ライバル】であった。その言葉が何を意味するのか解らない水の精霊達は、それ以降何も話さなくなったモミジの姿に首傾げながらも、見守る事しか出来ないのであった。
ただ、ライバルになりえるのかは対象が対象なだけに甚だ疑問である。
楽しんで頂けたでしょうか?
若干の拾いグセが見られるユウヒは、どうやら黒い金庫から黒い書類を手に入れたようです。一方黒い忍者は未だに一時停止状態、一体彼らはこの先何をしでかすのか、次の話を楽しみに待って頂ければ幸いです。
それでは今回もこの辺で、次回もここでお会いしましょう。さようならー




