第百二話 リトルレディ
Hekutoです。なんとか間に合ったので投稿させていただきます。どうぞお楽しみください。
『リトルレディ』
ここは、朝の優しい日差しが木々の隙間から優しく降り注ぐエリエス大森林、その水辺の樹上に広がるウパ族集落。そこは朝の清々しい空気を押し流すほどの酒気で溢れていた。
「・・・ぁぁぁ」
「ぃぃぃ・・・」
「・・・ぅぅぅっぇっぷ」
あと汚い忍者のうめき声も追加である。
「汚いでござるえんがちょでうぷ・・・」
「おい、ごえんもむりすんな」
「ぁぁ・・・木漏れ日が黄色い」
彼らの覇気を表すかのように乱れた忍び服が、彼らをより一層みすぼらしく見せていた。見るからに二日酔いの三人は、いつもの掛け合いをする余裕すらない様に見える。
「まさか、まさか二日連続宴会とか思わなかったでござる」
「・・・おう、見た目幼女がジョッキ一気飲みとか、見た目犯罪過ぎるだろ」
「でもそんな背徳的な姿も・・・うぷ」
それもそのはず、彼らは昨日の宴会明け後、二日酔いのダメージを回復させる為に夕刻近くまで寝て過ごした。しかし目覚めた彼らを待っていたのはその宴会と同じ、いやよりグレードアップしている様にも見える宴会会場であったのだ。そのまま仲良くなったウパ族たちに引っ張られるようにして宴会を終えた結果が、今の状況である。
「ヒゾウ、有罪」
「なんで!? やめ、冷たい冷たい!?」
二日連続で開かれた宴会の感想を虚ろな目で語り合っていた3モブの下に、小さな足音を立てて現れたのは、木製の水桶と柄杓を手に持ったウパ子である。そんなウパ子はヒゾウの発言が気に入らなかったのか、小さくぼそりと呟き柄杓で掬った朝一番のよく冷えた水を、そっとヒゾウの顔に垂らし始めた。
「ヒゾウ騒ぐな頭に響く」
「ウパ子は何用でござるか? ここには半死人しかいないでござるよ?」
既に季節は冬に入り始めている様で、注がれる水も相当に冷たい様である。そんな冷たい水で弄ばれるヒゾウの声にジライダは苦情を言いながら起き上がり、ゴエンモは半開きの目で周囲を見渡した後、ウパ子に首を傾げて見せる。
そう、ゴエンモ達が寝ていた場所は彼等三人だけでは無く、昨夜の宴会によるウパ族負傷者たちも同じように転がっているのだ。実際の所は別として、パッと見は幼女少女の中に寝る不審者状態な忍者3人、ユウヒが見たら微笑みを浮かべたまま何も言わずにアミールへ通報しそうな有り様なのだった。
「長から頼まれた。はい、尋常じゃない不味さの薬」
そんな場所に現れたウパ子は、未成年の為当然未飲酒である。その手に持っていた柄杓を反対の手に持つ水の入った桶に突っ込むと、腰に下げていた袋を外し前に差し出しながらそう告げる。
「不味い、でござるか・・・」
「尋常じゃない、のか・・・」
「それなら俺は気合で、っておま!? 無理矢理飲ませようとするな!?」
どうやら二日酔い薬のようだが、ウパ子の表現に表情を引き攣らせたジライダとゴエンモは、二日酔いを感じさせない流れる様な動きで、ウパ子に薬を飲まされそうになっているヒゾウの後ろにつくと、
「ヒゾウ有罪、刑執行」
「だからなんでゆうざ!? お、おまいら! 裏切るつもりかお!?」
暴れる哀れな生贄を、断罪の神へと捧げたのだった。驚愕に染まるヒゾウの顔を見詰める二人の表情はとても安らかで、
「安心しろ、骨は拾ってキラウエア火山にまいてやるからな」
「お主好きだったでござるからな、キラウエア火山」
「そうそう俺キラウエア火山だいす、きじゃねえよ!? どこだよそこ!」
その口元に確かな悪意を浮かべていた。因みにヒゾウは方向音痴から解る様に、地理全般が苦手である。
「がたがたいわんとあんじょうしいやー」
「おまえはどこのごくもがぁぁぁ!? ・・・・・・アッー!!」
ゴエンモとジライダによる拘束から必死に逃れようとするヒゾウに、ウパ子は彼等から習ったよく分かってない言葉を口にすると、袋の中から掴みとった薬をその小さな手ごと生贄の口の中へねじ込んだ。するとどうだろうか、ヒゾウの口から手を抜いたウパ子が見守る前で、ヒゾウの顔色は見る見るその色を取り戻し、最後は真っ赤な顔で奇声を上げた。
「・・・」
「・・・」
しかしその顔色も直ぐに真っ白になってしまい、様子がおかしい事に気が付いたゴエンモとジライダはそっと彼を寝かせると、ヒゾウの傍らに正座しゆっくりとウパ子を見詰め、視線で説明を求める。
「・・・ごめん、分量間違えた・・・かも?」
二対の瞳に見詰められたウパ子は、薬を飲ませた手とヒゾウを見比べると明らかに蒼くなった顔でそう呟き、小さく首を傾げつたない笑顔で誤魔化すのだった。
「「ヒゾォォォウ!?」」
良い子の皆は、お薬の用法用量を守って正しく使いましょう。
ヒゾウの身に災難が降りかかっている頃、薄暗い壺の中を光る灯台らしき場所目指して歩いているユウヒは、
「・・・ん?」
急に立ち止まると後ろを振り返り虚空を見詰める。
「どうしたニャ?」
「わふ?(警戒でありますか?)」
ユウヒの前を歩いていたノイとクラは、立ち止まったユウヒに気が付き振り返ると、首を傾げユウヒを見上げる。
「いや」
「どうしたのよ?」
そんな二人に何でもないと頭を振るユウヒに、一番後ろを歩いていたシーリンが訝しげに声をかけてくる。
「んー仲間の身に何かあったような、心配の必要は無いような?」
「なによそれ・・・」
薄暗い中での移動により若干気が立っているのか、それとも元々なのかは分からないが、棘を感じる語気にユウヒは苦笑いを浮かべながらそう答える。どうやらユウヒは遠く離れた同朋の悲鳴を感じ取った様であるが、そんなこと知らないシーリンは呆れた様に言葉を漏らす。
「問題なしかニャ?」
「わふ(異常無しでありますか)」
ノイとクラはユウヒの雰囲気から問題は無いと判断すると、身構えていた体から力を抜き、ほっとしたような表情を浮かべるのだった。
ユウヒが同朋の救難電波をスルーしている頃、こちらではアルディスの疲れた様な声が聞えていた。
「・・・まだ、時間かかりそうだなぁ」
「そうですな、まだ半分も収容できてない上に進みも芳しくありません」
どうやら部隊の合流作業は思った以上に時間を必要としている様である。元々が人には歩きづらい森で、さらに異常事態まで起きていれば仕方ない事なのはアルディスにも分かっている事であるが、それでも今の状態は様々な面でアルディスに疲労を与えていた。
「とりあえず、父上にはもう少し時間が必要だと連絡を入れておかないとね」
「アルディス様どうぞ」
「ありがとメイ」
一通りの書類仕事が終わったアルディスに、メイは淹れたばかりのお茶と手拭用のおしぼり用意する。この良いタイミングでお茶を出す心配りや無駄の無い所作はメイの優れたところで、仕事以外の時とのギャップにやられる男性騎士は後を絶たない。
「そうだ! ユウヒの事も手紙に書こうかな」
「ユウヒ様の事ですか?」
「うん、ユウヒの魔法新しいの見れたよーって」
そんなメイが見詰めるアルディスは、お茶に口を付けると急にぱっと明るい表情を浮かべると、父である国王への報告にユウヒの事も書こうと思いついた様である。その顔には先ほどまでの疲れは見当たらず、ニコニコと楽しそうな笑みを湛えていた。
「飛行魔法の事ですか、陛下・・・羨ましがるでしょうなぁ」
「うん、絶対悔しがるね」
その理由は、ユウヒの飛行魔法を見れたことを自慢できるからである様だ。魔法好きのバルノイアに飛行魔法の、しかも道具を一切必要としない珍しい飛行魔法を見たと言えばどれだけ悔しがることか。頷くバルカスを見上げるアルディスの笑顔は、悪戯小僧のそれであった。
「私も見たかったです。飛行魔法なんて魔法士の憧れですから」
「そうだよね、前に父上と見た魔女の人達も気持ちよさそうに飛んでたし、僕も飛んでみたいなぁ」
「あの魔法は非常に難しいと聞きますからな」
メイが残念そうな表情を浮かべ憧れと言う様に、この世界には空を飛ぶ魔法が存在する。その大半が難解かつ制御の難しい魔法とされ、魔法具や補助媒体などを使わなければ真面に飛ぶことのできない魔法であった。
そんな憧れの的になる飛行魔法を、補助無しで行使できる魔法士は非常に珍しく、一つの国に十人も居れば良い方であり、魔法王国と呼ばれるアクアリアであっても国から認められた12名ほどしか存在せず、グノーに至っては一人として確認されていない。
「空を自由に飛べる種族が羨ましいよね」
そんな飛行魔法は、一部のものを除いてそのすべてが飛行できる種族を研究したものである。飛行可能な種族は大半がその飛行行為に魔力や魔素を使っているが、残念ながら彼ら自身寝てる間の呼吸みたいなレベルでの行使の為、原理を説明することが出来ず研究は遅々として進まないのが現実の様だ。
「えっと、ハーピー族さんに龍族さんと他には」
「この森にも空を飛べる種族がいるだろ」
様々な地域に空飛ぶ種族が存在する中、バルカスが言う様にこのエリエス連邦国にも空を飛ぶ種族は存在している。
「そうだね、妖精族の―――」
それが彼女、
「ん? だれか噂したかな?」
エリエス大森林の小さき住人代表、ピクシー族である。誰かに噂されたことに気が付いたのか、その小さな頭を傾げると、空中で止まったままキョロキョロと辺りを窺っている。
身長は大人でも25㎝前後と小さく、背中にある一対の透きとおった翅で魔法を発動させ、空を飛んでいると言われている。
「あ! 人だ!」
また性格は奔放で無邪気、一人を好まず単独で行動している姿が見られることは珍しく、彼女達が単独行動をしている姿は災いが起きる報せだと言われるくらいである。度々悪戯で人々を困らせるが、それは彼女達なりのコミュニケーションであり、仲良くなった者を率先して助ける姿などからエリエスの小さな住民のなかで最も知名度が高い。
「でもまって私、あれって悪い人が多いって言う平原の人族? だよね、でもでも一人はもう嫌だし・・・怖いし」
そんなピクシー族が一人、妙に薄暗い空間で背中の翅から淡い光をこぼしながら、忙しなく羽撃き百面相をしていた。もしこの世界の人間がその姿を見たならば、すわ天災の前触れかと驚き逃げ出すところである。
「うぅどうしよう、どうしようかな? でも今を逃せばいつまでも一人だし、むーもういいや! 何かあの人なら大丈夫な気がするし!」
ふわふわと落ち着きなく宙に浮いていたピクシーは、小さな体をさらに縮ませるように自分の体を抱きながら何やら悩み続けていたようだが、急に頭を抱え背を反らせると自分を納得させるように頷き始めた。
「そうと決まれば、まってーそこの人族のひとー」
百面相を止めた彼女は背中の翅に力を籠めると、勢いよくその場を飛び出す。その進行方向には、豆粒ほどの人影が灯りをともしながら歩いている姿があり、どうやらこのピクシーはその人影を目指しているようだ。
一方その頃ユウヒはと言うと、
「ん?」
少し前にも見た様に動きを止めると、やはり同じように虚空を見詰め始める。
「また? こんどは仲間がどうなったの?」
そんなユウヒの行動に、ユウヒの後ろを付かず離れず歩いていたシーリンが呆れたような声を出し見上げる。その目には言葉と同じように、変な冒険者であるユウヒに対する呆れが含まれていた。
「今度は別口かな、今チラリと反応が」
「ワン! (警戒するであります!)」
そんなシーリンを背中に隠す様に、目を向けていた方へ歩き出すユウヒ、流石にその雰囲気から何かあると感じたシーリンは、同じくユウヒの隣に歩み出るクラと位置を返る様に後ろへ下がる。
「うにゃ? 今何か聞こえ「そこの人ってばー!」ニャ?」
「んーうん? 精霊? いや、妖精か?」
不調続きの【探知】に一瞬だけ引っかかった存在は、レーダー上で次第にはっきりとした反応を見せながら近づいてくる。するとノイの耳でもその存在を確認できたようで、彼女が声だけで姿の見えない何かに対し不思議そうに首を傾げた瞬間、ユウヒ達から少し離れた場所に小さな人影が見え始める。
「あれは、たぶんピクシーね、小っちゃくてよく見えないけど・・・」
その人影は少し前まで百面相をしていたピクシーであった。ユウヒの後ろから顔を出していたシーリンは、ユウヒに説明するも、相手が小さすぎるのと周りが薄暗いのとで今一つ説明に自信が無い。
「小っちゃいって言うな! レディに対して失礼だわ!」
シーリンの小さな呟きはしっかりと彼女の耳に届いたようで、勢いよく飛んできた体全体で怒りを表すように動いて見せたピクシーは、ユウヒの目の前で落ち着きなく背中の翅を動かしている。
「ほむ、この様な場所で私に何の用でしょうか? リトルレディ」
「そうそう、ちゃんとレディとして・・・リトル?」
ユウヒは、そんな背伸びをしている少女然とした姿を見て何か思いついた様に一つ小さく頷くと、わざとらしいほどに恭しく紳士の礼をピクシーにとる。そんなユウヒの礼に気分を良くしたピクシーだが、違和感に気が付いたのか首を傾げる。
「ちっちゃいニャ」
「うぅん? レディだけどリトル、だけどう~~ん??」
「いや悩みすぎだろ、で? どうしたちっこいの」
礼をするユウヒの隣で、ノイが生ぬるい視線をピクシーに向ける中、下げていた顔を上げたユウヒは完全に人をおちょくるヤツの表情であった。
「あ!? やっぱり馬鹿にしてる!」
いつものやる気なさ気な表情に戻ったユウヒの言葉で、自分が馬鹿にされていると感付いたピクシーは再度大きな声を上げると、両頬を膨らませ怒りを表す。
「何を言う、ちっこいはステータスですよ? ちっこい方が良いと言う大きなお友達はたくさんいるんですよ?」
「なんでかな・・・全然嬉しくないし妙な寒気もするわ」
しかしその怒りで赤くなった顔も、ユウヒの説明を聞くと急激に蒼くなっていく。どうやら一部の大きなお友達からの評価は、ピクシーのお気に召さない様である。
「大丈夫、それが正常な反応だから」
「だめじゃん!? ってそんなことはいいのよ、ねえあんたここが何処だかわかる?」
一々オーバーアクションを見せてくれるピクシーを楽しそうにおちょくるユウヒ、しかし話が進まない為強制的に話しを切られると、ユウヒは少し残念そうな表情を浮かべるのだった。
「わかるぞ」
かといってユウヒもまた話が進まないのは困る為、真面目に応対し始める。
「そうよね分かるわけ・・・分かるの?」
「かえらずのつぼの中ニャ!」
ユウヒの飄々とした返答を聞いて、思いもしない返答が返って来たことで動きを止めるピクシー。そんなピクシーにノイが説明を引き継ぐように大きな声を上げたが、
「かえるのつぼ?」
「どういう間違い方だよ、壺を見なかったか? その中に閉じ込められたんでな、今は脱出の為に行動中だ」
若干の舌足らずによりノイの説明は上手く伝わらず、まるで伝言ゲームの様な聞き間違いをするピクシーに、ユウヒはツッコミを入れつつ詳しい説明を始めた。
「んー分からないわ、落ち星を探していたら急に周りが真っ暗になって、気が付いたら、一人だったし・・・」
「一人、仲間もいたのか?」
「・・・うん」
ピクシー族は一人でいることを好まないと同時に、仲間意識が強く寂しがり屋でもある。急に仲間が居なくなれば酷く心配もするし、一人取り残されれば死ぬほど心細くもなる。それは人よりもずっとダメージが大きく、某動物の話しでは無いが寂しさで死ぬ種族と言われている。
実際にそう言った例は報告されているが、そんなこと知らないユウヒでも彼女の表情を見れば察する事が出来るほど、その小さな単色の瞳は悲しそうに揺れていた。
「・・・まぁ、あそこに行けば居るんじゃないか?」
ピクシーの寂しさをユウヒなりに理解したようで、困ったような表情で頬を掻いたユウヒは、出来るだけ優しい声色で、かつ明るく聞こえるように努力しながら光る塔を指さしピクシーに声をかける。
「・・・あのぴかぴか?」
その声に、今にも涙を流しそうであったピクシーは顔を上げると、ユウヒの顔を見て指さす先にある光に小さく首を傾げる。
「確かに、虫は光によってくるわね」
「誰が虫よ!」
そんな風にユウヒがピクシーを元気付けようとした言葉よりも、ずっと効果的な言葉が納得したように頷くシーリンの口から飛び出し、ピクシーを一瞬にして元気? 付かせた。その証拠に顔を真っ赤にしたピクシーはクラもびっくりするほどの大きな声でシーリンに噛みつく。
一気に姦しさが増すその場の空気に、ユウヒはテンションの低い苦笑いを浮かべると、肩から力を抜きながら一歩下るのであった。
「うちもその羽はトンボみたいで誘われるのニャ」
「虫じゃない って!? こっちくんな! けだもの! あっちいけー!」
後ろに下がるユウヒの背後から一歩前に出たノイは、その猫らしい縦長の瞳孔を真ん丸に見開くと、興奮した様に鼻を鳴らし忙しなく動かされるピクシーの翅を見詰め始める。
その視線に明らかな殺気を感じたピクシーは、慌ててユウヒの目線辺りまで飛び上がると、体のバネに力を溜め始めているノイを追い払う様に手を振り始めた。
「ウニャニャ!」
「ワンワン!(自分も目が離せないであります!)」
先ほどまでよりもより忙しなく動き始めたピクシーの姿に、野生の本能をさらに刺激されたノイは、真ん丸だった瞳孔を細く立て割れたものに変えると跳び上がり、その動きに追巡するようにクラも跳び上がる。
「・・・けだものね」
ノイとクラとピクシーのやり取りにどこか冷めた様な言葉を漏らすシーリンであったが、その言葉とは裏腹に、顔を羨ましさと楽しさが混ざった表情で高揚させていた。
「もうやだー! おうちかーえーるー!」
飛びかかってくる二匹の獣を避けるために緩急を付けて宙を舞うピクシーであったが、色々な感情で心が決壊してしまったようで、悲しさやら恐怖やらが綯い交ぜになった涙と泣き声を上げ始める。
「・・・なんだかな、ほれ泣くな泣くな、これでも食べて元気出せ? な?」
その姿が、ユウヒには小さな、それも幼稚園児ほどの子供たちのやり取りに見えてしまい、いつものやる気なさ気な顔からより一層やる気を失わせた。流石にこのままでは収拾がつかないので、ユウヒはバッグからドライフルーツを一切れ取り出すと、子供をあやす様に声をかけながらピクシーに手渡す。
「すんすん・・・あなた、いい人ね。・・・うん、気に入ったからしばらくついて行ってあげる」
ピクシーは黙ってそのドライフルーツを受け取ると、泣いていた顔を恥ずかしそうに染めながらぽつりと呟き、目元を小さな手の甲で拭うと、ドライフルーツを両手で抱えながらユウヒの頭の上に飛び乗るのであった。
「あと、別に泣いてないから」
その顔からは、先ほどまでの荒れた気持ちは微塵も窺えず、あるのはほんのり赤く機嫌よさ気な明るい笑みだけであった。
「とどかないニャ!」
「ワン! ワンワン! (身長が足りないであります! 隊長殿しゃがんでほしいであります!)」
「獣除け? というか森の泊木かしら」
そんな笑顔の下では、未だに興奮冷めやらぬ二匹の獣が、ユウヒに抱き着くようにして飛び跳ねていた。その姿はシーリンが評した様に、小鳥の止まった泊木と言う大樹に上ろうとする獣の様な構図であった。
因みに泊木とは、エリエスの森に自生する樹木の一種で、幹の表面は非常硬く滑らかである。このつるつるとして上り辛い硬い幹が獣を上らせず、鳥や小動物に安心できる夜を提供する事がその名の由来だ。
「・・・(どう考えてもこれまでの行動って餌付け、だよな・・・)」
一定の集落と言うものを持たないピクシー達も泊木のお世話になっているのだが、そんなことなど知らないユウヒは、シーリンの呟きを聞き流しながら今の自分の状態を客観的に見詰めていた。
「それおいしいの?」
「む? すっごく甘いわよ?」
実際、ユウヒに対して完全に気を許しているピクシーに関しては、どう考えても餌付けのそれであるし。
「・・・」
「ん? ほしいのか? ドライフルーツならまだあるぞほれ」
「べ、別にほしいとか言ってないけど・・・貰って上げる!」
ユウヒのもっている袋を見詰めていたシーリンが見せるツンデレ姿も、どう考えたって餌付けである。
「ノイもほしい!」
「わふ(期待の眼差しであります)」
この二匹に関してはまんま近所の犬猫の餌付けとなんら変わらない様子で、思わず苦笑いを漏らしたユウヒは、ふと小さな子供をお菓子で釣っているおっさんと言う構図に気が付き、ここが異世界で良かったと妙な汗を流すのであった。
「ほら、まだある・・・と思ったらこれで売り切れだな、そのうち作ってみるか」
そんなユウヒの心情など知らないノイとクラにドライフルーツを渡すと、グノー王都で褐色肌の兄妹から貰ったドライフルーツは底を尽きてしまう。ユウヒは半分も食べる事無く空になってしまった袋を見詰めると、頭の中で作りたい物リストにドライフルーツを追加する。
「あむあむまうまう!」
「わふわふわふ!」
「おいしい・・・」
これまで野宿などの時にちびちび食べて楽しんでいた甘味が、瞬く間に消えていく姿にユウヒは笑みを浮かべると、
「どうしようもない食いしん坊ね」
「・・・」
ぴこぴことその細長い耳を揺らしながら、少し大きめのドライフルーツにかぶりつくエルフに暖かい視線を送る作業を始めた。
尚、この数分後、顔を真っ赤にしたシーリンによる良く分からない言い訳を聞きながら、一行は移動を開始することになるのだった。
一方その頃、緑の氏族の里でもドライフルーツを食べている者が居た。
「そういえばセーナ」
それはティータイムを親友であるセーナと共に過ごす緑の氏族長であるシリーである。
「何かしら?」
「ウパ族からの連絡が届いて無いのだけど、何か聞いてない?」
実はこのドライフルーツ、森で暮らすエルフの食文化にとって切っても切り離せない関係にあったりする。彼女達の住む森の恵みは豊かであるが、甘い果実が一年を通して採れるわけではない為、自然と保存食として確立されて行った。
「ウパ族、そういえば伝統の宴を開いてるから後でとか言っていたような・・・」
またこの世界のエルフは甘いものを好む傾向があり、それはドワーフやウパ族にとってのお酒の様な位置づけで、毎日何かしら甘味を摂取しないと、エルフは精神不安定になると言う都市伝説が生まれるくらいである。
「珍しいわね、伝統の宴ってアレでしょ?」
「アレよ」
そんなエルフの二人は、小さく切り揃えられたドライフルーツを食べながらも仕事の話になっていた。今回の異常事態宣言により、エリエスにある里や集落は情報を統括する為、定期的に連絡を取り合っていた。
「滅多に開かないのに、どうしてこのタイミングなのかしら」
しかしウパ族からは伝統の宴とやらが理由で、連絡が滞っているようである。セーナからその報告を聞いたシリーは、きょとんとした表情を浮かべると首を傾げた。
「さぁ? でもそのおかげかしら、準備の為に集落から離れる者も居なかったから、被害者はでてないみたいよ?」
「・・・はぁ、今回の件が無事終わったらお酒でも飲もうかしら」
首を傾げていたシリーは、セーナの言葉を聞くと一気に思考が現実に戻された様な疲れた表情を見せ、椅子に深くもたれながらそう零す。
「珍しいわね、その時は付き合って上げるわ(心配だし)」
「そう? まぁいいけど・・・」
エリエスの五大氏族である緑の氏族長シリー・グリュール、彼女は秘密裏にとある二つ名を付けられている。彼女を良く知る者達は影で彼女の事をこう呼ぶ『忘却酒乱のシリー』と、酒に弱くすぐに酔ってしまう彼女は毎回酔い方が違う上に、一暴れし眠りにつくと必ずその時の記憶を忘れるのだ。
「・・・(貰い手ができるまでは、私が見てあげないとね・・・)」
そのせいで様々な影響を周囲に与えているのだが、彼女は全く気が付かない。その為、今では彼女がお酒を飲むときは、必ず誰か知っている者が一緒に飲むと言う暗黙の了解が出来ているのであった。
いかがでしたでしょうか?
私の頭の中のファンタジーから猫、犬、エルフときてようやく妖精ピクシーを出すことができました。現実にいたらきっと癒されると思うんです。どこかにいませんかね?
それでは今回もこの辺で、またここでお会いしましょう。さようならー




