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ワールズダスト  作者: Hekuto


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第九十九話 その古き壷の名は

 どうもHekutoです。


 どうやらユウヒが本格的に異変に巻き込まれるようです。どうぞお楽しみください。



『その古き壷の名は』


 ここはとある空間に存在する一般的な管理神の執務室。


「久しぶりにお掃除をすると気持ちが綺麗になりますね」

 その執務室の主の名は、アミール・トラペット。


「・・・うん、ちょっとまだごちゃごちゃしてますが、ゆ・・・通信で見えない位置ですから良いですよね?」

 管理神としての実力は高く、最近役職もその実力に追いついた有能な管理神であるが、頭の中身は仄かな恋心を懐く乙女のそれである様だ。あとは掃除が若干苦手とも追記しておいた方がいいだろうか。


「さてと、少し汚れてしまいましたしお風呂に・・・え?」

 そんなアミールが掃除と言う名の荷物移動を終わらせ、汗を流そうとお風呂に入る準備の為に立ち上がった時である。突如、執務室内ならどこに居ても聞こえるほど大きくまた耳障りな音が鳴り響き、突然の事で一瞬呆けたアミールはその顔を見る見る蒼くさせていく。


「ゆ、ユウヒさんの緊急信号!? いったい何が!」

 その音とは、ユウヒの身に何かしらの異常事態が発生した事を伝えるための警報音であったのだ。この警報が鳴る時、それはユウヒがその命の灯を消した時、またそうなる可能性が高い時、そして・・・。


「・・・えっと送受信一時途絶? ・・・今は繋がって、また切れた!? あ、繋がった」

 常にアミールの執務室と通信状態を維持している冒険者カード形の通信装置が、何らかの理由により通信の出来ない状態に陥った時である。警報内容を調べるアミールの瞳には、今も尚断続的な通信不良を起こす通信装置の状態が映し出されていた。


「むぅ可笑しいですね。この通信システムは物理的な妨害は受けないですし、かと言って妨害できそうなものってこの世界にあったでしょうか?」

 どうやらこの状態は通常だと考えられない事の様で、アミールはモニターの前でその表情を険しくすると、今も刻一刻と変わり続ける通信状態の情報を注視し続ける。


「あ、通信可能域まで回復しました。よかった無事ですね。・・・うん、非常時ですから大丈夫! たぶん、きっと・・・少し心の準備をしましょう」

 十数秒ほどだろうか、ようやく通信状態が落着き、送られてくる情報でユウヒの安否を確認したアミールはほっとしたのも束の間、今度は固い表情で何か考え始め、頬を少しピンク色に染めたと思うと意を決した様に声を上げるのだった。





 そんな異常状態? がアミールの身に起きている頃、その原因は言うと・・・。


「ノォォォロォォォプ、バンジィィ!?」


 現在進行形で自由落下し続けると言う、異常事態がその身に降りかかっていた。


「な、何が起きた!? ここどこよ? あぁそれより先ずは【飛翔】!」

 ユウヒは突然の事に驚きながらも、心の中にある無駄に冷静な部分で状況判断を完了すると、今最も必要な魔法を発動させる。どうやら今日はまだ【飛翔】の魔法を使っていなかったようだ。


「ふぅ・・・最近【飛翔】を真面に使てる気がするな」

 自由落下状態から減速して行きゆっくりと空中で停止したユウヒは、冷や汗が僅かに滲んだ額を拭うと、最近多用することの多い【飛翔】をしっかり使えていることに、どこか感慨深げな声を漏らした。


「えーっと、空は真っ黒、周りも真っ黒・・・あれは灯りかね?」

 そんなユウヒが今居るのは、辺り一面真っ黒な空間に荒れた大地と遠くに灯台の様な光が見える場所。普通の場所で無い事は火を見るより明らかなその空間に、ユウヒの顔には思わず疲れた表情が浮かんでくる。


「ふむ、とりあえず降りるか・・・これが青空なら爽快何だろうが、やっぱりあの壺の中なのかね?」

 何故彼がこのような場所に居るのか、それはあの時見つけた壺が原因であった。壺を右目で視ようとした瞬間、視界を埋めた警報表示の数々、『異常重力確認!』『複数の減衰力場確認!』『緊急回避せよ!』『黒い触手接近!』『うほ! 良いしょくs』など、一部妙な表示もあったが常々危険を知らせる表示である。


 いくらアミールから色々な力を貰っていたとしてもそこは自称普通の一般人、その警報に従い体を動かす前にユウヒは黒い触手に絡みとられ、気が付けば重力に身を任せ何処かへと落下していたと言う事であった。


 ユウヒは自分の身に起きた妙な事態を思い出し考えるほどに、いろんな意味で止まらなくなる苦笑を浮かべながら、薄暗い大地へゆっくりと降下するのだった。





 そんなユウヒが一夜を過ごしたエルフの里では、


「・・・すでに赤の捜索隊が居なくなって十日以上、どうします?」

 暗闇の中複数の映像が浮かぶ部屋でとある話し合いがなされていた。


「どうします? と言われてもな・・・緑の、そっちは何か進展はあったかの?」


「そうですね、捜索隊の増員はしていますが、やはり奇妙な魔力のせいか芳しくありませんね。そちらはどうなのですか?」

 その空間に居るのは緑の氏族長であるシリーのみ、そのほかの人影は全て分厚いガラス板の様な物に映し出された映像である。映像はそのすべてがエルフであり、このエリエス連邦国を支えるエルフ五大氏の族長達であった。


「やはりそれか、うちの者も同じじゃよ」

 黒いローブを纏った老エルフは黒の氏族を束ねる最年長のエルフ、その髪は真っ白でありその経験した年月を感じさせる様な落ち着きのある男性である。


「俺ん所の奴もだ・・・まったくエルフが情けない」

 黒の氏族長の言葉に続いたのは、真っ赤な髪の毛を逆立てるようにして後ろに流している若い男性エルフで、彼は赤の氏族の代表だ。その苦味きった表情からは、彼の感情がありありと伝わってくる。


「魔力酔いに似た症状も発生していますが」

 髪も赤ければ来ている服も赤い赤の氏族の男性を、どこか澄ましたようにも見える無表情で見ていた全身真っ白な女性エルフは、まるで独り言のようにぽつりと呟く。彼女は白の氏族代表で、透きとおった印象のある美しい女性である。


「それも調べたけど、原因はさっぱりね」

 そんな独り言にも聞こえる言葉に答えたのは、濃い青色のロングヘアーにどこか女教師を感じさせる眼鏡をかけた女性エルフで、白の代表を見詰める目は優しげであった。そんな彼女は青の氏族の氏族長なのだが、原因が解らないと言うと詰まらなさそうな表情を浮かべ、肩だけをすくめる。


 これに緑の氏族であるシリーを加え、エリエス連邦国の五大氏族の長と呼ばれている。実質的なエリエス連邦国の代表である彼らは、定期的にこのような会議の場を持つ事でエリエス大森林とそこに住まう者を守っているのであった。


「・・・実は、今とある方に不明者の捜索をお願いしているのです」

 そんな彼らにしても今回の事は謎が多く、既に何度もこの会議を開いては頭を悩ませている。そんな会議に新しい空気を入れることになったのが、シリーの『とある方』と言う言葉であった。


「とある? 何者じゃ?」


「冒険者なのですが、その方なら何か掴んでくれるのではと・・・」

 黒の代表はその目を片目だけ大きく開くと、シリーの言葉を興味深げに促す。そう、その冒険者とは当然ユウヒの事である。


「冒険者? あぁ何か今大量に森に来てるな、そいつらか?」

 しかし事情を知らない者からしてみれば、現状で冒険者と言われれ思い浮かぶのはアルディスと共に森に来ている者達ぐらいで、赤の代表が浮かべるキナ臭げな表情同様に他のエルフ達も首を傾げた。


「いえ、別口で来た方なのですが・・・その方は、精霊の友なのです」


「なんと! まさかハイエルフの方が?」

 そんなエルフ達の注目を浴びるシリーは、どこか遠慮しがちに言葉を漏らすが、その言葉を聞いていたエルフ達は目を見開き、黒の代表に至っては勢い余って立ち上がって大声を出してしまう。


「いえ、あの方々とは未だ・・・」


「・・・じゃ誰なんだ、他の種族って言っても精霊の友なんて限られてくるだろ」


 ハイエルフとは、遥か古代より生きるエルフの祖にして生まれながらに精霊を見る眼を持った種族だ。それ以外で精霊の友と成りえる種族は、赤の代表が言う様に通常いくつかの種族に限られてくる。


「そうね、ハイエルフ以外なら龍族か鬼神に神猫か、あとは山脈向こうの種族か未知の他大陸とかに居るかどうかって所になるわね」

 現在エリエス連邦国のエルフが確認出来ているだけで3種族、あとはまるで知らない種族なら考えられると言ったところで、その3種族は青の氏族長が上げた者達であった。


 しかしその言葉と視線を受けたシリーは困ったような笑みを浮かべると、


「・・・人族です」

 小さく、しかし静まり返ったその場には良く通る声で呟く。


『・・・・・・ん? はっ!? 人族ぅ!?』

 シリーの言葉がその場に染み渡ると、まるでその場の時が一瞬止まったかのような静寂が流れ、そしてシリー以外のすべてのエルフがまったく同じ時を刻み出す。約一名、真っ白な女性は少しだけ驚いた表情を見せ、固まったままであるが・・・。


「はい人族です。グノー王国のアルディス殿下と御知り合いだそうで、話によると凄腕の魔法士だとか」


 驚愕する面々に真剣な表情で頷くシリーは、アルディスとの会話で知り得た簡単なユウヒの情報を付け加えた。ユウヒが聞いたら悶絶しそうな話がアルディスの口からされていたせいもあり、エルフの共通認識としてユウヒが凄腕魔法士となった瞬間である。


「そりゃお前、禁術士や外道じゃないのか?」


「確かに、その方がまだ現実的じゃな」

 そんなシリーの説明に、赤と黒の代表はまだ信じきることが出来ないようで、互いに視線を合わせるとシリーに問い掛ける。


「いえ、間違いなく精霊の友です。そこは私が保証します」


「・・・ふむ、緑のがそこまで言うなら確かなのであろうの」


 二人の男性エルフの問い掛けに、シリーは真剣な表情のままそう断言する。何せ目の前で自分達が崇める大精霊に肯定されているのだ、疑う必要性など皆無だろう。そんなシリーの意志を感じ取ったのか、まだ信じられないと言った表情を見せる赤の代表を余所に、黒の代表は真剣な表情を緩めると小さく頷く。


「その人族さんは、探索が得意なタイプの冒険者なのかしら?」


「いえ、そこまでは解りません。しかし冒険者と言う者は我々と物の見方が違いますから」


「まぁのぉ、今は果報を待つしかないようじゃの」

 黒の代表とシリーの会話が終わるのを待っていた青の氏族長は、最初から疑う気など無かった様で、それよりその冒険者の資質の方が気になったようだ。しかしアルディスからの情報だけでは、青の代表が問い掛けたような情報までは解らない為、シリーは冒険者と言う人間の目線に期待している様である。


「・・・うちからはもう少し人員を出す。人・・・部外者だけには任せられん」


「ふふ、貴方達は相変わらずね。それじゃうちからももう少し出すわね? シリーにばかり苦労はさせられませんもの」


「ありがとう、ネル姉さん」

 纏まりつつある空気の中、赤の代表はどこか納得出来ない表情を浮かべると、調査の為の人員を増やすと言い、その態度に青の氏族長は可笑しそうに笑う。そんな青の氏族長、ネルとシリーに呼ばれた女性は、御礼を言うシリーに優しく微笑む。


「俺には労いとかねーのかよ」

 そんなシリーとネルの様子に、五大氏族の中で今回最も人員を割いている赤の代表は詰まらなそうにそう零す。


「当たり前じゃない憎らしい弟分より可愛い妹分よ」


「・・・」

 ふくれっ面でどこか子供のような文句を漏らす赤の代表に、ネルが呆れた様な表情でそう告げると、その言葉に追巡するように白の代表が小さく、それでいてゆっくりと丁寧に頷く。


「・・・ひでぇ」

 そんな青と白の打ち合わせたかの様な言動に、シリーが苦笑いを浮かべる前で赤の代表は項垂れ、心なしかその背中は煤けている様にも見えた。


「ほっほっほ、仲良きことよ」

 少し前までの真剣な空気が霧散し、緩い空気の流れ始めた目の前の様子に、代表の中で最年長の黒い老エルフは好々爺と言った表情で笑うと、顎に伸びる豊かな白髭を指で扱くのであった。





 そんなエルフ代表会議がなされている頃、壺に閉じ込められたユウヒはと言うと・・・。

「と言うわけなんだけど、これってやっぱり探し物に該当する感じか?」


「すぐに調べますが、たぶん・・・当りだと思います」

 荒涼とした大地の上に腰を下ろして、癒し効果抜群の通信画面に向かってこれまでの経緯を説明していた。当然通信画面の向こうに居るのはアミールで、そのアミールの表情は真剣なものであったが、それはそれで良いとは、ユウヒ談である。


「うーむ見つかったのはいいが、今の状態は良いのか悪いのか判断に困るな」


「ふふふ、それにしても無事で良かったです。いきなり警報が上がった時はびっくりしました」

 どうやら例の壺は十中八九ユウヒ本来の目的に該当するものである様だが、現状その壺に閉じ込められている状態であり、見つけられてよかったと手放しで喜べないユウヒは頭を傾げていた。


 そんなユウヒを可笑しそうに見つめるアミールは、少し前とは違う余裕の窺える笑みを浮かべている。何故なら、通信状態が良好であればユウヒを自分の今いる執務室へと、強制転移させることも可能であるからだ。


「まぁ、警報としてはそれでいんじゃないか?」


「いえ、そういう意味では・・・ありました!」

 ユウヒを心配していた時の表情は酷いものであったが、今もユウヒの微妙にずれた発言を聞くアミールの表情からは全くその時の雰囲気が窺えない。そんなアミールがユウヒと話す片手間に調べ物を続けていると、どうやら探していた壺の情報が出てきたようである。


「お? 壺の詳細?」


「はい、いくつか該当したのですが状況から見るとこれですね」


「ほう・・・【不帰の壺】ね」

 ユウヒはアミールの様子に壺の詳細が出たと解ると、その身を画面へと乗り出す。ユウヒの様子に目を向けたアミールが手元で何かの操作をすると、アミールの映っていた画面が二分割になり、片方の画面に古ぼけた壺とその壺の簡単な概要が表示される。



【不帰の壺】

 第二級指定古代遺産。

 現存する古代遺産の中でも比較的数が多くその危険性も低い為、二級に指定されている。しかしそれは正常な状態が前提であり、大半は安全機構が老朽化している為、強い衝撃による安全機構の故障には注意が必要である。



「はい、内部に広大な固有の空間を持つ壺で、あらゆる物を封じ込め外に漏らさないと書いてあります。昔、それなりの数が生産されたみたいですね。ロット番号が解れば出所も掴めるのですが」


「なになに? 内部空間で発生する余剰エネルギーを黒い壁で吸収し循環運用・・・疑似永久機関か?」

 アミールが操作しているのであろう、画面にはさらに詳細な情報や映像データなどが表示されて行く。内容を確認して行くアミールとユウヒ、二人の口から漏れ出て来る壺の情報は、どれをとってもユウヒの世界ではありえない物であった。


「そうですね、吸収できる力も熱や光などの物理的ものから、生命力や魔力といった少し特殊なものまで色々みたいですから」


「でも物質は吸収できないから地面があると、ふむ・・・猿が閉じ込められた瓢箪? それとも緑色の魔王を封印したご飯釜か?」


「はい?」

 流石のユウヒも現実逃避したくなったのか、それとも単に電波を受信したのか、自分の世界で該当しそうな物を上げていくが、何の事だかわからないアミールはきょとんとした表情でユウヒのそんな呟きに首を傾げる。


「あぁいや、それよりこれどうすればいい?」

 自分の妄想がダダ漏れであった事に気が付いたユウヒは、少し照れたような笑みで誤魔化すと、無理矢理話題を変えるのであった。


「えっとですね、外部からの破壊は非常に危険なので安全な場所以外では封印処置が一般的です。でも、ユウヒさんは中に入ってしまいましたので、脱出するには内部コアを物理的に破壊する方法しか・・・」


「それ壊すと、どうなるの?」

 無理矢理話題を変えられたアミールは、少しユウヒの話しが気になりながらも、資料を参照し対応方法をユウヒに説明する。しかしその最後を言い淀むように説明を終えたアミールに、ユウヒは若干の不安を感じる表情で問いかける。


「そうですね、たぶん生命維持機能が機能しなくなるのでぇ・・・あ! これですね。うん、はい内部の生物は強制的に排出されます。その後は、やはりこちらで回収後に処置ですね」

 そんなユウヒの感情が伝わったのか、困ったような笑みのアミールは忙しなく手元の情報端末を操作すると、目的の情報が見つかったようでぱっとその表情を明るいものに変え、自信を持って再度ユウヒに説明を始めた。


「封印するのか」


「それが、コアが無いと安定維持が難しくなるようなんです。すぐにどうこうはないのですが・・・たぶん内部空間の分解処理後、問題が無ければ純粋なエネルギーに変換廃棄することになるかと」


「・・・流石神様だな、話のスケールが違う」

 どうやらユウヒが中に入ってしまった結果、簡単な方法での回収が出来なくなったようである。その結果選ばれた解決方法にユウヒは頬を引き攣らせると、改めてアミールが自分とは隔絶した位置に存在する神様だと再認識し、目に見えぬ距離を感じざるを得ないのだった。


「そうですね、ユウヒさん達が想像できる範囲はたぶん私たちが可能とする領域だとおもいますよ? ただ想像力と言う観点で言うと人の方が優れていると思います」


「そうなのか?」


「はい、想像とは人の持つ渇望から生まれる物ですから。既に持っている存在はその重要性に気付きもしないなど良く有る事です」


「なるほどねぇ」

 目に見えぬ距離感を感じているユウヒに、アミールは何時もの笑顔で人の素晴らしさについて語り出す。事実、遥か昔の人と言う存在が誕生する以前の管理神は能動的な存在であったが、人が生まれてからの神々は大いにその興味を惹かれ、率先して人の世界にかかわりを持つ者が多くなり、終いには人と同じく戦争まで起した歴史があったのだ。


「ですから、そう言った想像物を求めてバカンスに人の町を訪れる管理神は多いんですよ? 少し前に知り合いがアキバとか言う町で遊んできたそうですし」


「そ、そうなのか・・・」

 そんな歴史があったなど知らないユウヒは、アミールの口から出た思わぬ地名に再度頬を引き攣らせると、先ほどまで感じていた距離感が何故か急速に縮んだ気がして、その現金な自分の心に呆れてしまうのであった。


「?」


「と、とりあえずコアと思われる物を破壊して脱出するから、壺の回収は頼むよ」

 ユウヒの顔には自分に呆れてか笑みが漏れていたようで、その笑みに気が付いたアミールは映像越しだと言うのにまるで下から覗き込むようにユウヒを見詰めてくる。その思わずドキリとしてしまうアミールの仕草に、ユウヒは顔を背けると度盛りながらも口早にそうお願いした。


「はい了解です。既に壺の位置は確認して人が近付けない様に処置しておきましたので、ユウヒさんの脱出を確認次第回収します」


「・・・わかった。それじゃ」


「ご武運を」

 ユウヒの顔を下から覗き込むように移動していた宙に浮かぶ画面は、ユウヒの言葉に反応するとすぐに元のユウヒの目線に戻り、アミールの元気な返事が聞えてくる。ユウヒがアミールの返事に頷き右手を軽く上げると、アミールの微笑みと共に通信画面が閉じられるのであった。


「・・・さて、とりあえず明るい所を目指してみますか、十中八九あれがコアなんだろうし」

 ユウヒはしばらくの間、アミールの映っていた通信画面が消えた虚空を見詰めると、立ち上がり遠くに見える灯台の様な物に目を向ける。その灯台の先端には、明るく絶え間なく光り続ける物が存在した。


 現状でもっともそれらしいコアと言えばそれくらいしか見当たらず。また薄暗いこの空間に存在する唯一の明るい場所であれば、閉じ込められた者達も自ずと光を求めるだろう。そう考えたユウヒは服に付いた砂埃を掃うと、右目の有効範囲外に存在する灯台へと歩き出す。


「にしても暗いなぁ・・・周囲を照らせ【ライト】ぅお眩し!? めがーめがーとお約束は良いとして、とりあえずもう少し弱めに」


 ・・・なんとも微妙に締まらない、またユウヒらしい出発であった。





 そんなユウヒが壺ダンジョン攻略の一歩を踏みしめている頃、同じ壺の中では閉じ込められた者達の様々な声が上がっていた。


「ワンワンワン!!」


「いやぁーー!」

 ある場所では犬の鳴き声に追われる様に少女の様な高い声の悲鳴が上がる。


「ワンワンワンワン!!」


「こーなーいーでー!」

 少女の必死な声に、こちらもどこか必死さを感じさせる犬の鳴き声が続く。




 また別の場所では、


「もう! ここどこなのよ! 暗いし乾燥してるし木は皆枯れて岩と土ばかりだし!」

 鬱憤を撒き散らすかの如く吐き捨てられる言葉の群れ、その語気からは明らかな苛立ちが伝わる。


「おなかへったー!」

 しかしその声も直ぐに弱り、どこか子供の癇癪然としたものに変わって行く。


「みんなどこー!」

 どうやら彼女は一人きりの様で、仲間を呼びながら飛びまわり心細さからか終いには、


「うわあぁぁん」

 泣き出してしまうのであった。




 そんなある意味元気な声とは違い、こちらはかなり限界に近そうな声のようで、


「うぅ・・・誰か、たすけて」

 地面から漏れ聞こえる様なか細い助けを呼ぶ声が聞こえてくる。


「うちの、お腹と、背中が、くっついちゃう・・・ニャ」

 しかしそのメインは空腹を訴える救助要請の様で、


「籠も落すし、誰もいないし・・・あぁ最後に、ノイチゴ、食べたかった・・・」

 瞳は何か幻でも見ている様な虚ろに歪み、最後に一言呟くと頬を伝う一滴の涙と共に、辺りを静寂が包むのであった。



 いかがでしたでしょうか?


 いつの間にやら99話目ですね、話数が三桁目に突入しようとしてますが、まだまだラストまで頑張っていきますので、よろしくお願いします。


 それではこの辺で、またここでお会い致しましょう。さようならー

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