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紅の魔術師  作者: ベルナルド
二章 奇術師はいつだってタネを隠さない

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第二十七話 奇術師はいつだってタネを隠さない⑧

 夕暮れの路地に、二つの熱が向かい合っていた。


 一人は、深紅の灼熱を纏う魔術師。

 一人は、黒い戦意を滾らせる剣士。


 紅は、タムラの手に握られた刀から視線を外さなかった。


 螺刹。

 爆刀のタムラを象徴する、異形の一振り。


 刀身には魔術回路が組み込まれ、古代の鉱石――オーダイ石が使われている。

 魔力を流せば、破裂した刃は何度でも元へ戻る。


 そしてタムラは、その性質を己の魔術と噛み合わせた。


 爆発。

 それが、彼の魔術だった。


 抜刀の瞬間、鞘の内側で刀を爆ぜさせる。

 破裂の勢いをそのまま居合の初速へ変え、さらに足元を爆破して肉体ごと加速する。


 ただ速いのではない。

 爆発を、移動に、抜刀に、斬撃にまで組み込んだ殺しの型。


 人々は、そんな男をこう呼ぶ。


 ――爆刀のタムラ。


「なあ、レイモンド」


 タムラは笑った。

 瞳の奥が、戦いへの期待でぎらついている。


「滾るぜ、こりゃあ!」


 刀を空へ振るう。


 次の瞬間、爆風が路地を吹き抜けた。

 砂塵と熱が舞い上がり、視界を一瞬で覆い隠す。


 紅は片手を振り、周囲の空気ごと熱で押し返した。


 煙が晴れる。


 そこには、黒い羽衣のような魔装を身に纏ったタムラの姿があった。


「魔装展開」


 タムラは肩を回し、薄く笑う。


「俺の魔装は一味違う」


「ほう」


「なにせ甲冑なんぞ着たら重くて駄目だ。俺の速度が死ぬ」


 タムラは黒い羽衣を指でつまむ。


「逆に薄すぎれば、自分の爆発に負ける。ならどうするか」


 にやりと笑った。


「くそほど高い素材を使う」


「……」


「これが天才の解決方法だ。覚えとけ」


「単細胞め」


 紅が吐き捨てた瞬間。


 タムラの足元が爆発した。


 爆風を踏み台にして、巨体が上空へ跳ね上がる。

 空へ舞いながら、タムラは刀を頭上へ構えた。


 紅も即座に反応する。

 右手に握る灼光の剣を両手で支え、切っ先を上空へ向けた。


「第二階位――火は収束し、弾幕となり敵を討つ<フレア・ガトリング>」


 灼光の剣身が、白く脈打つ。


 次の瞬間。

 剣から無数の熱線が枝分かれするように放たれた。


 一つではない。

 十、二十、さらにその先。


 針のように細い灼熱の光が、機関銃のような密度で空間を穿ち、タムラへ殺到する。


「ははっ!」


 タムラは空中で身を翻した。

 頭を紅へ向けるように姿勢を変える。


 そして、そこに足場などないにもかかわらず――


 足元を爆破した。


 爆風が背を押し、タムラの体がさらに加速する。

 もう一度。

 さらにもう一度。


 空中で何度も爆発を重ね、彼は灼熱の弾幕へ真正面から突っ込んでいく。


 同時に、魔装へ莫大な魔力を流し込んだ。


 黒い羽衣の表面を、半透明の結界が覆う。


 長くは保たない。

 一分。

 せいぜい、それが限界だ。


 だが、タムラにとって敵を斬るには長すぎる時間だった。


 熱線が何本も直撃する。

 結界の表面が歪み、火花が散る。


 それでもタムラは止まらない。


 一発。

 二発。

 爆破による加速を重ねるたび、彼の速度はさらに増していく。


 ついに、紅の眼前へ届いた。


 この間合いで避けるのは不可能。

 ならば、迎え撃つしかない。


 満を持して振り下ろされたタムラの刀を、紅は真っ向から受け止めた。


 灼光の剣と螺刹が激突する。


 轟音。

 衝撃が路地を叩き、周囲の建物の窓が一斉に震えた。


「まだだぁ!」


 タムラは、さらに足元を爆破した。

 空中から押し込む勢いを増し、同時に刀の内部でも爆発を起こす。


 速度。

 重量。

 斬撃。

 爆風。


 すべてが一つに重なり、紅を押し潰そうとする。


 誰もが、次の瞬間に吹き飛ばされるのは紅だと思っただろう。


 だが。


 その予想は裏切られた。


「第三階位――火は熱を喰らい、爆ぜる力を奪う<ヒート・イーター>」


 爆発を生むはずだった熱が、紅の炎へ吸い込まれていく。


 高まるはずの温度は削がれ、

 膨張するはずの圧力は、最後まで伸びきらない。


 タムラの一撃に重ねられた爆破は、

 紅を押し潰す力になる前に、その勢いを失っていた。


「この食いしん坊が!」


「御馳走を用意する方が悪い」


 紅はそう言って、受け止めた刀を押し返した。


 タムラの体が、初めて空中でわずかに崩れる。

 無理やり積み重ねてきた加速。

 その最後の一押しを奪われたことで、重心が流れた。


 紅は灼光の剣を弾くように振り抜き、タムラの刀ごと腕を外へ逸らす。

 同時に、空いた胴へ刃を走らせた。


 焼け焦げる音。

 タムラの体が切り裂かれ、勢いのまま地面へ叩き落とされる。


 轟音とともに、舗装路が陥没した。

 細かな石片が弾け飛ぶ。


 通常の魔導師なら、それだけで死んでいる。


 だが、タムラは違った。


「これでも届かねぇとはな」


 瓦礫の中から、笑い声が響く。


 タムラはゆっくりと立ち上がった。

 腹部を斬られてはいる。

 だが、傷は浅い。致命傷には遠かった。


 黒い羽衣の下では、肉体そのものにも魔力が巡っている。

 タムラは魔導師でありながら、魔術回路を保有していた。

 魔装に頼らずとも、最低限の身体強化を自前で行える。


 それが、紅の斬撃を紙一重で致命傷から遠ざけていた。


「無法だぜ、まったく」


 タムラは腹の傷を軽く見下ろし、それでも笑う。


「貴様も相変わらず無茶苦茶だな」


「それが俺よ」


 タムラは再び、螺刹を紅へ向けた。


 その瞬間、紅の目が細くなる。


 刀身が――欠けている。


 先ほど砕け散った刀の破片は、すべて戻ったはずだった。

 だが、今の螺刹には、わずかに埋まらぬ欠損が残っている。


 それが意味することは。


「第三階位――魔力により刀片は爆弾となり、爆ぜる<ボム・コンバージョン>」


 紅の周囲に散っていた刀片が、一斉に赤く光った。


 戻りきらなかった破片。

 それらは最初から、この瞬間のために置かれていた。


「ちっ!」


 爆発。


 紅は瞬時に結界を展開し、自身を覆う。

 だが、爆炎で視界が塞がれた、その一瞬。


「おいおい」


 タムラが、もう目の前にいた。


「一人にすんなよ」


 螺刹が横薙ぎに振るわれる。


 紅の結界が切り裂かれた。


「ちぃ!」


 さらにタムラは踏み込み、刀を突き出す。

 紅の胸元へ、容赦なく刃先が迫った。


 その刹那。

 紅は、自身を覆う灼熱の羽衣へ魔力を流し込んだ。


 イグニッション・ベール。

 それは本来、己を守るための灼熱の衣。


 だが、その本質は防御に限らない。


 魔力を流された瞬間、

 主を守る盾は、敵を討つ矛へと変わる。


「第二階位――火は臨界を越え、纏いし熱ごと爆ぜる

 <イグニッション・オーバーヒート>」


 紅を覆っていた灼熱の羽衣が、急激に熱を増していく。


 揺らめいていた炎は密度を増し、

 赤から白へと変わり、

 ついには視界を灼くほどの輝きを放った。


「ッ――!」


 タムラが危険を察した時には、すでに遅い。


 紅の全身を包んでいた羽衣が、内側から破裂した。


 凝縮された熱が一気に解き放たれ、

 至近距離にいたタムラを真正面から呑み込む。


 爆ぜた灼熱が、空気を押し潰すように広がった。


 タムラは反射的に足元を爆破する。


 自ら生んだ爆風で身体を後方へ弾き、

 迫る灼熱から無理やり離脱した。


 それでも、完全には逃れきれない。


 熱の奔流がタムラの身体を掠め、黒い魔装を焦がした。

 頬が焼け、薄い煙が立つ。


 だが彼は、空中で体勢を立て直す。


 着地。


 靴底が路面を削り、焼けた匂いが立ち上がった。


「痺れたぜ、今のは!」


 タムラは頬の火傷を気にも留めず、再び刀を構える。


 螺刹の内部から、溢れるように魔力が立ち上っていた。

 まだ終わりではない。

 むしろ、ここからさらに大きく爆ぜるつもりなのだと、その圧が語っている。


「さぁ」


 タムラは嬉しそうに笑った。


「もっとド派手に行こうか!」


 紅もまた、灼光の剣を構える。

 剣先が路地の空気を歪ませ、地面に細い焦げ跡を刻んだ。


 再び戦いが始まる――


 そう思われた瞬間。


 遠くから、けたたましいサイレンが鳴り響いた。


「……」


「……」


 二人は同時に、その音へ視線を向ける。


 当然だった。

 いくら町外れとはいえ、ここまで大規模な戦闘を繰り広げれば、魔導局も警察も集まってくる。


 タムラは小さく舌打ちし、刀を鞘へ納めた。


「かーっ。ここからって時に、つまらんやつらが来やがった」


 懐から葉巻を取り出す。

 指先で小さな爆破を起こし、火を灯した。


 紅も灼光の剣を消す。

 そして煙草を咥え、指を鳴らして火をつけた。


「興覚めだな」


「まったくだ」


 互いに煙を吐く。


 一瞬前まで殺し合っていたとは思えないほど、妙に呼吸が合っていた。


 タムラは葉巻を咥えたまま、肩越しに笑う。


「名残惜しいが、遊びすぎるとボスに叱られる」


 そして、顎で先を示した。


「さて、仕事しますか」


「……」


「ついてこい、紅」


 タムラはゆっくり歩き出す。


「案内してやるよ」


 紅は一度だけ荒れ果てた路地を見回し、それから無言で後を追った。


 二人の強者は、焼けた地面と濃い煙だけを残して、夕暮れの街から姿を消した。


 しばらくして、魔導師たちが現場へ駆けつけた。


 彼らが見たものは、戦闘の跡とは呼べなかった。


 舗装路は何か所も抉れ、

 建物の壁は焼け焦げ、

 電柱は根元から傾き、

 空気にはいまだ熱と火薬の匂いが残っている。


 まるで、ここだけ小規模な戦争でも起きたかのようだった。


「……これを、人が?」


 誰かが呟く。


 その声には、隠しきれない恐怖が滲んでいた。


 これが人間同士の戦いだというのなら、

 自分たちが相手にしているものは何なのか。


 魔導師たちの胸に、そんな疑問が重く落ちていく。


 ただ一人。

 国谷正人だけは、別の意味で顔を引きつらせていた。


「まじっすかよ……」


 崩れた地面を見下ろし、深いため息を吐く。


「国際指名手配犯、爆刀のタムラまでいるとは」


 額を押さえた。


「いつから日本のセキュリティは、誰でもウェルカムにまで落ちたんすか」


 周囲の魔導師たちは、返す言葉もなかった。


 国谷はすぐに表情を切り替え、部下へ指示を飛ばす。


「お前ら、処理班を手配しろ」


「はい!」


「こんなもん報道されたら、国民が不安で眠れなくなっちまう」


「了解です!」


 魔導師たちが慌ただしく動き出す。


 国谷はもう一度、焼け荒れた現場へ視線を向けた。


「紅さん……」


 呆れたように、しかしどこか心配そうに呟く。


「もう少し、おとなしく戦ってくださいよ。まったく」

ここまで読んでくださり誠にありがとうございます。

本作は私が作り出したキャラである紅の魔術師にストーリーを付けたものです。

ここから先のストーリー構成はあったのですが、いろいろ整合性が難しくなってしまいました。

機会があれば、リメイクをします。

私が作ったキャラの中で一番好きなキャラです。

そして、第二十七話はこの戦闘シーンを書きたいがために用意した章でもあります。

是非とも次回作やリメイクする際には応援してくれると嬉しいです。

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