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お飾りではなかった王妃の実力  作者: 鏑木うりこ


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第42話  公爵の誤算

ネリーニの父、ダルク公爵は馬車を急がせていた。毎年アイリーンの正妃然とした顔を見たくないと、公爵という地位にいるにも関わらず建国祭は午後からやってきていたからつい失念していたのだ。


「そうだ、今年はネリーニが正妃であった! 急がねば!」


 そうやって急がせたが支度に時間がかかり、開始の時刻には間に合わなかった。


「まあしかし、建国祭は3日間続く。後で遅れを取り戻せばよいな」


 近隣諸国からの賓客が集う大切な日。この日に今後の事業を取り付けたり、娘であるネリーニが正妃になった祝いの言葉を貰わねば……。彼は上機嫌で馬車を王城に走らせていた。


「……なんだ? 城から戻る馬車が多いな……?」


 祝いのパーティは始まったばかりのはずなのに、すれ違う馬車が多い事に疑問を覚える。しかも近隣の国の紋章が入った馬車、それに自国の貴族達の馬車もかなりいる。各国の重鎮が城へ向かわず戻っているのはおかしすぎる。


「……城で何か起こっているのか……?」


 ダルク公爵は嫌な予感がしたが、ついてみなければわからないと御者を更に急ぐよう叱咤した。



「な……」


 城の前でもモタ付いて怒声を上げたが、パーティ会場に足を踏み入れて文字通り言葉を失った。そこはどうみてもパーティ会場ではなく、真ん中でエルファードが蹲って何かブツブツ呟いているよくわからない空間になっていた。数日前、アイリーンの指示の元、美しく磨き上げられたシャンデリアの光が殆ど人がいない会場を煌びやかに照らしているのがうすら寒い。

 慌ててダルク公爵はエルファードに駆け寄る。


「王、エルファード王! ネリーニは、我が娘ネリーニはどうなさった!!」


 たすけろ、アイリーン、何をしている早く何とかしろ、アイリーン……と繰り返していたエルファードは死んだ目をゆっくり上げる。


「知りませんよ……そこで転んで……戻って来ぬ」


「なん……だと……?」


 ダルク公爵はパニックになる。転んだ? 淑女がパーティ会場で? 意味が分からん。そんな無作法な事学生でもせんぞ、嘘をつくなと言いたかったが膝を抱えているエルファードにはこれ以上聞けないと速やかに判断した。


「……ネリーニは、部屋ですか?」

「さあ?」


 戻ってこない伴侶を誰かに見に行かせることもしなかったのか、と怒りがこみ上げたが、公爵は身をひるがえして、ネリーニがいるであろう正妃の部屋へ向かう。


「ネリーニ! 私だ、いるのだろう! 出て来なさい。正妃が会場におらんとはどういうことだ」

「お、おとうさまぁ、おとうさまあああああっ!」


 勢いよく扉が開き、飛び出してきた公爵の娘は酷い有様だった。顔は応急手当や、回復魔法がかけられているのか多少は良くなっているが、それでもまだ真っ赤に腫れあがっている。


「お(ひい)様、もう少し冷やしませんと……」


 ダルク家からやってきたネリーニのばあやと侍女達が手に手に濡れたタオルをもって冷やしていたようだが、まだ腫れや赤味は引いてはいない。痛々しい顔のまま、ネリーニは大粒の涙を流す。


「酷いの、酷いのよ! エルが私を引っ張ったの! だから私倒れて……しかも顔をぶつけたの! これじゃあ人前になんて出れる訳がないわ!」

「そうかそれは大変だったね……お前達、早くネリーニの怪我を何とかしろ! この城には優秀な治癒術師もいるだろう!」


 しかし侍女達は俯く。一番年嵩のばあやがやっと口を開く


「旦那様……治癒術師や薬師達はあの……城を出て行ったそうです……」

「何故だっ!?」

「その……彼らが言うには彼らはアイリーンに頼まれてここにいたと……」

「意味が分からん。何故あの女の名前がここに出てくる!」

「分かりません……」


 ダルク公爵は知ろうともしなかったが、この城の中でアイリーンの手が入っていない場所はない。そうでもしなければ、この国を一人で回していく事など出来なかったのだ。


「週に2.3日で良いので、お城で働いて貰えませんか。給料もお支払いしますし、王城の図書館に出入りも許可致します」

「お城のでっかい図書館だって!? 行きたい! 自由に出入りさせてくれるならタダで働いていいよ~」


 こうやって、市井の優秀な治癒術師や研究所に籠りがちな薬師達を城へ招いていた。治療の研究も進み、画期的な治療法も見つかったりしてうまく回っていたのだが……。


「アイリーン様が……離婚したの?」

「え、アイリーン様いないの? じゃあもういいや。ここの王様嫌いだし」


 誰もすぐに城に現れなくなったのだった。


「ええい! しかし正妃たるもの王のそばにいなくてどうする! お前達、化粧でなんとかしろ!ネリーニ、すぐに会場に戻るのだ!」

「いやです、お父様! 私、絶対にいやあああっ!」

「ネリーニ、お前は正妃なのだ! この国で一番高貴で一番美しい女性がお前なんだ! お前がいなければ建国祭が成り立たぬ!!」


 嫌だ嫌だと泣き喚くが、ネリーニの侍女はダルク公爵家の侍女である。


「お前達、何とかしろ!」

「は、はい! 公爵様っ」


 ネリーニからの命令と公爵からの命令であれば、公爵に従うのである。侍女達は嫌がるネリーニの顔に厚く化粧を施し、顔色がまったくわからなくなるほど塗りこめてく。それでも最初に現れた時よりも薄化粧に見えるのが不思議ではあった。



「……」


 顔を塗り固め、靴は歩きやすいヒールの低い物に替え。破れたドレスを何とか繕って、ダルク公爵がネリーニをエスコートして会場に戻ったが、やはり酷い有様の会場は変わらない。ゆっくりとまだ座り込んだままの国王に近づき、声をかける。


「エ、エルファード王よ……客は、各国の賓客はどうなさった」

「……全員用事があると帰られた」

「……意味が、分からぬ」


 まだ建国祭の一日目なのに誰も残っていない、前代未聞もいい所だ。


「……所でグラスも……酒や飲み物の一つもないが、一体……?」

「誰も持って来ない」

「料理もないが……何故?」

「知らぬ、来ぬものは来ぬ」


 ネリーニをエルファードの隣に立たせ、ダルク公爵は急ぎ足で厨房へ向かった。彼が新しく任命した料理長はダルク家の料理人だった。信頼できるはずだ、そう信じて。


「おい、料理が何も届いていないぞ!! どうなっておるのだ!」


 扉を壊す勢いで開けるが、中の料理人達は呆然としている。


「料理長はどこだ!」

「ひ、ひぃ!」


 侯爵自ら指名した新しい料理長は料理人達に囲まれた真ん中で小さくなって震えている。


「料理長、何をしているのだ!会場に何もないぞ!!」

「だ、だって、だって、公爵様……材料が、材料が、全部、ダメになって……」


 彼は泣きながら訴え始めた。


「全部? そうは見えないが」


 厨房には色々な材料らしきものが並んでいる。公爵が見た限りでは何種類もの肉や魚、色とりどりの野菜に果物が小山を作っている。そしてどうしたら良いか分からずオロオロする料理人達。


「材料もある、人もいる。何故料理が作れぬのだ?!」

「だって! 黒牛のステーキは臭みが出ています! カジキのポワレは黒胡椒が足りません!」

「何かで代用すれば良いではないか!」

「何かとは何ですか?!」


 ダルク公爵は「そんなものは知らん!」と口から出そうになったが、何とか飲み込んだ。


「お前は料理長なのだろう? それくらいの機転やメニューの変更など簡単なはずだ。どこの厨房でも良くあることではないのか?」

「し、しかし! しかし急に言われても、無理な物は無理なのです! もう無理です!」


 無理としか言わない料理長をダルク公爵は捨てる事にした。このままでは埒が明かない上に時間の無駄だと悟ったのだ。


「では誰か、副料理長でも構わん、とにかく会場に料理を運べ!」

「あ、はいっ」


 蹲る料理長を無視しだすとやっと厨房は回り始めた。ソリオ料理長の下で働いていた料理人の中で残った者達が中心にある食材で料理を作り始める。素材自体は一級品ばかりなのだ、きっと美味い料理が運ばれてくるに違いない。


「全く、私としたことがこんな人員配置ミスをするとはな……」


 とりあえず動き出した厨房を後に、公爵は会場へと続く廊下を歩きだした。すぐに料理は運ばれて来るだろう。飲み物の準備もすぐ終わる。この時はまだ何とかなるとダルク公爵は高を括っていた。





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