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お飾りではなかった王妃の実力  作者: 鏑木うりこ


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第30話 泣いても、ねえ……(王妃が去った国

 ネリーニは大広間について数分で激しい眩暈と貧血に襲われていた。何もかもが痛い。足もお腹周りも。巻いて盛った髪の毛も重いし、目の前が霞んで吐きそうだ。

 冷や汗が吹き出し、今にも倒れそうだが、この高貴なお客様の前で無様を晒すわけには行かない。しかもこれはすべてネリーニの指示であり、メイドはそれに従っただけなのだ。そして侍女達の完璧な化粧のお陰で、生来のネリーニの肌の色は完璧に塗り固められているのもいけなかった。体調が悪すぎて血の気を失い、紙より青白くなった顔色は若々しいピンクの頬紅に覆い隠されて窺い知ることもできなくなっているのだ。


「エル……エルファード……」


 せめて伴侶に支えて貰おうとネリーニは愛しい夫を探すが、離れた場所で呑気に大口を開けて笑っている。


「エル……!」


 エスコートすべき妃を放置している事自体失笑される事なのに、エルファードは一度もネリーニを振り返る事もない……去年までアイリーンを振り返る事が無かったように。アイリーンがどれほど努力して「国王夫妻」を演じ、作り上げていたのか。その一端をネリーニはたった数分で嫌になるほど感じ取った。


「我が正妃」

「エル!」


 それでもネリーニの願いがエルファードに通じたのか、ネリーニの元にエルファードは早足で歩み寄りってきた。しかし、ネリーニの願いが叶ったのはそこまでだった。エルファードはネリーニの欲しい言葉は一つも紡ごうとはしない。


「あの方は誰だ?」

「は……?」

「だから、今私が話していた方だよ。名前と国と、特産と、会話の糸口になる話を2.3で良いから教えてくれ」

「な、なに、を、おっしゃ、ら、れま……すの……そんな、こと、わ、かる、わけ、が……」


 どの方か? ネリーニの霞む目には誰なのか顔すら判別が難しくなっている。顔が判別した所で、ネリーニがエルファードの問いに正確に答えを出せるかどうかは別だったが、とにかく分かる訳がない。


「アイリーンはこちらが聞かなくても喋って来たぞ。さあ、私の隣でかの方と話を」

「痛いっ!」


 ぐいっと腕を引っ張られ、ネリーニの体は限界を超えた。バランスを失い斜めに傾く。それを支える力が残っているわけもない。


「あっ」

「え?」


 ビターーーン!!本当にそんな音がした。この会場の床は硬い石製だ。磨き抜かれた美しい石造りのすべすべの床にネリーニは転んだ、しかも派手に。

 片腕をエルファードに引っ張られていたので大きく、前のめりに。しかもタイミングが悪い事に、その腕をエルファードは途中で離してしまった。


「あ……」


 淑女達が流石に気の毒に、と言った顔を扇で隠した。そう、腕を伸ばす事もできなかったネリーニは顔から思いっきり固い石の床に倒れ込んでしまったのだ。


「あ、あ、あ……」


 せめて、彼女のパートナーがまともな男性であったら良かったのに、今日のネリーニのパートナーはカエル王だ。自分のせいで女性を転ばせたと言う自己保身の罪悪感から、近寄って手を差し伸べるどころか少しづつ遠ざかっている。


 しん、と会場は水を打ったような静けさに包まれた。ここに騎士達がきちんと常駐していれば駆け寄って助け起こし、すぐさま医務室へ運び、治療や回復魔法など手厚く施してくれただろう。

 だが、会場外警備、タイムテーブルの遅れ度重なる人手不足で会場内に騎士が一人もいないのだ。

 ネリーニは起き上がれない、いや、起き上がれないのかもしれない……脳震盪を起こしているのかもしれないし、もっと状態が悪い事も考えられる。床にじわりと血が広がってゆく……。

 客の誰かが通常なら手を差し伸べる所だが、ここで彼女を助ける事は国益に全くならない。これからマルグ国へ行き、アイリーンと有益な取引をする為にはアイリーンを追い出した「悪党」に手を貸す事はしたくない。

 そしてナザールの貴族達も困っている。何せ王が側にいるのだ。助けるのはパートナーであるエルファードでなくてはならないのに。無能でゲコゲコ鳴くしか出来ない王はその役割すら放棄し、青い顔で少しづつ下がって行く……誰しもエルファードを押しのけてネリーニを助けることなどできはしないのに。


「う……」


 ネリーニは一人で立ち上がった。大方の予想通り、顔から倒れた彼女は悲惨そのものだ。どこか鼻や葉が折れているかもしれないが、その顔を直視するにはあまりに哀れだ。


「う、うわぁーーーん! ばあや、ばあやぁーーー! うわーーーん!!」


 踵の高いヒールを脱ぎ捨て、彼女は大声で泣き叫びながら走り出した。会場の人々はざっと出口までの道を開けた。誰も巻き込まれたくない。


「あっ!」


 止めにもう一度ドレスの裾を踏んで倒れる。ビリィ!っと酷い音がして真っ白だったドレスが大きく裂けた。


「ひいっ……うう……っ……あーん、あーーん!!」


 淑女教育を受ける前の5歳くらいの子供とそっくりの泣き声を上げ、天井を見上げてネリーニはトボトボ歩きながら会場を横断する。


 ゆっくりと、ここに集まった全員の視線を浴びながら醜態を晒すネリーニだが、救い手は現れなかった。誰もが「気の毒」とは思うが「自業自得」「因果応報」と言う言葉の方が上回る。


大人しく側妃で居れば良かったのに。


 口には出さなかったが、会場内の大半の人間はそう思った。


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