親友
「……ってことです」
「全然当たんねえじゃねえか」
「そうなんです。普通の女の子っぽいし、最初は殴らないようにしてたんですけど……全然当たる気がしなくて。今ではもう、マジで当てに行ってます」
確かに、あんなの人間技じゃない。
特徴的な動き。どこかで見たことがある気がする。なんというか……
そうだ。いつかテレビで見た、合気道の達人みたいだ。
中原の視界を通して見るナキの目は、紅蓮に光るその瞳の中で、何かがグリン、と回転した気がした。
これだ!
さっきから、他の奴とは違う、こいつ独特の違和感。
「……いつまで逃げ回るつもりなの? デカい図体して、こんな女の子一人、コロせないんだ」
「誰も殺すって言ってないけど」
「へえ。波動は殺したのに? どの口がそれ言うのかな」
「誰だい? それ」
「ウザいから、もう、しらばっくれなくていいっつーの」
「なんの話してるかわかんないけど」
「あー。だからバカの相手は嫌なんだ。ハッタリなら、二人の名前までわかるわけないだろ」
「…………」
「さっさと悟ってくれる? 真弓に正体を見破られたことといい、バカ意外に当てはまる言葉が思いつかないね」
「うるさいな、さっきからバカバカ言いやがって。キミがどんだけ頭イイか知らないけどね、……」
「世の中はねぇ、頭のいい奴が動かすものなんだ。おわかり? お前らみたいな下等生物が、オレたちの邪魔をするだけでもイライラするってのに。まして、あの波動を、こんなクズどもが殺したって? マジでさぁ……身の程を、わきまえろよ」
言葉を続けるにつれ、ナキの声にはだんだんと怒りが混ざっていく。
その理由は詳しくはわからない。話を聞く限りは、自分たちのことを邪魔されたのが、よっぽど気に食わなかったようだ。
そんなもの、先に手を出してきたこいつらが悪いに決まってるのだ。俺たちはただ、命を護るために反撃しただけ。その結果こいつらの仲間が死亡したとして、俺たちが文句を言われる筋合いなどない! まあ、田中さんには、先に中原が殴りかかったが。
俺はナキの言葉に一瞬頭が沸騰しかけたが、感情を露わにするナキを見てハッとした。冷静になってよくよく考えてみると、俺は、逆にチャンスだと思ったのである。
「中原。田中さんのことを、聞き出してくれ! こいつは今、感情的になって結構喋ってる。口を滑らすかも」
中原は俺の言葉を受け、なるほど、と一言ゼウスで応える。
目を細め、劣等者を見下す目をしたナキへ、中原は静かに尋ねた。
「なあ。田中さんは、ほんとにお前らの仲間なのか? お前らみたいなゲスとは違う気がするんだが」
ピキッ! という音が聞こえたかのようだった。ナキのまぶたがピリッと動く。
しかし、こいつは俺たちが期待する反応をしなかった。目を閉じて深呼吸し、逆に静かな声を発するナキ。
「……真弓か。あいつもバカなんだよ。わかってないんだ」
意識の端に追いやっていた一つの視覚映像が、突如として動き出したことに気付く。
それは、さやだった。さやは、隠れていた建物の影から出て、まっすぐに中原の元へ……いや、ナキのところへやってくる。
それに気付いたナキは、紅蓮の瞳を中原からさやへと動かした。
「ふん。コソコソ逃げ回っていただけのメス豚が、今さら何だ? お前は後で殺してやるから大人しく引っ込ん……」
「あんた、男にモテないでしょ」
ひと呼吸おくナキ。
気持ちを落ち着けるためにまた深呼吸したのかと思ったが、直後に変化した表情と震えた声は、俺の考えが間違っていたことを指し示していた。
どうやら怒りで言葉すら出てこないくらい、頭が沸騰しているようだ。
「……今すぐコロされたいんだ? お前こそ、どうせ男を垂らしこむ以外に、能なんて無いだろうが」
「あれ、怒った? それってぇ、自覚があるってことだよねー。偉ぶって人を見下すしか能の無いモテないちゃんが、その上、頭良いって思い込んでるなんてマジ可哀想。辛うじて男と付き合えたとしても、どうせろくでもない男に決まって──」
滑らかに動く腕。無駄のない動きで合わせられる照準。すぐさま、ためらいのないタイミングで破裂音が鳴った。
中原は、さやを覆って背中で受ける。
相当怒ったのか、中原によって防御されてるにもかかわらず、何発も、何発も撃ち続けるナキ。
「グッ……」
「中原!」
銃声が止む。
「おい、銃弾を受けても大丈夫なのか?」
「ある程度は。……でも、もうそろそろやばいっす……」
中原は、手も足も震えていた。
きっと限界が近いのだろう。このまま中原が殺されれば、さやも同じように殺される。
俺は、ポケットにある魔薬に指を触れた。
これで死ねば、長野の冷たい路地で俺は死ぬことになる。
ヒュプノス。二錠目だが……
使うしかないだろう。
くそ。俺だって、死にたくなんかないんだ。
でも、こうしなけりゃ、大切なものが消えちまう。
そう。いつも同じ問いなんだ。
もし、ここで、助けなかったとして……
一生後悔しないか、って。
ふう、と息を吐いてから魔薬を飲み込む。
いつもの問いに、いつもの結論を出した俺は、意識が飛んでしまう前に、自分の上半身をそっと地面に倒した。
────…………
意識の移行は、もう何度もやってきた。
慣れたものだ。ついさっきだって、夢の世界から戻ってきたばかり。どうせなら、もっと楽しい夢を見させてほしいと俺は切に願っていた。
でも、俺に課された試練は常に命のやり取りだ。つい最近まで一般人だったのに、いつの間にこんな死闘を演じる羽目になってしまったのか。
ノアとルナ。こいつらに出会ってからだ。
こんなことになっちまった理由を、ろくに説明もしない二人のAI。でも、この力に目覚めたおかげで、俺は大切なものを救えたのも事実だ。そして──
今もまた、大切なものを護るため、俺はここにいる。
二人のAIは、紅蓮に輝くいつもの子供部屋に二人並んで立っていて、いつものように、俺のアバターをじっと見つめていた。
「お前には、悪いと思ってるよ」
子供のくせに妙に哀愁漂う表情をして言うノア。
「あのな。心を読むんじゃねえよ」
「読んでない。勝手に溢れてんだよ、いやでもわかるだろ」
「ああ、すみませんねぇグチばっか言って。じゃあ、時間もないし、ちょっくら片付けてくるわ」
中原とさやの視覚映像を取得する。
さやの視覚映像を見る限り、ナキの瞳は、まだ紅蓮に光っている。
エレクトロ・マスターを使う必要はない。奴がゼウスに接続してくれている限り、俺は低負荷で奴の意識を操れるのだから。
やることは一つ。
思いを固め、敵を見据えて、全知全能と称される神の名を冠したシステムへと俺は命ずるのだ。
神の名において、命ずる────
意識を明け渡せ。俺の支配下に堕ちろ、ナキ!
「ぐうっ……!」
呻き声とともに頭の周囲をアークが飛び散ったナキは、片手で額を押さえて片膝をつく。
しかし、すぐさまナキはゼウスとの接続を遮断した。
リリスと同じ方法で対処される。顔を上げたナキの瞳は、赤い光を消していた。
「くっくっくっ……」
笑った……?
初見の攻撃に対する反応とは思えない。奴にとっては正体不明の攻撃であるはずなのだ。「なんだこれは!」みたいな反応が普通。あの闇天使・リリスでさえ、そうだった。
この笑いは……そう、すでに知っていて、対策している、そんな感じだ。
すぐに思い至り、なるほど、と納得する。もちろん、それは十分にあり得ることだったのだ。
リリスのことは逃してしまった。俺の攻撃を受けた奴が、その内容をこいつに知らせていれば十分に対応可能なのだから。
とはいえ、ナキの表情を見る限りさほど余裕がありそうにも見えない。やはりこの攻撃は、それ相応のダメージを奴らに与えるようだ。リリスから情報を受け取った時点で遮断しておけばいいものを、どうしてそれをしなかったのかはわからないが、そのおかげで俺は奴に大ダメージを与えることができた。
大量の汗をポタポタと地面に落とすナキは、片膝をついた状態で中原とさやへ話しかける。
「一つ忠告しておいてやる。真弓のことは、もう追いかけるな」
ナキの言葉を聞いて、さやの顔色が変わった。
「……ふざけるな。まゆは、わたしの親友なんだ」
「はあ? なに勘違いしてんだよ。真弓はオレの親友だ。お前の言うことなんて、最初っから本気で聞いてない」
「まゆにこんな犯罪をやらせるなんて、あんたが親友なわけない!」
「あいつは、これが幸せなんだ! 誰だってできることじゃない、オレだって……」
ハッとしたナキは、口をつぐむ。
すぐに、一つの光も反射しないほど真っ黒になった瞳を見開いて、鼻筋にこれでもかというシワを刻み、歯を噛みしめながら言った。
「愛原さやか……覚えたぞ。次はそのツラ、一人の男も落とせないほどに、ぐちゃぐちゃにしてやる」
無駄話をして回復を待っていたのか。
しかし、その無駄話でカンカンにさせられてしまったナキは、スッと立ち上がるとダッシュで温泉街の道を駆けていく。
ほとんど同時に、ドッ、と膝から落ちる中原。
「中原!」
「すんません。ちょっと、ツラいかも」
「救急車、いるか?」
「いえ。傷は獣人化の方が治ります。ちょっと休めば……」
建物の影に隠れて人目を凌ぎ、傷が治癒するまでなんとか意識を保とうとする中原。
さやは、中原のそばで座っていた。
「さや」
「うん……」
「田中さんのこと、あの、なんて言ったらいいか」
「助けたい」
「え……?」
「わたし、まゆのこと、助けたいよ」
遠くの方から、サイレンの音が近づいてくる。誰かが警察へ通報したのだろう。
屈んで中原へ優しく手をやるさやの視覚映像は、ミーのと同じように、揺れ、ボヤけ、何も見えなくなってしまった。




