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ナキ

 気味の悪い感触が、あたり一帯の空間を包んだ気がした。どうやら、それはミーにも感じられたらしい。

 その瞬間、ミーは走りだす……というか、きっと走ったんだろう、と俺が思っただけだが。


 こんなふうにしか言えないのは、ミーの視覚映像だけでは、ミーの動きはもはや俺には判断できなかったから。もちろん、防犯カメラの映像などで到底捉えられるものではない。


 まばたきの刹那に、一〇メートル以上も先へ。


 赤い空気の尾を引いて、ヒュウっ、と風を切る音を残し、俺が見たミーの視覚映像は、気が付けば逆さを向いていた。

 

 恐らく、廊下の天井を走っている。

 

 直後に、くるっと回転して床へ着地。ミーは異次元ともいえるほどの速さで、長い廊下の先──元いた場所からリリスを飛び越し、リリスの向こう側へと移動していた。


 ミーが動いた直後にエージェント・リリスの姿も消えていたようだ。俺がそう思ったのは、移動し終わったミーがリリスのいた方向へと視界を向けたとき、奴は何もない空間に突然現れるかのように、姿を現したから。

 俺が感じとれるようになってきた気味の悪い感触の正体は、リリスが能力を発動する前兆であることを、この時、俺は確信した。


 ミーの視界に映るリリスは、一瞬、何かを探すように首を動かす。いるはずのない場所にいるミーの姿を視認して、驚愕したように黄金色の瞳を見開き、何も持っていない自分の左手を確認する。

 

 ミーは、今の一瞬で、リリスの剣を奪い取っていた。


 敵の能力──「神の代行者/エージェント」は、五秒間に一度、上限を一秒間として時を止める。小刻みに時を止めれば、五秒間のうちに止めた時の合計が一秒間になるまで止められる。

 まあ、そういうものだった。

 

 なぜ、敵の能力がわかったか?

 

「生きろ」と強く願った俺の「思い」でミーは能力に目覚めたのだが……

 この時、俺の「思いの強さ」はシステム管理者のパワーを上回ったようなのだ。それにより、敵が護っていた情報の一部を、ノアとルナは俺へ伝達できるようになったらしい。

 しかし、その「思いの強さ」はすぐに減少し、今はもう敵の情報など読み取ることはできなくなってしまったが。


 意識の中にいるノアとルナは、ニヤッとしながらいつものように、交互に俺へと回答する。


「言っただろ。お前の力は『神の力』」

「その真価は、システム管理者の力をもねじ伏せる」

 

 その結果として判明した敵の正体は、「時を止める能力者」だということだ。

 あまりにも強力な力。しかも、あの化け物集団の隊長なのだ。普通なら到底敵う相手ではないだろう。


 しかし、どうやらリリスの反応速度はミーの移動速度に追いついていない。「神速のイダテン」の動きはほとんどワープと変わりないレベルで、天井や壁に吸い付くようにして走っていた。

 さっきの様子を見た感じでは、仮に時を止めたとしても、リリスがミーの行き先を把握するのに、一秒間では足りないようだ。


 ミーが初速の発揮に完全集中した場合、時を止める間もなく奴は斬られてしまうだろう。

 つまり、剣を手にした次の攻撃が、リリスにとって、運命の一瞬となる……



 はずが────。



 交錯する、神速の神と闇天使の視線。


 リリスは離脱した。

 マンションの開放廊下の外へ──手すりを乗り越えて、空中に飛び出したのだ。


「おっ、おい! あれ見ろよっ」


 マンションの廊下に出ていた住民たちが、口々にざわめき始める。

 

 ミーは、不用意に追いかけなかった。

 いや、追いかけようとしても、さすがに空を飛ぶリリスを追跡するのは骨が折れるだろう。地面を走って追いかけ続けるのは、なかなか消耗しそうだ。

 住民たちがスマホのカメラを用意した時には、リリスはもう、向こうの建物の影に消えてしまっていた。

 

 身体から力が抜け、止まっていた呼吸が再開したかのような感覚。

 俺は、心底ほっとした。


 ミーは、生きている。

 なんとか、護りとおすことができたのだ。ミーはイダテン化を解いて「普通の女の子」に戻った。しばらくすると、他の住民も出てきてガヤガヤ声が聞こえていた。

 

 俺が口を開こうとすると、ミーが先に言葉を発した。それも、まだ気付いていないようで、ゼウスと声の両方でだ。


「なあ。さっきのことなんやけど。あっ、あたしのこと、だだっ、抱きしめたる、って、言うた? それって、付き合うってことやんなっ?」

「えっ?」

「言うたよね? いや、言うてないとは言わさへんでっ!」


 うーん。どうしよう。


「……まあ、ちょっとそれは、置いといてだな。今、中原と、さやも危な……あ」


 ミーの視界が、またもやボヤけていく。


「うそつき! 卑怯者! 乙女の心をもてあそんだな! 覚えとけよ……帰ってきたら神速のイダテンで切り刻んだるっ」


 周りの住人たちから見ると、ミーは「剣を握りしめながら大きい声で独り叫ぶ女」。必死で距離をとりながら痛々しい目で眺める住民たちが、ミーの視界に映り込んでいた。


 まあ、あとは自分でなんとかしろ…… 


 意識が、やたらとクラクラしていく。

 ミーが無事だった喜びで、すっかり忘れていた。俺は「エレクトロ・マスター」を使って、ヒュプノスの睡眠効果をすっかり使い切ってしまったのだ。

 

 山場を越えてホッとしたせいか、意識の消失は、いつもより早く行われた気がした。


      ◾️ ◾️ ◾️


 ここは、暗い住宅の路地だ。俺は、長野の温泉街にある路地に横たわって眠っていたのだった。


 覚醒状態と睡眠状態の意識の移行にもやっと慣れてきた。

 それにより、移行後の状況把握もよりスムーズになっている。だから俺は、起きた瞬間から、ここがどこか、今がどういう状況か、ハッキリとわかっていた。


 俺は、すでに「承認」を得ていたミーの視界映像スクリーンを念のため表示させて状況把握ができるようにしておき、中原たちがいる長野の現場へと意識を移す。


 そこそこの時間、中原とさやがいる現場から意識を離してしまった。やっぱり、極限まで集中する必要がある状況では、同時に幾つものスクリーンを把握するのは無理があるのだ。


 俺は、中原の視覚映像スクリーンを注視する。と……


 映っているのは、暗い街並み。

 視線の先には、敵……確かこいつは、ナキとかいう女。二人は、まだ向かい合っている。

 運がある、と俺は思った。これで順番に対応できるからだ。


 そう考えていた矢先、ナキの言葉が聞こえてきた。 


「なかなか、しぶといね」

「……ふん。銃程度じゃそう簡単には死なないらしい、ってことがわかったから、一応感謝しておくよ」


 街灯の灯りを避けて位置取るナキ。紅蓮にともる二つの瞳が、暗闇の中に浮かんでいる。

 自分の腕に視線を落とす中原の視覚映像。その腕には、無数の弾丸が撃ち込まれた跡がある。したたった血は、地面に跡をつけていた。


「おっ、おい、中原! 大丈夫か?」

「センパイすか。そっちは終わりましたか? ミミさんは?」

「大丈夫だ、敵は追い払った。ミーは無事だよ。無事……うん。無事ってか、まあ……ちょっと、強くなっちゃったかもだけど」

「はい?」

「なっ、なんでもない。まあ、同類が増えたと思えば。そんなことより、こっちは?」

「ええ。ちょっとキツいかもです」

「お前でもかよ」

「見てもらえれば、わかります」


 言い終わるや否や、中原は一直線にナキへと突っ込んでいく。


 ミーほどではないにしろ、十分に異次元の速度を備えた中原の移動能力。視覚映像を見る俺が中原の動きを理解するのはギリギリのレベルで、あっという間に攻撃が届く距離へと入り込む。


 敵の反応を混乱させる目的で入れられたフェイク。敵の直前で一瞬止まる。同時に、素早く動いて横方向へ──

 気がつけば、中原はナキの真後ろにいた。敵の死角から、目にも止まらぬ速度で殴打を展開する。常人なら、反応すらできないはずだ。

 

 なんでこれが、苦戦するんだ? 


 疑う俺の目の前で、ナキは特に慌てることもなく、身体を捻りながらフラッと横方向へ動く。その結果、難なく中原の攻撃を避けてしまった。


 俺は、つい何度かまばたきをした。何かを見逃したのかもしれないと思い、もう一度よく見ようとする。


 右手で放ったストレートに対し、外側に動いて避けられた中原は、次は左手を使って連続攻撃に繋げていく。

 情け容赦なく顔面に向かって放たれた左拳の一撃は、一瞬のうちに中原の視界から姿を消したナキに、皮一枚すら触れることはできなかった。


 特殊能力の発動など見られない。

 なのに、こんな普通のか弱い女性が、中原の超強力な一撃を余裕で回避する。


 ひるむことなく連続攻撃を続ける中原。何度も繰り返される空振りを見続けて、俺はその異常さに気付く。



 中原の攻撃が始まる前に、動いてる?



 素早いと言えば素早いが、ミーのように超人的な速度でかわしている印象はない。

 その動きはまさに水が流れるが如く──くるくると身体を水平回転させて、時にはしゃがんで。

 一撃でもヒットすれば即死のはずの連続攻撃を、芸術的な体捌たいざばきで、中原にまとわりつくように回避する。


 同時に、ナキは避けざまに発砲していた。

 

 中原は、顔面に食らうのだけは避けるようにしていたが、胸にも、腹にも、腕にも、俺がこちらの戦いに戻って来てからですら、すでに数発は食らっていた。

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