表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

第二章 第七話 半透明人間と異質少女


 

 「痛っ…!」

 頭がやけにズキズキする。

 朝起きて、目が覚めると、頭が痛み始めた。

 朝食を食う気にもなれず、そのまま学校に行った。

 「どうしよう…」

 結局、返事をまとめられなかった。

 今日に、言わないといけないのに。

 「参ったなぁ」

 一人で呟いていると、

 「おはよ」

 「…茜」

 隣から声をかけてきたのは、茜であった。

 「…おはよ」

 「ん」

 とても会話が続かない。

 あまりにも気まずいし、頭痛はまだ痛む。

 というか、さっきより痛みが激しい気がする。

 「どうしたの?」

 茜が、上目遣いで、こちらを見てきた。

 「え?あぁ、何でもない」

 何でもなくない。

 頭痛がだんだん激しくなる一方である。

 「うっ…」

 「駿?」

 茜が、心配そうな顔でこちらを見る。

 茜の顔がよく見えない。

 視界が、グニャリと曲がり、声が、変にハスキーに聴こえてきた。

 「駿!?どうしたの?シッカリシテ…ダレ…キュウ…シャ!!!」

 







 俺の意識はシャットダウンした。







―――――――――――――

 駿が倒れた。

 私の目の前で。

 救急車に運ばれて、今は治療室で、治療を受けている。

 私は、そこで待っているしかなかった。

 「駿…!」

 ギュッと手を握り、神様に祈るしかなかった。

 「茜ちゃん!!」

 「! おばさん!」

 「駿は!?駿はどこなの!?」

 「おばさん、落ち着い」「落ち着けるわけ無いじゃない!!」

 「駿は、今治療室に…」

 その時、《治療中》の赤いライトが消え、同時に、治療室のドアが開いた。

 そして、中からは男の医者が出てきた。

 「駿!駿はどうなったんです!?」

 おばさんは、出てきた医者に駆け寄った。

 「…」

 医者は何も答えなかった。

 首を横に振っただけだった。









 泣き叫ぶおばさんが収まるのを待ってから、おばさんと病院から帰っていく途中、おばさんが、ぽつりと呟いた。

 「くも膜下出血ですって」

 「え?」

 私は、隣で歩いているおばさんを見た。

 目の回りには赤い涙の跡はあったが、涙は無かった。

 抜け殻のような無表情であった。

 「駿が死んじゃった原因」

 「…そうだったんですか」

 「くも膜下出血って、たまに予兆が無いときがあるんだって」

 「…」

 おばさんが泣いている。

 そのような気がした。

 実際には泣いていないが、心の底で、泣き叫ぶおばさんが見えたような気がした。

 「もし、予兆があったら、駿を助けてあげられたかしら…」

 おばさんの瞳は、遠くに向かれていた。

 「…おばさん」

 「何?」

 おばさんの顔がこちらを向いた。

 たった数時間で、げっそりと老けてしまい、今にも死にかけてしまいそうである。

 「…死なないでくださいね」

 「…」

 おばさんは、はっとした顔で私を見つめてきた。

 「…ふ」

 「ふ?」

 「ハハハハハハハハハ!」

 「え、ちょ、おばさん!?」

 おばさんが壊れたかのように笑い始めた。

 私は、本当にまずい、と思ってしまった。

 焦っていると、おばさんからチョップを食らわされた。

 …しかも重い。

 「痛っ!?」

 「馬鹿ねぇ、茜ちゃんは」

 「え?…え?」

 私は、おばさんの急激な変わりように、混乱しざるをえなかった。

 「もう…、本気で心配するなんて、おばさん笑っちゃうんだから」

 「…はぁ?」

 「私はこんな程度で死にはしないわよ」

 おばさんは、ついさっきの、どんよりオーラが打って変わって、陽気なオーラに包まれていた。

 「お…おばさん?」

 「それに、信治しんじを置いて逝けないわ」

 おばさんは、私を気にせず、どんどん話をずらしていく。

 「おばさん!」

 私は、それに腹がたってしまった。

 おばさんは、ぽかんとした顔になった。

 「…駿のこと、悲しくないんですか?」

 おばさんは、真面目な顔になった。

 私とおばさんは、互いに睨みつけるような形になった。

 「これ以上悲しんでも、駿は、果たして喜んでくれるのかしら?」

 「…」

 おばさんの威圧と、正論に口を塞ぐしかなかった。

 おばさんは、前を向いて、

 「死んだ人をこれ以上悲しんでも意味は無いわ。それに…」

 ふっと微笑んだ。

 「駿は、いつも傍にいるから」

 「…はい」










――――――――――――






 「駿は、いつも傍にいるから」

 「…はい」

 俺は、傍らで、それを眺めていた。

 俺の母さんの目線の先で。

 

 皆は、勘づいているかもしれないが。







 そう―。









 俺は―。










 亡くなった、戸田駿だ。





 何故、こんな状況になっているか。

 それは、数時間前までさかのぼる必要がある。










 目が覚めると、そこは、治療室であった。

 周りの医者や看護婦が、上から見下ろしては、あーだこーだと、何か言っていた。

 俺は、起き上がった。

 見渡すと、何やら騒いでいた。

 が、俺の方へは、全く向いていない。

 皆、俺が寝ていた場所に向いていた。

 俺は、何事かと思って、振り返ると―。










 「え?」







 俺が眠っていた。






 「は?」

 様々な機械やコードを身体に巻き付けられた、俺がいた。

 「幽体離脱よ」

 声がした方へ向くと、そこには、子供がいた。

 どう見ても、サイズが大きい黒いパーカーに、赤いブーツを履いた、明らかにここにいる筈が無い子供。

 フードを深く被っていて、顔はよく見えない。

 少し見える口元は、微笑であった。

 「…誰だよ」

 「さぁ?あなたは知らなくていいんじゃない?」

 拙い女児の声に、あまりにも大人びた口調。

 それは、俺を惑わす。

 

 「要件だけ言いに来たの」

 「…何だよ」

 「あなたは死んだわ」

 「…は?」

 「あなたは死んだわ」

 「んな訳無い」「死んだわよ」

 「いい加減にしろよ!!」

 俺は、ベッドから降りて、子供に詰め寄っていく。

 「いきなり何言ってんだよ!!俺は生きてる!!」

 「証拠は?」

 子供の口元は、変わらず微笑であった。

 俺は、口を開こうとした瞬間―。

 「患者の容態が急変しました!!」

 看護婦の叫びと同時に、室内は、慌ただしくなった。

 「…」

 「ちなみに、私の証拠はこれよ」

 「嘘だ」

 「嘘じゃないわ」

 「じゃあ夢だ」

 「夢でもないわね」

 「じゃあ何なんだよ!?これは!?!」

 俺は、薬品棚に向けて右手を振り回した。

 同時に、その右手は薬品棚をすり抜けた。

 「…!?」

 「…ふ」

 子供の口元は、微笑から笑いに変わった。

 「分かった?」

 フードが捲れ、そこから見えたのは、






 黄緑色の瞳であった。





 「…!」

 俺は、慌てて、子供から離れる。

 黄緑色の閃光と共に、俺を襲った威圧感が、怖く感じたのだ。

 「これが―」




 フードがすべて捲れ、子供の頭を晒した。



 そこには、さっきの黄緑色の瞳と、




 白い髪が。



 「真実よ」








 「俺、本当に死んだんだな…」

 「さっきから何度も言わせないでちょうだい」

 俺は、治療室から離れて、屋上にいた。

 右手を、町の風景にかざすと、右手の輪郭はあるものの、手の甲は、半透明になっていて、ビルやら道路やらが透けて見える。

 「お前も死んだのか?」

 「…どうとも言えないわ」

 隣で、フェンスにもたれかかっている少女は、変わらない口調で、答えた。

 フードは、完全に捲れているため、少女の顔が、よく見えた。

 顔立ちは、普通の可愛い女の子という感じだが、大きな黄緑色の瞳と、ショートボブの真っ白な髪が、少女を異質にさせている。

 「じゃあ何だよ、死神か?」

 「そうであったり、無かったり」

 あったのかよ、と思いながら、町を見下ろす。

 真下には、病院に続く歩道が。

 俺は、ふと疑問に思った。

 「なぁ」

 「何?」

 「俺、ここから飛び降りたらどうなるのさ」

 黄緑色の瞳が、チラリとこちらを見やった。

 「少なくとも死ぬことは無いわね」

 「いや、そらそうだろ」

 俺、幽霊だし。

 「飛び降りてみたら?」

 「いやいや、痛かったりしたら嫌だし」「えい」

 少女は、俺に、おもいっきり飛び蹴りを食らわせた。

 「え?」

 俺は、体勢を崩して、よろめき、フェンスにもたれかかった。







 はずだった。








 実際には、よろめいて、フェンスにもたれかかる予定が、そのフェンスをすり抜けていき―。




 「嘘だろぉぉぉぉぉぉ!?!」







 真っ逆さまに落ちていった。







 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 ヤバい。

 




 死ぬ。






 誰か。




 誰か助けてくれ。







 誰か。







 「本当に馬鹿ね」

 少女の声が聴こえた。

 きっと、これは空耳だ。

 俺は、死んだんだな。

 「さっさと起きたら?」

 あぁ、また聴こえた。

 やっぱり、イカれたんだな。

 ガスッ!! 

 ガスッ?


 「グハッッッ!?」

 「気を失うなんて、気の小さい男」

 俺の腹部から、痛みが迸り、腹部を抱えて、うずくまっていると、少女が、俺を見下ろしていた。

 さっきとは違い、フードを深く被っていた。

 「な…、何したんだよ」

 「現代風で言うと、腹パンね」

 「い…痛いし」

 軽い腹パンレベルではなく、これは最早、ボクシングのアッパー以上だと思わせるほどの痛みであった。

 「ほら、立ちなさい」

 「…まだ痛いんだけど」

 少女は、それを無視して、さっさと歩き始めた。

 「ん?」

 俺は、ある異変に気づき、周りを見渡すと、人が歩いたり、話したりしていた。

 しかも、目の前には、病院の正面玄関が。

 つまり、俺は、屋上から飛び降りる途中に気を失ったということになる。

 「うわ、恥ず…」

 恥ずかしさで、いたたまれなくなり、俺は、少女の後を追っていった。

 俺は、少女に追いつき、しばらく歩いていると、また一つ疑問が浮かんだ。

 「そういえばさぁ」

 「何?」

 「何で、俺に触れるんだ?」

 さっきから、おかしいのである。

 薬品棚や、フェンス、後、人など、触ろうとしても透けてしまう。

 なのに、少女は、意図も簡単に、飛び蹴りできるし、殺人級の腹パンをかますことができた。

 「気の持ち様かしら」

 「気の持ち様?」

 「存在さえわかれば、誰だって、触れることはできるわ」

 「…じゃあ、俺は物体にも認識されてないんだ…」

 「そんなものよ」

 さらりと、心に傷を負わせると、少女は、急に立ち止まった。

 「おい、どうしたんだ?」

 「前へ進みなさい」

 「は?」

 「早く」

 小さい背から感じられないほどの威圧を感じ、慌てて、俺は前に進んだ。



 「一体何だよ…」

 俺は、前へ、小走りで進む。

 途中まで、向かってくる人を避けていたが、面倒くさくなって、人をすり抜けながら、さくさくと進んでいくと、茜と、母さんがいた。

 






 そして、今、この状況下にある。

 感動の空気の中で、申し訳なく思っていると、二人は別れ始めた。

 俺は、とりあえず母さんの方についていこう。

 そう思い、母さんの背中を追いかけていると、母さんが、いきなり振り返った。

 その目線は、真っ先に俺を見つけ、そして、微笑んだ。

 「駿、私は、大丈夫だから」

 「俺が…見えるのか?」

 俺が、おそるおそる声をかけると、母さんが、ニッコリと笑った。

 「当たり前よ、母親なんだから」

 当たり前じゃない。母さんは、元々霊感か何かを持っていたんだろう。

 そう突っ込みたかった。

 けど、その前に、

 「母さん…!!」

 純粋に、嬉しかった。

 少女以外にも、俺が、存在することを分かってくれた。

 俺の名前を呼んでくれた。

 生前は、当たり前だったはずなのに。

 嬉しくて。

 「駿、おいで」

 母さんは、両手を俺に差しのべた。

 俺は、母さんの両手を、強く握りしめた。

 「ずいぶん大きくなったわね。昔は、あんなに小さかったのに」

 母さんの目から、一筋の涙が流れていく。

 「母さんより早く死ぬなんて、なんて親不孝な子なのかしら」

 「悪かったよ」

 「まぁ、いいわ。会えたから」

 母さんは、両手をほどき、俺を見つめた。

 「私じゃなくて、茜ちゃんを守ってあげて」

 「茜を?」

 「えぇ。私には、まだ信治がいる。けど、あの子には誰もいないから…」

 「わかった」

 「じゃあ、いってらっしゃい」

 「おう!」

 俺は、母さんから離れ、走り出す。

 向かう先は、茜の家だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ