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濁流に呑まれたら誰だってこうなるんじゃないかな。

 暗闇に覆われた廊下は、「敵がいるかも知れない」という意識のせいか、不気味に静まり返り、いかにも何かが潜んでいるようだ。三メートル以上は視界が利かないし、いま後ろから「わーっ!」とか脅かされたら、心臓が口から飛び出すこと請け合いだ。建物が洋館であるのも手伝って、妙な雰囲気は満点、正直、下手なお化け屋敷より断然怖いです。

 三歩ほど先にいる玉代さんは、低く身構え、廊下の先をじっと凝視する。

「よし、行動は迅速に、だ」

 玉代さんはそう言うや否や、音も無く駆けだし、美羽もそれに続く。そしてここで問題発生だ。

 俺は他の人がどの部屋に住んでいるのか知らないぞ。

 しかしそれを口にしようと思ったときには、すでに二人は闇の中。なんでこんなに真っ暗なのに、そんな迷いなく動けるんだろうね。

 たいして感じることもできない気配から、二人は少なくとも二部屋分くらいは先に向かったようなので、俺は仕方がないから自分の隣の部屋の扉を開けてみた。しかし当然ながら部屋の中も真っ暗で、中の様子はまったく分からない。そろそろと手足を伸ばしながら、部屋の中を探索してみるが、どうやら空き部屋らしい。ていうか、それぞれの部屋は鍵がかかるんだから、中に人がいたら開けられないんじゃないだろうか。

 次の部屋は予想通り鍵がかかっており、中に誰かいることは分かったが、さて困った。ノックして起こすわけにもいかな「ふんっ(バキッ)」…い?今の声からして、美羽だ。美羽様が、扉を破壊したぞ。もうどっちが泥棒か分からない。

 俺は記憶を頼りに音のした部屋へと向かって、ああ、本気でドアノブがへし折れてるよ。どんだけ怪力なんだよ。

「お~い、美羽、いるかー?」

「あん?」

 声をひそめて、部屋の中へ首を突っ込むと、美羽の顔まで五センチの超接写状態。

「ちょあ、お、顔、おま、ちけーよ馬鹿!」

 ズバッと頭上で凄まじい風切り音。美羽の顔を見た瞬間、身の危険を感じて床に這いつくばるようにダッキングしたが、それが功を奏して美羽が放った必殺の一撃をかわすことができた。きっとこれでこの先一週間分の運気は使い果たしたに違いない。

「馬鹿、声がでかい」と、俺は立ち上がりながら、美羽の顔の前に手をかざし「考えてみたら、俺は何処に誰がいるのか分からん」と、端的に事実を述べる。下手に遠回りすると、また一発飛んできそうだからね。

「そ、そーいやそうだな……うん、じゃあ…お前、魔魅つれて食堂に行ってろ。陽一郎たたき起こしてくる」

「あ、それはそれで問題がって」

 チクショウ、美羽のやつめ、何を焦っているのか、さっさと行きやがった。真っ暗故に下手に追いかけることもできず、俺は部屋の中でため息をひとつ。

 仕方がない。色々と問題がありそうだけど、黒田さんを起こすとしますかね。ここまでやって、実は三人の勘違いでしたーテヘッ☆とかなったら、笑い話にするにもしんどいな。

 と、諦め半分で俺が部屋の奥へと向き直ると、ぱちり、と淡い光が灯された。

「あ、あああの、えと、その…すみません。く、空気、読めずに起きてしまいました…本当にすみまみせん……」

 どうやら携帯電話の液晶のようだ。そういや、そんな物も灯りの代わりになったな。うっかり失念していた。

「ああ、こんな遅くにいきなりあがり込んで、こっちこそ常識なしで申し訳ない。…なんだけど、ちょっと緊急事態らしくて、食堂に集まってもらっていいかな?」

 俺も黒田さんに習って、携帯電話を開いて液晶を点灯させる。

「き、きき緊急事態ですか?」

 携帯電話の淡い光に照らされて、裸眼の黒田さんが不安げに表情を曇らせる。まあ、寝起きでそんなこと言われたら、不安にもなるよね。

「美羽と玉代さんの二人が、誰かが侵入してきたとか言うんで、念のため、ね」

 自分で言いながら、やはり現実味がないな、と苦笑してしまった。しかし黒田さんは意外にも真剣な眼差しで、

「み、美羽さんと玉代さんが…」

 と呟いて、何か思案するように、口元に手をあてる。やっぱりあの野生動物みたいな美羽と、職業傭兵な人の、その方向での勘というのは信用に値するんだろうか。だとすると、やっぱり気のせいでしたーアハハー、なんていう淡い期待も当てが外れそうだ。

「わわ、わかりました。し、食堂に行きましょう」

 黒田さんはカーディガンを羽織ると、そろそろと俺の傍らへとやって来る。ここで袖なんかを掴まれると、お化け屋敷的な雰囲気が出てくるところだけど、幸いにも黒田さんは傍らでおどおどしている。ここは一つ、何か安心させるような、気の利いた一言でも言おうじゃないか。

「黒田さん。眼鏡っ子が眼鏡を忘れちゃダメだと思うんだ」

 ぽかーん。とされた。うん、失敗だった。

「そ、そそ、そうですね、メガネメガネ…」

 真剣に返されて、なんか悪いこと言った気分。でもまあ、裸眼だと危険だし、眼鏡っ子ってステキだもんね。

 眼鏡を装着した黒田さんと二人で、廊下へ出て、そろりそろりと食堂へと向かう。食堂にはすでに人の気配があり、俺と黒田さんが入ってくると、

「おせーよ馬鹿!」

「声でけーよ馬鹿」

 夜中にも元気な馬鹿が一名。不審者がいるんじゃないの?と、思いながら、小声でつっこんでおく。

「富永さんは?」

「なかなか起きないんで、ちょっと苛々して…まあ、なんだ。陽一郎はよく寝てた」

 なんてことしてるんですか、このお嬢さんは。まあ、夕飯のときに見たタフネスからして、そのくらいで富永さんがさよならしてしまうことはないだろうけどさ。

「いちおう、いまは有事なんだろ?そんなんでいいのかよ」

「そんなことより、玉代さんがまだです。ということは、香奈美お嬢様もまだなんですよこの視野狭窄野郎」

 視野狭窄はどっちだこの暗黒メイドめ。ていうか無言でいられると、真っ暗なんで居るのかどうかも分からない。そして真っ暗で東雲さんの表情が見えなかったため、その声音がやや硬くなっていることに、すぐに気がついた。この際、富永さんが「そんなこと」呼ばわりなのはスルーしておこう。

「玉代さんもプロなんだし、そこは心配しなくてもいいんじゃ――――」

――ないのかね、と続けようとしたその瞬間、バンッと乾いた破裂音が廊下に響いた。その後に続いて、チュンチュンと何か跳ねる音。

「この屋敷の壁材は、銃弾くらいなら跳ね返します。戦車砲弾はさすがに無理ですが」

 俺が首をかしげるのでも見えたのか、東雲さんが淡々と答える。いや、理解はしきれないんだけども。

「じゅ、銃撃戦か?なにこれ、映画の撮影?ていうか本当に侵入者がいて、それが敵とかマジ?」

「つーことは、玉代が敵に見つかったな。亘、援護に行くぞ」

「いや、だからといって俺らにできることなんてないだろ。相手は銃だぞ?馬鹿かお前は」

 ぐいと腕を引かれ、慌ててそれを振りほどく。どれだけ無茶な要求するんですかこのちびっ子は。

「銃弾なんて避けられるだろ、ふつー」

「ふつーは避けられません!やるならまず電気の復旧が先だろ、真っ暗な中じゃ、弾を避けるどころじゃ…んぁ?いででででっ!なな、何の嫌がらせだよチクショウ」

 話しを邪魔するかのように、頬に何か固い物体がグリグリと押し当てられる。

「暗視ゴーグルです」

 その物体を手にして、形を確かめて、それがたしかにごついゴーグルであるのが分かった。分かったけどね?

「どうかしましたか?」

「いえ、なんか色々とどうでもよくなってきました」

 なるほど、暗視ゴーグルをつけてみれば、東雲さんはすでに着用済み。黒田さんも俺に次いで受け取って―――――

「おい、おまえゴーグルなしじゃ――」

 それを他所に部屋を出ようとする美羽を慌てて引き止める。

「ンだよ。そんなもんなくても、オレは夜目が利くから平気だっつの!」

 荒っぽく手を振り払われる。だから声を荒げると狙われる恐れがありましてね?いや、そのまえに夜目が利くとか、わりと真っ暗なのにアリなの?そこんとこどうなんですか、生物的に。

「とにかく行くぞ、丸腰じゃさすがの玉代もきびしいだろ」

「いや、丸腰で平気なのはおまえだけだぼっ!」

 猛烈な(本人にしてみれば軽いツッコミなんだろうけど)ボディブローで俺の体内から酸素が急激に失われた。ちなみにこんなことしている最中にも、扉の向こうではチュンチュンと超高音で雀が鳴いているんです。

「とにかく、うだうだ言ってる時間はねぇーッ!」

 絶叫とともに美羽がドガーン!と食堂の扉を蹴りで吹き飛ばし、修理費用を請求されるんじゃないのか、なんてとても所帯じみた心配を胸に抱いた。そして突如として、視界の隅にニュッと突き出された物体に視線を転じると、

「グッドラック」

 ぐっと中指を突き立てる暗黒メイド。逆の手に握られているのはモップ。

「ええと、このモップでどうしろと?ていうか下品だからそれ止めなさい」

「華々しく散ってきやがれこの御喋り根暗野郎」

 東雲さん、暗視ゴーグルを着用しているせいで、その口調の怖さが八割り増しくらいになってます。夜道で出くわしたら、間違いなく逃げるね。って、俺もいま暗視ゴーグラーだったか。

「銃弾相手にモップねぇ…」

 漫画なんかじゃ、武道の達人がそんな立ち回りをすることもあるだろうけど、まさか自分がそんな立場に立たされるとは思いもしなかった。それが至極まっとうな思考なんだけどさ。

 俺が沈思に浸っている横で、美羽は元気良く食堂のテーブルを廊下に放り投げ、瞬時にそれが蜂の巣にされる。

「行くぞ!」

 行くぞもクソもないんだけど、それでも美羽は小さな身体を弾丸のようにして、凄まじいスピードで廊下へと躍り出る。途端に小さな物体が空を切り裂く音が飛び交う。

 美羽は暗闇の中、壁から壁へと飛び移り、どんどん廊下の奥へと突き進む。なんて確認しているということは、俺も廊下に出てしまっているわけで、弾よ当たるなと祈るばかり。

 身を低くして、小脇にモップを抱えて美羽のあとを追う。

 いや、俺、何やってんだろ?

 その場のノリ?

 雰囲気に流されて?

 そんなことで命を捨てるような行為に及んでいるんだろうか、などと妙に冷静に言葉が頭の中をぐるぐると回る。

 向かう先で、断続的に小さな光が明滅する。あまり想像したくないけど、銃口からほとばしる閃光だろう。発砲音がしないということは、消音装置をつけているんだろうなぁ。

「たぁーまよぉー!無事かーっ!?」

 暗闇の奥へ声を投げる美羽。もう矢でも鉄砲でも持って来いだな。鉄砲持ってこられてるけど。

「美羽か!あたしの部屋から何か持ってきてくれ!」

 おそらくこの先にある部屋のどこかに隠れているんだろう。玉代さんの声が廊下の奥からあがり、よりいっそう銃弾が激しく乱れ飛ぶ。余計なことしないでください、俺が死んじゃいますから。

「よし、わかった!おい、亘。こっちだ!」

「う、おぉ」不意に首根っこをつかまれ、「ぉぐへぁ」首がもげそうな勢いで横に引っ張られ、「あぼッ」次いで放り出されて壁に叩きつけられる。死ぬ。銃弾よりもむしろ味方のフリした敵の肉弾攻撃によって死ぬ。

「お、まえなぁ……打ち所悪かったら死ぬぞ!」

 激痛に息を詰まらせながらも声を張り上げると、美羽が俺を見て目を瞬かせる。

「そんだけ元気なんだから平気だろ。おまえ馬鹿だろ」

 馬鹿に馬鹿って言われた!

「そんなことより、ホレ、これとこれ持っていけ」

 俺の傷心を華麗に無視して、美羽はほいほいと強いていうならライフルっぽい物体を放り投げて寄越す。

「うおっ!?たっ、とと…」

 思わずモップを投げ捨てて受け取ったそれは、予想以上にそれは重かった。

「ていうか銃を投げて寄越すとか危険極まりないだろ!」

「うっさい黙れボケカスハゲ!」

 うわ、いっぺんに色々罵倒されたよっていうか俺ハゲてないよフサフサだよ!

「片方は玉代に渡してやれ、行くぞ!」

「おい、お前は手ぶらじゃないか!」

 俺を馬鹿って言った馬鹿が馬鹿なことに、銃弾飛び交う空間に徒手空拳という名の手ぶらスタイルで躍り出た。ただでさえ現実味が薄くて、未だに現状が理解しきれてないっていうのに、そんなファンタジーなことをされたら気が遠くなりそうだ。

「オレに銃弾なんてあたらねえ!」

 しかし、美羽は一言咆えて、獰猛と証するしかない不敵な笑みを浮かべた。そう言っているそばから、弾がピュンピュンいってるんだけどね!

「おいこら、亘は玉代に銃を届けろ。オレは敵を粉砕してくる!」

「粉砕ってお前なぁ…」

 俺の呆れきった声は美羽の耳には届かなかったのか、美羽は姿勢を低くして、突進していく。そして俺は何故か、それについて行かないといけないんだろうなあ、と義務感のようでいて脅迫観念じみたものに突き動かされて、ライフルを両脇に抱えて駆け出す。もうね、気分は怒りのアフガンですよ。

 美羽は宣言どおり、飛び交う銃弾が実は音声だけでした、とでもテロップが出てきそうな勢いで前進を続け、なんとなくだけど敵が慌てているような気がした。ふつう慌てるだろうけど。

 俺も美羽のあとについて進んでいくと、前方のドアが開け放たれた部屋から、玉代さんが手招きをしてくる。

「亘!低く放れ!」

「お、おう、了解!」

 そして言われるがままに、俺はライフルを床に滑らせ…と思ったら床は絨毯なので、サブマリン投法を極めた小さな巨人になったつもりで、思い切りブン投げてみた。これでギャグ方向に展開するなら、途中で暴発するか、受け取ったときに暴発するか、何故か俺がまだ持っている銃が爆発でもするだろう。

「あたしも前に出るから、亘は援護してくれ」

 受け取ったライフルで一発二発と前方に撃ち込みながら、間近に到着した俺に、玉代さんがそんな無茶なことを言ってきました。

「え、援護?銃撃てばいいんですか?素人ですよ?誤射っても責任とりませんよ?」

 設定上、俺は玉代さんの上官だったような気がしなくもないけど、そんなことを言っている場合でもないし、素直にテヘッとか舌でも出してみようか。

「大丈夫。お前なら巧くやれると、あたしは信じている!」

 そんな馬鹿なと、どう突っ込めばいいのか迷った次の瞬間には、玉代さんはドアの陰から飛び出していく。ようし、もうどうにでもなーれ!

 消音装置なんて洒落た物がついていないので、銃口を前方の光点に向けてトリガーを引くと、タタタタタッと意外と地味な音を立てて鉛の弾が連射される。あら、意外と反動が少ないんですね。ハンドキャノンとか言われるデザートイーグルなんて拳銃は、素人が撃つと肩が外れるステキ仕様だったりするのに、このライフルはそんなことないらしい。

 しかし困ったことに、だんだんと小さくなる味方に弾を当てないためには、俺が前に出る必要があるとすぐに理解した。だって俺、初心者だもの。本当に誤射ったらマジヤバ激ヤバだ。

 美羽が右側、玉代さんが左側を進み、俺はコソコソと蛇行する。これがまた敵は俺を狙わず、ほぼ一直線に突っ込んでいく美羽と玉代さんの二人を狙い、俺は流れ弾に当たりませんようにと神様に祈ればいいだけだ。

 流れとしては、俺と玉代さんで美羽を援護して、美羽お得意の近接戦に持ち込む…といったところか。

「もう少しで美羽が接触する。亘、速度をあげるぞ!」

 そこで何故、俺も加速しなきゃならないのか理解に苦しむんだけど、何故か俺は「了解!」と声をあげて、コソコソ歩きから駆け足へ。うん、細かいこと気にしたら人生負けだって、死んだじっちゃんが言ってた!

「当たっても笑って許してね!」

 トリガーを引き絞り、細かく連射しながら突き進む。玉代さんはほとんど全速力で走りながら、ライフルから弾を単発で撃っていく。玉代さんが弾を撃つたび、敵の攻撃に間ができるということは、効果的な攻撃になっているんだろう。さすが職業傭兵。

「ぬおりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 前方から美羽の雄たけびと、ドターンと何かが壁にしこたま打ち付けられたかのような音がワンセットであがり、聞きなれない言語が飛び交う。あれ、敵は外人さんだったんですか?なんて疑問にかられた俺は間違ってないはずだ。

「よし、この戦いもらったぞ!」

 玉代さんがライフルの横腹あたりをいじったかと思うと、それをひっくり返す。あ、ひょっとして銃底で殴るとか、そういう予定?

「香奈美どこやったこのクソがーッ!」

 わあ、美羽さん野生に返りそうだわ。などと思わずにはいられない咆哮をあげ、美羽が敵の一人を猛烈なフックで一回転半させ、後ろから組み付こうとした敵に、フックの勢いそのままに超高速で一回転。光の速さで裏拳を飛ばして、組み付こうとした敵が首を変な角度に曲げながら吹っ飛ぶ。

「司令官!司令官はおられますかーッ!」

 玉代さんも美羽と並び、巧みに敵の攻撃を避け、顎やわき腹を狙って、銃底でしこたま殴りつけていく。見てるだけで気分が悪くなるくらい見事な攻撃です。

「ぐるぁーッ!」

 美羽の野生の咆哮がひとつあがるたび、人間がゴミのように宙に舞う。

「司令官殿ーッ!」

 玉代さんが叫ぶたびに敵が一人、また一人と崩れ落ちていく。

「亘!そっちいったぞ!」

「へ?」

 美羽の声に間抜けた声をあげ顔を向けると、米軍装甲歩兵とでも称したくなるような、いかつい服装にフルフェイスメットと、街中を歩いた瞬間に逮捕されそうなヤツが、「ファッキュー!」とか叫びながら、やたら肉厚で何でもバターみたいに斬れそうなナイフを腰溜めに突っ込んで「ってバカ俺は善良な一般人なんだから」木刀や竹刀に比べれば、はるかに短い敵のそれ。振り回されても、「そんな危険な物はあっちの二人に」避けるのはそう難しくなかった。俺は混乱するままに口から言葉を垂れ流しながら、ひとつふたつと敵の攻撃を避け、「向けて欲しいんだよボケェーッ!!」みっつめに手にしていた銃をあわせて打ち落としを狙った―――――

 トタタタタタ。

「うぉあっ!?」「オウチ!」

―――狙ったら、銃身でナイフを叩いた瞬間、銃口から弾が吐き出され、米軍装甲歩兵もどきの足元に着弾。

 暴発しちゃった。テヘッ☆

「気を取り直してー!」

「ファッキンクレイジー!!」

 慌てて銃をひっくり返し、歩兵もどきのナイフとチャンバラを再開する。しかしライフル状の獲物で打ち合ったことなんかあるわけもなく、どうにも感覚が狂う。せめて真っ直ぐな棒なら―――――

――ヒュゴッ!

 俺の頭を掠めて何かがすっ飛んでいき、歩兵もどきの顔面に炸裂。哀れ歩兵もどきはその場で後方に一回転。ていうかメットのバイザー部分をぶち破ってるし。

 後ろを振り返ると、はるか後方で暗黒メイドこと東雲さんが投げ終わったままの姿勢でいた。たぶんきっと恐らく「チッ、外した」とか舌打ちでもしてるんじゃないだろうかと想像してしまうんだけども、それが当たっていそうだから怖い。本当に怖い。ある意味一番怖い。

 倒れた歩兵もどきの顔面からその棒を引っこ抜いて―――ってこれステンレスの棒ですか。こんなもんを真っ直ぐ遠投しやがるなんて、恐るべし暗黒メイド。物理法則を無視する魔法でも使えるのかも知れない。

「キルユー!」

 なんて、視線でなんとかあの暗黒メイドをやっつけられないか試していると、当然のように新手の歩兵もど…きじゃなくて、見るからにならず者的な、筋骨隆々な格闘家もどき西洋人が文字通り飛び掛ってきた。

「なんだよチクショウ、もうちょっと優雅で知的な時間を俺にくれ!」

 あちらこちらに嘘をまぶしてしまって、もう何が本当なのか分からなくなってきたけど、飛び前蹴りとでも称するのか、とてもバランスの悪い蹴りをバックステップで避ける。すると格闘家もどきが着地ざまに地面に手を置いて、三百六十度回転しながら掃くように蹴ってくる。

 ちなみにこれ水面蹴りとか言うんだよね。

 なんて心の中で解説しようとしたのが仇となって、急激すぎる上下のコンビネーションについていけず、足元を全力ですくわれ、俺は横方向に転倒、受身でなんとか地面と派手に接触することはなかったけど、非常にまずい。

「ヒーハー!」

 格闘家もどきがここぞとばかりに、立ち上がって踏みつけてくる。ひとつふたつと、俺は転がりながら避ける。その奇声は自身の頭の悪さの表明ですか、外人さん。

 さて、この状況をどうしてくれようか、「ファッキン!」と転がりながら考えようとしたら、「ファッキン!」格闘家もどきが何度目かの踏みつけをしようと足をあげた瞬間、「ファ「やかましい!」」冗談みたいな勢いの凄まじい蹴りを即頭部にくらって吹っ飛んだ。

「ボケボケしてんなこのボケ!」

 人外の飛び後ろ回し蹴りを放った張本人、美羽が俺の襟首をもって「ビリッ」ムリヤリに立たせてくださった。いやもうシャツも破けて一石二鳥ですね。

「真希がよこした棒っきれがあるだろ!」

 美羽は空いた一方の手で歩兵もどきを殴り、器用に足でステンレスの棒を俺に向けて起こした。

 俺は慌ててそれを手にして、「あれは寄越したんじゃなくて殺意をもって」歩兵のナイフをステンレスの棒あらためステンレス物干し竿(字数が増えた)で叩き落し、「俺を狙った一撃だったと思うんだけどな!」返す刀で牽制の逆胴、相手が間合いを取ったところに渾身の突きを咽喉元にめり込ませる。首は装甲がなかったらしく、相手の咽喉仏がめり込む手ごたえ。………まあ、正当防衛ということで良しとしよう。

「ほーお、やっぱりお前、やるじゃんか。今度マジで手合わせしろよな!」

 俺の意見は全力スルーですかそうですか。ていうか手合わせなんてしません。死にたくありませんから!

 なんて言おうと思ったけど、すぐに新手がやってきて、俺は防御主体に迎撃、美羽はライフル弾のような勢いで別の相手を求めて前に出た。

 二人目をのしたところで、ようやく状況が掴めてきた。敵さんは目の前にある部屋から湧いて出てきているようで、きっとそこには現代科学もビックリの非常識暴漢生産装置があるに違いない。

「こンのゴミクズどもがーッ!!」

 美羽が渾身の一撃で、目の前にいた敵を部屋の中に向けて蹴り飛ばすと、玉代さんが敵から奪ったのか、ナイフを両手に低い姿勢で部屋の中に飛び込んだ。あまり役に立っていないし、そろそろ俺の出番は終わりでいいでしょうか。

「亘、行くぞ!」

「…おう」

 そうは問屋が卸さないようで。仕方がないから俺は物干し竿を手に、美羽に続いて部屋の中に突入。

 しかし部屋の中には現代科学もビックリな最新鋭装置があるわけでもなく、かといって漫画じみた暴漢を召喚するための魔方陣があるわけでもなく、開け放たれた窓からわらわらと乗り込んでくる馬鹿もとい歩兵もどきたちの姿が。

「司令官殿!」

 玉代さんの声に、俺と美羽がそろって視線を走らせる。ベッドのうえに、ガムテープでぐるぐる巻きにされた香奈美ちゃんを発見。うーん、そのままお持ち帰りしてペットにしたいとかそんな衝動にかられるはずがなくもない気がするんだけどどうだろう。とうぜん冗談ですが。たぶんね!

「貴様ら全員地獄行きだぁぁぁぁ!」

 そのセリフ、本気でそう思って、さらに実行する気なのが分かるので非常に怖いですよ、玉代さん。

 ざっと見たところ、部屋の大きさは俺の部屋と変わらず十帖くらい。そこに筋骨逞しかったり、重装備だったりする大男が六人。玉代さんと美羽の二人が三人ずつか。よし、いける!

 などと本気で計算する俺を尻目に、玉代さんと美羽の二人が突撃。そう広いわけでもないので、一気に部屋の中が混乱する。

 まず玉代さんに殴り飛ばされた歩兵もどきがぶつかって、タンスの上に置いてあった小さなケースと写真立て、ぬいぐるみが落下。

 ついで前方宙返りかかと落としを繰り出した美羽によって、電気の傘が破砕、蹴り潰した相手が足の短い机に叩きつけられ机が真っ二つ。

 さらに玉代さんが投げた相手が壁に叩きつけられ、壁にかけてあった時計が大破。美羽が増援に乗り込もうとした敵もろとも突き飛ばして、窓が閉めたくても閉められないステキ仕様に。

 続けて襲い掛かる悪漢Jくらいを玉代さんが強烈なボディアッパーで浮かせ、たたらを踏むところに美羽が後ろから延髄めがけて飛び膝蹴り。いや、それマジで死ぬから。

 美羽は着地するのと同時に、蹴りで前方の敵の金的に蹴り、後方の馬鹿の鳩尾に突きを放ち、攻撃を喰らった二人はそれぞれ力学的法則にのっとって吹き飛ぶ。壁にぶちあたって辺りの物が粉砕、飛び散る。

 ここらで、恐ろしいを通り越して憐憫すら覚えてしまうんだけど、香奈美ちゃんを見ずにはいられない。

 香奈美ちゃんは目が漢数字の三みたいになって、涙をうだーっと流しながら、首を横にふるふる。声にならない心の叫びをここに見た。

 それでも吹き荒れる暴力の嵐。最初から状況は一方的で、増援も早々に打ち切られたのか、次第に部屋の中にはぐったりして動かない人(死体ではないと思っておこう)でいっぱいになった。

「あー、二人とも。もうそのくらいでいいんじゃないだろうか」

 俺が恐る恐る声をあげると、二人ともきょとんとした表情で振り返る。

「そうかあ?こういうのは徹底的にやらないと、後が面倒になるんだぞ?」

 いや、そうやってきた結果が今なんじゃないのかね、美羽君。

「そうだ、こういう輩はゴキブリと一緒で、一度見たら根絶やしにしなくては!」

 うわあ、ゴキブリ呼ばわりですか。黒い悪魔とこの人たちは同レベルの扱いですか。ある意味すごいですね。

「そ、そうだ。とりあえずこの動かない連中は仲間に引き取らせて、発信機とかつけて、敵のアジトを探った方がいいんじゃないかな?」

 おお、我ながら策士っぽい発言。まあ、発信機なんかそう都合よくあるはずもなしに、あとは押し切ればなんとか収束の方向に持ってい「そうか!さすが亘は冴えているな。ならば早速それを実行しよう!」ってなんで懐から発信機ぽい物体を取り出すんですか玉代さん!

「これか?これくらいは傭兵の嗜みだな。といっても、軍用ではなく、真希が作ったものだが」何でもありだなあの暗黒メイドめ。

 俺が呆気に取られている目の前で、玉代さんが歩兵もどきの襟首に発信機ぽい物体をセット、何やら英語で外にわめいたあと、歩兵もどきを窓から外に放り出す。

「よし、オレも手伝うぞ!」

 嬉々として腕まくりしながら美羽。片手でマッチョマンを持ち上げて放り投げて、を両手でホイホイと繰り返していく。も、もう驚かないもんね!

 外の様子をちらっと見ると、生き残りもとい無傷だった連中が、ボロ雑巾の方がぜんぜんマシなくらいズタボコにされた仲間を担いで去っていく。ざっと見ても、まだかなりの数の敵がいたようだ。フツーに洒落になってないんですが。警察呼んでいいですか。あ、そうすると銃刀法違反と人間凶器罪で二名ほど捕まっちゃいますねウフアハハ。


「はあ……またですかぁ…」

 電源が復旧し、明るくなって惨状が嫌でも目に見える中、黒々とした溜息とともに、香奈美ちゃんが言葉をもらした。いや、“また”なんだ、コレ。

 そんな黄昏香奈美ちゃんに、

「司令官殿が無事で何よりです!」と玉代さんはスバラシイまでの空気の読めなさで、バシッと敬礼。

「終わったことでクヨクヨすんなよー」とカラカラ笑うのは美羽。

 俺は無言で頷きながら、香奈美ちゃんな頭をぽふりと撫でた。その瞬間だけ、「ほわぁ…」とか言って香奈美ちゃんは恍惚の表情。

「はっ!思わずうっとりしてしまいました!それより部屋を片付けないと、ボクの安眠が!」

「問題はそこかい!」

「へぷっ!?」

 ぺしん、といい音を立てて突っ込むと、香奈美ちゃんは目をパチクリ。おおう、突っ込まれたのが意外ですか。

「それよりもっと、他にホラ、こうあるだろ?」

「えー……風が吹き込んで寒いです!窓ガラスは予備がないから、どうしましょうかっ!?」

 ズコー。と俺が盛大にずっこける横で、

「それなら今日はオレの部屋で寝ればいいじゃん。ガラスなんて、注文すればささーっと持ってきてくれんだろ」

「なんならあたしが軍に連絡入れて、戦車砲弾の直撃にも傷ひとつ入らない強化ガラスをもってこさせようか」

「わあ、それがあれば安全ですねっ!」

 おおう、何なんだこのボケだけで進んでいく会話は。これはアレか、新手の精神攻撃か。それともアホな教育が生み出した、ゆとりというヤツなのか。いやでも考えてみれば俺と香奈美ちゃん同い年だし、ということは俺もゆとりで頭がゆとりまくりか?

「おい亘、どこ行くんだ?」

 回れ右して退室しようとした俺の肩が、万力みたいな手でホールド、強制的にさらに回れ右で元通り。

「いや、なんだか自分の小ささに絶望して、ひとまず寝てしまおうと思った」

「バッカ、何言ってんだおまえ。これからだろ!」

 ギリギリと肩の骨を軋ませる勢いで美羽が力を込めてきて、思わず泡を吹いて倒れたくなるのを我慢。ここはひとつ、穏便に済ませるのが大人の対応ってもんじゃないかねワトソン君。

「これからって何がだ?もうかなりいい時間なんだから、寝ないとしんどいぞ。ついでに肌にも悪いぞ、いちおう生物学的にも戸籍上も女なんだから気をつ「やっかましい!」ヘボラッ!?」

 顔を真っ赤にした美羽の華麗なショートフックが俺の顎に熱烈な接吻をかまし、俺は首がゴキッとか言いながら膝から床にコンニチワ。いや、夜中だからコンバンワか。

 よく意識が飛ばないもんだと我ながら感心していたら、

「おい起きろ、美羽の言うとおり、これからなんだぞ」

 と玉代さんに抱え起こされた。ああ、途中から俺の意識は夢の中でしたか。そうでしたかそうでしたか、できれば起こして欲しくありませんでした。

「頼む、頼むからもう寝かせてくれ。引越し二日目は周辺の探索と買出しの予定が――」

 プルプルと震える手を、哀れな人っぽく、すがるようにして玉代さんへと伸ばしてみる。感情面に訴える作戦ですね、我ながら見事です。

「発信機は巧く作動している。そう時間もかからずに、敵のアジトが分かるはずだ」

「は?アンタ何考えてんスか?」

 ニヤリと壮絶な笑みを浮かべる玉代さんに、俺は思わず素で突っ込んでしまった。

「目には目を」

 玉代さんが俺を抱きかかえながら立ち上がる。

「リベンジだっ!」

 おー、と元気よく腕を突き上げる美羽。ていうかあんた本当に元気だね。

「その前にお掃除しましょうよーっ」

 そして香奈美ちゃんは両手をブンブンと振り、話を聞かない二人に訴えかける。

「も、もうどうにでもしてくれ…」

 玉代さんに抱えられたまま、俺はガックリとうなだれ、意識が闇の中へと落ち―――

「オラ!寝てんじゃねえよ!」

「ぐはっ」

 美羽の鉄拳がふたたび俺の顔面に愛の抱擁をかましてくれて、気絶するのを阻止してくれた。い、いっそ殺してくれ!


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