いや、敵っていわれましても。
「晩ご飯はどーしますかっ?」
「うむ、急いで帰ってきたので何も食べていない。用意して頂けるとありがたい」
千石さんの言葉に、びしっと敬礼をしながらも、不敵な笑みを返す種子島さん。ある種の凄みがあるが、それがまた魅力的に見えるんだから、この人はその意味でも凄い。
「…して」と言葉を区切って、帽子のツバを直しながら、俺の方へと向きなおす。「司令官殿、こちらの少年は?」
芯のある強い眼差しがこちらに向けられ、それが不意に和らいで、思わずドキリとする。ギャップ攻撃とは卑怯ですよ、おねーさん。
「今日からここでお世話になってる、池田亘です。駆け出しだけど、作家やってます」
自己紹介がてら、手を差し出す。こちらが職業を告げれば、相手も返してくれると見ての言葉だ。
「ふむ、あたしは種子島玉代、職業は傭兵だ。多国籍軍では特務曹長の階級を与えられている」
がっちりと手を握り返され、俺はそこを支点に全力でコケた。傭兵て。傭兵て何ですか。故あれば寝返るんですか。ていうか特務曹長て、だいぶ偉いっぽいですよ。
「おおっと、大丈夫か?しばらく日本を離れているうちに、こういう挨拶が流行るようにでもなったのか?」
俺のズッコケを難なく支えただけでなく、ひょいっと簡単に引き起こしながら、種子島さんは一重ながら大きな釣り目をぱちくり、きょとんとする。そういう顔をすると、意外と可愛らしい。なんて口にするのは流石にはばかられる。
「い、いえ…なんというか、関西人の血とでもいいますか、(ボケには)無条件に反応するようになってるだけなんで。あまり気にしないでください」
「はっはっはっ、面白いヤツだな。うん、あたしはお前を気に入ったぞ!あたしのことは玉代と呼んでくれてけっこうだ!」
呵々大笑しながらバシバシと背中を叩く玉代さん。どうにも江戸前な気風というか、さばさばしているというか。兄貴系?
「いえいえ、玉代さんもなかなかユーモラスですよ」
「はっはっはっ!また今回も面白い人材を入れられた。流石は司令官殿!」
いやー、ここの人達と同列に扱われるなんて、恐悦すぎて泣けてきちゃうな。
「はいはいっ!池田さんにひとつお願いがありますっ!」
玉代さんを華麗にスルーして、千石さんがぴょんぴょんと跳ねながら、元気よく挙手。「はい、千石さんなんでしょうか」
「ボクも千石さんじゃなくて、香奈美って呼んでほしいです!」
ふむ?理由はよく分からないけど、「了解。それじゃあ、そう呼ばせてもらうよ、香奈美ちゃん」いっそ馴れ馴れしくしてみた。言ったそばからむず痒いぜアハーハハ。
しかし言われた当人はお気に召したようで、ぱっと破顔し、ひまわりのような笑顔になって「え、えへへ」とか照れ笑い。こっちもさらに恥ずかしくなって後悔の嵐、いや竜巻。
「して、亘の階級は?」
などとやり取りしていると、玉代さんが面白いこと聞いてきた。
「いや、俺は軍人じゃ「少尉さんですっ!」ぅおい、俺はいつから仕官になったんですか香奈美ちゃん。
「な、なんと!少尉殿でしたか!これは無礼な言葉の数々、なんとお詫びしてよいか…いっそ、いっそこのナイフでいますぐ処刑してください!!!」
眉毛がハの字にして、香奈美ちゃんの頭頂部に視線をくれていたら、玉代さん暴走。何処から取り出したのか、肉厚な軍用ナイフを取り出し俺に握らせようとする。
「いやいやいやいやいや!処刑とか意味分からないし!少尉とか嘘「大丈夫です!亘さんはボクと同じで、そーいうところにはこだわらないのです!」だからそういう変な設定を練りこむんじゃないよ香奈美ちゃーん…と、俺が泣きそうになっていると、香奈美ちゃんが背伸びをしつつ俺の肩を引き寄せ耳打ちしてきた。
「上官ってことにしておいた方が、玉代さんと仲良くなりやすいと思います!」
「なーるほど、意外と策士ですな」
俺は得心感心と、香奈美ちゃんにささやき返すと、香奈美ちゃんはうつむいてモジモジ、「他の人で散々失敗してしまったので…」ともらした。な、なるほど、過去の苦い経験が、香奈美ちゃんをして策士にさせたのか。なんとも…厄介な話じゃないか、クヴィルンハイム。
「ま、まあ、とにかく玉代さんの方が年上でしょうし、そもそも年上に畏まられると、逆に心苦しいですから。ざっくばらんに、そのままでいいですよ」
これで玉代さんが老け顔(失礼!)な年下だったら死亡ルート確定だけど、香奈美ちゃんが「さん」付けで呼んでいることからしても、年上と断定して間違いはない。
「そ、そうか…それでいいというならそうするが、司令官殿といい、度量が広いな、亘は。」
玉代さんはそう言って、納得したように頷いてからニカッと破顔、俺と香奈美ちゃんの背中に手を回して押す。
「ふむ、立ち話も難だ。ブリーフィングルームで、今回の作戦の土産話でもしようか」
ブリーフィングルームって、作戦会議室だっけ?会議室…いや、この屋敷ならあっても不思議はないか?
はて、と首をひねりながら、押されるままに屋内へと戻り、香奈美ちゃんは厨房へ、俺は玉代さんに連れられていく。玉代さんは目的の場所らしい扉のまえに立つと、扉に耳を押し当て、見えない中の様子を伺う。んでいいんですよね?傍から見ると、超弩級に怪しいんだけど、きっとスパイモノ映画よろしく、聞き耳立ててるんですよね?
数秒の後、玉代さんは意を決してドアノブに手をかけ、部屋の中へとダイビング、着地際に前回り受身を取りつつ、いつの間に手にしていたのか先ほどのナイフを手に左右の安全確認。むしろ貴女が危険なんだということは黙っておいた方が、ボクの老後のためにはいいだろう。
「よし、亘、入って構わないぞ」
手招きされて部屋の中に入ると、要するに居間のことだったらしい。まあ、ここの居間は居間っていうか応接室っていうか、だだっ広くて笑えてくるというか。ちなみに玄関は香奈美ちゃんがあっさりと開けたので、先ほどの愉快なアクションは見られなかった。
さて、居間は十六畳ほどで、廊下と同じく深い真紅の絨毯が敷かれていて、その上に鎮座まします背の低い肉厚な木製テーブルには純白のテーブルクロス、中央にはやたらと複雑に絡み合うような燭台(火はついていない)がある。
壁には鹿の生首もとい剥製、謎の部族風仮面、トマホークにロングソードといった具合だ。もうカオスすぎて説明もしたくない。部屋の隅に騎士の甲冑があるとか、居間なのに落ち着かないよチクショウ。
いちおうここが現代日本である、と主張してくれるのは入り口の壁にある電話、壁の一面をすべて隠すサイズの液晶テレビ(何インチかなんて見当もつかない)、DVDプレイヤーとデジタルチューナー、さらにはブルーレイプレイヤーといった家電製品たち。家電を見てホッとする日がくるとは思わなかったよ。
「それで、そのとき敵兵がアッラーの名を叫びながらだな…おい、聞いてるのか?」
玉代さんはぴしっと姿勢よくソファに腰かけ、熱く語っていたが、ふと横に座る俺の顔を覗き込んだ。
「あ、はい聞いてますよ。多数派を相手にする方が燃えるという話ですよね」
なぜ二人だけで会話するのに、向かい合わずに座っているのかが物凄く疑問なんだけど、俺が座ったら、一秒のタイムラグもなくその横に玉代さんが座ったんだ。わざわざ移動するのもはばかられ、口に出すのもはばかられ。
「うん、やつらの主義主張は、日本人には到底理解できるものでもないから、この際――」
俺の心中の懊悩を他所に、絶好調でしゃべり続ける玉代さん。何でも中東に戦争しに行っていたそうで、帰国したのは三ヶ月ぶりだそうだ。契約期間は作戦によってマチマチで、長いと一年単位、短いとひと月くらいなんだそうだ。まさか傭兵なんて職業の人に出会うとは思ってもみなかったので、それはそれで貴重な話が聞けていいんだけど。
「需給品のAKの弾が切れたときはどうなるかと思ったが、幸いあたしの横に、戦死した仲間のドイツ人が抱えてたMP5A5があってな、火力はかなり劣るが、あの集弾率はなかなか―――」
玉代さんはなかなかどうして話し上手というか、事細かに説明していってくれるので、生々しいというかなんというか。
謎の部族風仮面のよこにある、古めかしい壁掛け時計に目をやると、かれこれ三十分ほどが経過。帰宅したばかりなのに、玉代さんは部屋に戻らないでいいんだろうか。荷物もそのまま持ってきてるし。
「そこであたしが単騎突入して、後続の連中がルートを確保してな。そこから一気に展開して、予定していた侵攻ラインに達したんだ」
どうも話を聞いていると、某映画のベトナム帰りのマッチョマン的な猛者にしか思えない。しかしこうして間近で見ると、きつそうな釣り目も、笑うと人懐っこい猫のようだし、体育会系のお姉さんと言われれば、それで納得できてしまう。
「点から線、線から面ですか」
「お、よく知ってるな!それが戦術の基本にして極意だな!」
はっはっはっ!と玉代さんは豪快に笑って、俺の背中をスパンキング。来ると分かっていれば、覚悟という名のコマンドで防御力を上げられるけど、それにしても一撃が重い。打ち身とかにはならないよな…ならないといいなぁ……
などとビシバシ叩かれるままに身体を前後にガックンガックンさせていると、扉が二つノックされてから、ゆっくりと開く。現れたのはメイド姿の悪魔こと東雲さんだ。
「…………ふっ」
じっとりと観察され、何故か鼻で笑われた。ていうかこの人、本当にメイドとしてやれているのか、甚だ疑問だ。
「おお、真希、久しぶりだな!」
玉代さんがニカッと笑って手をあげると、東雲さんが表情ひとつ変えずに一礼する。
「お帰りなさいませ。無事にお戻りになられて何よりです」
「はっはっはっ!相変わらず無愛想なヤツだ!」
東雲さんの無愛想な応対に、豪快に笑って応える玉代さん。うーん、玉代さんにかかれば、どんな人でも自分のペースに巻き込みそうだ。……絶対B型だな、うん。
「積もる話もあるでしょうが、夕飯の準備ができましたので、食堂までいらしてください」
「お、そうか。よし亘、行こうか」
文章だけは慇懃な東雲さんの言葉に、玉代さんは鷹揚に頷いて席を立った。
東雲さんを先頭に、玉代さん、俺と食堂に入ると(つまり玉代さんを先頭にしなければ、突入シーンはなくなるらしい)、すでに集まっていた面々の視線が一斉に集まる。黒田さんは目をぱちくりとさせてから、控え目に笑顔で、美羽は両手をあげて「おー!おかえりー!」なんて言って玉代さんにしがみつき。
「た、たたたたた玉代すわあぁ~~~~~~~~ん!」
続いて絶叫をあげて富永さんが突進してきた。いや、あんたのガタイでぶつかられたら、軍人とはいえ女性の玉代さ「黙れこのハリボテェーッ!!」
ゴメリッ。
ひどく鈍い音をたてて、玉代さんの右拳がジョルトカウンターで叩き込まれた。ちなみにジョルトカウンターとは、体重を乗せたカウンターパンチのことで、その威力たるやまさに一撃必殺。ムキムキマッチョの富永さんが「ぶべらっ」とか言いながら、鮮血を撒き散らしながら右方向にキリモミしつつ吹き飛んだ。
そしてずざーっと変な角度で床に顔面から着地、弓状に身体をしならせながら、壁際まで滑走、壁にぶちあたって、「コペッ」と叫んでぐったりと倒れ、ピクリとも動かない。
………死んだ?
「おー、さすが玉代、相変わらずいいパンチだ!」
「はっはっ、今回の作戦でも、何人か拳で殲滅してやったぞ」
いや、殲滅て。撲殺ですか?撲殺なんですか?いまみたいなパンチで、リアルに撲殺しちゃったんですか?とても怖くてそんなこと聞けやしませんよ。
「飯が終わったら一戦やろうぜ!」
「うむ、日々の修練は欠かしてはならないからな!」
カラカラと笑いながら二人して席について、先ほど俺が聞いていた話の続きが始まる。いや、どうせなら最初から話してやんなよ、なんて思ったのは内緒だ。
「さー、みんなそろったところで、ご飯にしましょー!」
香奈美ちゃんは喜色満面、ぱふっと手を打って、俺と東雲さんも席に座るように促す。いや、富永さんは放置ですか?意外と香奈美ちゃんも神経が太いっていうか、色々と変ですね?あ、今さらですか?そうですか、今さらですよねー。
などと卑屈に思考を進めてみたけど、本気でこの人達は富永さんを放置して、「いただきまーす」と平然と食事を始める。メニューは煮込みハンバーグがメインなんだけど、俺の周りにだけ漬物やら煮物が置かれ、俺一人和洋折衷気味。
「アレならそのうち普通に起きるので、放置しておいて問題はないから余所見しやがらないでください」
俺がちらちらと、ぐったりしたまま動かない富永さんを見ていたら、東雲さんが箸で俺の鼻をつまんで、正面に向かせようとする。いや、アンタそれ相当失礼っていうか、俺の鼻をつまんだ箸で飯を食うのかアンタは。
「うよ?どーしたんですか?お腹痛いんですか?」
俺が箸を手にしてげんなりしていると、香奈美ちゃんが心配そうに顔を覗き込んできた。ていうか近!顔近い!あまり接近されるとドキドキしちゃうじゃないかバカヤロウ!
「いや、まあ、なんというか…ここのノリが分かったつもりでいたけど、まだまだ甘いってことが痛感できたとこ」
苦笑しながら沢庵に箸をのばして、ボリボリと。香奈美ちゃんは「そーなんですかー」と何を納得したのか、ようやく離れてくれる。
「む、そのタクワンうまそうだな」
そうしたら今度は玉代さんが猫っぽい目をキラキラさせて、ずいと身を乗り出してくる。この夕食では対面左から黒田さん、玉代さん、美羽と並んで、俺は左手に黒メイドもとい東雲さん、右手は香奈美ちゃんに挟まれている。たぶん東雲さんの左の席が、壁際で逝ってる人の席なんだと思う。
「あ、食べますか?」
「うむ、頂こう!」
沢庵の小皿をついと押すと、玉代さんは嬉々として箸をのばしてくる。
「こういうのを食べると、日本に帰ってきた実感が増すな」
ほふー、と幸せそうに沢庵をボリボリとかじる玉代さん。そういえば、この人は帰国したてなんだっけ。土産話があまりにもファンタジーで失念していた。
「ヘリで移動ってことは、戦地からここまで直行なんですか?」
「うむ、そのとおりだ。だから、例えば空港に着いて、そこの雰囲気で、日本を感じるということもないな」
「は~、大変そうですねぇ」と、俺は海外渡航経験がないので、曖昧に相槌を打つしかない。
「はっはっ、そうでもないさ」
カラカラと声を立てて笑ってから、玉代さんは何事かを思い出したように静止して、それからニヤリと笑った。
「そういえば、今回は別のことでも日本を感じたな」
「というと?」
「亘、お前だよ」
ずびし!と箸で俺を指しって「行儀悪いから!…え、俺、ですか?」
「うむ、お前の関西弁のイントネーションはかなり日本的だ」
「え、関西弁でてますか?個人的には、超標準語を喋ってるつもりなんですけど」
実際、字面を見れば標準語なのはお分かりのはずだ!しかし、そこに横から香奈美ちゃんがシュバッと挙手、目を輝かせ、喜色満面で「ボクは、亘さんはずーっと関西弁を喋ってると思ってました!」と、追い打ちをかけてきた。
「そ、そんな馬鹿な…」
予想していなかった追撃に崩れ落ちそうになるのを、俺は両手をテーブルに押し付けることで、なんとか堪える。
「うむ、単語は標準語でも、イントネーションがまるっきり関西弁のままだな」
玉代さんは神妙な顔で、ウンウンと頷く。もうそれ以上、俺を打ちのめさないで。
「完璧に標準語を喋ってるつもりだったのに、めっちゃショックやん…」
ほろほろと出てもいない涙をぬぐうフリをしていると、左の頬に絶対零度の視線を感じ、恐る恐る見てみると――――
「いまさらわざとらしい関西弁を使っても、むしろ不自然ですよこのヌケサク」
「ぬ、ぬけ!?」
東雲さんが冷凍怪光線でも出そうな目で、そんなことを仰られた。ていうかそんなん初めて言われました。ヌケサクて。今どきヌケサクて。
「いっそ、関西弁に戻してはどうでしょうかっ!?」
ふたたびシュバッと香奈美ちゃんが挙手アンド提案。そしてバニッシュスマイル!いや、バニッシュは違うか。
「いやいや、俺、中学生の頃からこんなだから、これが普通なんだよね…」
「ほえ、そーなんですかっ」
苦笑する俺に、大きな目をぱちくりと瞬かせる香奈美ちゃん。うん、そうしている分には、やっぱり癒し系小動物派だね。
「物書きするのに標準語で文章考えてるせいか、喋るのも標準語になったんだけどね。訛りは気がつかなかったわ…」
「魔魅さんはどー思いますかっ!?関西弁、いいと思いませんかっ!?」
そして俺の独り言スルーですか!と、話を振られた黒田さんに視線を転じると、黒田さんは顔を赤らめ俯いて、モジモジ。
「え、えと、あの…今のままでも、いいと…」
「うん、じゃあそういうことで、今のままでいこう」
チラリ、と上目遣いに俺を見る黒田さんと視線が合って、にっこりと笑って頷いてみせる。この子は人見知りっぽいから、なるべく柔和な態度で接するのがいいだ――――
「あ、ああのあのでも、私なんかの意見なんかどうでもいいですよね、むしろお前なんか話に入ってくるなよこの雌豚が!とか内心思われてますよね、ほほほほ本当にゴメンナサイゴメンナサイ生まれてきてゴメンナサイおめおめと生き続けていてゴメンナサイいっそいまここで死んでお詫びしますからどうか許してくだ「やめーい!いつも死ぬときは戦って死ねと言っているだろうがーッ!」
頭を抱えながら半狂乱に亜高速でセリフを並べ立てる黒田さんは、ハッと面を上げると同時に、手元にあったフォークを咽喉にあてようと振りかざす(やるならナイフの方がいいと思うが、それは別として)。しかしそれを見計らったかのように、ジャストタイミングで玉代さんが猛烈な平手打ちで阻止。笑顔がひきつるどころか、顔面崩壊しそうだよヒースクリフ。
「あ、あぁ…すみません、また発作を起こしたみたいで……ごめんなさい」
さきほどとは違って、冷静な声音でそう言って、黒田さんションボリ。俺もションボリだよ。なんだその発作は、受信機か、電波受信機なのか!?
「ん?どうした美羽。何か嫌いなものでもあるのか?ひょっとして俺に食わせようと企んでるのか?」
ワイワイと(いろんな意味で)賑やかにする面々の中、じーっとこちらを横目で見ながら飯を食う、という器用なことをする美羽に声をかける。
「べ、別にそんなんじゃねーよ!オレは好き嫌いなんかねーよ!」
「…さいですか」
気にして声をかけたら、怒鳴られました先生。俺、どうすりゃいいんだ?あ、黙って飯を食えばいいんですね。わーい正解が分かったよウレシイナーアハアハハ。
けっきょく富永さんは夕飯が始まってから三十分ほどして、「いや~!よく寝たなぁ!」なんて爽やかスマイルで戦線復帰、さらにいっそう激しくなった夕飯が終わる頃には、俺の生命活動が停止しそうになっていた。
はあ、とため息をついて、窓の外を見やる。
中庭では先刻の言葉どおり、美羽と玉代さんの勝負が行われている。見たところ、美羽は相変わらず人間離れしたパワーとスピードを誇るが、玉代さんはそれを簡単にいなして、巧く立ち回っている。どちらも人類最強クラスに違いない。
真っ暗な中、スポットライトが一つだけ屋敷から当てられ(東雲さんが用意したらしい)、その中で(見た目だけは)美少女と美女が組み結ぶ様は、それはそれで幻想的で、魅入ってしまうんだけども。
いま午前一時ですよ、二人とも。近所迷惑っていうか俺迷惑も甚だしい!ああ、苛立たしい。忌々しい。恨めしい!
「うおっ!?」
「む、何事だ?」
と、俺の呪詛が天に通じたのか、一瞬にして世界が暗転、闇夜に閉ざされる。といってもそこは都内。真の闇などにはならず、光に慣れたままの目でも、うっすらと二人の姿は確認できる。
この雰囲気、ひょっして停電か?普通なら周りの家の明かりで、この家だけなのか、地域的なものなのか分かるけど、残念なことにこの千石荘はそのあたりが規格外なので、判然としない。
しかし不幸なことに、この停電が意味するところがすぐに分かった。非常に小さくて、幻聴と間違えそうになったが、遠くで硝子の割れる音が聞こえた。そしてそれが聞き間違えではないのは、目の前にいる二人の様子でも分かった。
二人は視線をあたりに走らせ、俺と目が合うと、「物音を立てずに待て」と目で語ってから、小走りにこちらにやってくる。
「おい、お前もいまの分かったか?」
小声で美羽が訊ねてくる。その目は稲妻が走るように爛々と輝き、さながら獲物を前にした猛禽類を思わせる。
「泥棒か何かか?」
「いや、嫌味なくらい殺気に溢れてる。コソドロなんかじゃねーな」
殺気。と、美羽はあっさりと言ってのけた。普通の人間なら、そんなものは人生を通して一度でも感じることがあれば、充分に異常といえるだろうそれを、美羽は事も無げに言ってのけた。人類を超越した身体能力をもっているのはすでに分かっていたが、やはりそういう世界の人間なのか、と思わさせる一言だ。
「うむ、気配もかなり感じるところを見ると、大方、私か美羽のどちらかの相手だろうな」
「案外、両方かも知れないな」
ウーンと唸ってから、二人とも真剣な顔で思案に耽る。相手ってアレですか。恨まれてたりして、その仕返しとかそういう手合いですか。
「とにかく、状況を確認した方がいいんじゃないか?電気もそうだけど、ここには香奈美ちゃん達もいるんだし。ていうか、本当に誰か忍び込んでる?」
「うむ、疑う余地はないな」俺の希望的観測を含めた疑問はぴしゃりと斬り捨てられ、「しかし相手がどんな屑か分からない以上、全員の安全を確保するのが最優先だな」
玉代さんは目を眇めながら、そんなことを言う。そんな顔をしていると、どこぞの兵隊さんみたいですね。あ、職業は傭兵なんだっけ。
「陽一郎と真希はいいとして、香奈美と魔魅だな。あの二人は腕っ節も度胸もないし」
真希…東雲さんは後回しでいいのか。確かに度胸はあるだろうけど、肉体派の富永さんと同列とは、恐るべし暗黒メイド。何か必殺の拳法でも身につけているのかも知れない。
「私は香奈美、美羽は魔魅を。亘は陽一郎を起こして、食堂に集合だ」
頷く美羽を横目に、俺は首を傾げた。
「東雲さんは?」
「あー、真希ならもう異変に気づいてるだろ」
美羽が事も無げにそう言い捨て、玉代さんがそれに頷く。そんなに信頼してるんですか。ある意味、嫌な信頼と言えなくもない。個人的主観で。
「よし、とにかく行動開始だ」
そう言って、玉代さんがひらりと舞い、音を立てずに着地、土足で俺の部屋にようこそいらっしゃいませ。続いて美羽も部屋の中にトペ・コン・ヒーロ。あ、トペコンてのはプロレスでロープの上から前方宙返りして場外の相手にケツを当てるという技でメキシコのルチャドールが得「おら、とっとと行くぞ!」「あいたっ!?」ばちこーんと背中に張り手くらいました。
玉代さんが映画の突入シーンさながらに、廊下へと続くドアにはりつき、しかし実際とは違ってゆっくりと押し開く。
「敵の気配はまだ遠いが、油断はするな。まず私が外に出て、それから美羽、亘は最後だ」
玉代さんが声を潜めて、的確に指示を出してくる。このあたりは、幸か不幸か、玉代さんはプロなのでお任せでいいだろう。本当に「敵」なんていうのがいたら…考えるだけで胃が痛くなるな。
さっと玉代さんが出て、美羽はそれに続いて普通に部屋を出る。肝が据わっているというかなんというか。美羽が手だけ見せて手招きするので、俺も慌てて部屋を出る。




