霊婚障
「うるさいねえ、全くあんたの家ときたら躾がなってないんじゃないかい」
生木を裂くような家鳴りが一度、その後天井を何かがどたどたと走り抜ける、足跡がくっきりと板に残った。顔の血の気がすうと抜けた。
「聞こえるんですかい、そりゃあきっと喜んでるんだ」
「よ、喜ぶっておかしいじゃないさ、顔合わしたこともないのに」
「いやあ、家内はあがり症でして、でもこんところ一切人を呼んでなかったもんで、興奮しているんです」
部屋の中はビニール袋や弁当の空き箱でゴミの山が出来ていた、流れ落ちた汗が手の甲を濡らす。
「まあ、こんな汚きゃ呼べもしないか、で今更何だってんだい」
「いえね、そろそろ出ようかと思ってるんです」
「出るってこの家をかい、良いのかね。借り手はいくらでもいる、安条件だってのに」
引き攣り笑いを浮かべて大家が言った。
「そりゃお世話になってますんで、このまま住みたい気持ちも無いわけじゃありませんが」
「じゃあよしなよ、こんな幽霊屋敷にここまで居つけたあんた達ならなんてことはないだろう」
「そりゃあおれは良いんですが、あの子らが嫌がるんですわ」
ぴしゃりと襖が開いた、奥も続いて開く。右手の襖から生っ白い子供の頭がごとりと横向きに落ちた。体は無く、頭だけが。
「あのくらいの歳になればどんなもんでも我侭になるもんさ、でも過ぎた悪戯は良くない、親の顔でなんとかできないかい」
「はは、元々立てるような顔なんざ持っとらんです。妻にも子供達にも苦労かけっぱなしだもんで、この間は押し売りを追っ払って貰いましたわ」
無表情で子供が大家を見つめていて、ふと目線が斜めになる。みしりと音を立てて畳が沈んだ。すると、頭が畳に染み込んだ。
「そんなもんかねえ、あたしら子供の頃じゃ親の言葉は絶対だったがねえ」
足型が転々と続き、大家に近づいた、冷やりとした手が頬を撫でる。
「まあ金も貯まったんでここらで少し楽させてやりたいんですわ」
「あ、あんたも酔狂が過ぎる、それじゃあ連れていくんだね」
「勿論です、家族の絆は何より深いって言うでしょう」
「家族ねえ、まあいいわ、それじゃあまた」
ほうほうのていで屋敷を後にした大家は、外で家を見上げ、独り言をポツリと漏らした。
「幽霊と結婚するなんておかしなことを言うもんだから、狂っちまったのかとでも思っていたけど、ありゃあ本物だわ。でもまあ、連れていってくれるなら良い話しさな」




