あの手この手
とある会席で偶々知り合った男に面白い話を聞かされ、彼の家へと誘われた。彼はアトリエを経営しているらしい、そこにコレクションがあるのだという。
名は成澤といい、強引ながら様々な事業に手を出し成功を重ねている。成澤の倉庫には数々の手が並べられていた。
「猿の手って知っているかい」
その内の一つ、毛むくじゃらのやけに細長い指の掌を右手に乗せ、成澤は言った。
「W・W・ジェイコブズの代表的な小説に猿の手がある。三つの願いを叶える猿の手のミイラさ。但し、願いと同じだけの対価を支払わされると言う落ちの付いた恐ろしい手だ。これは後に色々な小説家に影響を与えている、有名な作家も同じ題材で物語を書いているよ」
成澤は、次に甲に刺青入りの太く荒々しい指を持つ手を掴む。
「これは栄光の手さ。死刑を執行された犯罪者の手を屍蝋化させて燃やせば願いが叶うというものだ。魔術的な様相の強い道具だな」
それを置くと、水掻きのついた妙に瑞々しい滑りの付いた掌に触れる。
「鰭がついている見た目通り、河童の手だな。霊薬になると信じられている。魑魅魍魎の手はこうした色合いが強い」
倉庫の中にはまだまだ、様々な手が並べられていた。白い手黒い手、指が欠けた手、木乃伊のような手、全ての説明を聞いたら日が暮れてしまう。
「なんで俺がここまで手に狂っているか知りたいか、それはな、手は全てを語るからさ。これまでの生き方と未来への標、手相と皺、指や肌の荒れ模様。それで歴史が紐解ける、俺の手を見ろ」
成澤は左の手袋を外し掌をこちらへと向けた。手のひらは綺麗なものだった、本当に何もない、皺も指紋も何もかもが消されている。
「占い師に近く大変なことが起きると告げられてな。俺の人生は俺が決める、そう思ってやったことだ、後悔はしていない。おかげで今も生きていられる」
そう言って自らの左手首を捻った。するとどうだろう、何も刻まれていない手は外れた。
「精巧に出来ているから分からないだろう、これは義手だ。ここにあるもの全て義手。俺は気分で手を変えているんだ。それだけで何にだってなれる。天才にも政治家にも、スポーツ選手にも。そうやって成功してきたんだ。君は世渡りが巧いらしいじゃないか、君の手型を取らせてくれないか」
そう言って、私の手を成澤が羨望の眼差しで見つめるので、私は早々に立ち去り、己の好奇心を恥じた。
それから僅かで成澤は、同じく実業家であった友人の後を追い、大きな損失を出し、全てを失ったという噂を人づてに聞いた。
人の手ではやはり、完全は望めないらしい。
百話、以上で終了です。長らくの間、貴重なお時間を頂戴いたしまして有難うございました。感想をくださった皆様、並びに様々な話を聞かせてくれた僕の友人達に、この場にて厚く御礼を申し上げます。辛くも百話書ききることができたのは、皆様のお力添えがあったからこそでした。
書き溜めた、日の目を見ない文の屑に光を与えることができまして嬉しく思います。それではまた、いつか。