4.自慢のメイド
レオンハルトは幼い頃から二人を知っている。姉妹のように仲のいい二人を見ているのが、昔から好きだった。
目の前で戯れ合うミレーユとアステリア。この国の皇女と、一介のメイド。この二人の距離感は、特別な人の前でしか見せないものだということも知っている。ミレーユにとって心許せる人の中に自分もいることが、嬉しかった。
レオンハルトとミレーユにそれぞれお茶を淹れると、アステリアはミレーユの後ろへと下がった。レオンハルトがカップに手を伸ばす。透き通った琥珀色は、爽やかなりんごのような香りを放っている。
「いい香りだ…これはカモミールティーかい?」
「はい。レオンハルト様は帰国したばかりでお疲れかと思い、リラックス効果のあるもの、かつ、ミレーユ様もお気に入りのもの、を選ばせていただきました。」
実は、カモミールの語源はギリシャ語で、『地上のリンゴ』という意味なんですよ。花からリンゴのような爽やかな香りがすることからそう呼ばれるようになったそうです。疲れたときや、ゆっくり休みたいときにおすすめのお茶なんです。そんな豆知識を披露してくれたアステリアの言葉に、レオンハルトは興味深そうに耳を傾けた。相変わらずこのメイドは、茶葉についての知識が豊富だ。ミレーユも語源までは知らなかったらしく、へぇ、そうなの、と、驚いていた。
「今日はいつものとは違うのね。でもこっちも美味しいわ」
「はい。ミルクティーにしてみました。お好みではちみつを加えると、甘みとコクが足されて飲みやすい味わいになりますが、いかがされますか?」
「じゃあお願いしようかしら。レオンはどうする?」
「そうだね…俺も同じで」
「かしこまりました」
数滴はちみつを垂らしたカモミールのミルクティーを、ミレーユとレオンハルトは一口飲む。甘さが追加されたそれは、彼女の言うとおりコクが増し、ストレートで飲むよりずっと優しい味わいに感じた。
「うん、美味しい」
「本当。気に入ったわ、これ」
「よかった。またお淹れしますね」
そんな和やかなやりとりがひと段落した頃。さて、と、本題に入るために居住まいを正す。
「手紙でもある程度状況を教えてくれていたからだいたいは把握しているけど、改めて教えてもらえるかな。」
「ええ。実は——……」
そうしてミレーユは、あの孤児院の話をかいつまんでレオンハルトへ説明した。子供たちがのびのびと遊べる場所には、あの森が最適地なのだと聞かされ、少し思案顔になる。
「アレクシス家の大切な所有地を譲ってほしいとは言わないわ。ただ貸してもらえたらそれでいいの。その許可がほしい。」
「……ミレーユ」
「だめかしら」
「君のお願いなら、喜んで。」
「……いいの?」
「もちろん。貸さない理由なんてないだろう。孤児院のため、子供たちのためを思う君の気持ちは十分に伝わっているよ。」
優しく微笑むレオンハルトに、ミレーユとアステリアは顔を見合わせた。
「あの森は確かにうちの所有地だけど、正直そんなに広くもないし使い道もないしで持て余していたからね。有効に活用してもらえるなら本望だ。」
「ありがとうございます、レオンハルト様。では、正式な使用許可の書類を整えておきますね。範囲をどこまでにするか、そのほか使用条件について等も確認しておきたいので、レオンハルト様にも一度現地の視察に同行していただきたいのですが」
「もちろんだ。いつでも構わないよ」
「姫様、いつになさいますか?明日の午後、明後日の午前でしたら予定が空いておりますが」
「それじゃあ明日。詳しい段取り等は視察を終えたそのあとに決めていきましょう。アステリア、手続き関連の事務仕事も頼んでいいかしら」
「かしこまりました」
「父上には俺から説明しておくよ」
「ええ。お願いね」
レオンハルトは公爵家嫡男だが、アレクシス家を継ぐ訳ではないため、正式な決定権は現公爵家当主である彼の父に委ねられている。厳格な父ではあるが、この国の未来ある子供たちのためとあらば、快く了承を得られるだろうと確信していた。
そうしてその日はお開きとなり、迎えた翌日。
馬車で一度アレクシス家に向かい、レオンハルトを乗せて孤児院へと向かった。その道中に、視察の段取り等をアステリアが説明した。
「父上から許可は取れたよ。土地に関する責任は父上が担ってくれる。俺はあの森の管理責任者として携わるよ」
「そうですか!よかったです!ね、姫様」
「ええ。ほんとうに。ありがとうレオン。おじさまにも伝えておいて。」
「了解。」
「レオンハルト様、こちら契約書と使用許可証、その他諸々の書類です。目を通したあとに、当主様のサインと、管理者であるレオンハルト様のサインをお願いします。いつでも構いません。」
「…仕事が早いね。これ全部1日で用意したの?」
「?そうですよ?」
それがなにか?と、小首をかしげるアステリア。
レオンハルトは彼女から渡された書類を受け取りながら、苦笑いを浮かべた。
「(この量を1日で用意するなんて、うちの使用人でさえも3日以上かかるのに)」
要領がいいのだろうが、きちんと寝ているのか心配になるほどだ。「ちゃんと寝れてる?」と、思わず尋ねてしまった。アステリアは「はい!日付が変わる前には寝ています!」と、自慢げに笑う。いや寝るの早いな。そう小さく呟いたレオンハルト。それを横で聞いていたミレーユはくすりと笑うのだった。
————……
ほどなくして馬車は孤児院の近くにあるアレクシス公爵家が所有する森に到着した。
「皇女殿下、到着しました」
そう言って扉を開けたのは、ミレーユ専属の護衛騎士。彼女の父親が自ら選んだ、近衛隊の精鋭騎士の一人だ。
「ご苦労様」
いつもは彼がミレーユの降車をエスコートするのだが、今日はレオンハルトがいる。その点をしっかりと弁えている騎士は、最後に降りるアステリアに手を差し伸べた。
「アステリア嬢。お手を」
「ありがとうございます、シリウス様」
差し伸べられた手を借りながら馬車を降りると、アステリアはシリウスに一礼し、書類の束を胸に抱えながら森の方へと足を向けた。
「森だから大きな石とかはなさそうだけど、植物が心配だな…危険なものは生えていないか、あとで調べておくよ」
「よろしいのですか?私は食べられる野草などはわかりますけれど、毒草など危険なものはさすがにわからないので、助かります。」
「野草わかる時点ですごいと思うけどね」
「食べられるとはいっても加熱したり調理が必要なので、そのまま食べちゃダメですからね」
「食べないよ誰も」
「ミレーユ様は昔食べましたよね」
「食べてないわ。間違えて口に入れてしまっただけよ」
「……ミレーユ、それを食べたっていうんだよ」
「言わないわ。」
「……」
「食べてないったら」
「……」
「ちょっとなによその顔!」
「ミレーユ様ってば頑固だな〜と思って」
「本当に。変わらないね、全然」
ほんのりと騒がしいやりとりをしながらも、この森の使用範囲を決めたあと、設備を整えるための費用や設備士たちなどの人件費を計算してからその日の視察を終えた。
それからさらに数日後。公爵家にて最終的な打ち合わせをしていたミレーユとアステリア、レオンハルト。
「レオンハルト様、こちら今後の予定表と、森についての資料や契約書の写しなどをまとめておきましたのでよろしければお待ちください」
「ああ、ありがとう。まとめてあるの助かるよ」
そう言ってぱらぱらと資料を捲る。要点だけをまとめた、非常に見やすい資料だった。さすがだな、と感心していたレオンハルトの手がぴたりと止まった。
「……土地の範囲まで詳細に記されてる」
「はい。先日決めた使用範囲です。いただいた森の地図を元に明確にしてあります。万が一なにかあった時の避難ルートなども探してありますので、非常事態等にお役に立てればと思います」
「すごいな。助かるよ。整備費用の見積もりまであるんだね」
「おおまかな費用を算出しただけですが…あと総額しか記載してなくて。内訳まで細かく記載した方がよかったでしょうか?」
「それで十分だ。大丈夫」
「それからこちらの予定表は、整備の詳しい日程や段取り、予定終了時刻などを書き出したものです。ご参考までに」
「………」
「どうかしました?なにか不備でも?」
「いや……」
唖然とした。アステリアが有能なことは知っているつもりだ。メイドとしての能力がかなり高いことも。だけど改めてその仕事っぷりを見てしまうと、言葉が出ない。どの資料も、想像以上の出来栄えだ。
「ミレーユが羨ましいな」
「でしょう?あげないわよ」
「……」
「アステリアは私の自慢のメイドなの」
そう言いながら、なぜか勝ち誇ったように笑うミレーユだった。




