プロローグ
「見てくださいひめさま!」
小さな指が空を差す。その先に視線を向けると、無数の星たち。その瞬く星の粒を覆うように、夜空には神秘的なオーロラが浮かんでいた。まるでヴェールのようだ。ミレーユはそう思った。それからそっと隣に視線を移す。無数の星たちの小さな灯りにも負けない、眩しい笑顔に、目を細めた。シトリンのような色をした、まるで星の光を閉じ込めたようなキラキラとした瞳がこちらに向けられる。
「きれいですねひめさま」
「……そうね」
そうしてまた、2人で空を見上げた。
このスノウベル帝国では、冬になると北の空に巨大なオーロラが現れることがある。そして“あの光の向こうには、亡くなった人たちの国がある”と、古くから伝えられている。この世での生をまっとうした先に向かう場所が、あのオーロラの光の向こう側なのだと。その話を思い出したミレーユは、ぽつりと、つぶやいた。
「どんなところかしらね、あの光のむこう側って」
「ひめさま、興味があるんですか?」
「興味……といえばそうかもしれない」
「え、まさか死にたいとかおもってませんよね!?」
「おもってないわよ失礼ね」
「よかったぁ…!ひめさま、もしなにか悩みがあったら、いつでもこのアステリアにご相談くださいませ!絶対1人でかかえちゃだめですよ!死んじゃだめですからね!」
「死なないわよもう…大袈裟なんだから」
やれやれと呆れたようにため息をつくミレーユに、アステリアはふわりと優しい笑みを浮かべて、また空に視線を向けた。
「どんなところかはわたしにもわからないけれど、でも」
「?」
「きっととっても綺麗なところだとおもいます!」
「…その根拠は?」
「だって皇后陛下がいらっしゃるところなんですから。綺麗なところにきまってます!」
「……」
底抜けに明るいその言葉に、ミレーユの脳裏には大好きだった母の優しい微笑みが蘇る。ふ、と、彼女の形のいい唇が弧を描く。
「そうね、私もそう思うわ」
「大丈夫ですよ、ひめさま」
わたしがずっとおそばにいますから。
そう言って笑うアステリアの笑顔が、ミレーユの心を優しく照らす。それは夜空に瞬くあの星のように。その温かな笑顔にどれだけ救われただろうか。ミレーユはそっと、心の中でつぶやいた。
ありがとう、アステリア。私の光——
———・・・
カーテンの隙間から漏れる暖かな朝日を瞼の裏に感じ、ミレーユの意識はふっと浮上した。ぼんやりと天井を眺めながら、先程の夢の内容を反芻させる。懐かしい夢だった。まだ幼い、子供の頃の。あれは母を亡くした傷がまだ癒えていない時の、寒い冬の夜の記憶。2人でオーロラを見たあの美しい夜の記憶。
——あれから、もう10年。
早いわねぇ。そう思いながら、まだ眠気が醒めないミレーユは睡魔に抗うことなく、その瞳を閉じた。しかし。
上品なノックの音と共に、明るい声が部屋にこだました。
「姫様ー!朝ですよ!」
「……アステリア…」
おはようございます、皇女殿下。と、朗らかに笑いながら、アステリアはカーテンを開けた。途端に眩しいほどの朝日が部屋に降り注ぐ。眩しさに目を細めながら、ミレーユは自分の専属メイドを睨んだ。
「返事もなしに入ってこないでちょうだい」
「姫様この間返事がなくても入っていいっておっしゃってましたよ」
「……」
そういえばそんなこと言ったわね。と、返す言葉もなくなったミレーユは悔しそうに黙り込み、やがてしぶしぶと立ち上がった。不貞腐れた姫君にはお構いなしに、アステリアはテキパキとミレーユの身だしなみを整えていく。柔らかく、癖のないまっすぐな髪に櫛を入れ、優しく梳いていく。ハニーゴールドの美しい髪が朝日を受けて艶やかに光るのを眺めながら、今日はどんな髪型にしようか思考を巡らせた。今日の予定に合わせたドレスと装飾によく似合うだろう髪型を瞬時に計算し、手際よく結んでいくのをミレーユは鏡越しに眺める。ぱちり。鏡の中のシトリン色の瞳とかちあった。数秒見つめ合った二人は、やがて同じタイミングでふっと、笑った。
「姫様、今日もとってもお綺麗ですよ」
「ふふ。当然」
勝気に微笑むミレーユは、ふわりと、その美しい髪を靡かせた。
皇女と専属メイド。姉妹のように仲の良い二人の日常中心の連載小説のプロローグでした。お読みいただきありがとうございます( ; ; )個性的なキャラが続々と出現予定です!よければ応援お願いします♡ひとまず先程出てきた二人のプロフィールを軽く記載します。
【ミレーユ】
スノウベル帝国第一皇女。
ハニーゴールドのストレートロングヘア。
ルビー色の瞳。吊り目気味。
幼少期に皇后(母)を亡くしている。
【アステリア】
ミレーユの専属メイド。幼い頃からそばにいる。
シトリン色の瞳。右目の下に泣きぼくろがある。
明るく快活。物おじしない性格。非常に優秀なメイドである。




