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第11話

 

 オストリーが配達してきたものを倉庫で整理し終えて外に出ると、扉の隅で何かちらりと光るものがあった。

 屈んで見れば、細くメタリックなペンだった。

 オストリーが落としていったのかもしれない。

 今度会ったら渡そうと、拾い上げてエプロンのポケットにしまう。

 

 その時、外から泣き声が聞こえてきた。


 それは疑いようもなく、小さな子の声だ。

 客が来たらしい。

 この前は高校生だったが、それよりもずっと幼い感じだ。


 空は、奥行きの感じられない夕焼け色をしている。

 立ち上がって何もない大地を見回すと、店に向かって泣きながら歩いてくる女の子が見えた。


 不審者に思われないか何となく心配になりつつも、店のエプロンの皺を伸ばし、俺はその子に駆け寄った。


「君……大丈夫?」


 女の子ははっと泣き顔を上げた。

 淡い水色のランドセル。半袖に短パン。

 小学校低学年か中学年くらいか。帰宅途中だったのだろう。

 少し後ずさるような素振りを見せる。

 警戒はされているらしい。当然といえば当然か。


「あ、怪しい者じゃなくて」

 という言い方からして怪しくなってしまうが、他に言いようもないので仕方がない。

「あの……あそこにお店見える? 俺そこの店員なんだ」

 

 意味があるかわからないが店を指差し、自分のエプロンを見せる。

 俺を見上げた女の子は目を潤ませ、唇を震わせた。


「み、道……わかんなくなっちゃった……」


 急にこんなところに来たら大人でもパニックになる。すごく同情する。

 とはいえ、子供の相手はあまり得意ではない。

 「そっか」と素っ気なく答えてしまう。

 

 女の子は何度も鼻をすすっている。

 

「えっと……とりあえずあのお店で休めるけど、行かない?」


 俺的には精一杯優しく言ったつもりだ。


 俺を信用してくれたのか、他にどうしようもないと思ったのかはわからないが、小さな拳を固く握りしめていた女の子は、浅く頷いた。



§

 

 

「おや、可愛らしいお客さんだ」

 

 洗った食器を布巾で拭いながら、店長は女の子に微笑みかけた。

 店長を見たその子は、びくりと肩を震わせた。


「空いてるから、どこでも好きなところに座っていいよ」

「……」

 

 優しげな店長の言葉にも固まっている。


「あ、じゃあこっちに」


 俺は何となくカウンターから遠い角のテーブル席に案内した。

 ランドセルを空いた椅子に置き、女の子はちょこんと座った。

 緊張したようにその肩が上がっていて、じっとテーブルを見つめている。


「お腹空いてるならお菓子があるよ」

 

 また店長が声をかけたが、女の子は金縛りにでもあったかのように動かない。


「あ……あの、ココアとか、好き?」

 意識して口角を上げて話しかけると、女の子はまた泣きそう目で俺を見た。

「お金……持ってないです」

 消え入りそうな声。

 小学生なら、そうだろう。


 でも、この子もここに来たということは、何か話したい秘密を持ってきた、ということだ。

 こんな子どもが何を抱えているんだろうか。


「大丈夫だよ」ととりあえず言っておく。

「温かいのがいい? 冷たいの?」

「……温かいの」

 表情は硬いが、応えてくれたことに俺も少しほっとした。

「クリーム載せていい?」

 女の子はもう一度頷いた。

「かしこまりました」


 キッチンに戻ると、店長が苦笑いを浮かべていた。


「僕のこと苦手みたいだねえ」

「別に俺も子供から好かれるタイプじゃないすけど」

「いや、あれくらいの子には何でか嫌われてちゃうんだよね」

 気にした様子もなく店長はそう言った。

 俺は曖昧な相槌をして、洗ったばかりの小鍋をコンロに乗せ、ココアの準備を始める。

 カウンター越しに見ると、女の子は「動くな」と命じられているみたいに大人しく座っている。

 自分が同じ年くらいの頃、あんなにじっと座っているなんてできただろうか。


「僕、ちょっと上に行ってようかな。任せていいかい?」

「え?」


 店長は俺の返事も聞かずに店の内扉からさっさと出て行った。

 店長がいなくなったタイミングで、女の子はきょろきょろと店内を見始めた。


 本当に、店長のことを怖がっていたのだろうか。

 店長は見るからに柔和なのだが。


 火にかけたココアを手早くかき混ぜる。

 いつもより気持ち甘めに砂糖を入れて、ホイップクリームも丁寧に盛り付けた。店長お手製のチョコチップクッキーも皿に載せた。


「お待たせしました」

 ココアとクッキーをテーブルに置くと、女の子の表情がぱっと明るくなった。

「ココア、熱いから気をつけて」

「うん」と返事をして、女の子はクッキーから食べ始める。

「わあ、おいしい」

 ぱくぱくと皿の上の3枚全部を食べ終えた。

 続いてココアのクリームをスプーンですくって口に入れ、顔を綻ばせた。

 それから思い出したように椅子を降りて、ランドセルを開けた。蓋の裏側に記名があって、「4−2」とだけちらと見えた。4年生らしい。

 その子が取り出したのは、可愛らしいケースに入ったスマホだった。今どきは小4でも持っているのか。

 その画面は他の客の例に漏れず真っ暗である。


「あの」と女の子は、キッチンにも戻らず何となく突っ立っている俺に話しかける。

「ここ、充電できますか……?」

 どうやら充電切れだと思っているようだ。

「あ。あー……、ごめん。ケーブルとか、うち無くて」

「それじゃ、お店の電話、使ってもいいですか。お母さんに……」

「……ごめん。電話も無い」

「そうなんだ……」


 見るからにしょんぼりしてしまった。

 電話はあるにはある。しかし、この子が元いたところにつながることはない。

 

「ちょっと、聞いてもいいかな」


 俺は女の子から離れてカウンター席に腰掛けた。

 女の子はぼんやりと首を傾げた。

 持っていた空のトレイをカウンターテーブルに置き、一瞬躊躇したが、俺は尋ねた。


「何か、人にすごく言いたいけど絶対に言えないことって、ある?」


 俺の質問に女の子は息を呑むようにした。その瞳はどこか、怯えて見えた。


「え、え……」

「それを教えてくれたら、帰れると思う」


 本当はこんなふうに促すのは本意ではない。


 たぶん、そもそも、人の秘密を積極的に聞き出そうとする行為そのものが、俺は嫌なのだ。

 でも途方に暮れた子供を前にそんなことを言っても、どうにもならない。

 早く帰れるならその方がこの子にとってはいいだろう。


 女の子は口を噤んでココアの表面を見ていた。

 それからまた肩を震わせ、声を出さずに泣き出してしまった。

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