アフターストーリー:王様の休日と、秘密のローファイ・ビート
あの五万人が熱狂した伝説のドームツアーから、半年。
スターリーの三人は、名実ともに日本を代表するトップアイドルとして、文字通り息をつく暇もない日々を送っていた。
「……よし、この記事もアップ完了、と」
よく晴れた休日の午後。
彼らが暮らすマンションの1402号室で、私はノートパソコンの画面に向かって小さく伸びをした。
マネージャーとしての私の裏方業務も、日を追うごとに多岐にわたっている。公式のブログや『note』の更新作業もその一つだ。ファンだけでなく、一般層の検索からの流入を増やすためのSEOを意識した記事作成は、すっかり私の得意分野になっていた。
リビングのスピーカーから静かに流れているのは、一定のリズムを刻む心地よい環境音と、メロウなメロディ。
透が最近、自分のソロ活動の一環として新しく開設したYouTubeチャンネルのBGMだ。『禅』をテーマにしたそのチャンネルは、彼の美しいハミングとリラックスできるビートが合わさり、アイドルのファンだけでなく海外のリスナーからも絶大な支持を集めている。
「陽斗くんは買い物に行っちゃったし、透くんは部屋で曲作りか……」
平和な休日。
淹れたてのコーヒーを一口飲んで、次の記事の構成を練ろうとキーボードに手を伸ばした、その時だった。
パタン。
背後から伸びてきた大きな手が、私のノートパソコンの画面を容赦なく閉じた。
「えっ……ちょっと、ルイくん!」
「休日まで仕事すんな。俺が構ってほしくて起きてきたのが分かんねぇの」
振り返ると、黒のスウェットパンツに緩い白のVネックTシャツという、完璧なオフの姿の神城ルイが立っていた。
寝癖のついた黒髪の間から、少し不満げな切れ長の瞳が私を見下ろしている。
「起きてたなら声かけてよ。お昼ご飯、何か作る?」
私が立ち上がろうとすると、ルイは私の肩を掴み、そのままリビングの広いソファへと強引に押し倒した。
「わっ……!」
「飯より先にお前だろ」
長い脚が私の逃げ場を塞ぎ、彼が上から深く覆い被さってくる。
シトラスと、彼特有の甘い体臭。ローファイの静かなビートだけが流れる空間で、二人きりの密室の温度が一気に跳ね上がる。
「ル、イくん……っ、透くんが部屋にいるのに……」
「あいつはヘッドホンして作業に没頭してる。陽斗は夕方まで帰ってこねぇ。……つまり、今は俺とお前だけの時間だ」
ルイは悪戯っぽく笑うと、私の首筋に顔を埋め、ぞくぞくするような甘いキスを落とした。
「んっ……ぁ……ちょっと、くすぐったい……」
「この半年、マジで死ぬほど忙しかったからな。お前と二人きりでゆっくりする時間もろくに取れなかったし、今日は徹底的に甘やかしてやる」
彼はそう言いながら、私の髪を優しく撫で、唇に触れるか触れないかの焦れったい距離でじっと私を見つめた。
テレビをつければ彼の顔を見ない日はない。街を歩けば彼らの曲が流れている。
数え切れないほどの人々から熱狂的に愛されている『絶対君主』が、今、私一人だけを求めて甘い吐息を漏らしている。その事実が、何度経験しても私の心を強く締め付ける。
「……私も、寂しかったよ。でも、ルイくんたちがどんどん大きくなっていくのが、本当に嬉しくて……」
私がそっと彼の手の甲に自分の手を重ねると、ルイはフッと口角を上げ、今度は深く、熱いキスで私の唇を塞いだ。
「んっ……んん……っ」
息が苦しくなるまで唇を重ね合わせ、ゆっくりと離れる。
ルイの瞳は、ドームのステージで五万人を支配していた時よりも、ずっと独占欲に満ちてギラギラと黒く濁っていた。
「……あんまり『立派なマネージャー』の顔すんなよ。お前がそういう顔するたびに、今すぐ関係を公表して、お前を俺だけのものだって世界中に見せつけたくなる」
「ダメだよ。今はまだ、あなたたちはアイドルの頂点を走り続けなきゃいけないんだから」
「分かってる。……だから、それまではこうして、裏でたっぷり愛してやる」
ルイの大きな手が、私の頬から首筋、そしてブラウスのボタンへとゆっくりと滑っていく。
心地よいビートが、二人の高鳴る心拍数と溶け合っていく。
「愛してるよ、ひな」
「……私も、愛してる。私の王様」
誰も知らない、トップアイドルとマネージャーの秘密の休日。
境界線を越えた先にあるこの底なしに甘い時間は、私たちが本当の『伝説』になるその日まで、誰にも邪魔されることなく続いていく。




