【Part 4】ハリネズミたちの帰還と、王様の甘い誓い
「お疲れ様でしたーッ!!」
「スターリー、最高ッ!!」
ドーム公演を終えた後のバックヤードは、歓喜に沸く数百人のスタッフたちの拍手と歓声で溢れかえっていた。
特大のくす玉が割られ、シャンパンの栓が次々と抜かれる。誰もが、この規格外の新人アイドルたちが成し遂げた『五万人の完全制覇』という偉業に酔いしれていた。
「……お前ら、本当によくやったな」
乾杯の音頭を取った社長が、珍しく目元を潤ませながら三人の肩を力強く叩く。
陽斗はスタッフたちと肩を組んで大はしゃぎし、透は安堵の表情で静かにグラスのジンジャーエールを傾けている。
そして、ルイ。
彼は関係者への挨拶をそつなくこなしながらも、その視線は常に、部屋の隅で裏方仕事に徹している私を正確に追い続けていた。
目が合うたびに、彼が微かに口角を上げる。その、私にしか分からない秘密の合図に、私の心臓はずっと甘く痺れっぱなしだった。
「ひなちゃん!」
不意に、陽斗と透が私の元へと歩み寄ってきた。
「二人とも、本当にお疲れ様。……最高のステージだったよ」
私が改めて労いの言葉をかけると、陽斗はふにゃっと柔らかく笑い、私のバインダーを持つ手を両手でギュッと包み込んだ。
「ひなちゃんがいなかったら、俺たち、あの地下室でずっといがみ合ったままだった。……俺を見つけてくれて、本当にありがとう」
「陽斗くん……っ」
「……あんたがマネージャーで、本当に良かった。これからも、俺たちの声、一番近くで聴いててよ」
透も、普段のクールな態度はどこへやら、照れくさそうに視線を逸らしながらも、確かな熱を持った言葉をくれた。
彼らのその純粋な感謝の言葉に、必死に堪えていた涙腺が再び崩壊しそうになる。
「おい、いつまで俺の女にベタベタ触ってんだ」
そこへ、低い声と共にルイが割って入ってきた。
彼は陽斗の手をペシッと払いのけると、堂々と私の肩を抱き寄せた。スタッフが大勢いるこの空間で、あからさまなスキンシップ。
「ちょっ、ルイくん……っ! 誰か見てるかも……!」
「見られたら困るのか? 俺は別に、明日週刊誌にすっぱ抜かれても構わねぇけど」
「困るに決まってるでしょ! アイドルなんだから!」
私が真っ赤になって抗議すると、陽斗が「あーあ、また王様の独占欲が始まった」と呆れ顔をし、透が「……バカップル」と短く毒づいた。
「文句あるならお前らも早く自分の女作れ。……さ、帰るぞ水瀬。俺はもう限界だ」
ルイはそう言うと、私の手首を掴み、呆気にとられる二人を残して、さっさと楽屋の出口へと向かって歩き出してしまった。
深夜二時。
打ち上げの喧噪から逃れるようにして辿り着いた、ホテルの最上階。
スイートルームの重厚な扉が閉まり、オートロックの電子音が鳴った瞬間。
「っ……!」
背後から、強い力でドアに押し付けられた。
バインダーが手から滑り落ち、ふかふかの絨毯の上に音もなく転がる。
「ル、イ……っ」
名前を呼ぶ間もなく、熱く、貪欲な唇が私の唇を塞いだ。
ドームのステージで五万人の視線を浴びていた時の、あの圧倒的な熱気。それが今、すべて私一人だけに向けられている。
「んっ……ぁ……っ」
息継ぎの隙間も与えられないほどの、深く激しいキス。
ルイの大きな手が私の背中を滑り、そのまま腰を強く抱き寄せる。彼の体温と、微かに残るステージの汗の匂い、そして彼特有の甘くスパイシーな香りが、私の理性をドロドロに溶かしていく。
「……ずっと、こうしたかった」
唇を僅かに離し、ルイが荒い吐息を私の首筋に吹きかける。
暗い玄関ホール。間接照明の微かな光が、彼の獲物を狙うような切れ長の瞳を妖しく照らし出していた。
「五万人が俺の名前を叫んでたけど……俺の頭の中は、ずっとお前のことでいっぱいだった」
ルイの指先が、私のブラウスのボタンにそっと触れる。
そのぞくぞくするような感触に、私は思わず彼の広い肩にすがりついた。
「ルイくん……っ、私も……ずっと、見てたよ。世界で一番、カッコよかった……」
私が潤んだ瞳で彼を見上げると、ルイは堪えきれないというように低く唸り、再び私の唇を貪った。
そのまま、彼は私を抱き上げるようにして、夜景の広がるベッドルームへと足を踏み入れる。
シーツに背中が沈み込む。
窓の向こうには、彼らが完全に制覇した街の、宝石のような夜景が広がっている。
ルイは私の上に覆い被さると、私の左手を取り、その薬指の付け根に、誓いの印を刻むように深く、熱いキスを落とした。
「っ……」
「今はまだ、お前を裏方に隠しておく。俺の隣に立たせたら、嫉妬狂ったファンから何されるか分かんねぇからな」
薬指に落ちた彼の唇の熱が、火傷しそうなほどに甘い。
「でも、絶対に約束する。俺が、誰も文句を言えない本当の『伝説』になった時……お前を、俺の妻として世界中の奴らに見せつけてやる」
それは、ただのアイドルのマネージャーに対する言葉じゃない。
一人の男が、生涯を懸けて愛し抜くと決めた、たった一人の女性への『絶対的なプロポーズ』だった。
「……うん。待ってる。あなたが伝説になる日を、ずっと一番近くで」
私が両腕を彼の首に回し、その引き締まった背中をギュッと抱きしめると、ルイは最高に幸せそうな、年相応の柔らかな笑みを浮かべた。
「愛してる。……俺の、たった一人の女王様」
甘い囁きと共に、彼の熱が、私のすべてを完全に包み込んでいく。
あの日、冷たい部屋で威嚇し合っていた三匹のハリネズミは、もうどこにもいない。
彼らは私という温もりを見つけ、私は彼らという眩しい光を見つけた。
境界線を越えた先にある、秘密の夜。
終わらない熱狂と、甘く危険な王様との日常は、この美しい夜景の向こう側へと、永遠に続いていくのだった。
<終>




