【Part 1】ハリネズミの恩返しと、6月7日の魔法
2026年6月7日。
初夏の陽光が降り注ぐ神戸の大型イベントスペースは、開場と同時に押し寄せた人々の熱気と、温かな笑顔で溢れかえっていた。
会場の入り口に掲げられた色鮮やかなゲートには、『ハリネズミ雑貨展2026』の文字。
そしてその横には、公式アンバサダーを務める彼ら三人の、等身大の特大パネルが設置されている。
「キャーッ! ルイくんのパネル、めっちゃカッコいい!」
「陽斗くんの笑顔ヤバい! 一緒に写真撮ろ!」
「透くんのこのクールな顔とハリネズミのぬいぐるみのギャップ、最高すぎる……っ」
パネルの前には、彼らのグッズや推しカラーのアイテムを身につけたファンの大行列ができていた。
会場内には、全国から集まったクリエイターたちの愛らしいハリネズミ雑貨がズラリと並び、訪れた人々の目を楽しませている。
私は会場の隅に立ち、トランシーバーのイヤホンに耳を澄ませながら、その光景を眩しい思いで見つめていた。
「――水瀬さん、まもなくアンバサダーの三人、ワークショップエリアに入ります」
スタッフからの通信に、「了解しました。動線の確保、お願いします」と短く返す。
会場の奥に設けられた特設エリア。
そこでは、今回の雑貨展の目玉企画である、ハリスタバ先生を招いての特別ワークショップが開催されていた。
はぎれや小さなパーツを使って、自分だけのオリジナルハリネズミを作るという体験型のイベントだ。抽選で見事参加権を勝ち取った数十名のファンたちが、目をキラキラさせながら席についている。
『――それでは皆様、本日のスペシャルゲストをお呼びしましょう! 公式アンバサダーの、スターリーのお三人です!』
MCの弾んだ声とともに、会場に彼らのアップテンポな楽曲が流れ出す。
「こんにちはーっ! みんな、楽しんでる!?」
一番に飛び出してきた陽斗が、太陽のような笑顔で大きく手を振る。
「……こんにちは。今日は怪我しないように、気をつけて作ってください」
続いて現れた透が、少し照れくさそうにマイクを握り、小さく会釈をする。
そして最後に、神城ルイがゆっくりとステージに姿を現した。
完璧に仕立てられたサマージャケットを羽織り、切れ長の瞳で会場を見渡す。彼がふっと口角を上げて微笑んだ瞬間、ワークショップエリアだけでなく、周囲を取り囲んでいたギャラリーからも「ひゃあっ」と息を呑むような歓声が上がった。
『今日はアンバサダーのお三人も、皆様と一緒にハリスタバ先生のワークショップに参加していただきます!』
MCの合図で、三人はそれぞれファンのテーブルの空き席へと散らばっていった。
「えっ、先生、この針の部分ってどうやって丸めるの? すっげー難しいんだけど!」
陽斗はあっという間に羽月先生や同じテーブルのファンたちと打ち解け、不器用な手つきで綿を丸めながら大騒ぎしている。
ファンたちも最初は緊張していたが、陽斗の気さくな人柄に触れ、「陽斗くん、そこはもっと優しく丸めるんだよ!」と笑いながら教えてあげている。
「……透くん、すごく手先が器用ですね」
「……まぁ、細かい作業は嫌いじゃないんで。あなたのそのハリネズミ、顔のバランスがいいですね」
透は持ち前の集中力を発揮し、黙々と作業を進めながらも、隣の席のファンと静かに、けれど確かな温かさを持って言葉を交わしている。
かつて、音楽以外の一切のコミュニケーションを拒絶し、イヤホンで耳を塞いでいた彼の姿は、そこにはもうない。
そして、ルイ。
「ルイくん……あの、ずっと応援してます……っ」
向かいの席に座ったファンが、感極まったように涙ぐみながらフェルトを握りしめている。
するとルイは、作業の手を止め、彼女を真っ直ぐに見つめ返した。
「泣くなよ。せっかくの可愛いハリネズミが、歪な形になっちまうだろ」
少しぶっきらぼうな、でも甘く優しい声。
彼は自分の手元にあった小さなピンク色のフェルトのパーツを、彼女のテーブルの前にそっと滑らせた。
「俺の分、一個やる。お前のハリネズミに、花でも咲かせてやれ」
「……っ、ありがとうございます……!」
ファンは泣き笑いのような表情になり、大切そうにそのパーツを受け取った。
ルイはそれを見てフッと柔らかく笑い、再び自分の作業に戻る。
(……あぁ、そっか)
私はその光景を遠くから見つめながら、胸の奥から込み上げてくる熱いものに、思わず視界を滲ませた。
大人に期待することをやめ、裏切られる前に自分から関係を壊そうとしていた、三匹の傷だらけのハリネズミ。
彼らは今、こうして自分からファンに歩み寄り、笑顔で言葉を交わしている。
彼らのトゲを溶かしたのは、私だけじゃない。
こうして彼らを無条件に愛し、応援し、温かい歓声を送り続けてくれる、たくさんのファン(大人たち)の存在だ。
彼らはこの『ハリネズミ雑貨展』という優しい空間で、世界が自分たちを愛してくれているという事実を、肌で、心で、直接受け取っているのだ。
「……ひなちゃん」
不意に。
遠くのテーブルに座っていた陽斗が、私の方を見て、口パクで何かを呟いた。
そして、自分の作った少し不格好なハリネズミの作品を、誇らしげに掲げて見せてくれる。
透もこちらに視線を向け、ほんの少しだけ得意げに顎を上げた。
そして、ルイ。
彼はファンと談笑しながらも、切れ長の瞳をスッと私の方へ向けた。
何百人という人がいるこの空間で、彼と私だけの、秘密の視線が交差する。
彼は唇の端を吊り上げ、自分の胸元――心臓のあたりを、長い指でトントンと二回叩いた。
『俺の心は、お前のものだ』
言葉にしなくても、彼のその仕草が、強烈な愛のメッセージとなって私を撃ち抜く。
(……ズルいよ、本当に)
私は真っ赤になりそうな顔をバインダーで隠しながら、三人に「すごくいいよ」と親指を立ててみせた。
ワークショップは大盛況のうちに幕を閉じ、彼らのアンバサダーとしての仕事は完璧な形で終了した。
彼らが退場する際、会場からは割れんばかりの拍手と、「ありがとう!」「大好き!」という温かい声援が降り注いだ。
彼らはもう、過去の暗闇を振り返ることはない。
ここ神戸で受け取った無数の愛を力に変えて、彼らはさらに高く、眩しい光の射す場所へと羽ばたいていく。
控室に戻る彼らの大きな背中を追いかけながら、私は確かな予感に胸を震わせていた。
彼らが向かう本当の『頂点』。
その景色を見る日は、もうすぐそこまで迫っている。




