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絶対君主のハリネズミは、専属マネージャーにだけ甘く牙を剥く〜崖っぷちアイドルをプロデュースしたら、世界一重い愛で包囲されました〜  作者: はりねずみの肉球
第8章:境界線の溶ける温度

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【Part 4】夕暮れの頂点と、約束の景色

ドゴォォォンッ……!


大地を直接揺らすような、圧倒的な重低音。

見渡す限りに広がる、数万人の観客の海。

照りつける晩夏の太陽が西の空に傾き始め、空をオレンジと紫のグラデーションに染め上げている。


『TOKYO サマーソニック・ビート』。

国内最大級の野外音楽フェスティバル。

メインステージの袖に組まれた巨大なテントの中で、私は無意識に自分の両手をギュッと握りしめていた。


(……すごい。今までの箱とは、次元が違う)


ステージの熱気と、野外特有の土と草の匂い。

客席には、他の有名アーティストのグッズTシャツを着た観客たちがひしめき合っている。彼らにとって、デビュー間もない新人アイドルである『彼ら』は、まだ「名前を聞いたことがあるかもしれない」程度の存在でしかない。

完全なアウェイ。

ここで観客の足を止めさせられなければ、この巨大な波に一瞬で飲み込まれて終わる。


「……ひなちゃん、手、冷たい」


不意に、横からポンと肩を叩かれた。

振り返ると、出番を待つ陽斗が、私の握りしめた手を自分の両手で包み込んでいた。

彼の顔には、もうプレッシャーに押し潰されそうな怯えはない。これから始まる大舞台への武者震いと、純粋なワクワク感で瞳をキラキラと輝かせている。


「陽斗くん……。ごめん、私の方が緊張しちゃって」


「大丈夫っしょ! 俺たちが全員ぶっ倒してくるから、ひなちゃんは一番特等席で見ててよ」


陽斗がニシシと笑う。

その隣では、透がイヤホンを外し、スタッフから渡されたマイクの感度を静かに確かめている。

彼の表情もまた、研ぎ澄まされた刃のように鋭く、そして静かな自信に満ちていた。


「……おい」


背後から、低く響く声。

振り返る間もなく、私の肩に、黒いレザージャケットを羽織った大きな影が覆い被さってきた。


「ル、イくん」


ルイは私のすぐ背後に立ち、陽斗の手から私の手を奪い取るようにして、自分の大きな手でギュッと握りしめた。


「俺のマネージャーの手ぇ勝手に触んな」

「えー! 緊張ほぐしてあげてたのに!」


陽斗の抗議を無視して、ルイは私の耳元に顔を寄せる。

メイクでさらに鋭さを増した瞳と、完璧にセットされた黒髪。本番直前の、極限まで研ぎ澄まされた『絶対君主』のオーラ。


「……ビビってんのか」


「ビビってないよ。ただ、この景色をあなたたちが見るんだって思ったら、胸がいっぱいになっちゃって」


私が正直に答えると、ルイはフッと口角を上げ、繋いだ私の手にさらに強く力を込めた。


「客が何万人いようが関係ねぇ。俺が歌って踊るのは、いつだって俺を信じてくれたお前のためだ」


「……っ」


「瞬きすんなよ。約束の景色、見せてやる」


その甘く、凶暴なまでの宣言に、私の心臓は完全に打ち抜かれた。

彼が私の手を離し、ステージに向かって歩き出す。

その背中は、十五歳で大人に捨てられ、暗闇で震えていた少年のものではない。数万人の観客を従え、自らの手で頂点を掴み取ろうとする、本物の王者の背中だった。


『――NEXT ARTIST! スターリー・プロモーションより、今最も熱い視線を集める新星!』


MCの煽り声とともに、会場に重低音のビートが鳴り響く。

地鳴りのような拍手。だが、それはまだ様子見の、まばらな熱。


「行くぞッ!!」


ルイの号令とともに、三人が西日の射し込む巨大なステージへと飛び出していった。


その瞬間。

彼らがステージに足を踏み入れただけで、数万人の観客のざわめきが、スッと引いていくのが分かった。

巨大なモニターに、センターで客席を睥睨する神城ルイの顔が映し出される。

圧倒的な美暴力。その一瞥だけで、最前列の観客から「悲鳴」に近い歓声が上がった。


そして、彼らが夜通し考え抜いた、あのアウェイを覆すための『秘策』が発動する。


ドゴォォォンッ!という爆発音とともに、ステージの音が完全に消え去った。

無音。


「え……?」

「機材トラブル……?」


観客がざわめき始めたその瞬間。


『――♪〜ッ!!』


透の、マイクを通さない生のアカペラが、巨大な野外の空気を切り裂いた。

同時に、ステージの中央で、陽斗が助走なしの完璧なバク宙を決め、そのまま重力を無視した激しいソロダンスを踊り始める。


「うおぉぉぉッ!?」

「ヤバい、何今のッ!?」


透の魂を削るような歌声と、陽斗の人間離れしたステップ。

様子見だった観客たちが、一斉にステージへと吸い寄せられていく。遠くのフードエリアで休んでいた人たちまでもが、立ち上がり、ステージに向かって走り始めるのが見えた。


そして、透のロングトーンが最高潮に達した瞬間。


『――Drop it』


モニターに映し出されたルイが、低く囁き、指を鳴らした。

それを合図に、夕暮れの空の下、爆発的なダンスビートが鳴り響き、ステージの地明かりが一斉に落ちる。

オレンジ色の空を背景に、真っ白なピンスポットが三人をドラマチックに撃ち抜いた。


「キャアアアアアッ!!!」

「ヤバいヤバいヤバいッ!! 最高ーーーッ!!」


完全に、空気が変わった。

アウェイだった数万人の観客が、波のようにうねり、彼らのパフォーマンスに熱狂し始める。

誰も彼らから目を離せない。

ルイの計算し尽くされたステージングと、それに完璧に応える透と陽斗。

三人の才能が、広大な野外フェスの会場を、完全に自分たちの『支配下』に置いたのだ。


「……すごい」


私はステージ袖で、涙で視界が滲むのを必死に堪えながら、その光景を見つめていた。

数万人を熱狂させる、私の大切なパートナーたち。

もう誰も、彼らを笑わない。誰も、彼らを見捨てない。

彼らは自分の力で、この永遠に続く光の道を作り上げたのだ。


「ハァッ……ハァッ……!」


四十分のステージを終え、暗い袖に戻ってきた三人は、全身汗でずぶ濡れになりながらも、その顔にはこれ以上ないほどの達成感と高揚感を浮かべていた。

外からは、彼らの名前を呼ぶアンコールの声が、地鳴りのように響き続けている。


「ひなちゃーーーんッ!!」


陽斗が猛ダッシュで私に抱きついてこようとするが、それより早く、透が陽斗の襟首を掴んで引っ張った。


「バカ、汗だくでくっつくな。……水瀬、水」

「あ、うん! お疲れ様二人とも! 最高だったよ!!」


私が慌ててタオルとペットボトルを渡すと、二人はそれを美味そうに飲み干し、そのままスタッフたちに囲まれて歓喜のハイタッチを交わし始めた。


私はクーラーボックスから最後の一本のペットボトルを取り出し、少し離れた場所で息を整えているルイの元へと向かった。


「……ルイくん。お疲れ様」


タオルと水を差し出すと、ルイはそれを受け取り、無造作に顔の汗を拭った。

乱れた黒髪、荒い息遣い。

やり遂げた男の、言葉にできないほどの色気が、むわっと立ち上る。


「……どうだった」


ルイが、真っ直ぐに私を見る。


「完璧だった。……今までで一番、最高の景色だったよ」


私が心からの笑顔で答えると、ルイはフッと優しく笑い、突然、私の腕を引いて自分の胸の中へと強く引き寄せた。


「えっ……ちょ、ルイくん! スタッフさんが……!」


「関係ねぇ」


汗で濡れたレザージャケット越しに、彼の力強い心音がダイレクトに伝わってくる。

周囲の喧噪が、一瞬にして遠ざかっていく。

この世界に、私と彼しかいなくなったような、絶対的なゼロ距離。


「約束、守っただろ」


耳元に落ちる、甘く掠れた声。


「お前が俺を見捨てなかったから、俺はこの景色を見ることができた」


「……ルイくん」


「だから今度は、俺の番だ」


ルイは抱きしめる力を少しだけ緩め、私の顔を真っ直ぐに見下ろした。

その瞳に、もう迷いは一切ない。


「俺が、お前を一生離さねぇ。……覚悟しとけよ、俺のマネージャー」


それは、アイドルとしての宣言でも、ただの独占欲でもない。

一人の男としての、絶対に揺るがない愛の告白だった。


夕暮れから夜へと変わっていく野外フェスの空の下。

響き渡る大歓声に包まれながら、私は彼の温かい胸の中で、これ以上ないほどの幸せを噛み締め、静かに目を閉じた。


彼らのマネージャーとして。そして、彼のたった一人のパートナーとして。

私たちの熱く、甘く、騒がしい日々は、この先もずっと続いていく。

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