第50話 帝都陥落
この周回で、ヴァルターは自分自身の保身を後回しにした。
断罪を避けるための工作はほとんど行わなかった。
代わりに、辺境関連の動きを追い続けた。
宰相府内部の流れ。
北辺特別支出の行き先。
救援要請がどこで止まるか。
だが宮廷は、変わらなかった。
派閥間の駆け引きが続いた。
外戚派と宰相派が対立し、皇帝派が間に挟まれた。
本来であれば皇帝が裁断すべき案件が、判断のつかないまま宙に浮いた。
辺境への増援要請は、三度提出されたが、三度とも審議未了で返ってきた。
秋が来た。
辺境の密書は届かなくなった。
それが何を意味するか、ヴァルターには分かった。
送る余裕がなくなったか、あるいは送れる者がいなくなったかだ。
そして、ある夜。
夜半過ぎに、宮廷の衛兵が走り始めた。
声が廊下を抜けてきた。
「北が——北が破れました」
ヴァルターは自室の扉を開けた。
廊下に明かりが増えていた。
足音が乱れていた。
報告が断片的に入ってきた。
辺境で蜂起が起きた。
武装集団が砦を制圧した。
その混乱に乗じて、スヴァルナの軍が国境を越えた。
想定より早く、想定より深く、帝国の守備網が崩れた。
「なぜそんなに早く」という声があちこちで上がった。
答えは単純だった。
守るべき兵が足りなかった。
補給が届いていなかった。
農民が戦う理由を持っていなかった。
宮廷の混乱は加速した。
皇帝の裁断は鈍かった。
高官たちは逃げ道を考え始めた。
貴族は財を動かし始めた。
ヴァルターは宮廷を出た。
帝都の外壁の方向へ歩いた。
人が走っている。
荷車が道を塞いでいる。
子供が泣いている。
城壁の上に上がった。
北の空が赤い。
火の色だ。
帝都の外縁、辺境ではなくすでに帝都の近隣が、燃えている。
それほど早く、軍は来ていた。
城門の向こうに、松明の列が見えた。
ヴァルターはその光景を、声を出せないまま見ていた。
頭の中で、腐敗の連鎖が一本の線として繋がった。
香と皇帝の異常。
宰相府の改竄。
辺境への不支給。
蜂起と侵攻の連動。
すべてが繋がっていた。
繋がっていたのに、止められなかった。
彼は呟いた。
「……ここまで滅ぶのか」
帝都が、燃えていた。




