第30話 誤解される善意
ヴァルターは不器用だと、自分でも思っている。
それでも、今回の判断は正しいはずだと信じた。
* * *
レナの家族は帝都の外れに住んでいる。
母親が一人で暮らしており、年金も生活補助も、宮廷の下働きに依存していた部分があった。
ゲオルクが死んで四年。
その補助は既に打ち切られている。
レナの侍女としての収入が、今は家族の支えになっているはずだ。
ヴァルターは公爵家の名義ではなく、別の名目で、レナの母への物資支援を手配した。
クラウゼ家が支援を行っている貧困層への定期配給の一つとして、帳簿に組み込んだ。
表向きは「地区別の困窮世帯への補助」という形を取った。
レナには直接伝えない。
ただ、彼女の家族が少し楽になればいい。
それだけのつもりだった。
* * *
三日後、レナの様子が変わった。
廊下でヴァルターを見かける度に、以前よりさらに身を縮める。
遠ざかろうとする動きが、明確になった。
ヴァルターは当初、気のせいかと思った。
だが四日後——アンネリーゼから連絡が来た。
「話があります」という短い伝言だった。
* * *
アンネリーゼは個室でヴァルターを待っていた。
侍女を下げ、二人きりで向き合った。
「平民を使って、私の周りを探らないでいただけますか」
声は静かだった。
怒りではなく、諌めるような調子だった。
「どういう意味ですか」
「レナの家族に、物資が届きました。彼女は不審に思ってすぐに私へ報告してきました」
「それは——」
「公爵家名義ではなかったですが、出所は明らかです」
アンネリーゼの蒼い目が、ヴァルターをまっすぐに見ていた。
「レナを通して何を探ろうとしているのか、存じません。ですが、彼女を怖がらせることはやめてください」
* * *
ヴァルターは返事が出来なかった。
反論はできる。
「レナを利用しようとしたのではない」「家族を支援しようとしただけだ」——そう言えば、それは事実だ。
だが、それを言ったとして、アンネリーゼが信じるか。
この数週間の自分の行動を振り返れば——信じる理由がない。
「……承知しました」
それだけ言って、ヴァルターは頭を下げた。
* * *
廊下に出てから、ヴァルターはしばらく歩けなかった。
何かを支援しようとした。
善意でやった。
だが相手には「脅しの前段階」に見えた。
なぜか。
自分が積み上げてきた行動の歴史があるからだ。
長年、強圧的で計算高い男として振る舞ってきた。
その男が急に「善意」をしてきたら——怯えるのは当然だ。
信頼がない場所での善意は、恐怖になる。
* * *
ヴァルターは苛立った。
自分に対してだ。
これが何度目の失敗か。
善人のふりをして失敗した。
距離を取って失敗した。
善意を行使して失敗した。
何をしても裏目に出る。
だがその苛立ちを表に出すことはなかった。
廊下を歩きながら、静かに整理した。
「信頼のない善意は恐怖になる」
これは覚えておくべき原則だ。
今の段階でレナに何かを伝えるには、信頼が先に必要だ。
だが信頼を作るには時間が要る。
半年もない。
ヴァルターは、この問題を一旦保留した。
今は他に踏み込むべき場所がある。
香の調査だ。




