第28話 香の行方
宮廷で使われる香は、三種類に大別される。
祭儀香——宗教的な儀式や公式行事で使う、定められた配合のもの。
薬香——侍医の処方で調合される、薬効を持つもの。
日用香——居室や廊下の空気を整えるための、一般的なもの。
どれも宮廷の香師が管理し、配合と納入の記録がある。
* * *
ヴァルターはまず、正規の納入記録を調べた。
香師の業務記録は、宮廷行政の中では比較的地味な部分で、厳重な管理はされていない。
公爵家の権限では入室できない棚もあるが、開架部分を確認するだけなら問題なかった。
記録を見ていくと——大半は正常だった。
日用香の納入業者は複数の正規業者が担当しており、毎月の出入りが記録されている。
祭儀香は宮廷専属の香師が調合しており、材料の調達から完成まで一括で記録されている。
* * *
問題は薬香だった。
薬香は侍医の処方に基づいて調合されるため、処方記録と納入記録が紐付いているはずだ。
だが皇帝への薬香については、一部の処方記録が「侍医室管理分」として別棚に移されており、開架で確認できない。
ヴァルターはその「別棟管理分」の件数だけを確認した。
過去五年分で、皇帝の薬香に関する「別棟管理分」の件数が急増している。
三年前が年に四件。
二年前が年に十一件。
昨年が年に十九件。
増え方が、不自然だ。
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次に、薬香の納入業者を確認した。
開架部分に記されている業者名のうち、皇帝居室への直接納入を担当している業者が三社ある。
そのうち一社——「アールト香料商会」——の名前を見た時、ヴァルターの目が止まった。
以前確認した廃業商会、「フォスター行商組合」。
登録地が同じ帝国北方辺境だった。
アールト香料商会の登録地も——北方辺境だ。
名前は違う。
だが、住所欄の記載が、フォスター行商組合のものと完全に一致している。
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ヴァルターは帳簿を閉じ、書き留めた。
「アールト香料商会とフォスター行商組合は、住所が同一」
同じ場所から動く、名義の違う二つの組織。
廃業した組合の名義で荷を運び、正規業者の名義で香料を納入している——という構造が見えてきた。
* * *
翌日、ヴァルターは香料の納入に同席する機会を作った。
公爵家の居室への日用香の定期交換を名目に、担当の香師を呼んだ。
香師に自然な会話の流れで聞いた。
「最近、皇帝陛下の居室へ運ぶ香は、どういった種類のものが多いですか」
香師は特に警戒せず答えた。
「陛下のお部屋は薬香が多うございます。侍医殿のご処方が年々増えておりますので」
「増えているのですか」
「はい。ここ二年ほどで、だいぶ増えました。私どもが調合するものと、別枠で仕入れるものと……」
香師は途中で口を閉じた。
「別枠」という言葉が出た途端、何かを思い出したような顔をした。
「……いえ、失礼しました。詳しくは侍医殿が管理されておりますので、私には分かりかねます」
* * *
ヴァルターはそれ以上聞かなかった。
「別枠で仕入れるもの」——それが、正規の記録に載らない香料のことだ。
香師も詳細を知っているわけではないが、存在は知っている。
そして侍医が管理している。
* * *
香料の納入記録に、レナの兄の名前が再び現れたのは、その夜の資料確認の中でだった。
開架部分の古い記録——四年前の香料搬入補助の配置記録に、彼の名前が一度だけ出ていた。
「荷立ち会い人」として。
搬入の日付は、彼が死ぬ二週間前だ。
その荷の内訳には、「別枠香料(皇帝居室向け)」という記載があった。
* * *
ヴァルターは記録を閉じた。
レナの兄は、皇帝居室向けの「別枠香料」の搬入に立ち会った。
そして二週間後に死んだ。
点がまた一つ、繋がった。
知りすぎた人間は消される。
それが、この宮廷の論理だ。




