第27話 消えた報告書
文書庫の奥に、索引室がある。
本棚ではなく索引——つまり、どこに何の記録があるかを示す目録だけを管理する部屋だ。
宮廷の記録は膨大で、同じ場所に収まらない。
皇族関連の文書は別棟に、行政記録は司法棟に、医療記録は侍医室に分散している。
それらを横断して検索できる唯一の手段が、この索引室だ。
* * *
ヴァルターは告発文の調査から少し方向を変え、索引室を訪れた。
目当ては「皇族の健康」に関する記録だ。
皇帝の薬湯記録が文書庫から消えていたことは既に確認している。
では、薬湯以外の皇族の健康に関する記録は、どこにあるか。
索引室の棚は年代別に整理されている。
ヴァルターは直近十年分の「医療・健康」カテゴリの索引を取り出した。
* * *
ほとんどの項目は普通だった。
侍医の処方記録。
各皇族の定期検診記録。
薬品の納入記録。
だが、一つの項目に目が止まった。
「皇族における判断力鈍化の周期的傾向に関する観察報告(宮廷医官・匿名)」
帝国暦四百六十九年。
十三年前の記録だ。
項目の横に、本文の保管場所が記してある。
侍医室の第三棚、整理番号でその記録へたどり着けるはずだった。
* * *
ヴァルターは侍医室へ向かった。
別件の確認という名目で入室を求め、許可を得た。
第三棚。
整理番号。
その番号の棚を確認すると——空だった。
周囲の棚には記録が詰まっているのに、その番号の場所だけが空白だ。
抜き取られている。
* * *
索引に戻って確認した。
索引には「保管済み」とある。
だが実際には存在しない。
索引の記録と実際の保管状態が一致していない。
つまり——本文だけが抜き取られ、索引だけが残された。
意図的だ。
「この記録が存在する」という痕跡は残しつつ、肝心の内容を消した。
* * *
さらにヴァルターは索引を調べた。
「皇族の健康」カテゴリの中で、他に同様の状態のものがないか。
四件あった。
どれも「皇族の異常な状態」に関係するものだった。
判断力の低下。感情の起伏の消失。特定の時期の記憶の欠落。
すべて本文が消えていた。
索引だけが、まるで「ここに何かがあった」と証言するために残されているかのように。
* * *
索引室から出る直前、ヴァルターは念のため索引の裏表紙を確認した。
書き込みは通常はないはずだが——
裏表紙の隅に、鉛筆の走り書きがあった。
「香を絶て」
たった三文字だ。
誰かが、急いで書いたような不規則な字だった。
* * *
ヴァルターはその言葉を目に焼き付け、棚に戻した。
「香を絶て」。
「香」——以前から引っかかっていた言葉だ。
星見の夜会の夜に、薬師が香を運んでいた。
廃業商会の荷が皇族区画方向へ流れていた。
皇帝の薬湯記録と同じタイミングで、香料関連の記録も不自然に薄くなっていた。
そして今、「皇族の判断力鈍化」に関する記録が消え、その痕跡に「香を絶て」という走り書きが残っている。
* * *
誰が書いたのか。
走り書きだった。
急いでいたか、あるいは見つかることを恐れていたか。
その「誰か」もまた、皇族の異常と香の関係に気づいていた。
そして消されたか、あるいは逃げた。
ヴァルターは索引室を後にした。
「香」について、本格的に調べる必要がある。
それが次の一手だ。




