第23話 遠ざけるという選択
アンネリーゼとの距離を取ることにした。
決定を下したのは、保管庫での一件から二日後だ。
理由は単純だ。
断罪の罪状のうち、もっとも印象的なものが「皇女への脅迫」と「婚約関係を利用した専横」だ。
それは、ヴァルターとアンネリーゼの間に接触があるほど根拠が生まれやすい。
ならば、接触を最小限にすることで、その種の罪状に使える材料を減らせるかもしれない。
* * *
実行した内容は地味なものだ。
アンネリーゼの行事予定への意見を一切やめた。
彼女の侍女の選定に口を挟まなくなった。
共同で出席する宮廷行事では、必要以上に会話を求めなかった。
婚約者として訪問する機会を自ら削った。
以前の自分がいかに「婚約者として干渉していたか」を逆算した結果だ。
* * *
効果は——あった。
ただし、意図した方向にはなかった。
ヴァルターが引くほど、周囲が動いた。
宮廷の廷臣たちが、ヴァルターの行動変化を観察し始めた。
「クラウゼ公子が皇女殿下への接触を控えている」
そう言葉で言えば何でもないことだが、これは宮廷では別の読み方をされる。
「表では引いているが、裏で動いているに違いない」。
あるいは。
「皇女との関係に見切りをつけ、別の標的を定めたのでは」。
* * *
アンネリーゼ本人も、変化に気づいた。
彼女はレナを通じてヴァルターの動向を把握しようとしていたが、ヴァルターが引いたことで逆に情報が減った。
見えなくなった。
つまり不気味さは増した。
アンネリーゼは控えめな違和感から、より強い警戒へと心を移動させた。
* * *
「前より危険かもしれないわ」
アンネリーゼがレナにそう言ったのは、その日の午後のことだ。
「目を離さないで」
レナは頷いたが、内心で困惑した。
以前のヴァルターは怒鳴り、干渉し、目に見える形で圧力をかけた。
だから怖かった。
今のヴァルターは何もしない。
干渉しない。
怒鳴らない。
接触も減った。
それなのに「前より危険」と殿下は言う。
* * *
その夜、ヴァルターは執務室で一人、状況を整理した。
「距離を取る」作戦は失敗した、とまでは言えない。
だが期待した効果——「婚約者への干渉という罪状への材料を減らす」——は、別のコストを生んでいた。
不気味さという評判だ。
「以前と変わった」「何かを隠している」「裏で動いている」——どれも証拠はないが、印象として積み重なる。
宮廷では、人の噂は証拠がなくても事実になりうる。
* * *
ヴァルターは筆を取り、紙に書いた。
「この場所では、何をしても怪しまれる」
そして一行目を消した。
感情的な結論を書いても意味がない。
代わりに書く。
「やることのコストを最小化する必要がある。しかし行動を止めることはできない」
「相手が証拠を積み重ねているなら、こちらは証拠の根本にある"設計"を壊すしかない」
アンネリーゼとの距離は今後も保つ。
だがそれ以外の部分で——もっと直接的に、核心へ踏み込む必要がある。
問題は、核心がどこかをまだ完全に掴めていないことだ。
皇帝の香。
偽造書簡。
解散した商会。
レナの兄。
点は増えているが、線はまだ途切れている。
ヴァルターは灯りを消した。
遠ざけることには限界がある。
次は、踏み込む番だ。




