第14話 見覚えのない紋章
翌日、ヴァルターは商会の記録を調べ始めた。
宮廷への物資納入を行う業者は、すべて登録制だ。
帝国の商業局が管理する帳簿に、納入業者の名前と紋章が記録されている。
ヴァルターは公爵家の立場を利用して、商業局の窓口に照会を入れた。
昨夜見た紋章の特徴を告げる。
楕円の中に交差した二本の枝。上部に一文字。
「お調べいたします」
文官は丁寧に帳簿を引き出したが、すぐに眉をひそめた。
「……該当する紋章は、こちらのものでしょうか」
差し出された記録を見ると、確かに紋章の形が一致していた。
業者名:「フォスター行商組合」
登録地:帝国北方辺境
登録状況:**廃業(帝国暦四百七十九年、帝国税務局より解散命令)**
廃業から、すでに三年以上が経つ。
「これは廃業した組合ですね」
「はい。不正取引の疑いで解散命令が出ております。現在は登録から削除されているはずですが——」
「だが実際に動いている」
文官は困惑した顔をした。
「そのような報告は受けておりませんが……」
「では、昨夜の宮廷搬入口に同じ紋章の木箱があったのは、どういうことか」
文官はますます困惑した。
「存じません。確認が取れましたら——」
「いや、いい。自分で確認する」
ヴァルターは立ち上がり、商業局を後にした。
* * *
廃業した名義を使って物資を動かしている。
それは何を意味するか。
正規の流通ではない。
宮廷への正式な納入業者でもない。
だが昨夜、宮廷の搬入口に荷物が届いた。
三つの可能性がある。
一つは、廃業した組合の名義を意図的に借りていること。
解散したはずの名前を使えば、記録上の追跡が難しくなる。
二つ目は、宮廷内部に協力者がいること。
正式な搬入手続きを経ずに物資を入れるには、入り口で確認をする者の黙認が必要だ。
三つ目は——荷の行き先。
昨夜、作業員が「いつもの通路ではなく」違う通路を通るよう指示されていた。
それは、荷の行き先を特定の者に知られたくないからかもしれない。
* * *
その夜、ヴァルターは再び搬入口近くを訪れた。
昨夜と同じ時刻。
だが今夜は荷が来なかった。
搬入口の扉は閉まっている。
作業員もいない。
ヴァルターは周囲を見回し、昨夜箱が置かれていた場所を確認した。
石畳に、微妙な傷がある。
重い箱を引きずった跡だ。
その傷の方向を辿ると——内側の廊下へ続いている。
ヴァルターは傷の向きを確認しながら、廊下を歩いた。
搬入口から、分岐を二つ経て——
行き着いたのは、内側の別棟への連絡通路だった。
その先には何があるか。
皇族関連の施設が並ぶ区画だ。
ヴァルターは立ち止まった。
偶然か、それとも意図的か。
廃業した商会の紋章を持つ木箱が、皇族区画へ続く通路の方向から運ばれていた。
まだ確定ではない。
箱が実際にその区画まで運ばれたかどうかは、追っていない。
だが——
皇帝の薬湯記録が文書庫から消えていた。
星見の夜会で薬師が香を運んでいた。
そして今度は、廃業した商会の名義で荷が搬入され、皇族区画の方向へ流れている。
点が、線になろうとしている。
ヴァルターはその夜の警備配置を確かめるため、さりげなく巡回経路を歩いてみた。
通常、搬入口周辺は夜間に三名の警備が配置される。
だが昨夜、ヴァルターが搬入を目撃した時刻、その区画に警備の姿はなかった。
今夜確認すると——警備はいる。
つまり昨夜だけ、その区画の警備が不自然に薄かった。
偶然の空白ではない。
誰かが意図的に警備を動かした可能性が高い。
ヴァルターは通路の隅に立ち、暗がりの天井を見上げた。
組み立てが見えてきた。
廃業商会の名義で荷を送る。
搬入の夜だけ警備を薄くする。
いつもと違う通路で運ぶ。
これは偶発的な不正ではない。
継続的に、計画的に行われている不正物流だ。
そして、その流れの先が皇族区画なら——
皇帝の薬湯に関係する何かが、この流れに乗っている可能性がある。
ヴァルターは手帳を取り出し、短く書いた。
「皇帝の薬湯または香料を扱う保管室付近へ」
書いてから、その言葉をしばらく見つめた。
もし本当にそうなら——
断罪は、その証拠隠滅の一環かもしれない。
ヴァルターが皇帝の薬湯に関わる不正に近づきすぎた、あるいは近づく危険があると判断されたために、先に消されようとした——
そういう見立てが、初めて浮かんだ。




