罠
お待たせ致しました、レイ・チェンバースと謎の男のお話に戻ります!
~前々回のあらすじ~
謎の男と共に高級車に乗ったレイが到着したのは、世界教会幹部しか住めない高級住宅地だった。
「では降りるとするかのう」
車はハイドパーク沿いに佇む大きな屋敷の前で停まった。
正しい選択をしたという確信はあるものの、僕は罠の可能性を疑わずにはいられなかった。
グズグズしていると男が僕の手を引き、声をかけた。
「なんじゃ、そんなに乗り心地が良かったのかの? 心配せんでも何度も乗ることになるわい」
僕を車から降ろすと、男は屋敷の呼び鈴を鳴らした。
すぐに少しドアが開き、中から執事らしき男がこちらを伺う。
「リチャード、私じゃよ。サイモンはおるかのう?」
男が声をかけるとドアが開き、中から初老の執事が現れた。
身の丈はだいたい180センチ。細身な体で執事服を着こなす姿はスタイル抜群だ。優しそうな顔立ちに意志のこもった鋭い目つきをしており、自由恋愛が可能な世の中だったら異性の注目の的だっただろう。
「これはこれはアルフォンス様。ご主人様なら仕事道具の手入れをされております」
僕を連れてきたこのスーツの男の名はアルフォンスらしい。
「では私が来たことを伝えてくれんか? 応接室で待っとるでのう」
そう言うとアルフォンスは我が物顔で屋敷の中へ入って行った。
どうしていいか分からずボケっと突っ立ていると、執事が中へどうぞとばかりにお辞儀をした。
屋敷の中は異様な光景が広がっていて、思わず足が止まる。
僕がいるここは恐らくエントランスホールだろう。中央に二階へと繋がる大きな階段があり、屋敷としてはよくある作りだ。
ただ壁に掛けられているのは黒く汚れたハンマーやペンチ、ノコギリ、他には使い方が分からない金属工具ばかりだ。それが壁一面に飾り付けられている。あの汚れが何の汚れか考えた瞬間に悪寒が走った。
「ほれ、こっちじゃ」
右手を向くとアルフォンスがドアの前で手招きしていた。
「聞きたいことがいくつかある。まずあなたは何者で、ここはどこな……」
応接室に着くなり興奮して質問を始めた僕に、アルフォンスは人差し指に口を当てて静かにするよう促す。
「若いとは喜ばしいことじゃが、少し落ち着くことを覚えたほうがいいのう。話は座ってするものじゃ」
出鼻を挫かれた僕は渋々、ソファに腰掛ける。
「私の名前はアルフォンス・王。国境があった頃で言うと中華系イギリス人じゃな。それとここはサイモン・サイラスの屋敷じゃ。名前くらいは知っとろう?」
……もう駄目だ。サイモン・サイラスに関わって助かる方法は無い。
サイモン・サイラスは世界教会ロンドン支部の懲罰執行官であり、支部内で恐れられている人物だ。僕は会った事がないが酷い噂ならたくさん聞いてきた。
そもそも懲罰執行官は拷問と死刑の執行を担当している。つまり、猟犬の捕らえた悪魔崇拝者を拷問して口を割らせ、使い道が無くなれば殺す事が仕事だ。
ただ、サイモンは他の懲罰執行官とは一味違うみたいだ。口を割らせる事など考えず、ひたすら拷問し続ける事に快楽を覚えるサイコパスだと、皆が口を揃えて言う。
罪人が拷問部屋へ入れられると、初日は絶えず叫び声が聞こえてくるが数日すると声が聞こえなくなるらしい。そしてサイモンが出てくる時は必ず血塗れ姿で、部屋の中には肉塊と数本の骨が残っていると聞いた事がある。
噂によるとサイモンが懲罰執行官になってから、死刑が執行された事がない。裏を返せば、死刑執行前に全ての罪人が拷問によって死亡したという事だ。
他にも拷問部屋からゴリゴリと何か硬い物を切る音が聞こえた、明らかに肉の腐った匂いがする、などなど恐ろしい噂が幾つもある。
「……騙したのか?」
よりにもよってサイモン・サイラスへ引き渡すなんて……最悪なんてものじゃない。
「私はこう言うたはずじゃ。悪いようにはせんと」
アルフォンスが静かに微笑んだ。
途端にアルフォンスは嘘をついていないと確信した。でもサイモン・サイラスだぞ? 本当に間違ってないのか?
あのずる賢い悪魔に騙されたのではという不安がよぎるが、それもすぐにマモンは僕を騙していないという確信に変わる。
まあいいさ、腹括ってやる。この確信が間違っていれば死ぬだけだ。
そもそも一度は死にかけたんだ……もうどうにでもなれ。
――バンッ。
いきなり応接室のドアが開き、太った小柄な男が現れた。
歳は40過ぎだろうか。卵のような胴体に細長い手足のシルエットは、ハンプティ・ダンプティみたいだ。
「やァ、アルフォンス。それと……君が噂のワンちゃんだねェ。飼い主の手を噛んだ悪いワンちゃんだァ」
恐らくこの男がサイモン・サイラスだろう。男はニヤニヤしながら僕の顔を見ようと、すっぽり被ったフードを覗き込んでくる。
「それでェ、このワンちゃんが例のあれかねェ?」
「そうじゃ。夢の子じゃ」
「いいねェ、ゾクゾクするねェ。それではァ、職場へ向かうとするかねェ」
サイモンが言い放った途端、アルフォンスが僕の額に針を投げつけた。
針が刺さると案の定、身動きが取れなくなる。
「やっぱり騙したのか! このペテン師めっ!」
「おやおやァ、貴方の針の欠点は顔の自由まで奪えない事だねェ」
僕に猿轡を噛ませながら、サイモンがアルフォンスをからかう。
「麻酔のようなものじゃからのう。治療するには患者の声は聞かねばなるまいて」
「まァ、それでも拘束するには十分だからねェ」
サイモンが僕に麻袋を被せたので、何も見えなくなった。
嘘をついたな、あの悪魔め……心の中で悪態をつくが、すぐにそんな事はないという気持ちになる。
感情の自由までもが奪われた気がして、僕は泣きたくなった。
登場人物がオジサンばかりで困っています……
一応、女の子も出てくる予定ですが、もう少し先の話になりますのでお待ち下さいませ。
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