甘過ぎる紅茶
なんだよクソジジイめ。訳も分からないまま連れ回しておいて僕に話せないっておかしいだろ!
イライラしながら屋敷の廊下を歩いているとリチャードに出会った。
「レイ様、どうされましたか? ご気分が優れぬご様子ですが?」
「……別に」
「紅茶はお好きですか? ご主人様に入れて差し上げた紅茶が少し余っております。良ければお飲みになりませんか? 少しは落ち着きます」
「そうする」
「ではこちらへ」
リチャードに連れられて入った部屋は、日当たりの良い大きな寝室だった。天蓋付きの大きなベッド。5人は寝れそうな広さだ。それにハイドパークを見下ろせる大きな窓。この窓から見る景色は、まさに成功者のみが見れるものだ。
「金持ちって本当にこんな部屋に住んでるんだ……」
「ではティータイムの準備をして参りますので、どうぞおくつろぎ下さい」
くつろげと言われたのでベッドに横たわってみる。
なんだかすごく遠くまで来た気がした。昨日まで暮らしていたロンドン支部のすぐ近くなのに。
ロンドン支部が懐かしい。汚くて狭い宿舎の部屋。6人で一室の大部屋でルームメイトと毎日くだらない話をした。プライバシーなんて全く無かったが楽しかった。
「ベン、オットー……」
特に仲良かった2人の名前が自然と口からこぼれる。
僕が殺したんだ、僕が。
あの時、なぜ躊躇なく殺したんだろう。何かにすごく怒っていた気がする。何かに操られるように殺した。
「ベン、オットー……ごめん。本当にごめん……」
昨日の夜から今まで、こんな落ち着いた時間を取れなかったから考えてこなかった。いや、考えることは出来たはずだ。したくなかっただけ……逃げてただけだ。
「うぅ……ぐっ……」
気付いたら涙が溢れていた。この世界でひとりぼっちになったような寂しさ、取り返しがつかない後悔、アルフォンスへの怒り。僕の心はぐちゃぐちゃだった。
――コンコンッ。
「失礼致します。紅茶をお持ち致しました」
リチャードの声が聞こえて慌てて涙を拭う。
「……どうぞ」
リチャードがワゴンを押しながら入ってきた。
「こちらへおかけ下さい」
言われるがままに窓際の椅子に座ると、リチャードが目の前のテーブルにティーセットを並べていく。
「お待たせ致しました」
手際よく準備を整えたリチャードがカップに紅茶を注ぐと、茶葉のいい香りが立ち込めた。
「お砂糖とミルクはいかが致しましょうか?」
そう言われるも、紅茶なんて贅沢品を飲んだことがない。
「お任せするよ」
「かしこまりました。沈んだ気分の時には、ミルクたっぷりのとても甘い紅茶がお勧めです。これは紅茶の邪道なので私達の秘密ということで」
リチャードがミルクと角砂糖を3つ入れた紅茶を僕の前にそっと置いた。
「何が邪道なんだ?」
「紅茶とは香りと味わいが大切です。砂糖とミルクを入れ過ぎた紅茶は、茶葉の繊細な香りと味が飛んでしまいます。ですが、これはこれで美味しいですよ」
一口すすってみると確かに甘い。
でもこの甘さと温かさが心に滲みて、すごく落ち着く。
「これ……美味しいよ」
「ありがとうございます。お気に召したようで」
「リチャード、聞きたいことがあるんだ。リチャードは取り返しのつかない失敗をしたことある?」
「ございますとも。人とは失敗をして成長するものですから」
「それを思い返した時、しんどくならない? 後悔しない?」
「もちろんします。ですが、私はそのまま沈み込んだりは致しません」
「どうして?」
「時を戻すことは不可能です。過ぎたことに目をやり過ぎて、未来へ背を向けるのは成長の妨げになります」
そんなの分かってる。でもベンとオットーはもう帰ってこない……二度と会えないんだ。
「レイ様のご事情は私には分かりかねます。ですが、それがどれほど重くとも、背負って歩くのが成長するということです」
「僕は……親友を2人失った。もう会えないと思うとどうしていいのか分からないんだ」
「では、なおさら前を向くべきです。そのご友人の為にも、今を生きるレイ様は進むべきです。後悔して何になるのです? そんな物は豚の餌にもなりはしません。ご友人の分も貴方は生きねばなりません」
慰められるかと思ったら違っていた。叱咤されたことで少し前を向けた気がした。
「ありがとう、リチャード」
「とんでもございません。出過ぎた真似をしてしまい申し訳ございませんでした」
謝るのは僕の方だ。紅茶を振舞ってくれて、話を聞いてくれた。リチャードのアドバイスで少し楽になった。
「それと、この紅茶も失敗から生まれたのです。サイモン様のティータイムにこの甘過ぎる紅茶をお出ししてしまいました。お叱りを受けるはずが、イライラしている時にこの紅茶はとても美味しいと言って下さった。その時の失敗が今、レイ様のお役に立っています。失敗も使いようによっては便利なものですよ」
僕の失敗もいつか役に立つんだろうか? 分からないけど、紅茶を飲みながらリチャードと話して落ち着いた。
「リチャード、本当にありがとう」
「とんでもございません。私は執事です。客人をおもてなしするのが仕事でございます」




