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それから2年たって、あの時の少女を見かけるようになった。見ないようにしていた運動も、彼女がいれば見るようになった。金色にブリーチされた髪の毛がきらきら光って、彼女自身が宝石のようだった。それぐらいキラキラして見えた。
あのときの事を、彼女は覚えてくれているだろうか。短い間の、些細な思い出。別れの言葉もなしに、消えた自分。
あの頃の出来事は、まだ鮮明に自分は覚えている。
けれど彼女は? それすらも考えずに、つい彼女を呼び止めて声をかけた。
そして勢い余って口づけた。
目の前にいる彼女を見たら、衝動が抑えきれなかったのだ。
千鶴のことを女の子だと思って、迷子になったところを保護してくれた小枝子ちゃん。ほのかは覚えていないみたいだけれど。
かわいくて、気が強くて。元気な体がうらやましくて。
自分の家の学園に入学すると言った時、お金が足りないのを知ってごり押ししたのは千鶴だ。適当な理由をつけて、合格させた。
小枝子はそれに気が付かないまま、日常を過ごしていた。
あの頃のことを今でも濃密に思い出す。
自分のことをちぃと言っていたこと、小枝子の家が貧乏だということ。
できれば自分が彼女にお金を渡したかったけれど、ほのかにそれは良くないと言われた。
でも、今もできるならば小枝子と一緒に同居して、裕福な暮らしをさせてやりたいと思う。けれども、千鶴は養子であるからにして、好き勝手には出来ない。
大人になっても、きっと働くことはできないだろうし、どうやれば彼女を幸せにできるのかさっぱりわからなかった、
「思い出したわ、すべて」
小枝子が、千鶴を見てつぶやいた。
「貴方はちぃちゃんだったのね」
「……そうだ」
「いつもひらひらした服を着て、病院の近くの公園にいた、あの子」
「そうだ。オレは入院していて、たまに体調がいいときにだけ外へ出た」
「二度言うけれど、どうして言ってくれなかったの」
「見た目でわかると思っていたんだ」
小さなころから長い黒髪はかわらないし、容姿もさほど変わっていないつもりだから、千鶴はすぐに気づいてもらえると思っていた。
自分の性別を誤解されているとも気づかずに。苦悩に顔をゆがませる小枝子を見て、千鶴は首を傾げた。
「言ってくれればすぐに友達になったのに」
「オレは小枝子と結婚したいんだ。友達じゃなくて」
「本当に馬鹿ね。中学生じゃ結婚できないのよ」
「それでも、結婚したいんだ」
「あたしはまだあなたのことをよく知らないから、恋人から始めましょう?」
小枝子が、呆れかえった顔で言った。
恋人。なんだか大人の世界の響きだと千鶴は思った。
「結婚は、わかんないけど、あたし貴方が嫌いじゃないわ」
「オレは大好きだ」
「はいはいありがとう」
なぜか笑い出す小枝子が理解できないまま、千鶴は頷いた。
これが、小枝子と千鶴が付き合い始めた理由。ほかにもまだいろいろなことがあったけれど、この物語はここまでで終わることにする。
そして、数年後、千鶴は夢子と出会い物語を紡いでいくのだった。
終わりです、あくまでも出会いのきっかけと現在だけの話なので、
ものすごく消化不良な感じになったり、場面切り替えがうまく行かず二度小枝子が驚いていたりしますが、彼らは他の作品にもひょっこり顔を出していくと思うので、その時はまたよろしくお願いします(*ノωノ)